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参照用 記事

シュバレー/アイレンベルク関手の簡単な例+雑多なこと

2019年の最後に「シュバレー/アイレンベルク関手の話」という記事を書きました。シュバレー/アイレンベルク関手がちゃんと定義できれば、ド・ラーム複体や共変微分からの外微分系列は、シュバレー/アイレンベルク関手から得られるはずです。

なるべく一般的な文脈でシュバレー/アイレンベルク関手を定義したいとは思っているのですが、ここでは、特殊な事例を考えてみます。単なるリー代数からシュバレー/アイレンベルク複体が得られます。これは、シュバレー/アイレンベルク関手の簡単な例とみなせます。

リー代数からシュバレー/アイレンベルク複体を作るだけだと話がすぐに終わってしまうので、関連する雑多な話を織り交ぜます。

この記事で(他の記事でもだけど)、用語のバリエーションを簡潔に書くために「{外}?微分{作用素 | 演算子}?」のような書き方(正規表現)を使います。疑問符は省略可能、縦棒は選択肢の区切りに使います。今の例は、「外微分作用素, 外微分演算子, 微分作用素, 微分演算子, 外微分, 微分」の6種のバリエーションを表しています。詳しくは「用語のバリエーション記述のための正規表現」を参照。

内容:

「代数」という言葉

ベクトル空間の係数体〈スカラー体 | 基礎体〉はRに固定して、以下、係数体には言及しません。

ベクトル空間Vが掛け算(双線形写像) m:V×V→V を持つとき、(V, m) を代数〈algebra〉と呼びます。リー代数は、この意味で確かに代数です。リー代数の掛け算はリー括弧{積}?〈Lie bracket〉とか単に括弧積〈bracket〉と呼ばれます。

通常、代数というと、結合的かつ単位的な代数を指すことが多いですね。しかし、リー代数が出てくる文脈だと、「代数」という言葉に結合的・単位的の意味を込めてしまうことはできないので、結合的単位的代数と呼ぶしかありません。が、これは長たらしい

結合的単位的な代数は「環」でいんじゃないかな。係数体があることを強調したいならR-環R-ring〉と呼べばいいかと。僕自身は、"algebra"の訳語のひとつである「多元環」を結合的単位的(あるいは結合的なだけの)代数の意味で使いたいのですが、残念ながら「多元環」が死語になりつつあるようです。

「代数」はもはや定着した言葉ですが、そもそも、代数学のことか、“代数と呼ばれる代数系”のことか分からないし、掛け算の法則をどこまで仮定するかも分からないしで、まー曖昧

リー代数のシュバレー/アイレンベルク複体

Xをリー代数とします。リー代数はドイツ花文字〈フラクトゥール〉で書く習慣がありますが、花文字なんて書きたくないのでラテン文字にします。Xが無限次元ベクトル空間だと、標準双対空間 X* := Vect(X, R) の構造が分からなくなるので、XはR上に有限次元と仮定します。Xが有限次元なら、X*も同じ次元のベクトル空間です。

Xから作られるシュバレー/アイレンベルク複体〈Chevalley-Eilenberg complex〉(定義はすぐ後)を (CE(X), CEd) とします。ここで、'●'のところには整数の階数〈次数〉が入ります。つまり、シュバレー/アイレンベルク複体は次のような系列です。

\require{AMScd}
\begin{CD}
\cdots @>{^{\mathrm{CE}}d^{-1}}>> \mathrm{CE}^0(X) @>{^{\mathrm{CE}}d^{0}}>> \mathrm{CE}^1(X) @>{^{\mathrm{CE}}d^{1}}>> \mathrm{CE}^2(X) @>{^{\mathrm{CE}}d^{2}}>> \cdots
\end{CD}

