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参照用 記事

「モナド、双圏、変換手」への補遺

昨日の記事「モナド、双圏、変換手」を読み返して、幾つか補足したほうがいい点を見つけたので書きます。

内容:

変換手は必要なのか?

モナド、双圏、変換手」では変換手〈transfor〉を話題にしましたが、以前に次の記事を書きました。

んじゃ、変換手は要るの? 要らないの? と疑問がわきます。質問を2種類に分けて答えましょう。

  1. 変換手がないと困るのか? 答:NO
  2. 変換手があると便利なのか? 答:YES

Kが、3-射までの射を持つ3-圏であるとしましょう。Kの一部分を切り取った絵を再掲します。

Kは3-圏なので、ホムシング〈hom-thing〉 K(A, B) は2-圏になります。2-圏 K(A, B) のホムシング K(A, B)(f, g) = (K(A, B))(f, g) は圏〈1-圏〉です。そして、圏 K(A, B)(f, g) のホムシング K(A, B)(f, g)(α, β) は集合〈セット | 0-圏〉になります。それぞれのホムシングの、“対象の集合”を考えることができます。

  • |K(A, B)| = Obj(K(A, B))
  • |K(A, B)(f, g)| = Obj(K(A, B)(f, g))
  • |K(A, B)(f, g)(α, β)| = Obj(K(A, B)(f, g)(α, β))

これら“ホムシングの対象の集合”の要素を“変換手”と呼んでます。各次元ごとの変換手の集合は:

  • 0-XForK(A, B) := |K(A, B)|
  • 1-XForK(f, g:A→B) := |K(A, B)(f, g)|
  • 2-XForK(α, β:f⇒g:A→B) := |K(A, B)(f, g)(α, β)|

あえて k-XFor(k次元の変換手)を導入しなくても、定義の右辺を使えばいいので、変換手がなくても困りません。

変換手が導入された動機は、関手、自然変換、変更、摂動などと呼ばれていた概念を統一的に扱うためです。変換手導入以前は、上記の3-圏Kが具体的に与えられたとき、次元ごとに個別の呼び名を使っていました。

  • FunctorK(A, B) := |K(A, B)|
  • NaturalTransformationK(f, g:A→B) := |K(A, B)(f, g)|
  • ModificationK(α, β:f⇒g:A→B) := |K(A, B)(f, g)(α, β)|

歴史的な経緯から、余計な形容詞(例:疑関手、2-自然変換)が付いてしまうこともあります。これに比べれば、k-XFor (kは自然数)のほうが統一性があって良いと思いませんか。というわけで、変換手があれば、便利になると言えます。

弱〈weak〉の意味と使用法

「強 v.s. 弱」は、言葉のバランスがいいのですが、形容詞「強」を「強n-圏〈strong n-category〉」と使うのは問題があります。実際、「強」の使用は減っています(絶滅してませんが)。その代わりに「厳密 v.s 弱」が使われます。

厳密n-圏は定義がハッキリしてます。高次圏論のなかで、曖昧性がない唯一の概念かも知れません。さて、「弱n-圏〈weak n-category〉」の「弱」ですが、残念ながらその意味は曖昧です。

ダグラスとエンリケス〈Christopher L. Douglas, Andre G. Henriques〉が、次の論文で "maximally weak" という言葉を使っています。

弱〈weak〉の意味・用法が3種類あるので、明確化のために最弱〈maximally weak〉を使ったのでしょう。

  • [用法 1] 弱=非厳密〈non-strict〉
  • [用法 2] 弱=最弱〈maximally weak〉
  • [用法 3] 弱=任意(の弱さ)の〈any〉

ダグラス/エンリケスの用語法では、任意のn-圏は、"n-level category" とか "n-dimensional categorical structure" とか呼んでます。"n-category" は厳密n-圏の意味です。そして、最弱n-圏はnごとに個別の呼び名を使います。

  1. bicategory = maximally weak 2-level category
  2. tricategory = maximally weak 3-level category
  3. tetracategory = maximally weak 4-level category

