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参照用 記事

インデックス付き圏のインデックス付き対象の圏

ビッグサイト微分幾何と自然変換の上付き添字」という記事以来、ビッグサイト/ビッグ層について考えているのですが、よく分かりません。リトルサイト/リトル層はよく使われているし、ハッキリとした対象物です。

試しに、ビッグ層とリトル層の中間的存在としてインデックス付き対象というものを考えてみます。適切なインデックス付き圏のインデックス付き対象は、「ビッグ層から構成されるリトル層」にだいたい対応しそうな気がします。インデックス付き対象の具体例として、関数環の層Φを調べます。

過去記事への参照が多く、懇切な説明はしていません。が、基本的な事実の確認は割とマジメに書いています。

内容:

4種のグロタンディーク平坦化圏

グロタンディーク構成については次の過去記事を参照してください。

それと、「ベクトル空間上の複素密度 4: フレームとコフレームの相反性 // グロタンディーク構成 復習と新しい記法」で導入した略記法も使います。

その他、バンドルと層に関する用語・記法の全般については:

C[-]:BopCAT がインデックス付き圏、D[-]:BCAT が余インデックス付き圏のとき、C[-], D[-] のように上付き・下付きの飾りを付けて、インデックス付き圏と余インデックス付き圏を区別しましょう(必要に応じて)。ここで出てきた上付き・下付きの丸印は、反変/共変の別を示す注釈飾り文字です。注釈飾り文字やその他の飾り文字については次の記事を参照してください。

反変/共変の別を示すために、丸印以外の飾り文字を付けることがあります。例えば、ベクトルバンドルのインデックス付き圏 VectBdl#[-]:ManopCAT、層の余インデックス付き圏 Sh|-[-]:ManCAT など。上付き'#'は反変(よってVectBdl[-]はインデックス付き圏)を示し、下付き'|-'は共変(よってSh[-]は余インデックス付き圏)を示しますが、それ以外に次の略記法を示唆します。

  • φ:M→N in Man に対して、VectBdl[f]:VectBdl[N]→VectBdl[M] を φ# と略記する。
  • φ:M→N in Man に対して、Sh[f]:Sh[M]→Sh[N] を φ|- と略記する。

共変・反変を示す飾り文字を、そのまま略記用に使う、というルールです。

層のインデックス付き圏では、反変(インデックス付き圏)も共変(余インデックス付き圏)もあるので、飾り文字を付けないとどちらか分かりにくいです。なるべく、Sh|-[-], Sh-|[-] を使うことにします。なお、'-|', '|-' については、次の記事を参照してください。

インデックス付き圏を平坦化する演算子の記号は、「グロタンディーク構成と積分記号」に従います。

平坦化圏/余平坦化圏の射の方向まで考えると、4種類の平坦化演算子があります。それらは:

  1.  \int_{\rightarrow} : 順方向平坦化演算子
  2.  \int_{\leftarrow} : 逆方向平坦化演算子
  3.  \int^{\rightarrow} : 順方向余平坦化演算子
  4.  \int^{\leftarrow} : 逆方向余平坦化演算子

C[-] が B 上のインデックス付き圏、D[-] が B 上の余インデックス付き圏のとき、次の4種の平坦化圏〈flattened category〉ができます。

  1. C/B : インデックス付き圏 C[-] の順方向平坦化圏
  2. C/B : インデックス付き圏 C[-] の逆方向平坦化圏
  3. D/B : 余インデックス付き圏 D[-] の順方向余平坦化圏
  4. D/B : 余インデックス付き圏 D[-] の逆方向余平坦化圏

インデックス付き圏のベース圏〈インデキシング圏 | 底圏〉B は省略されることがあります。どのように平坦化しても、平坦化圏からベース圏への射影関手があり、ファイバー付き圏〈圏のファイブレーション〉が作れます。

