圏論の基本事項解説、割と久しぶり。ファイバー積はオーバー圏の直積であり、余ファイバー和〈融合和〉はアンダー圏の直和です。$`\newcommand{\cat}[1]{\mathcal{C} }
\newcommand{\mrm}[1]{\mathrm{#1} }
\newcommand{\In}{\text{ in } }
\newcommand{\fprod}[3]{ \mathop{ \underset{#1}{_{#2}{\times}_{#3}} } }
\newcommand{\asum}[3]{ \mathop{ \overset{#1}{^{#2}{+}^{#3}} } }
`$
内容:
図式の極限・余極限
$`G`$ が有向グラフのとき、このグラフから生成される自由圏(「モノイドと有向グラフから圏を構成する」参照)を $`\mrm{FreeCat}(G)`$ と書くことにします。圏 $`\cat{C}`$ の結合と恒等射を忘れた台グラフ〈underlying graph〉を$`\mrm{UGraph}(\cat{C})`$ とします。$`\mrm{FreeCat}, \mrm{UGraph}`$ は関手になって、次の同型〈1:1対応〉があります。
$`\quad {\bf Cat}(\mrm{FreeCat}(G), \cat{C}) \cong {\bf Graph}(G, \mrm{UGraph}(\cat{C}))`$
ホムセット同型*1は全体として自由忘却随伴系〈free-forgetful adjunction〉を構成します。圏のサイズが大きい場合でも、同様な自由忘却随伴系を考えることができます。
随伴系について知りたいなら次の記事を参照してください。
随伴系は知っているが、なんかピンと来ないなら:
上記の自由忘却随伴から、次の2つの概念は1:1対応するという意味で同値です。
- $`D: G \to \mrm{UGraph}(\cat{C}) \In {\bf Graph}`$
- $`F: \mrm{FreeCat}(G) \to \cat{C} \In {\bf Cat}`$
一番目を形状〈シェープ〉が $`G`$ の $`\cat{C}`$ 内の図式〈diagram〉といいます。二番目は、域〈ソース〉が $`\mrm{FreeCat}(G)`$、余域〈ターゲット〉が $`\cat{C}`$ の関手です。
図式と関手は同値な概念なので、極限・余極限は図式に対しても考えます。極限・余極限については(必要なら)次の記事を参照してください。
図式 $`D`$ に対して $`\lim D`$ と書いた場合は極限対象〈limit object〉を意味し、$`\mrm{LimCone}\, D`$ は極限錐の図式を意味します。余極限に対しても同様な記法を使います。
引き戻しを持つ圏
圏 $`\cat{C}`$ 内の図式で形状が ・→・←・ であるものを、$`\cat{C}`$ 内のコスパン〈余スパン | cospan〉といいます。具体的にコスパン $`D`$ を記述すると:
$`\require{AMScd}
\begin{CD}
{} @. B\\
@. @VV{g}V\\
A @>{f}>> Y
\end{CD}\\
\text{cospan }D\In \cat{C}
`$
コスパンの極限錐の図式を引き戻し図式〈pullback diagram〉といいます。$`D`$ がコスパンのとき、極限錐図式 $`\mrm{LimCone}\, D`$ を $`\text{pb. } D`$ とも書きます。
$`\begin{CD}
{\lim D} @>>> B\\
@VVV @VV{g}V\\
A @>{f}>> Y
\end{CD}\\
\text{pb. }D\In \cat{C}
`$
描画パッケージ(MathJaxのAMScd拡張)の都合で斜めの矢印を描いてませんが、$`\lim D \to Y`$ の射(極限錐の成分のひとつ)もあります。
XyJaxを使えば、錐と頂点らしい図を描けます。
$`\xymatrix{
{}
& {\lim D} \ar[dl] \ar[d] \ar[dr]
& {}
\\
{A} \ar[r]^{f}
& {Y}
& {B} \ar[l]_{g}
}\\
