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参照用 記事

流れとリー微分

リー微分は共変微分か? -- 代数的に考えれば」において:

リー微分の幾何的・解析的定義は、接ベクトル場が生成する流れ〈flow〉を使って行いますが、代数的には、リー微分はリー括弧(交換子積)の右カリー化です。

「リー括弧の右カリー化としてのリー微分」については上記の記事で書いているので、この記事では「接ベクトル場が生成する流れを使った微分としてのリー微分」について述べます。今回もラムダ記法やカリー化の技法を使います。

内容:

リー微分の計算

リー微分 LXY の幾何的・解析的な定義は、ベクトル場Xが生成する流れφに沿ってベクトル場Yを移動して*1微分係数の定義(微小な差を微小な時間で割った値)に従って計算します。これを仮に、流れによるリー微分〈Lie derivative defined by the flow〉と呼んでおきます。

流れによるリー微分がリー括弧〈交換子積〉と等しくなることは、たいていの微分幾何の教科書に載っているでしょうが、スタックエクスチェンジの質問"Lie derivative of a vector field equals the lie bracket"への回答のひとつに、記法を工夫して短い計算で済ませているものを見つけました。もとは、書籍"Differentiable Manifolds: A Theoretical Phisics Approach" by Gerardo F. Torres del Castillo(https://www.amazon.com/dp/0817682708)の"proposition 2.20"だそうです。

回答にあった計算を写しておきます。


\:\:\:\: (X(Yf))_x \\
= \lim_{t\to 0} \frac{1}{t}(\, (\phi_t^*Yf)_x - (Yf)_x  \,) \\
= \lim_{t\to 0} \frac{1}{t}(\, (\phi_t^*Y)_x(\phi_t^*f) - (Yf)_x  \,) \\
= \lim_{t\to 0} \frac{1}{t}(\, (\phi_t^*Y)_x(\phi_t^*f) - (\phi_t^* Y)_x f  + (\phi_t^* Y)_x f - (Yf)_x  \,) \\
= \lim_{t\to 0} (\phi_t^* Y)_x  \frac{1}{t}(\, (\phi_t^* f)- f \,) + \lim_{t\to 0} \frac{1}{t}(\, ( (\phi_t^* Y)_x - Y_x)f \,) \\
= Y_x Xf + (L_X Y)_x f

確かに短いですし、使われている記法はよく考えられています。が、“各行の意味”と“行から行への等式変形“を理解するには、各種の定義と、省略やオーバーロード、独特のルール、暗黙の了解事項を知っておく必要があります。

関数と接ベクトル場の引き戻し

Mをなめらかな多様体として、U, V はMの開集合とします。UからVへのなめらか同型写像〈smooth isomorphism | Cな位相同型写像〉 ψ:U→V があるとします。U上の接ベクトルの集合は、Mの接ベクトルバンドル TM のUへの制限 TM|U として得られます。でも、Uを一人前の多様体とみなすこともできるので、TM|U を TU と書きます。TV も同様です。

関数 f∈C(V) に対して、ψ:U→V による関数の引き戻し〈pullback of a function〉を次のように定義します。

  •  \psi^*(f) := f\circ \psi

ψ* は、ψを前結合〈pre-composition | プレ結合〉することです。関数の引き戻しは ψ*:C(V)→C(U) という写像になります。関数の引き戻しでは、ψが可逆〈同型〉であることは使っていません。

次に、接ベクトル場 Y∈Γ(TV) に対して、ψ:U→V による接ベクトル場の引き戻し〈pullback of a tangent vector field〉を次のように定義します。

  •  \psi^*(Y) := T(\psi^{-1}) \circ Y \circ \psi

接ベクトル場の場合、ψが可逆〈同型〉でないと引き戻しが定義できません。ここで、ベクトル場は Y:V→TV という写像とみなしています。接写像 T(ψ-1) は T(ψ-1):TV→TU という写像です。よって、上記の右辺の結合は意味を持ちます。

x∈U に対して、次の等式が成立します。

  •  \psi^*(Y)(x) = T_{\psi(x)}(\psi^{-1})(Y(\psi(x)))

