昨日の記事「説得的非論理文を使うのは好ましくない」へのid:bonotake(a.k.a. たけを)さんのコメントで、『アナロジーの罠』という本が在ることを教えていただきました。
- 作者: ジャックブーヴレス,Jacques Bouveresse,宮代康丈
- 出版社/メーカー: 新書館
- 発売日: 2003/07
- メディア: 単行本
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不適切なアナロジー/比喩について書かれているようです。僕は読んだことがないし、存在さえ知りませんでした。
昨日取り上げた米村さんの発言は、詐欺や扇動によく使われる不適切なアナロジーというより、アナロジーの使用を失敗している例ですね。そこらへんのところを補足しておきます。
最初にお断りしておくと、アナロジーは悪いものではありません。アナロジーは、物事を理解したり、共通構造を抽出したりする際に物凄く役に立ちます。人に何かを伝達するときも、適切に使用されたアナロジーは強力なコミュニケーション手段となります。話がうまい人は、たいていは比喩がうまい人です。
ただし、いかにも不適切なアナロジーの使用例もあります。13年前に書いた記事「白金は錆びない金属だから、塗ったり食べたりすると体が錆びない」を蒸し返すと; 白金が体に良いことをアナロジーで説明していた事例です。
金属が錆びることと、人間が老化したり病気することをアナロジー(類似な現象)と捉えます。白金は錆びない金属なので、白金を摂取すれば、老化や病気を防げるだろう、というリクツです。
ここまでひどいと、説明や説得の手段というより、「体に良さそう」な雰囲気を醸し出す稚拙な演出ですが、それでも「なるほど、体に良さそう」と思う人がいるのかも知れません。不適切な(つうか出来の悪い)アナロジーです。
米村さんのケースは白金の不適切なアナロジーとはだいぶ違います。アナロジーを出すことにより、自分の主張(内容はまっとう)を自分で壊してしまったのです。
米村さんが否定し非難したかった主張は次のものです。
- [主張 A] 8時間の2倍である16時間働いたら、働いた成果は2倍になる。
この主張を反駁(否定)するために、陸上競技の例を出しました。
- [主張 B] 12秒の10倍である120秒走ったら、走った距離は10倍になる。
[主張 A]と[主張 B]は類似しています。[主張 B]が過ちなので、[主張 A]も過ちである、と結論したのです。根拠は、「働くこと」と「走ること」のアナロジーです。
アナロジーを根拠に持ち出したことにより、相手([主張 A]の立場の人)が同じアナロジーを使うことを許すことになります。より精密なアナロジーは:
- [主張 A] 8時間の2倍である16時間働いたら、働いた成果は2倍になる。
- [主張 C] 12秒の2倍である24秒走ったら、走った距離は2倍になる。
[主張 C]は厳密には成立しないものの、「走った距離は1.8倍」くらいにはなりそうです(日本記録が状況証拠)。したがって、
- [主張 A'] 8時間の2倍である16時間働いたら、働いた成果は1.8倍程度にはなる。よって、長時間労働は十分に有効である。
が、アナロジーを根拠として妥当性を持つことになります。
要するに、陸上競技のアナロジーを持ち出すことにより、相手に有利な状況をお膳立てしてしまったのです。詭弁を反駁するために詭弁を使ってしまうと、より強力な(よりインチキな)詭弁で反論される危険があります。しかも、「それは詭弁だろう」とも言い返せません -- 自分が詭弁を弄しているので。
- まとめ: たとえ善良で健全な動機からの啓蒙や鼓舞であっても、説得的非論理文を使うのは好ましくない。
[追記]本音[/追記]