この4種の平坦化圏はどれも使うので、混同しないで、ちゃんと区別することが重要です。区別しないことには、相互関係(例えば随伴関係)の議論も出来ません。

ベース・ファイバー分解

グロタンディーク構成によって得られた平坦化圏の射は、ベース部〈ベース射 | 底射 | ベースパート〉とファイバー部〈ファイバーパート〉を持ちます。平坦化圏の射から、そのベース部とファイバー部を明示的に取り出すことをベース・ファイバー分解〈base-fibre decomposition〉と呼びましょう。「層に関してちょっと // 前送りと、その記法」の題材を例にして、ベース・ファイバー分解について確認します。

前層のインデックス付き圏を PSh[-] とします。ベース圏〈インデキシング圏〉BTopへの忘却関手を持つ圏です。過去記事で C-Presheaf* と書いていた圏を前節の記法で書くと:

  • C-Presheaf* = ∫C-PSh|-/B

つまり、ここでの前層のインデックス付き圏は、ほんとは余インデックス付き圏(共変関手)であり、グロタンディーク平坦化は逆方向余平坦化を使っています。∫C-PSh|-/B と書くと、もとのインデックス付き圏の変性(反変か共変か)と使った平坦化の種類が情報として残ります(変性は上付き/下付き添字の別、平坦化手法は ∫, ∫, ∫, ∫ の別)。

さて、過去記事では、平坦化圏の射 F:(X, A)→(Y, B) in ∫C-PSh|-/B のベース部とファイバー部への分解を次のように書いています。

  • F = (F0, F#)

Fのファイバー部(余射〈comorphism〉とも呼ぶ)を F# と書くことは比較的多いのですが、ベース・ファイバー分解にも、平坦化圏の種類の情報がエンコードされるように次のように書くことにします。

  • F = (Fbase, Ffib←)

上付き左向き矢印が逆方向余平坦化を表すので、Ffib←:PSh|-[Fbase](A)←B in PSh[Y] だとわかります。いま、プロファイルの矢印を '←' と書いたのは、Ffib←右肩の矢印に合わせました。

前層のインデックス付き圏(反変関手)に逆方向平坦化を適用して作った平坦化圏は ∫PSh-|/B となります。F:(X, A)→(Y, B) in ∫PSh-|/B ならば、Fのベース・ファイバー分解の全情報は次のようになります。

  • F:(X, A)→(Y, B) in ∫PSh-|/B, X, Y∈|B|, A∈|PSh[X]|, B∈|PSh[Y]|
  • F = (Fbase, Ffib←)
  • Fbase:X→Y in B
  • Ffib←:A←PSh-|[Fbase](B) in PSh[X]

事例:関数環層Φ

ビッグサイト/ビッグ前層、リトルサイト/リトル層などについては:

多様体の圏Man上の反変関手 Φ:ManopCRngCRng可換環の圏)を、Φ(M) := C(M), Φ(φ:M→N) := (f*:C(N)→C(M) 関数の引き戻し) と定義します。ΦはMan上の反変関手なので、Man上のCRng値前層といえます。つまり(対象として所属することを '∈0' で、射として所属することを '∈1' で表す):

  • Φ ∈0 CRng-PSH[Man]

ここで、V-PSH[C] := [Cop, V]CATCAT内の関手圏)です。大きな圏Man上に適切な被覆系〈coverage〉が載れば、ΦをビッグサイトMan上のCRng値ビッグ層として定義できるのでしょうが、それは諦めて、ビッグ前層Φからリトル層を定義します。

多様体Mの開集合の圏 Open(M) は、通常の開被覆概念を使ってリトルサイトになります。関手Φを、“Manの部分圏と考えた Open(M)”上に制限すると、それはリトルサイト上のリトル層を定義します。こうしてできたリトル層を ΦM:Open(M)opCRng in CAT とします。
CRng-Sh[M] := CRng-SH[Open(M)] ⊆ CRng-PSH[Open(M)] = [Open(M)op, CRng]CAT と書くなら、ΦM0 CRng-Sh[M] です。ΦMは、なめらかな実数値関数の可換環の層ですが、単に関数環層〈function-ring sheaf | sheaf of function rings〉ともいいます。

