このブログの更新は Twitterアカウント @m_hiyama で通知されます。
Follow @m_hiyama

メールでのご連絡は hiyama{at}chimaira{dot}org まで。

はじめてのメールはスパムと判定されることがあります。最初は、信頼されているドメインから差し障りのない文面を送っていただけると、スパムと判定されにくいと思います。

参照用 記事

双線形写像集合関手の表現可能性とテンソル積の普遍性

表現可能関手〈representable functor〉に関連して、「普遍性〈universality〉」と「普遍元〈universal object element*1」という言葉のハッキリした用法があることを最近知りました。

「普遍性」は、up-to-isoで何かが一意的に決まる状況で漠然と使うことはありましたが、表現可能関手の普遍性はもっとハッキリした定義を持ちます。表現可能関手の普遍元という概念・用語はまったく知りませんでした。

[追記]この記事を書いた後で調べたところ、universality, universal property, universal object, universal element などの言葉の意味と用法は安定しているわけではなくて、広く合意された標準的用法はないようです。「普遍元」という言い方ではなくて「普遍射」「普遍アロー」という言葉で、(特定状況での)普遍元を指していることもあります。というわけけで、これは、「普遍ナントカ」のローカル運用ルールのひとつを紹介する記事だと思って下さい。[/追記]

実例がないと理解しにくいので、有限次元ベクトル空間のテンソル積を事例に、普遍性と普遍元を説明します。$`\newcommand{\cat}[1]{\mathcal{#1}}
%\newcommand{\Imp}{ \Rightarrow }
\newcommand{\In}{ \text{ in } }
\newcommand{\mrm}[1]{\mathrm{#1}}
\newcommand{\op}{\mathrm{op}}
\newcommand{\id}{\mathrm{id}}
\newcommand{\hyp}{\text{-}}
%\newcommand{\Iff}{\Leftrightarrow}
`$

内容:

米田の「よ」

最初に米田埋め込みの記法を決めておきます。「米田埋め込みの書き方(色々ありすぎ)」に書いたように、色々あるのですが、ロージエン〈Fosco Loregian〉とロマン〈Mario Román〉の折衷案のような記法を使うことにします。

ハイフン記法 「よ」記法
$`\cat{C}(\hyp, B)`$ $`{^\cat{C}よ}^B`$
$`\cat{C}(A, \hyp)`$ $`{^\cat{C}よ}^\vee_A`$

左肩の $`\cat{C}`$ は、文脈から明らかなら省略します。$`よ`$ が米田埋め込みで、$`よ^\vee`$ が余米田埋め込みです。ロマンの記法だと、引数を渡さないかぎり米田埋め込み/余米田埋め込みの区別が付かないので、ロージエン風に右肩に $`\vee`$ を付けて区別します。添字の上下が「h」記法、「y」記法とは逆なので注意してください。

圏 $`\cat{C}`$ の前層の圏を、

$`\quad \cat{C}^\wedge := [\cat{C}^\op, {\bf Set}]`$

と書きます。余前層の圏は、

$`\quad \cat{C}^\vee := [\cat{C}, {\bf Set}]`$

です。反対圏 $`[\cat{C}, {\bf Set}]^\op`$ を $`\cat{C}^\vee`$ とする(そして、それが便利な)場合がありますが、ここでは反対圏にしません。

米田埋め込みと余米田埋め込みは次のプロファイルを持ちます。

$`\quad よ^\hyp : \cat{C} \to \cat{C}^\wedge \In {\bf CAT} \\
\quad よ^\vee_\hyp : \cat{C}^\op \to \cat{C}^\vee \In {\bf CAT}
`$

米田の補題とその共変バージョンは次のように書けます。

$`\text{For }B \in |\cat{C}|\\
\text{For }G : \cat{C}^\op \to {\bf Set} \In {\bf CAT}\\
\quad \cat{C}^\wedge(よ^B, G) \cong G(B) \In {\bf Set}\\
\:\\
\text{For }A \in |\cat{C}|\\
\text{For }F : \cat{C} \to {\bf Set} \In {\bf CAT}\\
\quad \cat{C}^\vee(よ^\vee_A, F) \cong F(A) \In {\bf Set}
`$

この記事では、余米田埋め込みと共変バージョンの米田の補題を使います。米田の補題の同型〈米田同型〉を与える米田写像〈Yoneda map〉には太字の $`{\bf y}`$ を使います。$`{\bf y}`$ は具体的に書き下せます。

$`\quad \cat{C}^\vee(よ^\vee_A, F) \ni \alpha \mapsto {\bf y}(\alpha) = \alpha_A(\id_A) \in F(A)`$

