このブログの更新は Twitterアカウント @m_hiyama で通知されます。
Follow @m_hiyama

メールでのご連絡は hiyama{at}chimaira{dot}org まで。

はじめてのメールはスパムと判定されることがあります。最初は、信頼されているドメインから差し障りのない文面を送っていただけると、スパムと判定されにくいと思います。

参照用 記事

多項式環と台集合忘却関手

昨日の記事の最後の節「圏論的な普遍構成の代表的な例 // モノイドの台集合」で、モノイドにその台集合を対応させる忘却関手〈余前層〉の余表現対象が自然数の足し算モノイドであることを述べました。それと同様な議論で、代数〈相対環〉にその台集合を対応させる忘却関手〈余前層〉の余表現対象が多項式環であることを述べます。昨日の記事「圏論的な普遍構成の代表的な例」への追補です。$`\newcommand{\mrm}[1]{ \mathrm{#1} }
\newcommand{\In}{\text{ in }}
\newcommand{\cat}[1]{\mathcal{#1}}
\newcommand{\u}[1]{\underline{#1}}
\newcommand{\hyp}{\text{-} }
%\newcommand{\id}{\mathrm{id} }
%\newcommand{\twoto}{\Rightarrow }
%\newcommand{\op}{\mathrm{op} }
\newcommand{\For}{\text{For } }
%\newcommand{\Imp}{\Rightarrow }
`$

内容:

可換環上の代数〈相対環〉

可換環の圏を $`{\bf CRng}`$ とします。可換とは限らない(乗法単位元は持つ)環の圏を $`{\bf Rng}`$ とします。$`R \in |{\bf CRng}|`$ を選んで固定して(例えば、$`R := {\bf Z}`$ とか)、スカラー環〈scalar ring〉とか係数環〈coefficient ring〉と呼びます。

規準的に $`{\bf CRng} \subseteq {\bf Rng}`$ (部分圏)なので、次のような射 $`\varphi`$ は意味を持ちます。

$`\For R \in |{\bf CRng}|\\
\For A \in |{\bf Rng}|\\
\quad \varphi : R \to A \In {\bf Rng}`$

$`(R, A, \varphi)`$ 、あるいは $`R`$ は固定している前提で $`(A, \varphi)`$ を、$`R`$-代数〈$`R`$-algebra〉、または$`R`$上の相対環〈relative ring〉と呼びます。

$`A`$ は(可換とは限らない)環だったので、$`(A, \varphi)`$ は次のように書けます。

$`\quad A = (\u{A}, +, 0, \cdot, 1, \varphi)`$

$`r\in R`$ と $`a\in A`$ の掛け算(スカラー倍)は次のように定義できます。

$`\quad r\triangleright a := \varphi(r)\cdot a\\
\quad a\triangleleft r := a\cdot \varphi(r)
`$

$`A`$ の掛け算 $`\cdot`$ 、左からのスカラー倍 $`\triangleright`$ 、右からのスカラー倍 $`\triangleleft`$ は、いずれも単なる併置〈juxtaposition〉として略記されます。

$`{\bf Z}`$-代数の例として、$`{\bf Z}_5`$-係数の2×2正方行列達の非可換環 $`\mrm{Mat}[{\bf Z}_5](2, 2)`$ があります。整数を$`{\bf Z}_5`$-係数正方行列に移すには、整数を mod 5 で考えた値を対角成分にした正方行列を対応させます。これにより、整数を左から/右から$`{\bf Z}_5`$-係数正方行列に掛け算できます。

2つの$`R`$-代数 $`(A, \varphi), (B, \varphi')`$ があるとき、このあいだの準同型写像〈homomorphism〉とは、次の図式を可換にする環の射 $`f`$ です。

$`\require{AMScd}
\quad \begin{CD}
A @>{f}>> B \\
@A{\varphi}AA @AA{\varphi'}A\\
R @= R
\end{CD}\\
\quad \text{commutative in }{\bf Rng}
`$

$`R`$-代数〈$`R`$-相対環〉を対象として、そのあいだの準同型写像を射とする圏が形成されます。その圏を $`R\text{-}{\bf Alg}`$ と書きます。

多項式環

前節と同じく $`R \in |{\bf CRng}|`$ を固定しています。$`R`$-係数で、不定元 $`T`$ の一変数多項式環を $`R[T]`$ と書きます。$`T`$ は意味のない単なる文字なので $`R[\text{'T'}]`$ とか書いたほうがいいかも知れませんが、あまり気にしないことにします。不定元に使う文字は何でもいいので、例えば:

$`\quad R[T] \cong R[t] \cong R[x] \In {\bf CRng}`$

不定元文字に依存しないで多項式環を定義するために、次のような集合を考えます。

$`\quad \mrm{Map}_{\mrm{finSupp}}({\bf N}, R) := \{p \in \mrm{Map}({\bf N}, R) \mid \mrm{card}(\mrm{Supp}(p)) \lt \infty \}`$

出てきた記号の意味は次のとおりです。

  • $`\mrm{Map}(\hyp, \hyp)`$ : 写像の集合
  • $`\mrm{Supp}(p)`$ : 関数の台〈support〉 -- $`p(x) \ne 0`$ である $`x`$ の集合。ここでは、$`{\bf N}`$ の部分集合。
  • $`\mrm{card}(\hyp)`$ : 集合の基数〈cardinality〉
  • $`\hyp \lt \infty`$ : 有限であること。

$`\mrm{Map}_{\mrm{finSupp}}({\bf N}, R)`$ の要素は、$`{\bf N}`$ 上で定義された$`R`$値関数で、有限個の自然数を除いて値が $`0`$ であるものです。