さて、Φは、もともと Φ:ManopCRng という前層(反変関手)として導入されて、Φ(M) ∈0 CRng と区別するため、Φが決めるM上のリトル層は下付きMにより ΦM と書きました。ここで、一旦もとの前層 Φ:ManopCRng忘れてしまい、リトル層 ΦM改めて Φ(M) または ΦM と書くことにします。ΦM はM上のリトル層なので:

  • ΦM:Open(M)opCRng in CAT
  • ΦM ∈0 CRng-Sh[M]

層に開集合引数を渡すときバッククォート記法(「バンドルと層の記法 追加 // 前層におけるバッククォート記法」)を使うとすれば:

  • For U∈|Open(M)|, ΦM`U ∈|CRng|
  • For U⊆V in Open(M), ΦM`(U⊆V):ΦM`V → ΦM`U in CRng

ΦM`(U⊆V) は、可換環の層ΦMの制限射です。

φ:M→N in Man とします(ファイの大文字・小文字には何の関係もありません。小文字ファイは、多様体のあいだの写像です。若干紛らわしいので注意)。多様体の射φに対して、Φ(φ) ∈1CRng-Sh-|/Man を定義しましょう。

前節のようにベース・ファイバー分解の全情報を書き出してみると:

  • Φ(φ):(M, ΦM)→(N, ΦN) in ∫CRng-Sh-|/Man, M, N∈|Man|, ΦM∈|CRng-Sh[M]| ΦN∈|CRng-Sh[N]|
  • Φ(φ) = (Φ(φ)base, Φ(φ)fib←)
  • Φ(φ)base:M→N in Man
  • Φ(φ)fib←:ΦM ← CRng-Sh-|[Φ(φ)base](ΦN) in CRng-Sh[M]

まず、Φ(φ)base := φ :M→N と定義します。あとは、ファイバー部 Φ(φ)fib← を定義すればいいわけです。

  • Φ(φ)fib←:ΦM ← CRng-Sh-|[φ](ΦN) in CRng-Sh[M]

Φ(φ)fib← は関数環層のあいだの射なので、開集合 U∈|Open(M)| ごとの値が決まれば定義できます。

  • (Φ(φ)fib←)`U:ΦM`U ← (CRng-Sh-|[φ](ΦN))`U in CRng

関数環層の引き戻し (CRng-Sh-|[φ](ΦN))`U の定義が少し面倒(余極限や層化を使う)ですが、φ(U)⊆V となるNの開集合V上の関数を φ|UV:U→V で(普通の意味で)引き戻す操作が、だいたい (Φ(φ)fib←)`U になります。

写像による引き戻しを上付きアスタリスクで書けば、だいたい (Φ(φ)fib←)`U = (φ|UV)* となります*1。さらに、(φ|UV)* の U, V を動かした総体を φ* と略記すれば:

  • Φ(φ) = (φ, φ*)
  • φ:M→N in Man
  • φ*:ΦM ← φ-|(ΦN) in CRng-Sh[M]
  • For U∈|Open(M)|, φ*`U:ΦM`U ← φ-|(ΦN)`U in CRng

最終的な局所的な定義は単純です。単純な定義を繋ぎ合わせた全体構造として、Φ(φ):(M, ΦM)→(N, ΦN) in ∫CRng-Sh-|/Man が得られ、さらに、φ  \mapsto Φ(φ) の対応が関手 Φ:Man→∫CRng-Sh-|/Man を定義します。

CRng-Sh-|/Man の対象は、多様体Mと関数環層 ΦM のペア (M, ΦM) でした。一般に、位相空間とその上の可換環層のペアを環付き空間〈ringed space〉と呼びます。この言葉を使うと、圏 ∫CRng-Sh-|/Man は、環付き空間とそのあいだの射からなる圏です。ただし、空間は多様体構造を持ち、可換環層は“なめらかな実数値関数”の可換環層です。

インデックス付き圏のインデックス付き対象

前節の、Man上のインデックス付き圏 CRng-Sh-|[-]/Man の逆方向平坦化圏 ∫CRng-Sh-|/Man は、ベース圏Manへの射影関手を持ちます。