以下、{^{\mathrm{CE}}d^{i}} の左肩のCEは省略します。シュバレー/アイレンベルク複体は、ほんとは余複体〈余鎖複体 | cochain complex〉ですが、複体と余複体は区別しない習慣があります -- 良くない習慣だとは思うけど、一般的なので従います(「複体、複体、複体 … なんとかしてくれ!」参照)。

i∈Z に対する CEi(X) は次のように定義します。

  • i < 0 のときは  \mathrm{CE}^i(X) := 0 (零空間)
  •  \mathrm{CE}^0(X) := {\bf R}実数体
  •  \mathrm{CE}^1(X) := X^\ast (Xの標準双対空間)
  •  \mathrm{CE}^2(X) := X^\ast \wedge X^\ast (Xの標準双対空間の外積
  • i > 2 のときは  \mathrm{CE}^i(X) := \bigwedge^i (X^\ast) (Xの標準双対空間の外積によるベキ)

場合分けしていますが、すべての i∈Z に対して最後の定義  \mathrm{CE}^i(X) := \bigwedge^i (X^\ast) だけでも間に合います。

di:CEi(E)→CEi+1(X) を定義するために、次の同型を意識します。

  •  \bigwedge^n (X^\ast) \cong \mathrm{Alt}^n(X, {\bf R})

左辺は、ベクトル空間 X* のn個のコピーを外積で累乗したものです。右辺は、Xのn個のコピーを直積で累乗した集合 Xn からRへの交代複線形写像〈alternating multilinear {mapping | function | form}〉の空間です。左辺の外積ベキより、右辺の交代関数の空間のほうが扱いやすいことがあります。上記の同型があるので、どっちを使っても同じことです。

そういう事情なので、

  •  \mathrm{CE}^i(X) \cong \mathrm{Alt}^i(X, {\bf R})

この同型をイコールのように扱って*1、シュバレー/アイレンベルク複体を構成している要素(集合の要素)はX上の交代複線形写像だともみなします。つまり、次のように考えます。

  •  \alpha \in \mathrm{CE}^i(X) \Leftrightarrow \alpha \in \mathrm{Alt}^i(X, {\bf R})

この準備のもとで、次のように定義します。

一般の場合を書く際に、i, j を別な意味で使いたいので、di を dk : CEk(X)→CEk+1(X) とします。dkの定義は次のとおり。


\mbox{For}\: \alpha \in \mathrm{Alt}^k(X, {\bf R}), \\
\mbox{For}\: x_1, \cdots, x_k, x_{k+1} \in X, \\
\:\: (d^k(\alpha))(x_1, \cdots, x_k, x_{k+1}) := (-1){\displaystyle \sum_{1\le\, i \,<\, j \,\le k+1}}
(-1)^{i + j}\alpha([x_i, x_j], \cdots, \hat{x_i}, \cdots, \hat{x_j}, \cdots)

ここで、上にハットがついた引数は取り除くことを意味します。(k + 1)個の引数並びのなかから、i番目とj番目を取り除き、代わりにそれらの括弧積を先頭に挿入します。それを、すべての i < j に渡って行い、符号を調整しながら総和するのです。総和の前に付いている (-1) は、符号の辻褄を合わせるだけで特に意味はないです。

これで、リー代数Xのシュバレー/アイレンベルク複体 (CE(X), d) が定義できました。そもそも、dk の定義がどこから出て来たんだ? という疑問は残ります。これについては、シュバレー/アイレンベルクのオリジナル論文に解説があるそうです。リー群上のド・ラーム複体をヒントにしているようです(僕はオリジナルを読んでないので間接伝聞)。

  • C. Chevalley, S. Eilenberg, Cohomology theory of Lie groups and Lie algebras, Trans. Amer. Math. Soc. 63, (1948). 85–124.