ここで、Tψ(x)-1) は、接写像 T(ψ-1) のファイバー間写像〈fibre-to-fibre map〉で、

  •  T_{\psi(x)}(\psi^{-1}): T_{\psi(x)}V \to T_xU

Tx(-) という書き方は、点xでのファイバー(ファイバー空間またはファイバー間写像)を表します*2

Y \mapsto \psi^* Y は、TVのセクションにTUのセクションを対応させるので、ψ* は Γ(TV)→Γ(TU) というセクション空間のあいだの写像です。可逆写像 ψ:U→V による関数の引き戻しと接ベクトル場の引き戻しをまとめておくと:

  •  \psi^* : C^{\infty}(V) \to C^{\infty}(U)\\ \:\:\: \mbox{ where}\: \psi^*(f)(x) = (f \circ \psi)(x) = f(\psi(x))
  •  \psi^* : \Gamma(TV) \to \Gamma(TU)\\ \:\:\: \mbox{ where}\: \psi^*(Y)(x) = T_{\psi(x)}(\psi^{-1})(Y(\psi(x)))

二種類の引き戻しに、同じ記号がオーバーロード〈多義的使用〉されています。なお、U, V⊆M という仮定はなくても、これらの定義は有効です。

引き戻しの代数: 微分適用構造の同型

引き戻し ψ* の代数的な特徴を見ておきましょう。前節と同じ設定で次のように置きます。

  • A := C(U)
  • M := Der(A) = Der(C(U)) \stackrel{\sim}{=} Γ(TU)
  • B := C(V)
  • N := Der(B) = Der(C(V)) \stackrel{\sim}{=} Γ(TV)

いくつかの補足と注意を以下に:

  1. AとBはR-可換環です。R-可換環は、実数による乗法を持つ可換環です。これについては「双対接続ペア // 可換環と加群」に書いてあります。
  2. MはA上の左加群、NはB上の左加群です。これも「双対接続ペア // 可換環と加群」を見てください。Aは可換環なので、Mは両側加群と考えていいのですが、記法の都合から左からのスカラー乗法を標準とします(右からのスカラー乗法を禁止はしません)。
  3. Mの要素は、Aに対してR-導分〈R-derivation〉として作用します。R-導分については、「微分はライプニッツ法則に支配されている 2: 局所性 // R-導分の復習」を参照。同様に、Nの要素はBのR-導分です。
  4. Der(C(U)) \stackrel{\sim}{=} Γ(TU) は、代数的に定義された導分(領域導分)が、ベクトル場と同じであることを主張してます。「微分はライプニッツ法則に支配されている 3/3: 領域導分と接ベクトル場」に書いてあります。

リー微分は共変微分か? -- 代数的に考えれば // 微分適用と外微分」において微分適用〈differential application〉について述べました。微分適用は、単なる適用ですが、写像が導分(M, N の要素)になっています。微分適用を'D'で表しましたが、ここでは、'D'を他の目的(時間に関する微分)で使うので微分適用に中置演算子記号'▷'を使います。'(▷)' と書くと、中置演算子記号を二変数関数記号とみなしたものです(Haskellの記法)。

以下、可換環の掛け算とベクトル空間/加群スカラー乗法をドット('・')で表します。ドットは混乱がないなら省略可能です。

さて、可換環加群微分適用の3つ組 (A, M, ▷) を微分適用構造〈differential application structure〉と呼ぶことにします。詳しく言えば:

  1. A = (A, +, 0, ・, 1) はR-可換環である。'・'は、Rによるスカラー乗法とAの掛け算の両方を表している。
  2. M = (M, +, 0, ・) は左A-加群である。'・'は、Aによるスカラー乗法を表している。
  3. (▷):M×A→A は微分適用である。
    1. (▷)は、M, A をR-ベクトル空間とみなして双線形写像
    2. (▷)は、Aへの作用とみなしてライプニッツ法則を満たす。
      X▷(f・g) = (X▷f)・g + f・(X▷g)

(A, M, ▷), (B, N, ▷) が2つの微分適用構造のとき、F = (F0, F1), F0:B→A, F1:N→M が、(A, M, ▷) から (B, N, ▷) への微分適用構造の準同型写像〈homomorphism of differential application structures〉だとは:

