グロタンディーク構成はやたらに出てきますね。グロタンディーク構成に関わる記法をここで決めておきたいと思います。
[追記 date="2019-05-16"]この記事内に出現する「ファイバー付き圏〈fibered category〉」の一部は「反ファイバー付き圏〈opfibered category〉」(「余ファイバー付き圏〈cofibered category〉」ともいう)にすべきです。余インデックス付き圏〈coindexed category〉から作られたファイブレーションは反ファイバー付き圏になります。が、「ファイバー付き」を「ファイバー付き、または反ファイバー付き」と解釈してもらえればいいので、修正はしません。[/追記]
内容:
インデックス付き圏のグロタンディーク構成
Bを圏として、Bから圏の圏CATへの反変関手 F:Bop→CAT をインデックス付き圏〈indexed category〉と呼びます。CATは、必ずしも小さくない圏も含みますが、サイズ問題が気になるなら小さな圏の圏Catで考えてください。実際の例では、大きな圏が出てきてしまうことがあります。
インデックス付き圏は関手なのですが、Bの対象をインデックスとする圏のインデックス族〈indexed family of categories〉のように考えるので、C, D のような(単一の圏と同じ)記号が使われることがあります。また、C(X) ではなく、C[X] と書くことにします。ブラケットは、プログラミング言語でインデックスを表す標準的記法です。インデックス付き圏は、圏論における配列データのようなものです。
インデックス付き圏 C[-]:Bop→CAT があると、グロタンディーク構成〈Grothendieck construction〉を行うことができます。それに関しては:
平坦化圏とファイバー付き圏
インデックス付き圏C[-]に対して、グロタンディーク構成を行うと何ができるのでしょう? これがどうも曖昧なので、ここでハッキリさせます。
グロタンディーク構成で次のような圏ができます。
- 対象は、Bの対象XとC[X]の対象Aのペア (X, A)
- 射は、f:X→Y in B と φ:A→C[f](B) in C[X] のペア (f, φ)
この圏を、グロタンディーク構成により作られた平坦化圏〈flattened category〉と呼びます。(X, A) A, (f, φ) f という写像を組み合わせると、平坦化圏からBへの射影関手になり、ファイバー付き圏〈fibered category〉を定義します。
つまり、グロタンディーク構成の成果物が2種類考えられます。
- インデックス付き圏から作られた平坦化圏
- インデックス付き圏から作られたファイバー付き圏
平坦化圏のほうを、積分記号を使って次のように表すことにします。
ファイバー付き圏は次のように書けます。
ここで、矢印はファイバー付き圏の射影関手を表します。射影関手にいちいち名前〈ラベル〉を付ける必要はないでしょう。
平坦化を表すために積分記号は使う前例はあるのですが、エンド/コエンド〈end/coend〉に積分記号を使うので、僕は使用を躊躇していました。しかし、他にいい記法もないので積分記号を使うことにします。
ちなみに、グロタンディーク構成も、エンド/コエンドと積分記号も、創始者は米田信夫です。以下の記事参照。
射のパートと方向
平坦化圏 の射は、f:X→Y in B と φ:A→C[f](B) in C[X] のペアでした。fをベースパート〈base part〉、φをファイバーパート〈fiber part〉と呼ぶことにします。ベースパートはベース射〈base morphism | 底射〉とも呼びます。代数幾何では、ファイバーパートを余射〈comorphism〉と呼ぶようです*1。
平坦化圏の射の作り方として、ファイバーパートを ψ:C[f](B)→A in C[X] と定義することもできます。最初の定義とはファイバーパートが逆向きです。しかし、整合的な定義になります。
最初に出した平坦化圏の定義を標準だとみなすと、二番目のやり方で作った平坦化圏は(ファイバーパートが)逆方向になるので、逆方向平坦化圏〈backwordly flattened category〉と呼ぶことにします。必要があれば、最初の定義の平坦化圏を順方向平坦化圏〈forwardly flattened category〉といいます。
逆方向平坦化圏とそのファイバー付き圏は、次の記号で表すことにします。
また、順方向平坦化圏であることを明示的に強調したいなら:
逆方向平坦化圏/ファイバー付き圏は、マリオスの抽象多様体の圏の定義のときに使っています。
上記の記事では、「逆方向」を「反」で表していますが、反対圏〈opposite category〉と紛らわしいので「逆方向」にしました。
余インデックス付き圏
