集合論でも圏論でも、宇宙は無限の彼方へと拡がっています。でも、適当な場所で限界を設けて、その限界の内側だけで十分なことが多い気がします。そのような狭い世界のなかでは、ファイルシステムやWebと同様に、パスにより実体を指し示すことができます。
昨日の記事「圏論的宇宙と反転原理と次元付きの記法」を前提とします。
内容:
ワーキング宇宙
「現場の集合論としての有界素朴集合論」において、有界な宇宙Uというものを導入しました。Uには限界があります。銀河と呼ばれる集合(複数も可)がUの最上位にあり、銀河を越えて外に出ることはできません。
どこまでもどこまでも限りなく拡がる宇宙は魅力的ですが、たいていはご近所界隈で事が済むのではないかと思うのですよ。これは、無限に拡がる宇宙が存在しないとか、不要だと主張しているのではありません。現実的に何かの作業をするとき、全宇宙の情報や構造が必要なことは稀で、宇宙の一部を切り取ってくれば事足りるケースが多いだろう、ということです。
上記の事情を明白に表現するために、ワーキング宇宙〈working universe | 作業宇宙〉という言葉を導入しましょう。これは文字通り、何かの作業で必要とされる小宇宙(大宇宙の一部)です。
集合論の宇宙だけではなくて、圏論の宇宙においても、有界なワーキング宇宙を設定してみます。圏論の大宇宙では、(-2)-Cat, (-1)-Cat, 0-Cat, 1-Cat, ... と、いくらでも高い次元のn-圏が並んでいます。適当な整数kを固定して、幾つかのk-圏と、kより小さい次元の圏達があれば十分な状況を想定します。
必要とするk-圏を含む(k+1)-圏をひとつ選んで、これを我々の銀河Gとします。ひとつの銀河Gとその内側がワーキング宇宙となります(単銀河小宇宙)。Gに含まれるモノ(論理的に許容されるモノ)を何でもかんでもワーキング宇宙に入れる必要はありません。我々が選んだモノだけをワーキング宇宙に入れます。
有界な圏論的宇宙
圏論的宇宙(大宇宙)の全体像は、おぼろげながら次の記事で述べています。
大宇宙のなかで圏論的ワーキング宇宙を構成しますが、話を具体的にするために、k = 2 とします。つまり我々は、幾つかの2-圏を必要とします。そうなると、幾つかの2-圏を収めている親の圏(それが銀河)Gは2-Catの部分圏とみなせます。もう少し正確に言うと、Gは3-圏であり、2-Catへの忘却関手(忠実関手)を持ちます。この忘却関手は3-圏のあいだの関手なので3-関手ですが、'3-'は気にしないことにします。
Gは入れ物であって、我々が作業のために必要としている2-圏はKとLだとします。K, L∈|G| ですね。KとLのあいだに関手(2-関手) F:K→L があれば、それもGのなかのモノです。しかし、Gの外側は考えません。Gは我々の唯一の銀河であり、銀河の外は一切見えないとします。
圏(n-圏を含む)、対象、射(n-射を含む)、関手(n-関手を含む)、自然変換(n-自然変換を含む)など、圏論で出てくるモノ一切合切〈いっさいがっさい〉を圏論的実体〈{categorical | category-theoretic} entity〉と呼ぶことにします。圏論的実体とは、圏論的宇宙のなかの存在物です。逆に言うと、圏論的宇宙は(大宇宙であれ、ワーキング宇宙であれ)圏論的実体から構成されます。
圏論的な大宇宙は茫漠としていますが、銀河Gで限界を設定されたワーキング宇宙のなかはシッカリと把握したいものです。把握の第一段階として、銀河Gで限られたワーキング宇宙の内部にある圏論的実体を名指しする方法を考えます。
圏論的パス式
パス式〈path expression〉は、コンピュータやインターネットではお馴染みの表現です。例えば、コンピュータのなかにあるファイルは、/home/hiyama/ProjectX/docs/Overview.md のようなパス式で名指しされます。インターネット上のドメインやリソースも、http://www.chimaira.org/misc/index.html のようなURLで示します。メールアドレス hiyama@nakame.chimaira.org もパス式の一種と言えるでしょう。
