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参照用 記事

ファイバーの計算の動機としてのプルバック公式

ファイバーの計算に関する一連の記事(「ファイバーの計算 基本概念」参照)を書いているのですが、この記事は他の記事を参照しなくても(なるべく)独立に読めるようにします。

ファイバーの計算は、関数のファイバー〈逆像〉に関する具体的な計算と、それを抽象化した計算を扱う体系を意味(あるいは意図)してます。この計算体系の公式〈計算法則〉のひとつにプルバック公式があります。プルバック公式は、普通に〈圏論的に〉定義されるプルバックがファイバーを使って計算できることを主張します。

今「プルバック」という言葉を使ったのですが、「プルバック」は多義的で、しばしば「なにを意味してるかわからない」ので難儀します。なので、最初に「プルバック」の多義性の話をします。ほとんど集合圏のなかで考えるので、要素を使った具体的な表示や計算ができます。$`\newcommand{\hyp}{\text{-} }
\newcommand{\In}{\text{ in }}
\newcommand{\cat}[1]{ \mathcal{#1} }
\newcommand{\mrm}[1]{ \mathrm{#1} }
\newcommand{\F}[1]{ {{#1}^{-1}} } % fiber
\newcommand{\obj}[1]{ {{#1}\!\downarrow} }
\newcommand{\twoto}{ \Rightarrow }
\newcommand{\NFProd}[3]{ \mathop{_{#1} \!\underset{#2}{\times}\,\!_{#3} } }
%\newcommand{\dimU}[2]{ {{#1}\!\updownarrow^{#2}} }
`$

内容:

プルバックってなに?

「プルバック」と「引き戻し」は同義語ですが、意味は色々あります。ここで使うプルバック〈引き戻し〉は:

  1. プルバック図式〈pullback diagram〉
  2. プルバック四角形〈pullback square〉
  3. ファイバー積〈{fiber | fibered} product〉
  4. ファイバー引き戻し〈{fiber | fibered} pullback〉
  5. プレ結合引き戻し〈precomposition pullback〉

プレ結合引き戻しだけは異質で、他の4つはある種の極限に関連する概念です。

$`A\overset{f}{\to} X \overset{g}{\leftarrow} B`$ を圏 $`\cat{C}`$ のコスパンとします。このコスパンを一文字 $`\gamma`$ で表すことにします。

$`\quad \gamma := (A\overset{f}{\to} X \overset{g}{\leftarrow} B \In \cat{C})`$

コスパン $`\gamma`$ の極限を $`L`$ とすると、極限錐は次の図式になります。

$`\quad \xymatrix{
{}
& L \ar[dl]_{\pi_L} \ar[d]|{\pi_C} \ar[dr]^{\pi_R}
& {}
\\
A \ar[r]_{f}
& X
& B \ar[l]^{g}
}\\
\quad L = \lim \gamma\\
\quad \In \cat{C}
`$

$`\pi_L, \pi_C, \pi_R`$ は極限の射影です。$`L, C, R`$ は Left, Center, Right のつもりです。コスパンの極限錐を描いた上の図式がプルバック図式〈pullback diagram〉です。レイアウトを変えれば次の形になります。

$`\quad \xymatrix{
L \ar[d]_{\pi_L} \ar[dr]|{\pi_C} \ar[r]^{\pi_R}
& B \ar[d]^{g}
\\
A \ar[r]_{f}
& X
}\\
\quad L = \lim \gamma\\
\quad \In \cat{C}
`$

対角線の射影を抜いて、2つの射影を番号で識別すると次の図式になります。

$`\quad \xymatrix{
L \ar[d]_{\pi_1} \ar@{}[dr]|{\text{p.b.}} \ar[r]^{\pi_2}
& B \ar[d]^{g}
\\
A \ar[r]_{f}
& X
}\\
\quad \In \cat{C}
`$

四角形のなかに書いている $`\text{p.b.}`$ は、$`L = \lim \gamma`$ と同じ意味で、$`L`$ が極限対象であることを示します。この四角形図式をプルバック四角形〈pullback square〉と呼びます。プルバック図式もプルバック四角形も大差ないので、神経質に区別する必要はありません。

