「微分インフラとはカルタン微分計算系」の続きです。
カルタン微分計算系が満たすべき等式は、https://planetmath.org/cartancalculus に従うとして、それらの等式を載せる土台がまだハッキリしません。どの程度抽象的にすべきか? どのような下部構造を要求すべきか? の方針がまだ分からないので、カルタン微分計算系のとりあえずのバージョンを定義します。
内容:
整数階付きベクトル空間の圏
ベクトル空間の係数体〈スカラー体 | 基礎体〉はRに固定して、以下、係数体には言及しません。有限次元とは限らないベクトル空間の圏をVectとします。
整数にベクトル空間を割り当てたものをZ-階付きベクトル空間〈Z-graded vector space〉といいます。AがZ-階付きベクトル空間だとは、
- A:Z→|Vect|
であることです。k∈Z に対する A(k) を Ak と書きます。A と B が2つのZ-階付きベクトル空間だとして、A から B への準同型写像は、
- fk:Ak→Bk (k∈Z)
という線形写像の整数インデックス族だとします。
Z-階付きベクトル空間の階数付けをズラすことができます。次のように定義します。
- (A[+1])k := Ak+1
A[+2], A[-1] なども同様です。
f:A→B[p] という形の準同型写像を階数pの準同型写像〈homomorphism of grade p〉と呼びます。pはゼロや負の整数でもかまいません。階付きベクトル空間の文脈では、階数と次数は同義語として入れ替え可能〈interchangable〉なので、次数pの準同型写像ともいいます。他でも「階数←→次数」の入れ替えはだいたいOKです。
Z-階付きベクトル空間を対象として、任意の階数の準同型写像を射とする圏が構成できます。この圏を Z-grVect と書きます。AからBへの階数pの準同型写像の全体を Z-grVectp(A, B) とします。この書き方は長ったらしいので、[A, B]p という略記も使います。[A, B]p のpをZ上で動かすとZ-階付きベクトル空間になります。つまり、圏 Z-grVect のホムセットは Z-grVect の対象とみなせます。
この記事内で使うのは、[A, A] という形の階付きベクトル空間だけです。[A, A] は、圏 Z-grVect の自己射〈endomorphism〉からなるベクトル空間ですね。これを、𝒪(A) と略記します。'𝒪'は筆記体のオー〈U+1D4AA Mathematical Script Capital O〉で、'Operator'のつもりです。
カルタン微分計算系
Z-階付きベクトル空間を単に「階付きベクトル空間」と呼びます。Ωを階付きベクトル空間とします。文字'Ω'を使うと、微分形式の雰囲気がただよいますが、実際、典型例として微分形式の階付きベクトル空間を想定しています。Φ := Ω0 と置きます。Φは単なるベクトル空間ではなく、可換環の構造が入っているとします。そして、Ξ = (Ξ, [-, -]) はリー代数とします。
Ω, Φ, Ξ がカルタン微分計算系を載せる台となる構造です。ΩとΞはΦ-加群であり、ΩとΞは双対であり、Ωは外積代数の構造を持つでしょう。が、そこらへんの細かいことは今日は触れないことにします。どの程度の仮定が必要か? よく分からないので。
階付きベクトル空間Ω上の3つのオペレータ(階付きベクトル空間の自己射)を考えます。3つのうち2つは、Ξでインデックスされたオペレータのインデックス族です。
- d∈𝒪1(Ω)
- L:Ξ→𝒪0(Ω)
- i:Ξ→𝒪-1(Ω)
オペレータの交換子括弧積 は、XとYの階数〈次数〉が共に奇数のときだけプラスを使います(https://planetmath.org/cartancalculus 参照)。ここでプラスが出てくるのは、階数 -1, -1 のケースです。
以上のセットアップのもとで、カルタンの等式を交換子括弧積を用いて書き下せます。
X, Y∈Ξ で、等式右辺の括弧積は、リー代数Ξの括弧積です。
とりあえずですが、3つの代数系 Ω, Φ, Ξ、3つのオペレータ(2つはオペレータ族)d, L, i、6つの等式によりカルタン微分計算系〈Cartan calculus〉を定義できました。モヤッとした微分インフラよりは精密になりました。