  1. F0:B→A はR-可換環準同型写像である。
  2. F1:N→M は(F0上の)左加群準同型写像である。
  3. Y∈N, g∈B に対して、F0(Y▷g) = F1(Y)▷F0(g) が成立する。

F0もF1もどちらもFと書くことがあります(関数記号のオーバーロード)。Fによって、環と加群の構造(足し算、掛け算、スカラー乗法)と微分適用が保存されます*3

前節で定義した引き戻し ψ* は、微分適用構造の準同型写像になっています。(ψ-1)* も定義できることから ψ* は可逆、つまり同型写像にもなっています。

  1. f, g∈B に対して、ψ*(f + g) = ψ*(f) + ψ*(g)
  2. f, g∈B に対して、ψ*(f・g) = ψ*(f)・ψ*(g)
  3. Y, Z∈N に対して、ψ*(Y + Z) = ψ*(Y) + ψ*(Z)
  4. f∈B, Y∈N に対して、ψ*(f・Y) = ψ*(f)・ψ*(Y)
  5. Y∈N, f∈B に対して、ψ*(Y▷f) = ψ*(Y)▷ψ*(f)

最後の微分適用の保存を引き戻しの定義に基づいて詳しく書けば:

  •  (Y \triangleright f)(\psi(x)) = T_{\psi(x)}(\psi^{-1})(Y(\psi(x))) \triangleright_x (f\circ \psi)

 (Y \triangleright f) は、関数fを接ベクトル場Yで“領域導分”したものです。右辺の記号  \triangleright_x は、点xでの“点導分”を表します。 \triangleright_x は、微分適用〈point differential application〉(点導分の微分適用)といえます。点微分適用の左側は“一点での接ベクトル=点導分”になります。点導分と領域導分の関係については、「微分はライプニッツ法則に支配されている 3/3: 領域導分と接ベクトル場 // 点導分と領域導分」を見てください。

この等式で、 y = \psi(x) と置いて、 T_{\psi(x)}(\psi^{-1}) T_{\psi(x)}(\psi)^{-1} に書き換えると次のようになります。

  •  (Y \triangleright f)(y) = T_{y}(\psi)^{-1}(Y(y)) \triangleright_x (f\circ \psi)

この等式は、微積分や微分幾何の早い段階で習う公式です。左辺は、変数yの関数fを微分作用素Yで微分しています。 y = \psi(x) と“変数変換”すると、変数xの関数 f\circψ がU上に現れます。関数の変数変換に伴って、微分作用素Yも変数xに対する微分作用素に変換します。“微分作用素=接ベクトル”の変換は、ヤコビ行列(に相当する接写像)T(ψ) の逆行列を使います。つまりこれは、関数と微分作用素変数変換の公式です

微分幾何では、接ベクトルを反変ベクトルと呼びますが、変数変換に伴う“接ベクトル=微分作用素”の変換がヤコビ行列の逆行列(反対)を使うから反変(反対に変換される)というのでしょう。先の変数変換の公式は、“接ベクトル=微分作用素”に関しては反変変換の公式です。

大域的な曲線(運動)と流れ

この節では、大域的曲線と大域的流れを定義します。大域的曲線/流れの定義は(局所的なものに比べれば)単純です。しかし、いつでも望みの大域的曲線/流れがあるとは期待できません。

γ:R→M がなめらかな写像のとき、γを大域的曲線〈global curve〉と呼びます。t∈R を時刻と考えれば、時刻に伴う位置の変化なので、(質点の)大域的運動〈global motion〉と呼ぶのがふさわしいでしょう。ですが、運動とその軌跡である曲線をあまり区別しない習慣があります(悪習だけど)。ここでの「大域的」は時間的大域性で、無限の過去から無限の未来まで続く運動だということです。

Dγ = D(γ) : R→TM は“曲線の微分”で、変数を時間だとみて各時点での速度ベクトルを割り当てる写像です。Dγ を \frac{d\gamma}{dt} とも書きますが、変数名't'を固定する書き方は好ましくないです(「微分計算、ラムダ計算、型推論」参照)。a∈R に対して、γ  \mapsto (Dγ)(a) をひとつの作用素だとみなして、D|a と書きます。