極限対象 $`L`$ は、コスパン $`\gamma`$ から同型を除いて〈up-to-isoで〉一意に決まります。極限対象 $`L`$ をコスパン $`\gamma`$ のファイバー積〈{fiber | fibered} product〉と言います。習慣的な言い回しとして、$`A`$ と $`B`$ のファイバー積とも言い
$`\quad A\times_\gamma B`$
と書きます。多くの場合
$`\quad A\times_X B`$
と略記されますが、これは情報を省略し過ぎで誤解・混乱の原因になります。$`\gamma`$ の情報を展開して次のように書くのがオススメです。

$`\quad A \NFProd{f}{X}{g} B`$

プルバック四角形の射影 $`\pi_1, \pi_2`$ もコスパン $`\gamma`$ から決まるので、次のように書けば紛れがないでしょう。

$`\quad \pi^\gamma_1 = \pi_1^{A\overset{f}{\to} X \overset{g}{\leftarrow} B}\\
\quad \pi^\gamma_2 = \pi_2^{A\overset{f}{\to} X \overset{g}{\leftarrow} B}
`$

手元で計算するときは徹底的に略記してもかまいませんが、コミュニケーション目的だと略記はトラブルに繋がります。次のような図式なら、まず誤解はないでしょう。

$`\quad \xymatrix{
A \NFProd{f}{X}{g} B \ar[d]_{\pi^\gamma_1} \ar@{}[dr]|{\text{p.b.}} \ar[r]^-{\pi^\gamma_2}
& B \ar[d]^{g}
\\
A \ar[r]_{f}
& X
}\\
\quad \text{where }\gamma = ({A\overset{f}{\to} X \overset{g}{\leftarrow} B})\\
\quad \In \cat{C}
`$

プルバック四角形(上の図式)の第一射影 $`\pi^\gamma_1`$ もプルバック〈引き戻し〉と呼びます。が、紛らわしいので、ここではファイバー引き戻し〈{fiber | fibered} pullback〉と呼ぶことにします。習慣的な言い回しとして、コスパン $`\gamma`$ のファイバー引き戻しを、$`f`$ による $`g`$ のファイバー引き戻しといいます。

$`f`$ による $`g`$ のファイバー引き戻しを $`f^*(g)`$ とか $`f^* g`$ と書くことが多いですが、$`f^*`$ を別な目的で使うので、ここでは $`f^\#_\gamma (g)`$ と書くことにします。$`f, g`$ がコスパン $`\gamma`$ の構成素なので、単に $`f^\# (g)`$ または $`f^\# g`$ と書いても問題はないでしょう。

定義から、次が成立します。

$`\quad \mrm{dom}(f^\# g) = \mrm{dom}(f) \NFProd{f}{\mrm{cod}(f)}{g} \mrm{dom}(g)\\
\quad \mrm{dom}(g^\# f) = \mrm{dom}(g) \NFProd{g}{\mrm{cod}(g)}{f} \mrm{dom}(f)\\
\text{Where}\\
\quad \mrm{cod}(f) = \mrm{cod}(g)
`$

集合圏のプルバック

一般の圏 $`\cat{C}`$ ではなくて、集合圏 $`{\bf Set}`$ で考えます。コスパン $`\gamma`$ は集合圏のコスパンとします。

$`\quad \gamma := (A\overset{f}{\to} X \overset{g}{\leftarrow} B \In {\bf Set})`$

コスパン $`\gamma`$ のファイバー積(つまり、極限対象)は、次の集合で与えられることが知られています。

$`\quad \{(a, b)\in A\times B \mid f(a) = g(b)\}`$

プルバック図式の第一射影と第二射影は、直積集合の第一射影と第二射影の制限として得られます。

ファイバー積の別な表示として次があります。

$`\quad \sum_{x\in X} (f^{-1}(x) \times g^{-1}(x))`$

$`f^{-1}(x), g^{-1}(x)`$ はファイバー(逆像)なので、ファイバーごとの積の寄せ集めがファイバー積です。このことについては、「半グラフのあいだのエタール射 // 集合圏のプルバックの特徴付け」で書いていますが、2つの表示が同型な集合を定義することを確認するのは難しくはないでしょう。

