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参照用 記事

モノイドの片側逆元

一般的に、モノイドの要素が右逆元を持っても左逆元を持つとは限りません。これは正しいのですが、ある特定のモノイドをとったときには、右逆元の存在が左逆元の存在を導くことはあります。n次正方行列の掛け算のモノイドは、「右逆元の存在から左逆元の存在が言える」タイプのモノイドです。

また、モノイドの要素が左逆元と右逆元の両方を持つとき、それらは一致します。これは完全に一般論で、どんなモノイドにおいても成立します。

このへんのことを僕はハッキリ認識してなくて、ボーッとしていたきらいがあります。なので、この記事でモノイドにおける片側逆元に関して(ある程度は)ハッキリさせます。$`\newcommand{\mrm}[1]{ \mathrm{#1} }
%\newcommand{\cat}[1]{ \mathcal{#1} }
%\newcommand{\op}{ \mathrm{op} }
\newcommand{\In}{\text{ in }}
%\newcommand{\dimU}[2]{ {{#1}\!\updownarrow^{#2}} }
\newcommand{\Imp}{\Rightarrow}
\newcommand{\u}[1]{\underline{#1}}
%\newcommand{\o}[1]{\overline{#1}}
%\newcommand{\twoto}{ \Rightarrow }
\newcommand{\id}{ \mathrm{id} }
\newcommand{\m}{ \mathop{\triangleright} }
\newcommand{\opm}{ \mathop{\triangleleft} }
%\newcommand{\hyp}{\text{-} }
%\newcommand{\NFProd}[3]{ \mathop{_{#1} \!\underset{#2}{ \times }\,\!_{#3} } }
\newcommand{\Down}{\downarrow\:}
`$

内容:

ウォーミングアップ

モノイドに関する命題、モノイドの要素に関する命題、任意のモノイドで成立する命題、特定のモノイドで成立する命題などが混同しがちなので、命題はすべて論理式で書きます。すべてのモノイド達を対象とする圏を $`{\bf Mon}`$ とします。すべてのモノイド達の集合(大きい集合)は $`|{\bf Mon}|`$ です。モノイド $`M\in |{\bf Mon}|`$ は次の形に書くと約束します。

$`\quad M = (\u{M}, (*), e)\\
\text{Where}\\
\quad \u{M} \in |{\bf Set}|\\
\quad (*) : \u{M}\times \u{M} \to \u{M} \In {\bf Set}\\
\quad e \in \u{M}
`$

例として「モノイドが群になっている」という文を考えましょう。「モノイドが群になっている」は、モノイドに関する命題(モノイドを主語とする文)なので、次のような述語〈ブール値関数〉で表現できます。以下の $`{\bf B}`$ はブール値(二値)の集合です。

$`\quad \mrm{IsGroup} : |{\bf Mon}| \to {\bf B} \In {\bf SET}`$

$`{\bf SET}`$ は、通常の集合よりサイズが大きい集合も含む“大きい集合達の集合圏”です。小さい集合も大きい集合なので*1 $`{\bf Set}\subseteq {\bf SET}`$ です。

述語 $`\mrm{IsGroup}`$ を使って、先の日本語文を表現できます。

  • 日本語: モノイド $`M`$ は群になっている。
  • 論理式: $`\mrm{IsGroup}(M)`$

$`\mrm{IsGroup}`$ を使った例文として、以下の命題を考えましょう。以下の命題は、すべてのモノイドは群になっていると言ってます。

$`\quad \forall M\in |{\bf Mon}|. \mrm{IsGroup}(M)`$

これは間違いです。全称命題が間違いだと示す(反証する)には反例を出せばOKです。つまり、群ではないモノイドの実例を提示すればいいわけです。

$`\mrm{Map}(A, B)`$ は写像〈関数〉の集合とします。自己写像〈endomorphism | endomap〉の集合は $`\mrm{Map}(A, A)`$ となります。自己写像の集合に対して、写像の結合〈合成〉を二項演算として、恒等写像を単位元とするモノイドを次のように書きます。

$`\quad \mrm{EndMap}(A) := (\mrm{Map}(A, A), (;), \id_A)`$

$`\mrm{EndMap}(A)\in |{\bf Mon}|`$ だとみなします。

さて、$`\mrm{EndMap}(\{1, 2\})`$ は、台集合が4元のモノイドになりますが、可逆でない自己写像が存在します。例えば:

$`\quad (1\mapsto 1, 2\mapsto 1)`$

したがって、$`\mrm{EndMap}(\{1, 2\})`$ は「すべてのモノイドは群になっている」の反例になり、「すべてのモノイドは群になっている」は間違いだ〈成立しない〉と判断できます。

