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説得的非論理文を使うのは好ましくない

たまたま、次のようなツイートを目にしました。

米村歩@日本一残業の少ないIT企業社長(@yonemura2006)

100mを12秒で走れる人が1000mを120秒で走れるわけではないという事実は誰でも理解できるのに、1日16時間働いても8時間働く場合の2倍の成果になるわけではないということを理解できない人が結構いるのはなぜなのか。

米村さんが訴えたい内容に関しては全面的に同意・賛成します。僕自身「長時間労働なんてろくなもんじゃないから、やっちゃダメだ」と言い続けていました。

「1日16時間働いても8時間働く場合の2倍の成果になるわけではない」のはそのとおりだと思います。ですが、そのことを言いたいがために使っている根拠が、

  • 100mを12秒で走れる人が1000mを120秒で走れるわけではない

なんですよね。これって根拠になりますか? これはダメです。ダメな議論のやり口です*1

少し分析してみましょう。まず、

  • [掛け算による論法 1] 12秒走ると100m進む。だから、12秒×10=120秒走ると100m×10=1000m進む。

このような単純な掛け算による論法はマチガイだと主張しています。確かにそうなので皆んなが納得します。そして、同様な論法である次の言明もまたマチガイだと結論付けられます(あくまで米村さんによれば、です)。

  • [掛け算による論法 2] 8時間働くと○○の成果が出る。だから、8時間×2=16時間働くと○○×2の成果が出る。

そんな単純な掛け算なんて通用しないよ、ってわけです。

[掛け算による論法 1][掛け算による論法 2]は、ほんとうに同様な論法でしょうか? [掛け算による論法 1]で掛け算している数は10ですが、[掛け算による論法 2]で掛け算している数は2です。この数を揃えると*2

  • [掛け算による論法 1'] 12秒走ると100m進む。だから、12秒×2=20秒走ると100m×2=200m進む。

[掛け算による論法 1']が正しいのかマチガイなのか、陸上の日本記録を調べてみました。

距離 時間 選手 記録した日時
100m 9秒97 サニブラウン・アブデル・ハキーム 2019年6月8日
200m 20秒03 末續慎吾 2003年6月7日

[掛け算による論法 1']はほぼ正しいのです。サニブラウン選手が100m走るのにかかった時間9.97秒を2倍した時間19.94秒あれば、末續選手は約199m走れます。もちろん、等速直線運動に換算しているので正確ではありませんが、「100m 9秒97」と「200m 20秒03」を比べれば、時間が2倍になれば距離もほぼ2倍であることは分かるでしょう*3

揚げ足取りだと言われそうですが、いずれにしても、米村さんの議論は、論理的には極めて杜撰です*4。しかし一方、陸上競技の例を出すことは、具体的で鮮明な印象を描くためには効果的です。

「論理的には破綻しているが、鮮明な印象により説得力を持つ文言」を表すうまい言葉がないので*5、「説得的非論理文」という不格好な言葉を使うことにします。説得的非論理文が効果的(?)に使われる場面は詐欺や扇動です。

米村さんが詐欺や扇動をしてないことはもちろんモチロン承知です。しかし、

  • 詐欺や扇動のために、説得的非論理文を使うのはいけない。
  • 啓蒙や鼓舞のために、説得的非論理文を使うのはかまわない。

とはならないのです。少なくとも僕は、目的が正しければ望ましくない手段が許されるとは思いません。「掛け算の順序問題: 檜山の地雷を踏まないで」において、自分が嫌いなことの共通点を次のようにまとめました。

非常に抽象度の高いくくり方をすると、「正しい目的のためには、多少は乱暴な/望ましくない手段も許される」という考え方が、それはそれは物凄く、とてつもなく嫌いなんです。

つまり*6

  • 詐欺や扇動のために、説得的非論理文を使うのはいけない
  • 啓蒙や鼓舞のために、説得的非論理文を使うのもいけない


説得的非論理文の実例と使い方(悪用)に関しては次の記事を参照してください。

[追記]本音[/追記]

*1:[追記]毎回注意を入れているのに、今回は忘れたので注釈に書きます。僕がこういう記事を書いてしまう動機には、なんの論理性もありません。感情にドライブされているのです。「掛け算の順序問題: 檜山の地雷を踏まないで」とか「論理的言明を装った感情論は嫌い、という感情論」の最後のほうを参照。[/追記]

*2:16時間働けば2倍の成果が出ると本気で信じている人がいたとしても、8時間×10=80時間連続で働かせれば10倍の成果が出るとは主張しないでしょう。その意味で、「×2」と「×10」の違いは効いてくるのです。

*3:僕の議論もまた、「印象深い特定個別事例を出して語っている」と言われれば、実はそうです。僕の議論が無意味だとして、米村さんの議論はそれと同程度に無意味だと認識してもらえれば、それでいいです。

*4:陸上競技における「走った時間 \mapsto 距離」という関数と、仕事における「働いた時間 \mapsto 成果」という2つの関数があります。片方の関数が非線形であることからもう一方も非線形であると結論付ける根拠は薄弱です。どちらも非線形であるとしても、まったく違った性質を持つ2つの関数かも知れません。

*5:「詭弁」が比較的近いですが、ピッタリではないです。

*6:もうひとつ、目的によらずに好ましくない例:
・ 恫喝やイジメのために、暴力を使うのはいけない。
・ 教育やしつけのために、暴力を使うのもいけない。
暴力は人を傷付ける手段だからダメです。そして、説得的非論理文は人をだます手段だからダメです。