ローカルファイル名 /home/hiyama/ProjectX/docs/Overview.md では、左から右に向かって「大分類→小分類」となっています。ドメイン名 nakame.chimaira.org では逆で「小分類→大分類」です。両方の方式、あるいはそれらを混ぜた方式が実際に使われています。
圏論的パス式は、圏論的実体(リソースに相当)を指し示す階層的名前です。ファイル名方式(左が大分類)とドメイン名方式(右が大分類)の両方を使います。ドメイン名方式は既に出てきています。「圏論的宇宙と反転原理と次元付きの記法」で紹介したプロファイル表記がドメイン名方式のパス式です。
ここでは、ファイル名方式の圏論的パス式を導入します。基本的に、プロファイル表記を左右ひっくり返して書くだけです。分かりにくいと思ったらプロファイル表記に書き直してみてください。
今まで述べてきた事例で説明します。ワーキング宇宙には、2-圏KとLがありますが、これはトップレベル(ルート直下)にあるので、/K, /L のように書きます。銀河Gも明白に書きたいなら //G/K, //G/L とします。'//'はスーパールート記号で、ワーキング宇宙全体を示すと思えばいいでしょう。Gは、ファイルシステムで言えば「ドライブ、ボリューム、デバイス」などと呼ばれるものに相当します。
//G/K は2-圏なので、対象を持ちます。その対象は、//G/K/A のように書きます。この書き方も階層的ファイルシステムと同じです。ファイルシステムと違うのは、ホムシングもパス式で書けることです。//G/K/(A, B) は、Hom1K(A, B) を表します。丸括弧はなくても大丈夫なので、//G/K/A,B のように書いていいとします。
//G/K/A,B は2-圏Kの1-ホムシングなのでホム圏です。よって対象を持つので、その対象は //G/K/A,B/f のように書けます。プロファイル記法に直せば:
- f:A→B in K in G
'in'が2つ並んでますが、2つのプロファイルの略記だと思ってください。
- f:A→B in K
- K in G
先のアドバイス「分かりにくいと思ったらプロファイル表記に書き直してみてください」を思い起こしましょう。
//G/K/A,B/f,g/α に対するプロファイル記法は、
- α::f⇒g:A→B in K in G
複数のプロファイルに分解すれば:
- α::f⇒g:A→B in K
- K in G
もっと細かく分解すれば:
- α::f⇒g in K
- f, g:A→B in K
- A, B in K
- K in G
あるいは、
- α∈Hom2K(f, g)
- f, g∈Hom1K(A, B)
- A, B∈Hom0K
- K∈Hom0G
パス式を用いることによって、圏論的実体のプロファイル情報がコンパクトに表現できることが分かるでしょう。
カンマを使ったホムシングを、トップレベルで使うこともできます。F, Gを2-圏KからLへの関手(2-関手)、ξをFからGへの自然変換(2-自然変換)だとして、ξを表すパス式は次のようになります。
- //G/K,L/F,G/ξ
プロファイル記法に書き直せば:
- ξ::F⇒G:K→L in G
おわりに
僕が有界なワーキング宇宙に拘るのは、際限もなく拡がる大宇宙は超越的過ぎて我々人間が太刀打ちできる気がしないからです。限界が設定されて、個々のモノ(圏論的実体)が構成的に定義され、圏論的パス式でモノ達を名指しができる小宇宙なら、神ならぬ我々でも把握ができるでしょう。
とは言っても、有界なワーキング宇宙でさえ実際の構成は難しく、超越的大宇宙と完全に切り離して議論もできません。例えば、SetやCatのように、存在すると信じられているお馴染みの圏/2-圏をワーキング宇宙に取り込むにはどうしたらいいのでしょう?
もしホントに反転原理が成立しているなら、個々のn-圏は圏論的大宇宙の構造を反映しているはずです。したがって、有界なワーキング宇宙を探るにも大宇宙の知識が必要となります。んー、まだファンタジーの世界みたい。