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参照用 記事

スパンの圏って定義できるの?

圏 $`\mathcal{C}`$ がファイバー積を持つなら、$`\mathcal{C}`$ のスパンの圏を構成できると言われています。これって、ほんとうでしょうか?$`\newcommand{\cat}[1]{\mathcal{#1}}
\newcommand{\id}{\mathrm{id} }
%\newcommand{\op}{\mathrm{op} }
\newcommand{\mrm}[1]{\mathrm{#1} }
\newcommand{\In}{\text{ in } }
%\newcommand{\Imp}{\Rightarrow }
%\newcommand{\Iff}{\Leftrightarrow }
\newcommand{\hyp}{\text{-}}
`$

内容:

スパン

圏 $`\cat{C}`$ のスパン〈span〉とは、次の形をした 圏 $`\cat{C}`$ 内の図式です。

$`\quad A \overset{p}{\leftarrow} X \overset{q}{\to} B \In \cat{C}`$

次の言葉を使います*1

  • $`X`$ : スパンの頭部〈head〉
  • $`p`$ : スパンの左脚〈left leg〉
  • $`A`$ : スパンの左足〈left foot〉
  • $`q`$ : スパンの右脚〈right leg〉
  • $`B`$ : スパンの右足〈right foot〉

スパンを $`S`$ と書くとき、各部は次の書き方で識別します。

$`S = (A \overset{p}{\leftarrow} X \overset{q}{\to} B \In \cat{C})\\
\quad S.\mrm{head} = X\\
\quad S.\mrm{lleg} = p\\
\quad S.\mrm{lfoot} = A\\
\quad S.\mrm{rleg} = q\\
\quad S.\mrm{rfoot} = B
`$

この書き方が好みにあわないなら、好きに変えてください(「構造とその素材の書き表し方」参照)。例えば:

$`S = (A \overset{p}{\leftarrow} X \overset{q}{\to} B \In \cat{C})\\
\quad \mrm{head}_S = X\\
\quad \mrm{lleg}_S = p\\
\quad \mrm{lfoot}_S = A\\
\quad \mrm{rleg}_S = q\\
\quad \mrm{rfoot}_S = B
`$

$`\cat{C}`$ の対象 $`A, B \in |\cat{C}|`$ に対して、左足が $`A`$ で右足が $`B`$ であるすべてのスパンの集合を、

$`\quad \mrm{Span}(C)(A, B)`$

と書きます。$`\cat{C}`$ のすべてのスパンの集合は、シグマ型(たくさんの集合達の直和)を使って次のように書けます。

$`\quad \mrm{Span}(C) = \sum_{A, B \in |\cat{C}|} \mrm{Span}(C)(A, B)`$

2つのスパン $`S, T`$ が次の条件を満たすとき、(この順で)隣接している〈adjacent〉といいます。

$`\quad S.\mrm{rfoot} = T.\mrm{lfoot}`$

$`S, T`$ が隣接しているからといって、それらの結合〈composition〉が定義できるわけではありません。スパンの結合にはメカニズムが必要です。そのメカニズムは圏 $`\cat{C}`$ から提供されるものです。

コスパンとファイバー積

圏 $`\cat{C}`$ のコスパン〈余スパン | cospan〉とは、次の形をした 圏 $`\cat{C}`$ 内の図式です。

$`\quad A \overset{j}{\to} Y \overset{k}{\leftarrow} B \In \cat{C}`$

これはスパンの双対概念です。双対概念には「余」を付ける習慣です。構成素の名前もすべて「余」を付けることにします。

  • $`Y`$ : コスパンの余頭部〈cohead〉
  • $`j`$ : コスパンの左余脚〈left coleg〉
  • $`A`$ : コスパンの左余足〈left cofoot〉
  • $`k`$ : コスパンの右余脚〈right coleg〉
  • $`B`$ : コスパンの右余足〈right cofoot〉