第三の表示として次があります。

$`\quad \sum_{a\in A} g^{-1}(f(a))`$

この第三の集合が、最初の(方程式の解としての)集合と同じになることは次のようにして分かります。

$`\sum`$ はシグマ型(集合族の総直和)を構成する演算です。シグマ型の要素は、依存ペア $`(a, b)`$ で $`b \in g^{-1}(f(a))`$ という条件を満たします。この条件は $`g(b) = f(a)`$ と同じなので、次が言えます。

$`\quad (a, b) \in \sum_{a\in A} g^{-1}(f(a)) \iff (a, b) \in \{(a, b)\in A\times B \mid f(a) = g(b)\}
`$

最初の(方程式の解としての)集合をファイバー積のプライマリな定義だとするならば、今述べた事実は次のように書けます。

$`\quad \sum_{a\in A} g^{-1}(f(a)) \cong A \times_\gamma B \In {\bf Set}`$

$`\sum_{a\in A} g^{-1}(f(a))`$ はシグマ型なので、標準的な射影があります。

$`\quad \pi : \sum_{a\in A} g^{-1}(f(a)) \to A \In {\bf Set}`$

ファイバー積にも第一射影があります。

$`\quad \pi^\gamma_1 : A \times_\gamma B \In {\bf Set}`$

これらのあいだに次のような可換図式があります。

$`\quad \xymatrix{
{\sum_{a\in A} g^{-1}(f(a))} \ar[rr]^-{\cong} \ar[dr]_{\pi}
& {}
& {A \times_\gamma B} \ar[dl]^{\pi^\gamma_1}
\\
{}
&A
&{}
}\\
\quad \text{commutative }\In {\bf Set}
`$

あるいは、スライス圏〈オーバー圏〉における同型が在るとも言えます。

$`\quad \begin{pmatrix}
{\sum_{a\in A} g^{-1}(f(a))}\\
\pi\downarrow \\
A
\end{pmatrix}
\cong
\begin{pmatrix}
{A \times_\gamma B}\\
\pi^\gamma_1\downarrow \\
A
\end{pmatrix} \In {\bf Set}/A
`$

この同型は、集合圏におけるプルバック引き戻し $`\pi^\gamma_1 = f^\# g`$ を、ファイバーファミリー(逆像の族)$`\F{g}`$ を使って表現しているので、プルバック公式〈pullback formula〉、より詳しくはプルバック・ファミリー公式〈pullback-family formula〉と呼ぶことにします。

プルバック公式

集合圏では、要素を使った表示と計算で、プルバック公式は簡単に示せました。集合圏とは限らない圏にまでプルバック公式を拡張したいのですが、とりあえず集合圏の部分圏 $`\cat{S}`$ で考えます。$`\cat{S}`$ の対象 $`X`$ は集合なので、$`X`$ をインデキシング集合とするファミリー〈集合族〉を考えることができます。

圏 $`\cat{S}`$ とその対象 $`X \in |\cat{S}|`$ に関してバンドル-ファミリー対応〈bundle-family correspondence〉(下の圏同値)が成立しているとします。

$`\quad \cat{S}/X \cong \cat{S}^X \In {\bf CAT}`$

ここでの $`\cong`$ は圏同値とします。同値の左辺はスライス圏〈オーバー圏〉です。スライス圏の対象をバンドル〈bundle〉と呼んでいます。同値の右辺は、$`X`$ をインデキシング集合とするファミリー〈集合族〉の圏です。

この圏同値を与える関手を $`R_X, S_X`$ とします。

$`\quad \xymatrix@C+1pc{
{\cat{S}/X} \ar@/^1pc/[r]^{R_X}
& {\cat{S}^X} \ar@/^1pc/[l]^{S_X}
}\\
\quad \In {\bf CAT}`$