僕は、形容詞なしの「n-圏」は任意のn-圏の意味で、「弱n-圏」は最弱n-圏の意味で使うことが多いです。が、人により場合により、「弱」の意味・用法は変わるので、注意しましょう、としか言えませんね。

明確に区別したいなら、弱さの程度を“弱度”(造語)と言うことにして、

  1. 非厳密n-圏
  2. 最弱n-圏
  3. 任意弱度のn-圏

とか呼び分けるしかないでしょう。([追記]造語「弱度」はやっぱりシックリこないから、「弱さ」でいいかな。長いけど「任意の弱さを持つ圏」。[/追記]

双圏〈bicategory〉の意味と使用法

「双圏 = 最弱2-圏」は、ほとんどの人が同意するでしょう。僕は「弱」を「最弱」の意味で使う(ことが多い)ので、「双圏 = 弱2-圏」です。「モナド、双圏、変換手」で、このことを明確に言っています。

「弱2-圏」と「双圏」〈bicategory〉は同義語として使います(一切区別はしません)。同義語に対応して別名記号〈alias〉も使います。

  • BICAT := w2-CAT

にも関わらず、後になって不整合なデフォルト・ルールを導入していました。

  1. BICATtight : 射はタイト関手
  2. BICATlax : 射はラックス関手
  3. BICAToplax : 射は反ラックス関手

どれをデフォルトにするかは人により場合によりですが、ここでは(あくまでここではBICAT = BICATlax というデフォルト・ルールを採用します。理由は、BICATlaxモナドを定義する舞台として適切だからです。

BICATの最初の定義と、二番目のデフォルト・ルールは整合しません。

  • BICAT = w2-CAT
  • BICAT = BICATlax

から、w2-CAT = BICATlax となりますが、これは違います。合理的なデフォルト・ルールは、

  • BICAT = BICATtight

です。

こういう不整合が生まれるのは、「n-圏」の定義が曖昧だからです。次節で論じましょう。

(n, k)-圏とn-圏

前節で、「n-圏」の定義が曖昧と言ったのは、n-圏の正確な定義が困難である事とは別です。(n, k)-圏という概念と、n-圏という概念の関係(デフォルト・ルール)も曖昧にされがちだ、という事です。

n-圏Kに関してとりあえず言えることは、

  • Kは、0-射〈対象〉からn-射までの射を持っている。

実は、n-圏は(n+1)-射も持っています。それは、n-射のあいだの等式です。まー、それはいいとして、k ≦ n に対して、n圏Kが(n, k)-圏だとは、

  • k < m であるKのm-射は(それが存在するなら)すべて可逆である。

n と r には ∞ も許します。通常、∞-圏と呼ばれているモノは (∞, 1)-圏です。つまり、n = ∞ のときの k のデフォルトは 1 です。

有限の n に対して、k のデフォルトは 1 でしょうか。そんなことはありません。2-圏の2-射はすべて可逆なんて仮定はしません。

nが有限のとき、「n-圏 = (n, n)-圏」が通常のデフォルト・ルールだと思っていいでしょう。しかし、「n-圏 = (n, n-1)-圏」として考えることがあります。例えば、双圏=最弱2-圏という概念は、(2, 2)-圏ではなくて、2-射は可逆な(2,1)-圏の集まりのなかでの最弱性だと思われます。ラックス2-圏や反ラックス2-圏まで考えるのは、弱度を競う(?)ときは反則です。

注意すべきこと

高次圏、より用心深い言い方をするなら“高次元圏的構造”〈higher dimensional categorical structure〉は、とにかく多様です。言及すべき構成素や調整すべきパラメータが膨大にあります。すべてを明白に指定するのは大変過ぎるので、ついつい暗黙の前提に頼ってしまいます。しかし、暗黙の前提が人により場合により変わってしまうのです。

これは致し方ないことなので、非難にはあたいしませんが、何が暗黙に前提されているのか、何が省略されているのかは、常に意識している必要があります。