双線形写像集合関手

体 $`K`$ 上の有限次元ベクトル空間の圏を $`{\bf FdVect}_K`$ とします。体 $`K`$ は何かに固定する(例えば、$`K = {\bf R}`$)として、以下、下付きの $`K`$ は省略します。

$`A, B\in |{\bf FdVect}|`$ として、関手 $`T_{A,B} : {\bf FdVect} \to {\bf Set}`$ を考えます。

  • $`V\in |{\bf FdVect}|`$ に対して、$`T_{A, B}(V)`$ は、双線形写像 $`u:A\times B \to V`$ の全体からなる集合。
  • $`f:V \to W \In {\bf FdVect}`$ に対して、$`T_{A, B}(f): T_{A, B}(V)\to T_{A, B}(W) \In {\bf Set}`$ は、$`u\mapsto u;f`$ で定義される“双線形写像の前送り”。

定義から、$`T_{A, B} \in |{\bf FdVect}^\vee| = |[{\bf FdVect}, {\bf Set}]|`$ です*2

一般に、共変関手〈余前層〉 $`F:\cat{C}\to {\bf Set}`$ が表現可能〈representable〉であるとは、$`\cat{C}`$ の対象 $`R`$ が在って、次が成立することです。

$`\quad よ^\vee_R \cong F \In [\cat{C}, {\bf Set}]`$

$`\cong`$ は関手圏における同型なので、関手の自然同型〈natural isomorphism〉です。自然同型を与える自然変換〈関手圏の同型射 | 可逆自然変換〉を $`\varphi`$ とすれば:

$`\quad \varphi : よ^\vee_R \overset{\cong}{\to} F \In [\cat{C}, {\bf Set}]`$

同じことですが、

$`\quad \varphi :: よ^\vee_R \overset{\cong}{\Rightarrow} F : \cat{C} \to {\bf Set} \In {\bf CAT}`$

$`F`$ が表現可能関手のとき、対象 $`A`$ を表現対象〈representing object〉、自然同型 $`\varphi`$ を普遍性〈universality〉と呼びます。

双線形写像集合関手 $`T_{A,B}`$ に話を戻して、もし $`T_{A, B}`$ が表現対象 $`P \in |{\bf FdVect}|`$ で表現されるなら、次の普遍性 $`\tau`$ があります。

$`\quad \tau : よ^\vee_P \overset{\cong}{\to} T_{A, B} \In [{\bf FdVect}, {\bf Set}] = {\bf FdVect}^\vee`$

ベクトル空間のテンソル積

双線形写像集合関手 $`T_{A,B} :{\bf FdVect} \to {\bf Set} \In {\bf CAT}`$ は、2つのベクトル空間 $`A, B`$ のテンソル積を定義するセッティングを提供します。$`T_{A,B}`$ の表現対象 $`P`$ と普遍性 $`\tau`$ により、次の同型が誘導されます。

$`\text{For }V \in |{\bf FdVect}|\\
\quad \tau_V : {\bf FdVect}(P, V) \overset{\cong}{\to} T_{A, B}(V) \In {\bf Set}
`$

これは次の1:1対応を与えます。

$`\quad (P\text{ から }V\text{ への線形写像}) \longleftrightarrow (A\times B\text{ から }V\text{ への双線形写像})`$

したがって、ベクトル空間 $`P`$ は、$`A\times B`$ からの双線形写像を線形化する対象であり、テンソル積の定義に合致します。普遍性 $`\tau`$ は、線形写像と双線形写像のあいだの同型を系統的に与えます。

関手〈余前層〉 $`T_{A,B}`$ の表現対象(テンソル積ベクトル空間)と普遍性は、ホントに〈on-the-noseで〉一意的とはかぎりません。$`P', \tau'`$ が別な表現対象と普遍性のとき、次の状態になります。

$`\require{AMScd}
\text{For }V \in |{\bf FdVect}|\\
\begin{CD}
{\bf FdVect}(P, V) @>{\tau_V \;\cong}>> T_{A, B}(V)\\
@. @| \\
{\bf FdVect}(P', V) @>{{\tau'}_V \;\cong}>> T_{A, B}(V)
\end{CD}\\
\In {\bf Set}
`$

図式に登場する射(写像)はすべて可逆なので、次の同型写像が作れます。

$`\text{For }V \in |{\bf FdVect}|\\
\quad {\bf FdVect}(P, V) \overset{\cong}{\to} {\bf FdVect}(P', V) \In {\bf Set}
`$