インデックス付き圏は、関手として反変関手ですが、共変関手 C[-]:B→CAT を考えることができます。共変関手の場合は余インデックス付き圏〈coindexed category〉と呼びます。
C[-] がB上の余インデックス付き圏のときも、同様にグロタンディーク構成ができます。余インデックス付き圏へのグロタンディーク構成で得られた平坦化圏を余平坦化圏〈coflattened category〉と呼ぶことにします。
余平坦化圏における射 (X, A)→(Y, B) は、次のように定義します。
- F = (f, φ): (X, A)→(Y, B)
- f:X→Y in B
- φ:C[f](A)→B in C[Y]
余平坦化圏とそのファイバー付き圏は次のように書きます。
積分記号に上付きを使うのは、エンド/コエンドの書き方と同じです。
逆方向余平坦化圏〈backwardly coflattened category〉とそのファイバー付き圏も同様に定義できて、次のように書きます。
順方向平余坦化圏〈forwardly coflattened category〉であることを強調したいなら:
事例: 加群に至るファイバー付き圏の系列
グロタンディーク構成を何段階にも渡って行うと、ファイバー付き圏の系列ができます。そのような系列の実例として、次の系列を紹介しましょう。
右のほうから順に説明します。
体の圏
体〈field〉を対象として、体のあいだの準同型写像を射とする圏Fieldを考えます。体のあいだの準同型写像は埋め込み、つまり体の拡大になります。体にはその標数〈characteristic〉が決まります。標数は0か素数です。
体の全体は、標数で分類できます。Field[p] を標数pの体の圏だとすると、
- Field = Field[p]
と書けます。ここで、Primeは素数の集合です。
集合 Prime∪{0} を離散圏とみなすと、p Field[p] は、離散圏でインデックスされたインデックス付き圏になります。インデックス付き圏 Field[-] のファイバー付き圏は次のように書けます。
積分記号右下の p∈Prime∪{0} を p だけで略記しています。
可換環の圏
体K上のベクトル空間であって、結合的・単位的・可換な掛け算を持つ多元環〈algebra | 代数〉をK-可換環と呼びます。K-可換環は、環としての掛け算以外に体Kによるスカラー乗法(作用)を持ちます。
f:K→L を体の射(体の拡大)とします。L-可換環Bは、fを経由してKによるスカラー乗法を持つことになるので、K-可換環とみなせます。L-可換環B (K-可換環とみなしたB) という対応により、インデックス付き圏 CRng[-]:Field→CAT ができます。
このインデックス付き圏に対するファイバー付き圏の系列は次のように書けます。
加群の圏
体K上の可換環Aがあると、その上の加群Mを考えることができます。可換環のあいだの射 (f, φ):(K, A)→(L, B) があると、(L, B) 上の加群Nは、射 (f, φ) を経由して (K, A) 上の加群とみなせます。これにより、次のようなインデックス付き圏が定義されます。
インデックス付き圏 Mod[-] に対するファイバー付き圏の系列は次のようになります。
用語・記法の補足とまとめ
ファイバー付き圏もファイバーバンドルも、どちらもファイブレーションなので、類似の用語を使うことにします。
ファイバー付き圏 | ファイバーバンドル |
---|---|
全圏 | 全空間 |
ベース圏, 底圏 | ベース空間, 底空間 |
射影関手 | 射影写像 |
ファイバー | ファイバー |
(底圏の射の)持ち上げ | (底空間のパスの)持ち上げ |
間違いを少なくするために、次の記法も使います。
- C[-] がインデックス付き圏のとき、C[f] を C*[f] とも書きます。誤解の恐れがないなら、C*[f] を f* と略記します。
- C[-] が余インデックス付き圏のとき、C[f] を C*[f] とも書きます。誤解の恐れがないなら、C*[f] を f* と略記します。
グロタンディーク構成は、与えられたインデックス付き圏から、ファイバー付き圏を作り出す手段とみなしましょう。できたファイバー付き圏の全圏が平坦化圏となります。
余インデックス付き圏の場合も考えて、平坦化圏/余平坦化圏の射の方向まで考えると、4種類の平坦化演算子があります。それらは:
- : 順方向平坦化演算子
- : 逆方向平坦化演算子
- : 順方向余平坦化演算子
- : 逆方向余平坦化演算子
これらは別物ですが、どれも使います
これぐらいの約束をしておけば、混乱や曖昧さはだいぶ避けられるでしょう。
*1:ベースパートと向きが逆であるファイバーパートを余射と呼んでいる傾向があります。逆方向余平坦化圏の場合が、ファイバーパートが「余射」らしい状況です。