「正しい/間違っている」「成立する/成立しない」を表すメタ記法として、キーワード $`\mrm{Holds}`$(成立する)と $`\mrm{NotHold}`$(成立しない)を使うとすると、今述べたことは次のように表現できます。($`\mrm{Holds}, \mrm{NotHold}`$ はインデント無しで書くことにします。)

$`\mrm{NotHold}\: \forall M\in |{\bf Mon}|. \mrm{IsGroup}(M)`$

成立しないことを言うために、次のような、存在命題の成立を示したのです。

$`\mrm{Holds}\: \exists M\in |{\bf Mon}|. \lnot \mrm{IsGroup}(M)`$

そして、存在命題を示すには実例を提示すればいいので、具体的なモノイド $`\mrm{EndMap}(\{1, 2\})`$ を反例として提示したのです。

ここからは、$`\mrm{IsGroup}(M)`$ の中身を分析してみましょう。$`\mrm{IsGroup}(M)`$ は次のように展開されます。

$`\quad \forall x\in \u{M}.\exists y\in \u{M}. x*y = e \land y*x = e`$

否定 $`\lnot \mrm{IsGroup}(M)`$ なら次のように展開されて、論理式の同値変形ができます。

$`\quad \lnot \forall x\in \u{M}. \exists y\in \u{M}. x*y = e \land y*x = e\\
\equiv \exists x\in \u{M}.\lnot \exists y\in \u{M}. x*y = e \land y*x = e\\
\equiv \exists x\in \u{M}. \forall y\in \u{M}.\lnot( x*y = e \land y*x = e)\\
\equiv \exists x\in \u{M}. \forall y\in \u{M}. x*y \ne e \lor y*x \ne e
`$

最後の行の命題〈論理式〉を、具体的なモノイド $`\mrm{EndMap}(\{1, 2\})`$ に対して具体化すると:

$`\quad \exists x\in \mrm{Map}(\{1, 2\}, \{1, 2\}).\\
\qquad \forall y\in \mrm{Map}(\{1, 2\}, \{1, 2\}). x;y \ne \id_{\{1, 2\}} \lor y; x \ne \id_{\{1, 2\}}
`$

この存在命題を示す具体例として $`(1\mapsto 1, 2\mapsto 1)`$ を選べます。変数〈束縛変数〉$`x`$ を $`(1\mapsto 1, 2\mapsto 1)`$ に具体化した命題〈論理式〉は:

$`\quad \forall y\in \mrm{Map}(\{1, 2\}, \{1, 2\}). \\
\qquad (1\mapsto 1, 2\mapsto 1);y \ne \id_{\{1, 2\}} \lor y;(1\mapsto 1, 2\mapsto 1) \ne \id_{\{1, 2\}}
`$

$`\forall y`$ とは言っても、チェックすべき $`y`$ は4つしかないので、全数チェック作業は容易です。この全数チェック作業から次の主張〈判断〉ができます。

$`\mrm{Holds}\: \forall y\in \mrm{Map}(\{1, 2\}, \{1, 2\}). \\
\qquad (1\mapsto 1, 2\mapsto 1);y \ne \id_{\{1, 2\}} \lor y;(1\mapsto 1, 2\mapsto 1) \ne \id_{\{1, 2\}}
`$

これから、次の主張〈判断〉ができます。

$`\mrm{Holds}\: \exists x\in \mrm{Map}(\{1, 2\}, \{1, 2\}).\\
\qquad \forall y\in \mrm{Map}(\{1, 2\}, \{1, 2\}). x;y \ne \id_{\{1, 2\}} \lor y; x \ne \id_{\{1, 2\}}
`$

これは、具体的な特定モノイド $`\mrm{EndMap}(\{1, 2\})`$ に関する主張〈判断〉になります。

$`\mrm{Holds}\: \lnot \mrm{IsGroup}(\mrm{EndMap}(\{1, 2\}))`$

さらに上記判断は、具体的な特定モノイド $`\mrm{EndMap}(\{1, 2\})`$ が、次の命題の反例になることを意味します。

$`\quad \forall M\in |{\bf Mon}|. \mrm{IsGroup}(M)`$

したがって、次の主張〈判断〉ができます。

$`\mrm{Hold}\: \lnot \forall M\in |{\bf Mon}|. \mrm{IsGroup}(M)\\
\mrm{NotHold}\: \forall M\in |{\bf Mon}|. \mrm{IsGroup}(M)`$