\text{pb. }D \In \cat{C}
`$
[/追記]
$`\cat{C}`$ 内の任意のコスパンが引き戻し図式〈極限錐体〉を持つとき、圏 $`\cat{C}`$ は引き戻しを持つ〈has {all}? pullbacks〉といいます。引き戻し完備〈pullback complete〉のほうが適切な用語だと思うのですが、使われてないですね。
ファイバー積と余ファイバー和
引き戻し図式 $`\text{pb. }D`$ の錐頂点〈apex of cone〉である極限対象 $`\lim D`$ をファイバー積〈{fibred | fibered} product〉と呼びます。$`\cat{C}`$ が引き戻しを持つことは、ファイバー積を持つことだと言っても同じです。
コスパン $`A \overset{f}{\to} Y \overset{g}{\leftarrow} B`$ のファイバー積をしばしば $`A\times_Y B`$ と書きます。しかし、この書き方は勘違いの原因になったりするので、面倒だけどすべての情報を書き込んだほうがいいと思います。
$`\quad \lim D = A \fprod{Y}{f}{g} B`$
ファイバー積の双対概念が余ファイバー和〈コファイバー和 | {cofibred | cofibered} sum〉、あるいは融合和〈amalgamated sum〉です。
コスパンの場合と双対的に、スパン〈span〉の余極限余錐の図式を押し出し図式〈pushout diagram〉といい、スパン $`E`$ の余極限余錐図式 $`\mrm{ColimCocone}\, E`$ を $`\text{po. } E`$ とも書きます。
$`\begin{CD}
X @>{g}>> B\\
@V{f}VV @VVV\\
A @>>> {\mrm{colim}\, E}
\end{CD}\\
\text{po. }E\In \cat{C}
`$
押し出し図式 $`\text{po. }E`$ の余錐余頂点〈coapex of cocone〉にある余極限対象 $`\mrm{colim}\, E`$ が余ファイバー和です。集合圏の余ファイバー和はコイコライザーを使って作れますが、コイコライザーについては「コイコライザーの同値関係をより具体的に」に書いています。
XyJaxを使った、余錐と余頂点らしい図。
$`\xymatrix{
{A} \ar[dr]
& {X} \ar[l]_{f} \ar[r]^{g} \ar[d]
& {B} \ar[dl]
\\
{}
& {\mrm{colim}\: E}
& {}
}\\
\text{po. }E \In \cat{C}
`$
[/追記]
圏が押し出しを持つ/余ファイバー和を持つも双対的な定義なので説明するまでもないでしょう。
余ファイバー和〈融合和〉の書き方も、すべての情報を書き込んだスタイルにすると:
$`\quad \mrm{colim}\, E = A \asum{X}{f}{g} B`$
オーバー圏とアンダー圏
$`\cat{C}`$ は(特に何も仮定しないプレーンな)圏だとします。対象 $`Y\in |\cat{C}|`$ を選んで固定します。対象 $`Y`$ 上のオーバー圏〈over category〉 $`\cat{C}_{/Y}`$ は次のように定義されます。
- $`\cat{C}_{/Y}`$ の対象は $`f:A \to Y`$ という $`\cat{C}`$ の射
- $`\cat{C}_{/Y}`$ の対象 $`f:A \to Y`$ と $`g:B \to Y`$ のあいだの射は、次の可換図式。
$`\begin{CD}
A @>{\varphi}>> B \\
@V{f}VV @VV{g}V \\
Y @= Y
\end{CD}\\
\text{commutative in }\cat{C}`$
オーバー圏 $`\cat{C}_{/Y}`$ の対象としての $`\cat{C}`$ の射を3つ組 $`(A, f, Y)`$ 、$`Y`$ が周知なら2つ組〈ペア〉 $`(A, f)`$ で表すことにします。オーバー圏の射は次のように書けます。
$`\quad \varphi:(A, f, Y) \to (B, g, Y) \In \cat{C}_{/Y}\\