  •  D|_a:C^{\infty}({\bf R}, M) \to TM \\ \:\:\: \mbox{ where}\: (D|_a)(\gamma) := D(\gamma)(a) \: \in T_{\gamma(a)}M \subseteq TM

さて、多様体M上の流れに話題を移します。流れとは、時間に沿ってすべての点が一緒に運動することです。それを、写像 φ:R×M→M として定式化します。φが大域的流れ〈global flow〉だとは、次が成立することです。

  1. For x∈M, φ(0, x) = x
  2. For s, t∈R, φ(s + t, x) = φ(t, φ(s, x))

この2つから、φ(-t, φ(t, x)) = x, φ(t, φ(-t, x)) = x が出ます。加法群としてのRが、多様体Mに作用している状況ですね。

大域的流れ φ:R×M→M に対してカリー化を適用しましょう。カリー化については「リー微分は共変微分か? -- 代数的に考えれば // カリー化, ラムダ記法と無名ラムダ変数」を参照。

すぐ上で参照した記事で説明している書き方を使うとして、φの右カリー化と左カリー化は次のようになります。

  • φ = φ(-) :R→C(M, M)
  • φ = φ(-) :M→C(R, M)

t∈R に対する φt:M→M を、流れφにおける時間t経過による移動〈transport〉と呼びます。一方、x∈M に対する φx:R→M を、流れφにおける点xを通る流線〈streamline | flow line〉と呼びます。この定義における流線は、質点の運動で、時刻0でちょうどxを通るものです。流曲線〈flow curve〉とか流運動〈flow motion〉とか呼べばよさそうですが、言わないみたい(習慣は必ずしも合理的ではない)。

ラムダ記法(「リー微分は共変微分か? -- 代数的に考えれば // ラムダ記法と無名ラムダ変数」参照)を使って書けば:

  • 時間t経過による移動: φt = λx∈M.φ(t, x) : M→M
  • 点xを通る流線: φx = λt∈R.φ(t, x) :R→M

流線は時間(実数)の関数なので、時間で微分できました。微分を使ってφの速度ベクトル場〈velocity vector field〉VVF(φ) を次のように定義します。

  • For x∈M, VVF(φ)(x) := (D|0)(φx)

φx も D|0 も既に定義済みなので、VVF(φ) もwell-definedです。伝統的記法(「微分計算、ラムダ計算、型推論」参照)では次のように書きます。

  •  VVF(\phi)(x) := \frac{d}{dt}|_{t = 0} (\phi^x(t)) = \frac{\partial}{\partial t}|_{t=0}(\phi(t, x))

M上の大域的流れの全体を GFlow(M) として、VVFは、次のような写像です。

  • VVF:GFlow(M)→Γ(TM)

接ベクトル場 X∈Γ(TM) に対して、VVF(φ) = X となる流れφが存在するとき、φをベクトル場Xの流れ〈flow of a vector field〉と呼びます。φがXの流れであるとは、次の等式が成立することです。

  • For x∈M, X(x) = (D|0)(φx)

「流れφの微分ベクトル場〈derivative vector field〉X」、「ベクトル場Xの積分流〈integral flow〉φ」と呼べばスッキリしそうですが、習慣に反するようです(習慣は必ずしも合理的ではない)。

φが接ベクトル場Xの流れのとき、x∈M に対するφxをXの積分曲線〈integral curve〉、または解曲線〈solution curve〉と呼びます。Xの流れは、Xの積分曲線達を重ねて束にしたものです*4

局所的な流れ

多様体M上の与えられた接ベクトル場Xに対して、Xの大域的流れ φ:R×M→M があればいいのですが、それは保証されません。幸いにも、流れによるリー微分を定義するのに大域的流れが必要なわけでもありません。Mの点xの周辺で定義された局所的な流れを考えます。

