高次圏論〈higher category theory〉に興味はあるし、必要性も感じているのですが、難しくてよく分からん、の状態が何年も続いています。
高次圏に関してちゃんとした事をちゃんと書くのは僕には荷が重いので、思い付きをダラダラ書くことにします。そういう記事のタイトルには「高次圏:」を接頭語に入れます。ダラダラ記事でも(少なくとも自分自身にとっては)無意味ではないと思います。錯綜した分野なので、道案内のヒントはそれなりに有意義かと。
内容:
シリーズ:
テキスト(教科書的資料)
2次元の圏論のテキストを挙げておきます。よく引用されるレンスターの論文から:
- Title: Basic Bicategories (1998)
- Author: Tom Leinster
- Pages: 11p
- URL: https://arxiv.org/abs/math/9810017
概要、第0節に次のように書いてあります。
A concise guide to very basic bicategory theory, from the definition of a bicategory to the coherence theorem.
This is a minimalist account of the coherence theorem for bicategories.
とにかく簡潔です。定義がダーッと並んでいるだけ。懇切丁寧な説明はありませんが、短いので参照には便利です。
同じ趣旨で、モノイド圏に関するconcise guide/minimalist accountをバエズが書いています。
- Title: Some Definitions Everyone Should Know (2010)
- Author: John C. Baez
- Pages: 6p
- URL: http://math.ucr.edu/home/baez/qg-winter2001/definitions.pdf
パワーの論文も同様にconcise/minimalですが、より特殊な状況を扱っているので、こっち(↓)のほうが分かりやすいかも知れません。
- Title: 2-Categories (1998)
- Author: John Power
- Pages: 21p
- URL: http://citeseerx.ist.psu.edu/viewdoc/summary?doi=10.1.1.91.5333
もっと丁寧で豊富な話題を扱った(そのぶん長い)テキストをラックが書いています。
- Title: A 2-categories companion (2007)
- Author: Stephen Lack
- pages: 73p
- URL: https://arxiv.org/abs/math/0702535
最近、ヨーナス・ヒーデマン*1の次のテキストを見つけました。
- Title: 2-Categories and Yoneda lemma (2017)
- Author: Jonas Hedman
- Pages: 76p
- URL: https://pdfs.semanticscholar.org/c54c/9106fd428ec7eaafa23dc33ae73928abfc67.pdf
通常の圏論の知識を仮定しておらず、4章までは圏論の説明です。5章と6章(合計で25ページ)はレンスター論文とだいたい同じです。1次元と2次元の圏論をまとめて書いてあるテキストとしてなかなかいいんじゃないでしょうか。
だらしなくザンネンな用語法
レンスターは、2次元/高次元の圏論の用語法は evolved messily〈乱雑に/だらしなく発展した〉と語っています。ヒーデマンも、ideally, ... but sadly ...〈概念的には … であるはずだが、哀しいかな(実際は) … である〉という言い回しを使っています。ほとんどの人が「困った状況だな」とは思っているでしょうが、どうしようもないので諦めているのでしょう。
規範となる標準的な用語法はないので、レンスター(ヒーデマンもほぼ同じ)の用語法をここでの一時的な基準とします。しかし僕自身、レンスターに従っているわけでもないので、僕の方針についてもこの記事でコメントします。
過去にも、「だらしないなー、ザンネンだなー、どうしたものか」という愚痴は書いたことがあります。ダブルスラッシュ'//'の後は、記事内の節のタイトルです。
- 2013年 絵算(ストリング図)における池袋駅問題の真相 (絵の描き方)
- 2014年 「余」と「双」の使い方がバラバラ
- 2016年2月 絵算の描画方向を示すために旗を使うことにした (絵の描き方)