自己写像のモノイドと正方行列のモノイド

ここで扱う具体的なモノイドは次の二種類です。

  1. 自己写像のモノイド
  2. 正方行列の(掛け算の)モノイド

集合 $`A`$ に対する自己写像のモノイドは前節で既に出ています。

$`\quad \mrm{EndMap}(A) := (\mrm{Map}(A, A), (;), \id_A) \In {\bf Mon}`$

$`(;)`$ は関数の結合の図式順記号です。反図式順なら $`(\circ)`$ です。$`(;)`$ を使うか $`(\circ)`$ を使うかは記法の趣味的な選択であって、書き方の違いで違うモノイドになるわけではありません。

$`\quad (\mrm{Map}(A, A), (;), \id_A) = (\mrm{Map}(A, A), (\circ), \id_A) \In {\bf Mon}`$

次に行列のモノイドを定義しますが、まず $`n \in{\bf N}`$ に対して、集合 $`\bar{n}`$ は次のように定義します。

$`\quad \bar{n} := \{k \in {\bf N}\mid 1 \le k \le n\} \:\In {\bf Set}`$

例えば、$`\bar{0} = \emptyset, \bar{1} = \{1\}`$ です。

行列の係数は実数に固定して、いちいち実数係数だとは言わないことにします。

n次の〈n次元の〉正方行列の集合とは次の集合です。

$`\quad \mrm{Map}(\bar{n}\times \bar{n}, {\bf R}) \;\in |{\bf Set}|`$

ここでの $`{\bf R}`$ は、足し算と掛け算を持った代数構造(可換環、体、あるいは可換半環)とみなしますが、記号の乱用で、台集合を同じ記号〈名前〉にしています。

$`\quad {\bf R} = ({\bf R}, +, 0, \cdot, 1)`$

$`a\in \mrm{Map}(\bar{n}\times \bar{n}, {\bf R})`$ を、インデックスされた実数の族として書くときは次のように書きます。

$`\quad a = (a(i, j))_{i, j\in \bar{n}}`$

2次元のテーブル形式に書き出すときは、例えば2次正方行列なら次のようです。通常の行列計算の記法/習慣と食い違っているかも知れません。

$`\begin{array}{c|cc}
{} & 1 & 2 \\
\hline
1 & a(1, 1) & a(2, 1) \\
2 & a(1, 2) & a(2, 2) \\
\end{array}
`$

$`a, b\in \mrm{Map}(\bar{n}\times \bar{n}, {\bf R})`$ の掛け算の定義は以下のとおり。

$`\text{For } i, k \in \bar{n}\\
\quad (a\m b)(i, k) := \sum_{j \in \bar{n}} a(i, j)b(j, k)
`$

これも通常の行列計算の記法/習慣と食い違っているかも知れません。左右の順番が逆のほうが好きなら、次のように定義した $`\opm`$ を使ってください。

$`\quad b \opm a := a\m b`$

掛け算 $`\m`$ (あるいは $`\opm`$)に対する単位元はよくご存知でしょう、$`\mrm{I}_n`$ と書きます。単位元の成分はクロネッカーのデルタで書けます。

$`\quad \mrm{I}_n(i, j) := \delta(i, j)`$

n次正方行列達の集合と掛け算、単位元を一緒にしたモノイドを次のように書きます。

$`\quad \mrm{SqMat}(n) := (\mrm{Map}(\bar{n}\times \bar{n}, {\bf R}), (\m), \mrm{I}_n) \In {\bf Mon}`$

$`(\m)`$ を使うか $`(\opm)`$ を使うかは記法の趣味的な選択であって、書き方の違いで違うモノイドになるわけではありません*2

$`\quad (\mrm{Map}(\bar{n}\times \bar{n}, {\bf R}), (\m), \mrm{I}_n) = (\mrm{Map}(\bar{n}\times \bar{n}, {\bf R}), (\opm), \mrm{I}_n) \In {\bf Mon}`$

以上で、以下のような具体的なモノイド達が定義できました。

  • 集合 $`A`$ に対する $`\mrm{EndMap}(A)`$
  • 正自然数*3 $`n`$ に対する $`\mrm{SqMat}(n)`$

片側逆元と片側可逆性

ここでは、モノイド $`M`$ とその台集合 $`\u{M}`$ は区別しますが、モノイドの台集合の要素のことは単に“モノイドの要素”と呼びます。以下で、モノイドの要素に関する命題を述語〈ブール値関数〉として定義します。

まず、2つの要素を掛けると単位元になること(を表す関数)を次のように名付けます。

$`\text{For }M\in |{\bf Mon}|\\
\text{For }x, y\in \u{M}\\
\quad \mrm{AreFactorsOfUnit}(M, x, y) :=
(x*y = e)
`$