次に、$`{\bf N}`$ 上でクロネッカーのデルタを定義します。

$`\For n, m\in {\bf N}\\
\quad \delta(n, m) := (\text{if }n = m \text{ then }1 \text{ else }0)
`$

ただし、$`1, 0`$ は可換環 $`R`$ における $`1, 0`$ だとします。クロネッカーのデルタをカリー化して次のように書きます。

$`\For n \in {\bf N}\\
\quad \delta_n := \lambda\, m\in {\bf N}.(\, \delta(n, m)\; \in R\,)
`$

カリー化したクロネッカーのデルタを使うと、$`\mrm{Map}_{\mrm{finSupp}}({\bf N}, R)`$ の要素 $`p`$ は次のような有限和で書けます。

$`\quad p = \sum_{n \in \mrm{Supp}(p)} p(n) \delta_n`$

つまり、任意の要素が、$`\delta_n`$ 達の一次結合で書けます。自然に足し算も入ります。

$`\delta_n`$ 達の集合に掛け算を定義すれば、それを $`\mrm{Map}_{\mrm{finSupp}}({\bf N}, R)`$ 全体に広げることができます。次のように掛け算を定義しましょう。

$`\For n, m\in {\bf N}\\
\quad \delta_n \cdot \delta_m := \delta_{n + m}
`$

既に在る足し算と、この掛け算により、集合 $`\mrm{Map}_{\mrm{finSupp}}({\bf N}, R)`$ 上に可換環の構造が入ります。この可換環を $`\mrm{Poly}_R`$ と書くことにします。次の同型が確認できます。

$`\quad \mrm{Poly}_R \cong R[T] \In {\bf CRng}`$

$`\mrm{Poly}_R`$ において、不定元 $`T`$ に相当する要素は $`\delta_1`$ です。

こうして構成した可換環 $`\mrm{Poly}_R`$ を、不定元によらない(一変数の)多項式環〈polynomial ring〉とします。

忘却関手とその余表現

$`X = (\u{X}, +, 0, \cdot, 1, \varphi)`$ を$`R`$-代数とします。行きがかり上、文字を $`A`$ から $`X`$ に変更しました。$`X \mapsto \u{X}`$ という対応は次のような忘却関手を定義します。

$`\quad U : R\text{-}{\bf Alg} \to {\bf Set} \In {\bf CAT}`$

忘却関手は集合圏への共変関手なので、圏 $`R\text{-}{\bf Alg}`$ 上の余前層です。余前層 $`U`$ は余表現可能です。その余表現対象が、$`R`$-代数とみなした多項式環 $`\mrm{Poly}_R`$ です。つまり、次の同型が存在するということです。

$`\quad R\text{-}{\bf Alg}(\mrm{Poly}_R, \hyp) \cong U \In [R\text{-}{\bf Alg}, {\bf Set}]`$

この自然同型を与える自然変換〈余表現自然変換〉を $`\psi`$ とすると:

$`\For X \in |R\text{-}{\bf Alg}|\\
\quad \psi_X : R\text{-}{\bf Alg}(\mrm{Poly}_R, X) \overset{\cong}{\to} \u{X}
\In {\bf Set}`$

この $`\psi_X`$ は次のように具体的に定義できます。

$`\For g \in R\text{-}{\bf Alg}(\mrm{Poly}_R, X)\\
\quad \psi_X(g) := g(\delta_1) \;\in \u{X}
`$

$`\psi`$ が自然変換であることは次の図式が可換になることです。

$`\quad \begin{CD}
R\text{-}{\bf Alg}(\mrm{Poly}_R, X) @>{\psi_X}>> \u{X} \\
@V{R\text{-}{\bf Alg}(\mrm{Poly}_R, f)}VV @VV{f}V \\
R\text{-}{\bf Alg}(\mrm{Poly}_R, Y) @>{\psi_Y}>> \u{Y}
\end{CD}\\
\quad \text{commutative in }{\bf Set}
`$

これは集合圏での可換図式なので、要素を取って計算すれば、すぐ確認できます。

$`\quad \xymatrix{
g \ar@{|->}[r] \ar@{|->}[d]
& g(\delta_1) \ar@{|->}[d]
\\
f\circ g \ar@{|->}[r]
& (f\circ g)(\delta_1) = f(g(\delta_1))
}
`$

$`\psi`$ は単なる自然変換ではなくて、自然同型である必要があります。これは、成分 $`\psi_X`$ に逆写像があることです。

$`\For X \in |R\text{-}{\bf Alg}|\\
\quad (\psi_X)^{-1} : \u{X} \to R\text{-}{\bf Alg}(\mrm{Poly}_R, X)
\In {\bf Set}`$

逆写像を定義することは、$`x \in \u{X}`$ に対して、多項式環からの$`R`$-代数の射を構成することになります。実は、$`g(\delta_1) = x`$ となる代数の射 $`g`$ はひとつだけしかありません。

  • $`\delta_n\in \u{\mrm{Poly}_R}`$ に対しては、$`g(\delta_n) = x^n \;\in \u{X}`$ と決まってしまう。
  • 多項式 $`p = \sum_{n \in \mrm{Supp}(p)} p(n) \delta_n`$ に対しては、$`g(p) = \sum_{n \in \mrm{Supp}(p)} p(n) x^n \;\in \u{X}`$ と決まってしまう。

$`x \mapsto g`$ が、$`\psi_X`$ の逆となるのは明らかでしょう。

以上から、忘却関手 $`X \mapsto \u{X}`$ は、多項式環 $`\mrm{Poly}_R`$ で余表現されることが分かりました。余表現の余普遍元は、$`\delta_1 \in \u{\mrm{Poly}_R}`$ です。

これは、「圏論的な普遍構成の代表的な例 // モノイドの台集合」の場合と似た状況になっています。