M上の接ベクトル場Xに対して、部分写像 φ:R×M⊇→M がXの局所的流れであることをこれから定義します。φは、R×M の部分集合の上で定義されています(全域とは限らない)。φの定義域を def(φ) とします。def(φ) は R×M の開集合であるとします。

def(φ) が開集合であることから、x∈def(φ) に関して次が言えます。

  • xを含む開集合 U⊆M と正実数εがあって、(-ε, ε)×U ⊆ def(φ) となる U, ε が存在する。(-ε, ε) は(ペアではなくて)開区間

この性質を利用すると、def(φ) をより望ましい形に取り直すことができます。例えば次の条件を満たす形に取り直せます。

  • (s, y)∈def(φ) ならば、{t∈R | (t, y)∈def(φ)} は 0 を含む開区間
  • (s, y)∈def(φ) ならば、{x∈M | (s, x)∈def(φ)} は座標近傍。

必要があれば、def(φ) は都合がよい形だとして、φ:R×M⊇→M が、点x(の周辺〈近傍〉)で定義されたXの局所的流れ〈local flow〉であるとは、次を満たすことです。

  1. (0, y)∈def(φ) ならば、φ(0, y) = y
  2. (s, y)∈def(φ) かつ φ(s, y)∈def(φ) かつ (s + t, y)∈def(φ) ならば、φ(s + t, y) = φ(t, φ(s, y))

部分的にしか定義されてない場合でも、(ゴタゴタ条件が付きますが)流れが満たすべき法則は同じです。

常微分方程式の理論から次のことが言えます。

  • 多様体M上の接ベクトル場Xと、任意の点 x∈M に対して、点xで定義されたXの局所的流れ φ:R×M⊇→M が存在する。

点xで定義された局所的流れは、次の意味で一意的です。

  • φ, φ' が点xで定義されたXの局所的流れだとすると、def(φ)∩def(φ') 上ではφとφ'は一致する。

接ベクトル場Xに対する局所的流れはイッパイありますが、一点の周辺での議論においては、どの局所的流れを取っても同じです。

流れによるリー微分の定義

これからリー微分と言えば、それは流れによるリー微分だとします。リー微分は接ベクトル場の流れ(局所的流れ)を使って以下のように定義します。φは点xで定義されたXの局所的流れだとします。下の式のなかの角括弧〈ブラケット〉は、リー括弧や関数集合ではなくて単なる括弧です。

  •  (L_X f)(x) := \lim_{t \to 0}\frac{1}{t}[\; (\phi_t^* f)(x) - f(x) \;]
  •  (L_X Y)(x) := \lim_{t \to 0}\frac{1}{t}[\; (\phi_t^* Y)(x) - Y(x) \;]

前節の議論から、Xの局所的流れφをどう選んでも、点xの近くでは同じになります。

リー微分の定義を少し書き換えると:

  •  (L_X f)(x) := D|_0 (\lambda t\in (-\epsilon, \epsilon). (\phi_t^* f)(x)) = \frac{d}{dt}|_0 ( (\phi_t^* f)(x) )
  •  (L_X Y)(x) := D|_0 (\lambda t\in (-\epsilon, \epsilon). (\phi_t^* Y)(x)) = \frac{d}{dt}|_0 ( (\phi_t^* Y)(x) )

これらが、最初の定義と同じであることはほとんど明らかでしょう。次の変形をして、tで割った極限を取るだけです。


\:\:\:\: (\phi_t^* f)(x) - f(x) \\
= (\phi_t^* f)(x) - (\phi_0^* f)(x) \\
\:\:\\
\:\:\:\: (\phi_t^* Y)(x) - Y(x) \\
= (\phi_t^* Y)(x) - (\phi_0^* Y)(x) \\

微分公式

後で使う微分計算の公式を示しておきましょう。φはベクトル場Xの局所的流れだとします。

  1.  D|_0(f\circ \phi^x) = (Xf)(x) = X|_x f
  2.  L_X f = X\triangleright f = X(f)
  3.  (\phi_t^* Y f)(x) = (\phi_t^* Y)|_x (\phi_t^* f)

まず、次のことを注意しておきます; 接ベクトル場は領域導分であり、接ベクトルは点導分であり、領域導分の結果(導関数)の一点での値が点導分の結果(微分係数)であることから、同じことを様々に表現できます。

  • (Y \triangleright f)(x) = (Y(f))(x) = (Yf)(x) = Yf(x)
  •  Y|_x f =  Y(x) \triangleright_x f = Yf(x)