掛けると単位元になること(述語 $`\mrm{AreFactorsOfUnit}`$)から、左逆元〈left inverse {element}?〉と右逆元〈right inverse {element}?〉の概念を定義します。上の定義で前提した文脈は引き続き使います。

$`\quad \mrm{IsLeftInverseOf}(M, x, y) := \mrm{AreFactorsOfUnit}(M, x, y)\\
\quad \mrm{IsRightInverseOf}(M, y, x) := \mrm{AreFactorsOfUnit}(M, x, y)
`$

「$`x`$ が $`y`$ の左逆元である」ことと、「$`y`$ が $`x`$ の右逆元である」ことは同じことです。どちらも、「$`x`$ と $`y`$ を掛けたら単位元になる」ことです。

次に、左可逆性〈left invertibility〉と右可逆性〈right invertibility〉を定義します。

$`\quad \mrm{IsLeftInvertible}(M, x) := \exists y\in \u{M}. \mrm{IsLeftInverseOf}(M, y, x)\\
\quad \mrm{IsRightInvertible}(M, x) := \exists y\in \u{M}. \mrm{IsRightInverseOf}(M, y, x)
`$

左逆元を持つ要素は左可逆で、右逆元を持つ要素は右可逆です。

左逆元も右逆元も持ち、左右の逆元が一致するとき両側可逆ですが、両側可逆を単に可逆〈invertible〉といいます。

$`\quad \mrm{IsInvertible}(M, x) := \exists y\in \u{M}. \\
\qquad \mrm{IsLeftInverseOf}(M, y, x)\land
\mrm{IsRightInverseOf}(M, y, x)
`$

最初の節「ウォーミングアップ」に出てきた $`\mrm{IsGroup}`$ は次のように書けます。

$`\text{For }M \in |{\bf Mon}|\\
\quad \mrm{IsGroup}(M) := \forall x\in \u{M}. \mrm{IsInvertible}(M, x)
`$

なお、大きい集合に関するシグマ型の概念(「依存型と総称型の圏論的解釈」参照)を知っているなら、ここで出てきた述語の域・余域を書き下せます。

$`\quad \mrm{AreFactorsOfUnit} : (\sum_{M\in |{\bf Mon}|} \u{M}\times \u{M}) \to {\bf B} \In {\bf SET}\\
\quad \mrm{IsLeftInverseOf} : (\sum_{M\in |{\bf Mon}|} \u{M}\times \u{M}) \to {\bf B} \In {\bf SET}\\
\quad \mrm{IsRightInverseOf} : (\sum_{M\in |{\bf Mon}|} \u{M}\times \u{M}) \to {\bf B} \In {\bf SET}\\
\quad \mrm{IsLeftInvertible} : (\sum_{M\in |{\bf Mon}|} \u{M}) \to {\bf B} \In {\bf SET}\\
\quad \mrm{IsRightInvertible} : (\sum_{M\in |{\bf Mon}|} \u{M}) \to {\bf B} \In {\bf SET}\\
\quad \mrm{IsInvertible} : (\sum_{M\in |{\bf Mon}|} \u{M}) \to {\bf B} \In {\bf SET}
`$

左可逆かつ右可逆なら可逆か?

最初の問題〈課題〉は、モノイドの要素が左可逆かつ右可逆のとき、それは可逆か? です。この問題を次の形に書きます。

$`\mrm{Hold?}\:
\forall M \in |{\bf Mon}|.
\forall x\in \u{M}. \\
\quad \mrm{IsLeftInvertible}(M, x) \land \mrm{IsRightInvertible}(M, x)
\Imp \mrm{IsInvertible}(M, x)
`$

「定義より明らか」と思いましたか? 上の問題に出現する含意命題の前件は次のようです。

$`\quad \exists y\in \u{M}. \mrm{IsLeftInverseOf}(M, y, x)\\
\quad \land\\
\quad \exists y\in \u{M}. \mrm{IsRightInverseOf}(M, y, x)
`$

ここに出現している2つの $`y`$ は異なるスコープにある束縛変数なので、見た目の名前が同じでも違う要素かも知れません。違う名前にして書き換えると次の論理式です。

$`\quad \exists l, r\in \u{M}. \mrm{IsLeftInverseOf}(M, l, x) \land \mrm{IsRightInverseOf}(M, r, x)
`$