与えられた $`\cat{C}`$ のコスパン $`A \overset{j}{\to} Y \overset{k}{\leftarrow} B`$ に対して、次の形のスパン $`A \overset{p}{\leftarrow} X \overset{q}{\to} B`$ を考えます。

$`\xymatrix{
{}
& X \ar[dl]_{p} \ar[dr]^{q}
& {}
\\
A \ar[dr]_{j}
& {}
& B \ar[dl]^{k}
\\
{}
& Y
& {}
}\\
\text{commutative in }\cat{C}
`$

この形(図式の可換性も満たす)スパンのなかで一番“都合がいい”ものが、与えられたコスパンのファイバー積〈fibered product〉です。“都合がいい”ではよくわかりませんが、一般論は割愛して“集合圏の場合のファイバー積”を具体的に定義します*2

$`\cat{C} = {\bf Set}`$ と置けば、対象は集合で射は写像〈関数〉です。集合圏におけるファイバー積は、上の図の記号を使って、次のように定義します。

  • $`X := \{(a, b)\in A\times B \mid j(a) = k(b) \}`$
  • $`p := \pi^{A, B}_1 |_X`$ (直積の第一射影の制限)
  • $`q := \pi^{A, B}_2 |_X`$ (直積の第ニ射影の制限)

この定義から、図式の可換性(次の等式)は容易に確認できます。

$`\quad \forall (a, b)\in X.\, j(p( (a, b)) ) = k( q( (a, b)) )`$

$`\cat{C}`$ の任意のコスパンに対してファイバー積が存在するなら、$`\cat{C}`$ はファイバー積を持つ〈has fibered products〉といいます。集合圏 $`{\bf Set}`$ はファイバー積を持ちます。

一般に、圏 $`\cat{C}`$ がファイバー積を持っても、特定のコスパンに対してそのファイバー積が一意に存在することは保証されません。が、すべてのファイバー積が同型であることは保証されます。ファイバー積の同型は、単にスパンの頭部が同型なのではなくて、脚と可換な同型がある(下の図)ことです。

$`(A \overset{p}{\leftarrow} X \overset{q}{\to} B) \overset{\cong}{\to} (A \overset{p'}{\leftarrow} X' \overset{q'}{\to} B)\\
\require{AMScd}
\begin{CD}
X @>{\cong}>> X' \\
@V{p}VV @VV{p'}V\\
A @= A
\end{CD}\\
\text{commutative in }\cat{C}\\
\begin{CD}
X @>{\cong}>> X' \\
@V{q}VV @VV{q'}V\\
B @= B
\end{CD}\\
\text{commutative in }\cat{C}
`$

スパンの結合

$`\cat{C}`$ はファイバー積を持つ圏とします。実例として出すのは $`\cat{C} = {\bf Set}`$ のケースだけです。

$`S, T`$ を $`\cat{C}`$ の(この順で)隣接する2つのスパンだとします。

$`\quad S = (A \overset{p}{\leftarrow} X \overset{q}{\to} B ) \in \mrm{Span}(\cat{C})(A, B)\\
\quad T = (B \overset{r}{\leftarrow} Y \overset{s}{\to} C ) \in \mrm{Span}(\cat{C})(B, C)\\
\:\\
\xymatrix{
{}
& X \ar[dl]_{p} \ar[dr]^{q}
& {}
& Y \ar[dl]_{r} \ar[dr]^{s}
& {}
\\
A & {} & B & {} & C
}\\
\In \cat{C}
`$

上の図で、対象 $`B`$ を余頭部とするコスパンが現れます。圏 $`\cat{C}`$ はファイバー積を持つと仮定していたので、このコスパンのファイバー積を作れます。

$`\xymatrix{
{}
& {}
& Z \ar[dl]_{p'} \ar[dr]^{s'}
& {}
& {}
\\
{}
& X \ar[dl]_{p} \ar[dr]^{q}
& {}
& Y \ar[dl]_{r} \ar[dr]^{s}
& {}
\\
A & {} & B & {} & C
}\\
\text{commutative in }\cat{C}
`$

