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参照用 記事

スピヴァックの指数記法(米田不定元)

スピヴァック〈David I. Spivak〉が、集合圏上の多項式関手に関して使用している $`y^A`$ のような記法を「米田テンソル計算 3: 米田の「よ」、米田の星、ディラックのブラケット 再論 // スピヴァックの指数記法」で紹介しました。指数記法はとても具合がいいです。集合圏以外でも使ったらいいんじゃないでしょうか。$`\newcommand{\cat}[1]{\mathcal{#1} }
\newcommand{\mrm}[1]{\mathrm{#1} }
\newcommand{\hyp}{\text{-} }
\newcommand{\In}{\text{ in } }
\newcommand{\id}{\mathrm{id} }
\newcommand{\twoto}{\Rightarrow }
`$

内容:

一般の圏でも指数記法

集合圏では、以下はいずれも同じ集合を意味します。

  • $`{\bf Set}(A, B)`$ : 集合圏のホムセット
  • $`\mrm{Map}(A, B)`$ : 写像の集合
  • $`[A, B]`$ : 内部ホム対象
  • $`B^A`$ : 集合の指数〈累乗〉

集合圏とは限らない一般の圏 $`\cat{C}`$ においても、ホムセット $`\cat{C}(A, B)`$ は意味を持ちます。一般的ホムセットを $`\mrm{Map}(A, B)`$ と書くのは適切ではないでしょう(射が写像とは限らないので*1)。$`\cat{C}`$ が内部ホム対象〈指数対象〉を持つなら、$`[A, B],\,B^A`$ を使うのは自然ですが、すべての圏が内部ホム対象を持つわけではありません。

というわけで、指数記法 $`B^A`$ の使用は限定的な気がするのですが、記法なんて約束事なので、「ホムセットを指数記法で書く」と約束すれば、任意の圏のホムセットを $`B^A = \cat{C}(A, B)`$ と表してもかまわんでしょう。実際、便利だからね。

指数 $`B^A`$ の片方を変数にします。このとき、変数に $`y`$ を使います。$`y^A`$ または $`B^y`$ となります。$`y`$ は「米田の $`y`$」ということで、変数文字〈不定元〉 $`y`$ は特別な意味で使います。

  • $`y^A`$ は、共変関手 $`\cat{C}(A, \hyp) : \cat{C} \to {\bf Set}`$ を意味する。
  • $`B^y`$ は、反変関手 $`\cat{C}(\hyp, B) : \cat{C}^\mrm{op} \to {\bf Set}`$ を意味する。

集合圏でない場合でも、$`y^A`$ をベキ関手〈power functor〉、 $`B^y`$ を指数関手〈exponential functor〉と呼ぶことにします。誤解が生じそうなときは、米田べき関手米田指数関手にします。

  • $`y^\hyp : \cat{C} \to [\cat{C}, {\bf Set}]`$ は余米田埋め込み〈coYoneda embedding〉
  • $`\hyp^y : \cat{C} \to [\cat{C}^\mrm{op}, {\bf Set}]`$ は米田埋め込み〈Yoneda embedding〉

米田不定元を使った書き方 $`y^A, B^y`$ の良いところは、べき関手と指数関手の区別がハッキリしていて、紛れることがないことです。$`h^A, h_A`$ とか $`A_*, A^*`$ とかだと、どっちがどっちだかワケわからんことになります。

米田の補題

関手のあいだの自然変換の集合を $`\mrm{Nat}(\hyp, \hyp)`$ で書くことにします。米田の補題の主張は、$`A\in |\cat{C}|`$ と $`F:\cat{C} \to {\bf Set}`$ に対して、
$`\quad \mrm{Nat}(y^A , F) \cong F(A) \In {\bf Set}`$
または、$`G:\cat{C}^\mrm{op} \to {\bf Set}`$ に対して、
$`\quad \mrm{Nat}(B^y , G) \cong G(B) \In {\bf Set}`$
となります。米田の補題のより詳しいことは次の記事に書いています。

[補足]
過去記事「ニンジャ米田の補題と本家・米田の補題」とこの記事での記号の対応を示しておきます。

  • 過去記事では、圏 $`\cat{C}`$ の対象を小文字 $`a, x`$ などで書いている。この記事では大文字 $`A, X`$ など。
  • 過去記事では、$`よ`$記法を使っている。$`よ_a = \cat{C}(a, \hyp) = y^a`$
  • 過去記事では、$`\Phi(\xi)`$ 、この記事では $`\check{\xi}`$ 。
  • 過去記事では、$`\Psi(t)`$ 、この記事では $`\hat{t}`$ 。

[/補足]

共変バージョンの米田の補題を考えることにして、集合のあいだの同型
$`\quad \mrm{Nat}(y^A , F) \cong F(A)`$
は具体的に書き下すことができます。集合のあいだの同型を与える写像を、次の記号で表すことにします。

  • 自然変換 $`\xi\in \mrm{Nat}(y^A , F)`$ に対する要素を $`\check{\xi} \in F(A)`$
  • 要素 $`t\in F(X)`$ に対する自然変換を $`\hat{t} \in \mrm{Nat}(y^A , F)`$

すると:

  • $`\check{\xi} := \xi_A(\id_A) \;\in F(A)`$
  • $`(\hat{t}_X : X^A \to F(X) \In {\bf Set} ) := \lambda\, u\in X^A. F(u)(t)`$

少し説明を加えます。

$`\xi :: y^A \twoto F : \cat{C} \to {\bf Set}`$ が自然変換(圏の2-圏の2-射)だとすると、その$`A`$-成分は、

$`\quad \xi_A : (y^A)(A) \to F(A) \In {\bf Set}`$

$`(y^A)(A) = A^A = \cat{C}(A, A)`$ なので、$`\id_A \in (y^A)(A)`$ であり、それを $`\xi_A`$ で $`F(A)`$ に送ると、集合 $`F(A)`$ の要素が得られます。

二番目のほう; 自然変換 $`\hat{t} :: y^A \twoto F : \cat{C} \to {\bf Set}`$ を定義するには、対象 $`X\in |\cat{C}|`$ ごとの写像(自然変換の成分達)が必要です。

$`\quad \hat{t}_X : y^A(X) \to F(X) \In {\bf Set}`$

$`(y^A)(X) = X^A = \cat{C}(A, X)`$ なので、$`u\in \cat{C}(A, X)`$ に対する値 $`\hat{t}_X(u)`$ が決まれば写像が決まります。$`u:A \to X \In \cat{C}`$ なので、

$`\quad F(u): F(A)\to F(X) \In {\bf Set}`$

が決まります。$`t\in F(A)`$ だったので、$`F(u)(t) \in F(X)`$ が決まります。次のようです。

$`\quad \cat{C}(A, X) \ni u \mapsto F(u)(t) \in F(X)`$

これをラムダ記法で書いたのが上の定義です。

$`\hat{t} = (\hat{t}_X)_{X\in |\cat{C}|}`$ が自然変換であることは別途確認が必要です。また、

$`\quad \hat{\check{\xi}} = \xi\\
\quad \check{\hat{t}} = t`$

の確認も必要です。

多項式関手に米田の補題を適用して具体的な計算をすることがありますが、そのとき指数記法による表示が便利です。

*1:「射を写像と呼ぶ」と約束すれば、ホムセットを $`\mrm{Map}(A, B)`$ と書くことも合理化されます。呼び名は常に約束の問題なので。