  • P :∫CRng-Sh-|/ManMan
  • P(M, ΦM) = M
  • P(φ, φ*) = φ

この射影により、ファイバー付き圏〈圏のファイブレーション〉が決まります。関数環層 Φ:Man→∫CRng-Sh-|/Man は、Φ*P = IdMan ('*'は関手の図式順結合、'Id'は恒等関手)を満たすので、ファイブレーションのセクションになっています。

「セクション」という言葉は、バンドルのセクションで多用されているので、圏のファイブレーションのセクションをインデックス付き対象〈indexed object〉と呼ぶことにします。

インデックス付き圏 C[-]:BCATインデックス付き対象とは、ファイブレーション P:∫CB→B または ファイブレーション P:∫CB→B のインデックス付き対象(セクション)のことだとします。余インデックス付き圏のインデックス付き対象も同様です。

インデックス付き圏/余インデックス付き圏のインデックス付き対象を考える際にややこしいのは、平坦化圏(ファイバー付き圏の全圏、「14年ぶりにファイバー付き圏」参照)の作り方が4種類あり、それぞれの場合ごとにインデックス付き対象の定義が微妙に違うことです。違いは、ベース射(ベース圏の射)が誘導するリインデキシング関手の向きと、全圏の射のファイバー部の向きです。ファイバー付き圏も2次元的は構造なので、例えて言うなら、横方向(リインデキシング関手の向き)の左右、ファイバー方向(ファイバー部の向き)の上下の組み合わせが4種になるのです。圏論につきまとう上下左右の問題に関しては以下の記事を参照してください。

上下左右問題に煩わされないように、ファイバー付き圏 P:FB に関して説明しましょう。4種の平坦化圏と射影は、ファイバー付き圏に帰着できます。

S, T :BF が2つのインデックス付き対象とします。つまり、S*P = IdB, T*P = IdB が成立します。自然変換 α::S⇒T:BF in CAT を、SからTへの準同型射とします。準同型射の定義には、S, T がセクション条件を満たすことは使っていません。単に関手とみなしての自然変換です。

S, T がセクション条件を満たすことから、自然変換 α::S⇒T:BF in CAT の成分 αA:S(A)→T(A) in F が、ファイバー FA 内に入る(つまり、垂直射である)ことがわかります。

ファイバー付き圏 P:FB のインデックス付き対象を対象として、インデックス付き対象のあいだの準同型射(実体は自然変換)を射とする圏を IndObj(P:FB) と書き、インデックス付き対象の圏〈category of indexed objects〉と呼ぶことにします。

インデックス付き圏、例えば C[-]:BopCAT に対しても、それから作ったファイバー付き圏のインデックス付き対象の圏として、インデックス付き圏のインデックス付き対象の圏 IndObj(C[-]/B) が定義できます。余インデックス付き圏に対しても同様に定義します。

リトル層のインデックス付き圏のインデックス付き対象の圏は、ビッグサイト上のビッグ層の圏の代替物として使えそうです。つまり、ビッグ層がうまく定義できなくても、それに対応すると思われれるリトル層のインデックス付き圏を構成し、そのインデックス付き対象を考えれば、ビッグ層の性質を間接的に調べることが出来そうです。「ビッグ層 ≒ リトル層のインデックス付き圏のインデックス付き対象」が現状の作業仮説です。

おわりに

前節の作業仮説は、ビッグ層らしきものを具体的に書き下すために有効です。が、リトル層のインデックス付き圏を経由するために、けっこう面倒な定式化になります。この面倒さは、ビッグ層を直接扱えれば軽減できそうな気がします。とは言っても、ビッグ層の定義と扱い方がよく分からないので、当面はリトル層のインデックス付き圏を使うしかなさそうです。

なお、インデックス付き対象は、リトル層のインデックス付き圏だけに限定されるものではありません。例えば、接写像関手 T:ManVectBundle は、Man→∫VectBdl#/Man という形のインデックス付き対象とみなすことができます。この定式化は、ベクトルバンドルの圏とリトル層の圏を統一的に扱うときに役立ちそうです。

*1:正確には、φ(U)⊆V となるVを動かして余極限を取ります。