これは、可逆自然変換の成分と解釈できるので、全体として次の自然同型になります。

$`\quad {\bf FdVect}(P, \hyp) \overset{\cong}{\to} {\bf FdVect}(P', \hyp) \In {\bf FdVect}^\vee`$

米田の補題(余米田埋め込みの存在)から、

$`\quad {\bf FdVect}^\vee(よ^\vee_P, よ^\vee_{P'}) \cong {\bf FdVect}(P, P') \In {\bf Set}`$

なので、$`よ^\vee_P \cong よ^\vee_{P'}`$ から $`P \cong P'`$ が導けます。これは、$`A, B`$ のテンソル積ベクトル空間($`T_{A, B}`$ の表現対象)が存在するならup-to-isoで一意的であることです。

$`A, B`$ のテンソル積ベクトル空間が実際に存在することを示すには、具体的に構成します。

普遍元としての構造射

一般に、関手(余前層) $`F: \cat{C} \to {\bf Set}`$ が表現可能である“証拠”は、表現対象と普遍性のペア $`(R, \varphi)`$ で与えられます。普遍性 $`\varphi`$ は自然同型〈可逆自然変換〉でした。

$`\quad \varphi : よ^\vee_R \overset{\cong}{\to} F \In \cat{C}^\vee`$

米田の補題から、次の同型があります。

$`\quad {\bf y} : \cat{C}^\vee(よ^\vee_R, F) \overset{\cong}{\to} F(R) \In {\bf Set}`$

したがって、$`{\bf y}(\varphi) \in F(R)`$ が決まります。具体的な表示は:

$`\quad {\bf y}(\varphi) = \varphi_R(\id_R)`$

$`\varphi_R(\id_R) \in F(R)`$ を、表現可能関手(の表現)の普遍元〈universal object element〉といいます。普遍元は、普遍性(と呼ばれる自然同型)の米田写像 $`{\bf y}`$ を通じた対応物です。普遍性が自然変換であったのに対して、普遍元はより具体的な要素です。ペア $`(R, \varphi)`$ の代わりにペア $`(R, \varphi_R(\id_R))`$ としても同じ情報を表します。

一般論を、関手(余前層) $`T_{A, B}`$ の場合に適用します。双線形写像集合関手 $`T_{A,B}`$ が、表現対象・普遍性ペア $`(P, \tau)`$ で表現されているとして、その普遍元は、次の米田写像で求めます。

$`\quad {\bf y} : {\bf FdVect}^\vee(よ^\vee_P, T_{A, B}) \overset{\cong}{\to} T_{A,B}(P) \In {\bf Set}\\
\quad {\bf y}(\tau) = \tau_P(\id_P) \in T_{A,B}(P)
`$

いま、普遍元を $`t \in T_{A,B}(P)`$ とすると、$`T_{A, B}`$ の定義から、$`t`$ は次のような双線形写像です。

$`\quad t:A\times B \to P`$

双線形写像 $`t`$ の線形化 $`P \to P \In {\bf FdVect}`$ は恒等線形写像となります。

普遍元である双線形写像 $`t`$ の正体は、テンソル積の構造射です。テンソル積の構造射もテンソル積と呼ばれて、記号も $`\otimes`$ と書かれたりしますが、テンソル積ベクトル空間とは別物です。

双線形写像集合関手 $`T_{A, B}`$ の表現対象・普遍元ペア $`(P, t)`$ を、通常の記法で書くと:

  • $`P = A\otimes B`$ : ベクトル空間 $`A`$ と $`B`$ のテンソル積ベクトル空間
  • $`t = (\otimes) : A\times B \to A\otimes B`$ : “テンソル積” と呼ばれる双線形写像

以上で、テンソル積ベクトル空間とテンソル積双線形写像のペアが、双線形写像集合関手を表現する表現対象・普遍元ペアであることが分かりました。

普遍元の生成力と米田の補題

ベクトル空間のテンソル積の場合、双線形写像 $`t:A\times B \to A\otimes B`$ が普遍元と呼ばれる事情は、双線形写像 $`t`$ だけあればこと足りる -- ということでしょう。他のあらゆる双線形写像は、唯ひとつの $`t`$ から生成可能です。

実際、任意の双線形写像 $`u:A\times B \to V`$ は、以下の図式が可換になる線形写像 $`f`$ から定義可能です。

$`\xymatrix{
A\times B \ar[r]^{t} \ar[d]_{u}
& A\otimes B \ar[ld]^{f}
\\
V
&{}
}`$