- 2016年4月 関手と自然変換の計算に出てくる演算子記号とか (記号の使い方)
- 2016年7月 モノイド自然変換とモノイド同値関手 // 各種のモノイド関手の呼び名
- 2016年12月 モノイド圏の随伴性を“豊饒圏の圏”の随伴性に持ち上げる: 計画編 // 言葉と記号の約束
- 2017年1月 モナド論をヒントに圏論をする(弱2-圏の割と詳しい説明付き) // 圏論の用語法の問題点と対策
- 2017年12月 ファンタジー: (-1)次元の圏と論理 // 高次圏の話
文脈により言葉の解釈が変わる
言葉の意味が文脈依存なのは当然です。が、高次圏論では、その文脈が多様・多彩過ぎます。個人ごとに別な用語法を持っているのがたぶん実情でしょう。とりあえず、大雑把な分類をすると:
こんな感じでしょうか。
2次元の圏論は比較的整備されています。低次元とは、2, 3, 4次元あたりです。3, 4次元の圏論はそれほど開発されてません。5次元以上は手付かずに近いと思います。個別の次元によらずに、任意のnに関する議論が一般次元の圏論です。ほんとに一般的だと難しすぎるので、扱いやすいモノを探して詳しく調べる感じです。無限次元も、やはり手頃な無限次元圏を探すのがミソでしょう
用語法・記号法の雰囲気は、2次元と低次元ではだいたい共通しています。一般次元と無限次元も同じように思えます。よって、最も大雑把な分類は、(2次元を典型例とする)低次元圏論の文脈と、一般のn次元圏論(n = ∞ を含む)の文脈の2種類です。
低次元圏論と一般のn次元圏論で何が違ってくるかというと、一般のnだと個別の概念に名前を付けられなくなることです。例えば、関手、自然変換、より高次元な類似概念は次のように命名されています。
- 関手〈functor〉
- 自然変換〈natural transformation〉
- 変更〈modification〉
- 摂動〈perturbation〉
この調子でずっと名前を付け続けるわけにはいきません。そこで、(n, k)-変換手〈(n, k)-transfor〉という番号kを含む概念・用語を作って、次のように考えます(nは省略してkを動かします)。
- 0-変換手=関手
- 1-変換手=自然変換
- 2-変換手=変更
- 3-変換手=摂動
- 4-変換手
- 5-変換手
- ... (k-変換手)
一般のn次元圏論では、次元そのものや次元に関連する番号で用語・記法が整理されるので、スッキリします。しかし、番号で呼ぶと味気なくてイマジネーションが湧かないデメリットもあります。
厳密n-圏
定義と構成法がハッキリしている高次圏の一族として厳密n-圏〈strict n-category〉があります。厳密1-圏と厳密2-圏は次のように定義します。
- 厳密1-圏は通常の圏である。
- 厳密1-圏の全体と関手からなる圏をs1-Cat(1)とする。右肩の(1)は、自然変換については考えないで、圏と関手からなる通常圏であることを示す。
- s1-Cat(1)に、圏の直積を考えると対称モノイド圏となる。
- 対称モノイド圏としてのs1-Cat(1)を豊饒化圏〈enriching (base) category〉とする豊饒圏を厳密2-圏と呼ぶ。
- 厳密2-圏のあいだの関手は、s1-Cat(1)-豊饒関手として定義する。
この定義で使っている道具は、直積による対称モノイド圏と豊饒圏です。つまり、モノイド圏と豊饒圏の概念は事前に準備されている、という前提です。
厳密k-圏が既に定義されているとして、厳密(k + 1)-圏は次のように定義します。
- 厳密k-圏の全体と関手からなる圏をsk-Cat(1)とする。
- sk-Cat(1)に、厳密k-圏の直積を考えると対称モノイド圏となる。
- 対称モノイド圏としてのsk-Cat(1)を豊饒化圏とする豊饒圏を厳密(k + 1)-圏と呼ぶ。
- 厳密(k + 1)-圏のあいだの関手は、sk-Cat(1)-豊饒関手として定義する。
この定義が有効であるためには、次が必要です。
- sk-Cat(1)に直積があるとき、s(k+1)-Cat(1)にも直積が入る。
直積の構成が出来るなら、n = 1 をベースとして、数学的帰納法により任意のnに対する厳密n-圏とそのあいだの関手が定義できます。
n-圏の意味
厳密n-圏は、n次元の圏の定義としては狭すぎることが分かっています。非厳密な(不正確という意味ではない!)n-圏を考える必要があります。
ここで、用語法の困った問題に出会います。
厳密n-圏 | 厳密n圏+非厳密n-圏 | |
---|---|---|
用語法A | n-圏 | 次元ごとに別な名前 |
用語法B | 厳密n-圏 | 弱n-圏 または単にn-圏 |