\quad \varphi:(A, f) \to (B, g) \In \cat{C}_{/Y}`$
オーバー圏における射の結合と恒等射はすぐ想像がつくでしょう。そう、それです。
オーバー圏と双対的にアンダー圏〈under category〉 $`{^{X/}\cat{C}}`$ を定義できます。
- $`{^{X/}\cat{C}}`$ の対象は $`f:X \to A`$ という $`\cat{C}`$ の射
- $`{^{X/}\cat{C}}`$ の対象 $`f:X \to A`$ と $`g:X \to B`$ のあいだの射は、次の可換図式。
$`\begin{CD}
X @= X \\
@V{f}VV @VV{g}V \\
A @>{\varphi}>> B
\end{CD}\\
\text{commutative in }\cat{C}`$
アンダー圏の射は次のように書けます。
$`\quad \varphi:(X, f, A) \to (X, g, B) \In {^{X/}\cat{C}}\\
\quad \varphi:(f, A) \to (g, B) \In {^{X/}\cat{C}}`$
オーバー圏/アンダー圏については、以下の過去記事でも紹介しています。
オーバー圏の直積とアンダー圏の直和
圏 $`\cat{C}`$ が直積を持つとき、その直積が $`\cat{C}`$ のものであることを明示するため $`\times^{\cat{C}}`$ と書くことにします。同様に、圏 $`\cat{C}`$ の直和は $`+_{\cat{C}}`$ です。
圏 $`\cat{C}`$ のオーバー圏 $`\cat{C}_{/Y}`$ が直積を持つ状況を考えます。その直積は $`\times^{\cat{C}_{/Y}}`$ です。オーバー圏 $`\cat{C}_{/Y}`$ の対象 $`(A, f)`$ と $`(B, f)`$ の直積と第一射影、第二射影は次のように書けます。
$`\begin{CD}
(A, f) @<{\pi_1}<< {(A, f) \times^{\cat{C}_{/Y}} (B, f) } @>{\pi_2}>> (B, f)
\end{CD}
\In \cat{C}_{/Y}`$
これを、圏 $`\cat{C}`$ 内の図式に書き下します。$`{(A, f) \times^{\cat{C}_{/Y}} (B, f) }`$ は簡略に $`P`$ としています
$`\begin{CD}
A @<{\pi_1}<< P @>{\pi_2}>> B\\
@V{f}VV @VVV @VV{g}V \\
Y @= Y @= Y
\end{CD}\\
\In \cat{C}`$
図式のレイアウトが違うと印象が変わってしまうかも知れないので、レイアウトを変形すると:
$`\begin{CD}
P @>{\pi_2}>> B\\
@V{\pi_1}VV @VV{g}V \\
A @>{f}>> Y
\end{CD}\\
\In \cat{C}`$
この図式は直積の定義による普遍性を持ちます。オーバー圏 $`\cat{C}_{/Y}`$ の直積としての普遍性と、$`\cat{C}`$ の $`Y`$ 上のファイバー積としての普遍性は同じです。
つまり、オーバー圏 $`\cat{C}_{/Y}`$ の直積と $`\cat{C}`$ の $`Y`$ 上のファイバー積は事実上同じです。
$`\quad (A, f) \times^{\cat{C}_{/Y}} (B, f) = A \fprod{Y}{f}{g} B`$
アンダー圏 $`{^{X/}\cat{C}}`$ の直和に関して双対的な議論をすれば、次も言えます。
$`\quad (f, A) +_{^{X/}\cat{C}} (g, B) = A \asum{X}{f}{g} B`$
まとめると:
- 圏のファイバー積と、その圏のオーバー圏の直積は同じ概念である。
- 圏の余ファイバー和〈融合和〉と、その圏のアンダー圏の直和は同じ概念である。
*1:$`{\bf Cat}`$ を2-圏だと考えると、ホムセットではなくてホム圏になりますが、自然変換を忘れてしまえば、通常のホムセット同型です。あるいは、ホム圏の同型と考える手法もあります。