上の図式が可換だとは、等式 $`u = t;f`$ が成立することなので、$`u`$ は線形写像 $`f`$ を $`t`$ で引き戻して得られます。$`t`$ のプレ結合による引き戻しを $`t^*`$ と書くことにすると:

$`\text{For }V \in |{\bf FdVect}|\\
\quad t^* : {\bf FdVect}(A\otimes B, V) \overset{\cong}{\to} T_{A, B}(V) \In {\bf Set}
`$

唯ひとつの双線形写像 $`t`$ さえあれば、その他の双線形写像はすべからく線形写像で代用できます。普遍元 $`t`$ が他の双線形写像達を生成するメカニズムは“プレ結合による引き戻し”ですが、このメカニズムは米田の補題から出てきます。

米田の補題の同型〈米田同型〉を与える写像〈米田写像〉は、順方向・逆方向とも具体的に書き下すことができます。具体的な表示は次のようです。

順方向: $`\cat{C}^\vee(よ^\vee_R, F)\ni \alpha \mapsto a \in F(R)\text{ i.e. }a = {\bf y}(\alpha)`$
$`\text{For given }\alpha : よ^\vee_R \to F \In \cat{C}^\vee = [\cat{C}, {\bf Set}]\\
\quad \alpha_R : よ^\vee_R(R) = \cat{C}(R, R) \to F(R) \In {\bf Set}\\
\quad a := \alpha_R(\id_R) \in F(R)
`$

逆方向: $`F(R) \ni x \mapsto \xi \in \cat{C}^\vee(よ^\vee_R, F)\text{ i.e. }\xi = {\bf y}^{-1}(x)`$
$`\text{For given } x \in F(R)\\
\quad \xi : よ^\vee_R \to F \In \cat{C}^\vee = [\cat{C}, {\bf Set}]\\
\quad \text{For }A \in |\cat{C}|\\
\quad \xi_A : よ^\vee_R(A) =\cat{C}(R, A) \to F(A) \In {\bf Set}\\
\quad \text{For }f \in \cat{C}(R, A)\\
\quad \xi_A(f : R\to A) := F(f)(x) \in F(A)
`$

テンソル積を定義するための双線形写像集合関手 $`T_{A, B}`$ に一般論を適用しましょう。順方向は、普遍元 $`t`$ を求めるために使いました。逆方向の記述は以下のようになります。

逆方向: $`T_{A,B}(A\otimes B) \ni s \mapsto \sigma \in {\bf FdVect}^\vee(よ^\vee_{A\otimes B}, T_{A,B})\text{ i.e. }\sigma = {\bf y}^{-1}(s)`$
$`\text{For given } s \in T_{A,B}(A\otimes B)\\
\quad \sigma : よ^\vee_{A\otimes B} \to T_{A,B} \In {\bf FdVect}^\vee = [{\bf FdVect}, {\bf Set}]\\
\quad \text{For }V \in |{\bf FdVect}|\\
\quad \sigma_V : よ^\vee_{A\otimes B}(V) = {\bf FdVect}(A\otimes B, V) \to T_{A,B}(V) \In {\bf Set}\\
\quad \text{For }f \in {\bf FdVect}(A\otimes B, V)\\
\quad \sigma_V(f : A\otimes B \to V) := T_{A, B}(f)(s) \in T_{A,B}(V)
`$

テンソル積の構造射 $`t`$ とは限らない任意の双線形写像 $`s:A\times B \to A\otimes B`$ を取ったとき、$`s`$ は、自然変換 $`\sigma : よ^\vee_{A\otimes B} \to T_{A,B}`$ を決めます。その自然変換の成分の具体的な表示は、$`f \mapsto T_{A, B}(f)(s)`$ で与えられますが、関手〈余前層〉 $`T_{A,B}`$ の定義から、

$`\quad f \mapsto T_{A, B}(f)(s) = s;f = s^*(f)`$

つまり、線形写像 $`f`$ に対する $`s`$ の“プレ結合による引き戻し”です。

特に $`s = t`$ としたときも同じことですから、普遍元である双線形写像 $`t`$ が他の双線形写像を生成するメカニズムは、線形写像 $`f`$ に対する $`t`$ の“プレ結合による引き戻し”です。

*1:[追記]僕が参照した文書内で、普遍元〈universal element〉と普遍対象〈universal object〉が混同されていたようです。混同ではなくて、特定コミュニティ内では、普遍対象と普遍元を区別しないという習慣があるのかも知れません。[/追記]

*2:前層/余前層の圏は、小さい圏に対してだけ定義することが多いのですが、$`{\bf FdVect}`$ は本質的に小さい圏〈essentially small category〉なのでいいとしましょう。