この問題は次の過去記事で指摘しています。
傾向としては、低次元圏論の場合は用語法Aが使われて、「2-圏=厳密2-圏」になります。弱2-圏は双圏〈bicategory〉という名前で呼びます。2次元圏論のテキストであるレンスター論文では用語法Aを使ってます。一般n次元圏論では、「次元ごとに別な名前」は無理なので、「n-圏=弱n-圏」(用語法B)が多いようです。
現状における対策は、形容詞「厳密」「弱」を必ず付けるか、デフォルト・ルール(形容詞なしの解釈)をちゃんと明示するかです。
2次元のときは、非厳密も許す2次元圏の定義はひとつしかありませんが、3次元以上になると非厳密な圏も様々なバリエーションがあります。非厳密だが、厳密に近い圏を半厳密n-圏〈semistrict n-category〉と呼ぶことがありますが、半厳密の定義も立場や目的により様々です。
「厳密」の代わりに「強〈strong〉」という形容詞を使うことがあります。「強←→弱」でバランスはいいのですが、強度〈テンソル強度 | tensorial strength〉に関わる形容詞が「強」なので困ったことになります。例えば、次の記事に「強関手」という言葉が出てきます。
形容詞「強」は使わないほうがいいと思います*2。
「弱」の代わりに「ラックス」を使って、非厳密を許すn-圏をラックスn-圏と呼ぶ人もいますが、少数派です。
厳密、強、ラックス、反ラックス
「厳密」の意味の「強」を排除しても、別な意味の「強」が出てきます。
モノイド圏は、対象がひとつだけの2次元圏とみなせます。なので、厳密モノイド圏と弱モノイド圏(非厳密モノイド圏を許す)があります。なぜか、「モノイド圏=弱モノイド圏」というデフォルト・ルールが定着しています。(定着しているんだから、文句はないです。)
モノイド関手は、原理的には次の2種類に分けられるはずです。
- 厳密モノイド関手: 法則が等式で成立する。
- 非厳密モノイド関手: 法則が等式では成立しない。
非厳密を許すモノイド関手を弱モノイド関手と呼んでもよさそうですが、そうではありません。
法則が等式 | 法則が同型 | 法則が同型とは限らない | |
---|---|---|---|
用語法A | 厳密モノイド関手 | 強モノイド関手 | ラックス・モノイド関手 |
用語法B | 厳密モノイド関手 | モノイド関手 | 弱モノイド関手 |
用語法C | 厳密モノイド関手 | タイト・モノイド関手 | ラックス・モノイド関手 |
用語法Aの強モノイド関手は、「テンソル強度を保存するモノイド関手」と言葉が競合してしまうし、用語法Bはデフォルト・ルールに頼るのがよろしくない。で、僕は用語法Cを使っています。「タイト←→ラックス」がまーまーバランスいいし、厳密〈strict〉はタイト〈tight〉よりもっときびしい感じがするでしょ(たぶん)。用語法Cは次の記事から使っています。
ラックス・モノイド関手の双対についても用語法が幾つかあります。混乱をまねく程のバリエーションではないでしょう。
ラックス・モノイド関手の双対 | |
---|---|
用語法A | 反ラックス・モノイド関手〈oplax monoidal functor〉 |
用語法B | 余ラックス・モノイド関手〈colax monoidal functor〉 |
用語法C | ラックス・余モノイド関手〈lax comonoidal functor〉 |
用語法D | ラックス・反モノイド関手〈lax opmonoidal functor〉 |
2-関手と擬関手
厳密2-圏であれ弱2-圏であれ、そのあいだをつなぐ関手は2-関手〈2-functor〉と呼びます。nLabの2-functorの項目に:
the prefix is not really necessary
the prefixは'2-'のことです。弱2-圏のあいだの関手に'2-'を付けても付けなくとも意味は変わらないということです。'2-'は、関手の両端が2次元の圏だと明示するだけで、関手に対する条件などとは関係ありません。したがって、「'2-'が何を意味するか」ではなくて、「単に2-関手と言ったときに何を意味するか」というデフォルト・ルールが問題になります。
法則が等式 | 法則が同型 | 法則が同型とは限らない | |
---|---|---|---|
用語法A | 2-関手 | 擬2-関手 | ラックス2-関手 |
用語法B | 厳密2-関手 | 2-関手 | ラックス2-関手 |
用語法C | 強2-関手 | 弱2-関手 | ラックス2-関手 |
用語法D | 厳密2-関手 | タイト2-関手 | ラックス2-関手 |