$`\cat{C} = {\bf Set}`$ のケースなら、前節の定義から $`Z, p', s'`$ を具体的に書き下せます。

隣接した2つのスパン $`S, T`$ の結合〈composition〉$`S;T`$ を、次のように定義します。

$`\quad S; T := (A \overset{p';p}{\leftarrow} Z \overset{s';s}{\to} C)\\
\:\\
\xymatrix{
{}
& {}
& Z \ar[dl]_{p'} \ar[dr]^{s'}
& {}
& {}
\\
{}
& \cdot \ar[dl]_{p}
& {}
& \cdot \ar[dr]^{s}
& {}
\\
A & {} & {} & {} & C
}\\
\In \cat{C}
`$

与えられたコスパンにファイバー積(のひとつ)を一意に対応付ける規則があれば、スパンの結合も一意対応として確定します。

対象 $`A \in |\cat{C}|`$ に対して、恒等スパンは次のように定義します。

$`\quad \mrm{idSpan}_A:= (A \overset{\id_A}{\leftarrow} A \overset{\id_A}{\to} A)\\
\:\\
\xymatrix{
{}
& A \ar[dl]_{\id_A} \ar[dr]^{\id_A}
& {}
\\
A & {} & A
}\\
\In \cat{C}
`$

スパンの圏?

前節で定義したスパンの結合と恒等スパンにより、スパンの圏が構成できそうな気がします。$`\cat{C} = {\bf Set}`$ のケースならば、ファイバー積を具体的に書き下せるので、圏の法則〈公理〉も具体的にチェックできます。

次の法則は成立しているでしょうか?

$`\text{For }S, T, U \in \mrm{Span}({\bf Set})\\
\text{When }S.\mrm{rfoot} = T.\mrm{lfoot} \land
T.\mrm{rfoot} = U.\mrm{lfoot} \\
\quad (S;T); U = S;(T;U)\\
\:\\
\text{For }A, B \in |{\bf Set}|\\
\text{For }S \in \mrm{Span}({\bf Set})\\
\text{When }S.\mrm{lfoot} = A \land S.\mrm{rfoot} = B \\
\quad \mrm{idSpan}_A ; S = S\\
\quad S;\mrm{idSpan}_B = S
`$

だいたい成立しそうですが、厳密に言えば等式としての法則は成立しません。集合圏の直積の構成では、次の等式は成立しないからです。

$`\quad (X\times Y) \times Z = X\times (Y \times Z)`$

等式ではなくて、次の同型があるだけです。

$`\quad (X\times Y) \times Z \cong X\times (Y \times Z)`$

したがって、スパンの結合では、通常の意味の圏ではなくて、「圏の法則が等式ではなくて、同型で〈up-to-isoで〉成立する構造」になります。

それと、ホムセットが小さい集合にはなりません。単元集合 $`{\bf 1}`$ から $`{\bf 1}`$ へのホムセットを考えてみると:

$`\quad \mrm{Span}({\bf Set})({\bf 1}, {\bf 1}) \cong |{\bf Set}|`$

なぜなら、集合 $`A`$ に対してスパン $`{\bf 1}\leftarrow A \to {\bf 1}`$ が一対一に対応するからです。

つまり、“スパンの圏”は圏もどきで、次の点で通常の圏とは違っています。

  • 圏の法則〈公理〉が、等式としては成立しないかも知れない。
  • ホムセットが小さいとは限らない。

また、結合の計算をファイバー積に基づいて行うのはめんどくさい気もします。考えるべきことは:

  1. 圏の法則を等式にできるのか?
  2. ホムセットを小さくできるのか?
  3. もっと簡単な計算法はあるのか?

興味があれば、考えてみてください。

*1:足と脚

*2:ファイバー積と余ファイバー和〈融合和〉 」に少し一般論が書いてあります。図式の極限としてファイバー積を定義しています。