複体と微分とヤコビ律

複体、複体、複体 … なんとかしてくれ!」に書いたように、「複体」は曖昧な多義語ですが、ここでは、複体は外微分作用素付きの階付きベクトル空間だとします。階付きベクトル空間については「カルタン微分計算系(とりあえず) // 整数階付きベクトル空間の圏」を見てください。{外}?微分{作用素}?〈{exterior}? {differential {operator}? | derivative}〉とは、階付きベクトル空間の階数〈次数〉1の自己準同型写像です。

微分作用素は、階数1なだけではなくて、平方零性〈nilquadraticy | square-zero property〉を持ちます。平方零性とは、すべての k∈Z で次が成立することです。

  •  d^{k+1}\circ d^k = 0

ただし、平方零性を持たない階数1の作用素も無意味ではありません。つうか、とても重要だったりするので、階付きベクトル空間に平方零とは限らない階数1の作用素が付いた構造*2にも名前が欲しいのですけど、ないみたい*3

[追記]
後から気付いたのですが、d2 という書き方は紛らわしいですね。この記事では、d0, d1, d2, d3, ... という系列のなかで番号が2のものを意味してます。が、 d^2 = d \circ d と、結合〈合成〉の意味での二乗としても使います。これは、記法のオーバーロードというより記法の衝突〈notation {collision | conflict | clash} 〉です。
[/追記]

さて、前節のシュバレー/アイレンベルク複体 (CE(X), d) ですが、これは複体と名付けられているので実際に平方零性は満たします。その確認には組み合わせ的議論をしなくてはならず、けっこう面倒です。ここでは、特別な場合である次の等式を調べてみます。

  •  d^2\circ d^1 = 0

d1, d2 の定義は次のようでした。


\mbox{For}\: \alpha \in \mathrm{Alt}^1(X, {\bf R}), \\
\mbox{For}\: x, y \in X, \\
\:\: d^1(\alpha)(x, y) := (-1)(-1)^{1+2}\alpha([x, y]) = \alpha([x, y])


\mbox{For}\: \beta \in \mathrm{Alt}^2(X, {\bf R}), \\
\mbox{For}\: u, v, w \in X, \\
\:\ d^2(\beta)(u, v, w) \\
\:\: := (-1)( (-1)^{1+2}\beta([u, v], w) + (-1)^{1+3}\beta([u, w], v) + (-1)^{2+3}\beta([v, w], u) ) \\
\:\:= \beta([u, v], w) - \beta([u, w], v) + \beta([v, w], u)

βのところに d1(α) を代入して計算すると:


\:\:\:\: d^2(\beta)(u, v, w)
= \beta([u, v], w) - \beta([u, w], v) + \beta([v, w], u) \\
= \alpha([ [u, v], w]) - \alpha([ [u, w], v]) + \alpha([ [v, w], u]) \\
= \alpha([ [u, v], w] - [ [u, w], v] + [ [v, w], u] ) \\
= \alpha(0) \\
= 0

ここで使われている  [ [u, v], w] - [ [u, w], v] + [ [v, w], u]  = 0 は、リー代数のヤコビ律〈ヤコビ恒等式〉です。

微分作用素が階数〈次数〉2のところで平方零性を持つ根拠はヤコビ律だったわけです。他の階数〈次数〉でも、平方零性はヤコビ律(と括弧積の交代性)に帰着されるので、シュバレー/アイレンベルク複体の d が平方零であることは、Xがリー代数であることと同値だと言えます。

リー代数上の加群

リー代数Xのシュバレー/アイレンベルク複体 (CE(X), d) をもう少し一般化します。リー代数X上の加群Vを係数域とするシュバレー/アイレンベルク複体 (CE(X, V), d) を定義します。

この節では、「表現」と「加群」が同義語であることを確認し、リー代数上の加群を定義します。

AがR-環(R上のベクトル空間であり、結合的単位的代数)であるとします。Aの掛け算が可換である必要はありません。ベクトル空間VがA上の加群〈left module〉であるとは、左作用 α:A×V→V があって、αがしかるべき法則を満たすことです。正確には、(V, α) が加群ですが、V = (V, α) という記号の乱用をします。

α:A×V→V をカリー化すると、Curry(α):A→Vect(V, V) となります。Vect(V, V) は、Vの自己線形写像の集合〈エンドセット〉なので、End(V) と書けば、Curry(α):A→End(V) です。ρ := Curry(α) と置くと、ρ:A→End(V) は、R-環の準同型写像になります。このような準同型写像を、R-環Aの(表現空間がVである){線形}?表現〈{linear}? representation〉と呼びます。