一番目の微分公式は、ほとんど定義といってもいいでしょう。接ベクトル v∈TxM による“点導分=一点での微分”を定義するさいに、曲線 γ:(-ε, ε)→M で、D|0γ = v であるものを使って次のように定義します*5

  •  v \triangleright_x f := D|_0 (f\circ \gamma) = \frac{d}{dt}|_0 f(\gamma(t))

vがベクトル場Xの値である状況を考えると、

  •  X(x) \triangleright_x f := D|_0 (f\circ \phi^x) = \frac{d}{dt}|_0 f(\phi(t, x))

この等式は、書き方の違いがあるだけで、一番目の微分公式と同じです。

二番目の微分公式は、接ベクトル場Xによる関数のリー微分が、通常の微分と同じことを主張しています。 (L_X f)(x) = D|_0 (f\circ \phi^x) が言えれば、1番目の微分公式から、主張がしたがいます。以下の計算から  (L_X f)(x) = D|_0 (f\circ \phi^x) が言えます。


\:\:\:\: (L_X f)(x) \\
= \frac{d}{dt}|_0 ( (\phi_t^* f)(x)) \\
= \frac{d}{dt}|_0 ( (f\circ \phi_t)(x) ) \\
= \frac{d}{dt}|_0 ( f (\phi_t(x)) ) \\
= \frac{d}{dt}|_0 ( f (\phi(t, x)) ) \\
= \frac{d}{dt}|_0 ( f (\phi^x(t)) ) \\
= \frac{d}{dt}|_0 ( (f\circ \phi^x)(t) ) \\
= D|_0 ( f\circ \phi^x ) \\

さて、三番目の微分公式  (\phi_t^* Y f)(x) = (\phi_t^* Y)|_x (\phi_t^* f) です。これは、変数変換の公式と同じものです。変数変換の公式は次の形でした。

  •  \psi^* (Y\triangleright f) = (\psi^* Y)\triangleright (\psi^* f)

ψにφtを代入すると:

  •  \phi_t^* (Y\triangleright f) = (\phi_t^* Y)\triangleright (\phi_t^* f)

点xでの値を取ると:

  •  (\phi_t^* (Y\triangleright f))(x) = ( (\phi_t^* Y)\triangleright (\phi_t^* f) )(x)

もう少し変形します。


\:\:\:\:  ( (\phi_t^* Y)\triangleright (\phi_t^* f) )(x) \\
= (\phi_t^* Y)(x) \triangleright_x (\phi_t^* f) \\
= (\phi_t^* Y)|_x (\phi_t^* f) \\

これから三番目の微分公式が出ます。

リー微分の計算:詳細

以上で準備ができたので、冒頭のリー微分の計算を追いかけてみます。出典であるデル・カスティーヨ〈del Castillo〉の本の記法では、ベクトル場Xの一点xでの値 X(x) と、点導分 X|x を区別せずに Xx と書きます。この同一視は合理的です。ベクトル場の一点での値と点導分は同じものですから。デル・カスティーヨは、関数の値 f(x) も fx と書いています -- これ単にそう書いているだけです。

では、計算(等式の変形)を順に見ていきます。


\:\:\:\: ( X(Yf) )_x \\
= \lim_{t\to 0} \frac{1}{t}(\, (\phi_t^*Yf)_x - (Yf)_x  \,)

Yfをgと置いてみれば、次と同じことです。


\:\:\:\: ( X(g) )(x) \\
= \lim_{t\to 0} \frac{1}{t} [\; (\phi_t^*g)(x) - g(x)  \;]

2行目はgのリー微分になってますが、微分公式2から、関数のリー微分は通常の微分と同じなんでこの等式は成立します。

では次、


\:\:\:\: \lim_{t\to 0} \frac{1}{t}(\, (\phi_t^*Yf)_x - (Yf)_x  \,) \\
= \lim_{t\to 0} \frac{1}{t}(\, (\phi_t^*Y)_x(\phi_t^*f) - (Yf)_x  \,)