これは、可逆な自然変換 $`\eta, \varepsilon`$ があって、随伴ペアと同じ等式(ニョロニョロ関係式)を満たすことです。圏同値は、可逆な単位/余単位を持つ随伴系ですから。(以下のアスタリスクは、関手の図式順結合記号。)

$`\quad \eta :: R_X * S_X \twoto \mrm{Id}_{\cat{S}/X} : \cat{S}/X \to \cat{S}/X \In {\bf CAT}\\
\quad \varepsilon :: \mrm{Id}_{\cat{S}^X} \twoto S_X * R_X : \cat{S}^X \to \cat{S}^X \In {\bf CAT}
`$

関手$`R_X`$ をファイバー関手〈fiber functor〉*1、関手 $`S_X`$ を総和関手〈summation functor〉と呼びます。スライス圏〈バンドルの圏〉とファミリーの圏の圏同値は、ファイバー関手/総和関手のペアで与えられます。

射 $`g:B \to X \In \cat{S}`$ を、$`\cat{S}/X`$ の対象〈バンドル〉とみなしたものを $`\obj{g}`$ と書き、射としての $`g`$ と区別します。$`R_X(\obj{g})`$ を $`\F{g}`$ と略記します。

$`\quad |\cat{S}/X| \ni \obj{g} \mapsto R_X(\obj{g}) = \F{g} \in |\cat{S}^X|`$

$`f:A \to X \In \cat{S}`$ と $`G \in |\cat{S}^X|`$ に対して、$`a \mapsto G(f(a))`$ として定義される $`A`$ 上の〈インデキシング集合が $`A`$ である〉ファミリー を $`f^*(G)`$ または $`f^* G`$ と書きます。$`f^* G`$ は、写像 $`f`$ によるファミリー $`G`$ のプレ結合引き戻し〈precomposition pullback〉です。プレ結合引き戻しは次の関手に拡張できます。

$`\text{For }f:A \to X \In \cat{S}\\
\quad f^* : \cat{S}^X \to \cat{S}^A \In {\bf CAT}
`$

ファミリー $`F\in |\cat{S}^A|`$ に対して、シグマ型〈総直和〉とその標準射影を(構成できたとして)次のように書きます。

$`\quad \pi_F : \sum_A(F) \to A \In \cat{S}`$

この書き方を使うと、総和関手 $`S_A :\cat{S}^A \to \cat{S}/A`$ (の対象パート)は次のように書けます。

$`\quad |\cat{S}^A| \ni F \mapsto S_A(F) = \obj{\pi_F} \in |\cat{S}/A|`$

以上の記法の準備で、前節のプルバック公式は次のように書けます。

$`\quad S_A f^* R_X g \cong \obj{(f^\# g)} \In \cat{S}/A`$

あるいは:

$`\quad S_A(f^* (\F{g}) ) \cong \obj{(f^\# g)} \In \cat{S}/A`$

$`\obj{(f^\# g)} = f^\#(\obj{g})`$ とみなせば、これは次の可換性(正確には、四角形は可逆な2-射)を示しています。

$`\text{For }f:A \to X \In \cat{S}\\
\quad \xymatrix{
{\cat{S}/X} \ar[r]^{f^\#} \ar[d]_{R_X} & {\cat{S}/A}
\\
{\cat{S}^X} \ar[r]^{f^*} & {\cat{S}^A} \ar[u]_{S_A}
}\\
\quad \text{commutative }\In {\bf CAT}
`$

ファイバー引き戻しとプレ結合引き戻しは、ファイバー関手/総和関手により関係付けられています。どちらも引き戻し〈プルバック〉と呼ばれるのは妥当だと言えます。

集合圏以外の圏でプルバック公式を定式化できるか? どんな条件があればプルバック公式が成立するか? などの問題意識は“ファイバーの計算”を探る動機となります。

*1:淡中双対性やガロア理論の文脈では、忘却関手をファイバー関手〈fiber functor〉と呼びます。この意味でのファイバー関手とは無関係で、スライス圏の対象に、ファイバーファミリーを対応させる関手のことです。