R-環Aの表現 ρ:A→End(V) が先に与えられたとき、ρを反カリー化した Uncurry(ρ):A×V→V は左作用となり、(V, α) はA上の左加群になります。つまり、R-環Aの表現とA上の左加群は同じ概念です。

R-環の表現(ある種の準同型写像)が意味を持つのは、End(A) がR-環だからですが、End(A) の掛け算は自己線形写像の結合〈合成〉です。別な掛け算(双線形写像)として、交換子積  [f, g] := f\circ g - g\circ f を採用すると、End(A) はリー代数になります。リー代数としての End(A) を End(A)Lie と書くことにします。

Xがリー代数として、ρ:X→End(V)Lieリー代数としての準同型写像であるとき、ρを、リー代数Xの(表現空間がVである){線形}?表現〈{linear}? representation〉と呼びます。「表現」と「加群」は(カリー化/反カリー化を挟んで)同義語だったので、(V, Uncurry(ρ)) を、リー代数X上の加群〈left module〉と呼びます。α := Uncurry(ρ) とすれば α:X×V→V 、さらに、α(x, v) := x・v と書くことにします。左作用 α = (・) は次の法則を満たします(定義から言えます)。

  •  [x, y]\cdot v = x \cdot (y \cdot v) - y\cdot (x\cdot v)

加群係数のシュバレー/アイレンベルク複体

Xがリー代数で、VがX上の加群とします。正確に言えば、ペア (V, ・) があり、(・):X×V→V が前節の法則を満たすことです。この状況で、k∈Z に対して、CEk(X, V) を次のように定義します。

  •  \mathrm{CE}^k(X, V) := \mathrm{Alt}^k(X, V)

dk:CEk(X, V)→CEk+1(X, V) は次のように定義します*4。必要があれば全体に (-1) をかけて符号の調整をします。


\mbox{For}\: \alpha \in \mathrm{Alt}^k(X, V), \\
\mbox{For}\: x_1, \cdots, x_k, x_{k+1} \in X, \\
\:\: (d^k(\alpha))(x_1, \cdots, x_k, x_{k+1}) \\
:= {\displaystyle \sum_{1\le\ i \,\le k+1}} (-1)^{i+1} x_i\cdot (\alpha(\cdots, \hat{x_i}, \cdots ) )  + \\
\:\:\:\: {\displaystyle \sum_{1\le\, i \,<\, j \,\le k+1}}
(-1)^{i + j}\alpha([x_i, x_j], \cdots, \hat{x_i}, \cdots, \hat{x_j}, \cdots)

(CE(X, V), d) はやはり複体になります。先のシュバレー/アイレンベルク複体 (CE(X), d) は、V = R と置いて、Xによる左作用を  x\cdot r = 0 と定義したものです。

今回の前提では、Xは体R上のリー代数でしたが、係数体を多様体上の関数可換環にすれば、ベクトル場のリー代数なども扱えます。関数可換環に関するベクトル場の双対は微分形式なので、微分幾何に必要な量が登場します。微分幾何に必要な諸々の量を、シュバレー/アイレンベルク複体の延長線上で構成する道具がシュバレー/アイレンベルク関手です。

*1:記号の誤用・乱用〈濫用〉の一種で、厳しい態度をとるなら「やってはいけないこと」です。が、誤用・乱用なしの記述は煩雑になり過ぎるのでご容赦を。

*2:例えば、ベクトルバンドルの共変微分から作られる外微分の系列。

*3:階付きベクトル空間と自己準同型射の組が複体であるのは、「(1)射の階数〈次数〉が1である。(2)射が平方零性を持つ。」の2つの条件を満たすことです。ひとつの条件を落としたものだから、半複体〈semi-complex〉がいいと思います。平方零性を持たない自己準同型射は半{外}?微分〈{exterior}? semi-derivative〉。

*4:https://ncatlab.org/nlab/show/Chevalley-Eilenberg+algebra#OfLieAlgebroidsに、別な形の(もっと複雑な)定義が載っています。