 (\phi_t^*Yf)_x = (\phi_t^*Y)_x(\phi_t^*f)微分公式3(変数変換の公式)から言えます。

その次、


\:\:\:\: \lim_{t\to 0} \frac{1}{t}(\, (\phi_t^*Y)_x(\phi_t^*f) - (Yf)_x  \,) \\
= \lim_{t\to 0} \frac{1}{t}(\, (\phi_t^*Y)_x(\phi_t^*f) - (\phi_t^* Y)_x f + (\phi_t^* Y)_x f - (Yf)_x  \,)

この変形はトリッキーですが、等式が成立するのは明らかです。

さらに次、


\:\:\:\: \lim_{t\to 0} \frac{1}{t}(\, (\phi_t^*Y)_x(\phi_t^*f) - (\phi_t^* Y)_x f  + (\phi_t^* Y)_x f - (Yf)_x  \,) \\
= \lim_{t\to 0} \frac{1}{t}(\, (\phi_t^* Y)_x  (\phi_t^* f)- (\phi_t^* Y)_x f \,) + \lim_{t\to 0} \frac{1}{t}(\, (\phi_t^* Y)_x f - Y_x f \,) \\
= \lim_{t\to 0} (\phi_t^* Y)_x  \frac{1}{t}(\, (\phi_t^* f)- f \,) + \lim_{t\to 0} \frac{1}{t}(\, ( (\phi_t^* Y)_x - Y_x)f \,)

 \frac{1}{t}を掛け算することと、極限を取ることは足し算に対して分配するので、1行目から2行目はOKです。点微分適用は双線形なので、点導分や関数を括弧の外に括り出すことができます。2行目から3行目はそのような計算です。

最後のステップは次です。


\:\:\:\: \lim_{t\to 0} (\phi_t^* Y)_x  \frac{1}{t}(\, (\phi_t^* f)- f \,) + \lim_{t\to 0} \frac{1}{t}(\, ( (\phi_t^* Y)_x - Y_x) f \,) \\
= Y_x Xf + (L_X Y)_x f

これは、次の2つの等式が言えれば成立します。

  1.  \lim_{t\to 0} (\phi_t^* Y)_x  \frac{1}{t}(\, (\phi_t^* f)- f \,) = Y_x Xf
  2.  \lim_{t\to 0} \frac{1}{t}(\, ( (\phi_t^* Y)_x - Y_x) f \,) = (L_X Y)_x f

二番目はリー微分の定義そのものです。一番目は、次の2つの極限に関係します。

  1.  \lim_{t\to 0} (\phi_t^* Y)_x  = Y_x
  2.  \lim_{t\to 0} \frac{1}{t}(\, (\phi_t^* f)- f \,) = Xf

同じtに関して極限を取るので、全体の極限は、それぞれの極限の点微分適用で与えられます(厳密には、解析的議論をすべきでしょうが)。

今までの議論における関数fは任意なので、微分作用素に関する次の等式が得られました。

  •  XY = YX - L_X Y

おわりに

計算をする上で大切なことは、点導分(一点での微分係数を求めること)と領域導分(開集合での導関数を求めること)の区別と相互関係です。また、微分作用素(導分)を関数に作用させる操作である微分適用を意識したほうがいいでしょう。

現行の記法では、変数の省略や演算子記号を省略した併置が多用されるので、点導分と領域導分の区別や、微分適用を意識することが難しくなっています。適宜、演算子記号や括弧を補って明確化するといいでしょう。

*1:ベクトルの移動には、通常は平行移動のメカニズム(接続)が必要です。しかし、リー微分で使う移動は、多様体の構造だけから定義できる移動になっています。

*2:ベクトルバンドル π:E→M のファイバーは Exと書きます。この書き方とあわせるなら、TMx ですが、TxM が習慣です。2つの記法に整合性はありません。

*3:微分適用構造とその準同型写像は、全体として圏を形成します。位相空間上に、微分適用構造の圏に値を取る層を考えれば、微分幾何を展開できるでしょう。もっとも、マリオス微分幾何とほとんど同じになるでしょうが。

*4:積分曲線を重ねてた束ねたものなら、ますます「積分流」と呼びたくなるのだが……

*5:曲線を使った定義が、代数的点導分と一致することは、別に示す必要があります。