低次元圏論では、用語法Aが多いように思います(印象なので確証はありません)。用語法Bでは、「法則が同型」のときをデフォルトにしています。デフォルト(形容詞なし)を使うなら、この選択が一番多そうです(印象)。用語法Cは、「厳密」を「強」と呼ぶ場合で、好ましくないし、使う人は少なくなっているでしょう。最後の用語法Dは僕が使っているもので、「強」を避けてデフォルトも使いません。
なお、タイト2-関手を強2-関手、ラックス2-関手を弱2-関手と呼ぶ例があるかも知れません。僕は見たことないですが、ありそうな雰囲気。ラックスの双対は「反ラックス」または「余ラックス」と呼ぶと思います。
レンスターは、そもそも関手/2-関手という言葉を使わずに、双圏〈弱2-圏〉のあいだの射〈morphism〉と呼んでいます。余計な用語の導入を避けるための一方法です。双圏の圏Bicat(1)の射だから、辻褄はあってますが、圏の構成素である射と混乱します。
法則が等式 | 法則が同型 | 法則が同型とは限らない | |
---|---|---|---|
レンスター | 厳密準同型射 | 準同型射 | 射 |
- 厳密準同型射=strict homomorphism
- 準同型射=homomorphism
レンスターはどうやら形容詞「擬〈pseudo〉」を嫌ったようです。僕も「擬」には違和感があります。一番普通の関手概念を「擬関手」と呼ぶのはイカガナモノカ? と。
自然変換の種類
関手の場合と同様に、2-自然変換(より一般にn-自然変換)と'2-'を付けても特に意味は付加されません。2次元の圏を考えている文脈では、「2-自然変換=自然変換」です。
ただし、自然変換にも種類があります。レンスターの用語法を先に見ると:
法則が等式 | 法則が同型 | 法則が同型とは限らない | |
---|---|---|---|
レンスター | 厳密変換 | 強変換 | 変換 |
- 厳密変換=strict transformation
- 強変換=strong transformation
- 変換=transformation
レンスターは、一般的なほうをデフォルトに採用して、条件がきびしいほうに形容詞を付ける方針のようです。
「擬」を使う用語法では、
法則が等式 | 法則が同型 | 法則が同型とは限らない | |
---|---|---|---|
用語法A | 自然変換 | 擬自然変換 | ラックス自然変換 |
用語法B | 厳密自然変換 | 擬自然変換 | ラックス自然変換 |
- 厳密自然変換=strict natural transformation
- 擬自然変換=pseudonatural transformation
- ラックス自然変換=lax natural transformation
用語法Aは厳密なケースをデフォルトにしていて、用語法Bはすべて形容詞を付けています。厳密なケースをデフォルトとするのは、レンスターと反対の方針だし、一般的n-圏の用語法とも整合しないので良くないですね。僕は、モノイド圏の場合も含めて同じ形容詞を使いたいので次が推奨です。
法則が等式 | 法則が同型 | 法則が同型とは限らない | |
---|---|---|---|
檜山 | 厳密自然変換 | タイト自然変換 | ラックス自然変換 |
まとめ
人間達の行為を積み重ねた結果としての用語法は、どの分野であれ乱れることになります。それにしても、高次圏論の状況はだいぶひどい。事前の定義や断り書きがないと意味不明です。そして、事前の定義や断り書きがないケースが意外に多いという … 。すぐに改善するとは思えないので、注意するしかないですね。
以下のまとめでは、関手/自然変換の分類には、「厳密/タイト/ラックス/反ラックス」を使います。
- 「n-圏」の意味はハッキリしない。
- n ≧ 3 では、弱の意味は確定しない。さまざま非厳密n-圏がある。
- 明示的に「厳密」「弱」を付けるのが望ましい。
- 「厳密」、「ラックス」、「反ラックス」の意味は比較的安定している。
- 「強」「弱」は不安定で、他の情報がないと判断に苦しむ。
- 用法1: 強=厳密 -- この用法は減る傾向だが、残っている。
- 用法2: 強=タイト
- 用法3: 弱=タイト -- この用法は減る傾向だが、残っている。
- 用法4: 弱=ラックス
- 「強」「弱」は使わないほうがいいだろう。
- 「擬」は「タイト」と同義。
- 「2-関手」、「2-自然変換」などの'2-'に意味はない。次元を明示するだけ。
- 何をデフォルトにするかは不安定。明示されないと判断に苦しむ。
- 用法1: 厳密がデフォルト -- この用法は減る傾向だが、残っている。
- 用法2: タイトがデフォルト
- 用法3: ラックスがデフォルト
- デフォルトに頼らないで、明示的に形容詞を付けるのが望ましい。