$`\mrm{IsInvertible}(M, x)`$ の定義は、上記の $`l, r`$ が同じ要素であるとしています。が、$`x`$ が左逆元と右逆元を持ったとしても、それが一致する保証は今のところありません。

しかし、$`x`$ の左逆元と右逆元が一致することは次の計算で示せます。

$`\quad l\\
\Down \text{単位元の性質}\\
= l*e\\
\Down e = x*r \text{ だから}\\
= l*(x*r)\\
\Down \text{結合律から}\\
= (l*x)*r \\
\Down l*x = e \text{ だから}\\
= e*r\\
\Down \text{単位元の性質}\\
= r
`$

これを根拠として、次の主張〈判断〉ができます。これは、「定義より明らか」ではなかったですね*4

$`\mrm{Holds}\:
\forall M \in |{\bf Mon}|.
\forall x\in \u{M}. \\
\quad \mrm{IsLeftInvertible}(M, x) \land \mrm{IsRightInvertible}(M, x)
\Imp \mrm{IsInvertible}(M, x)
`$

次のようなことはあり得ないと言えます。

$`\quad \exists M \in |{\bf Mon}|.
\exists x\in \u{M}.
\exists l, r\in \u{M}. (
l*x = e \land x*r = e \land l \ne r )
`$

先の主張の言い方を変えると:

$`\mrm{Holds}\:
\forall M \in |{\bf Mon}|.
\forall x\in \u{M}.
\forall l, r\in \u{M}. (
l*x = e \land x*r = e \Imp l = r )
`$

$`x`$ の可逆性=両側可逆性の定義として、同一の要素 $`y`$ が左逆元でもあり右逆元でもある、としたのは合理的なことが分かりました。異なるかも知れない左逆元と右逆元がある、と定義してもかまいませんが、結局は異ならないので。

左逆元の存在と右逆元の存在

前節の結果は、モノイドの要素に左逆元も右逆元も両方とも存在するときに、それらは一致するというものです。左逆元が在れば右逆元も在るとか、右逆元が在れば左逆元も在る、とは言ってません

右逆元が在れば左逆元も在るか? を問題として書き下すと次のようです。

$`\mrm{Hold?}\:
\forall M\in |{\bf Mon}|.\forall x \in \u{M}.\\
\quad
\mrm{IsRightInvertible}(M, x) \Imp
\mrm{IsLeftInvertible}(M, x)
`$

答を言ってしまうと、成立しません($`\mrm{NotHold}`$ です)。全称命題が成立しないことは、反例を出せば示せます。つまり、次の存在命題を示すことになります。

$`\quad
\exists M\in |{\bf Mon}|.
\exists x \in \u{M}. \\
\qquad \mrm{IsRightInvertible}(M, x) \land
\lnot \mrm{IsLeftInvertible}(M, x)
`$

全称命題の反例となるモノイド $`M`$ とモノイドの要素 $`x`$ は次のようです*5

  • $`M := \mrm{EndMap}({\bf N})`$
  • $`x := \lambda\, n\in {\bf N}. 2n`$

$`x`$ の右逆元の一例は次の関数です。述語 $`\mrm{IsEven}`$ は偶数であることを表します。

$`\quad r := \lambda\, n\in {\bf N}. (
\text{if }\mrm{IsEven}(n) \text{ then } n \div 2 \text{ else }0
)
`$

今定義した $`x, r`$ に関して、次が成立します。

$`\quad x;r =\id_{\bf N}`$

つまり、$`r`$ は $`x`$ の右逆元です。ただし、右か左かは書き方に依存します。関数〈写像〉の結合〈合成〉の記号として反図式順記号 '$`\circ`$' を使えば:

$`\quad r\circ x =\id_{\bf N}`$

これだと、$`r`$ は $`x`$ の左逆元ということになります。

図式順記号 '$`;`$' で左右は決めることにして、$`x`$ の左逆元 $`l`$ が在るか? を考えます。$`l`$ は次の条件を満たす関数です。

$`\quad l;x = \id_{\bf N}`$

$`1\in {\bf N}`$ に対する値を見ると:

$`\quad x(l(1)) = 2 \times l(1) = 1`$

2倍して 1 になる自然数なんてないので、$`l(1)`$ は存在せず、関数 $`l`$ も存在しません。

つまり、今提示した具体的関数 $`x\in \mrm{EndMap}({\bf N})`$ は先の存在命題(以下に再掲)の証拠となります。

$`\quad
\exists M\in {\bf Mon}.
\exists x \in \u{M}. \\
\qquad \mrm{IsRightInvertible}(M, x) \land
\lnot \mrm{IsLeftInvertible}(M, x)
`$

上記の命題が成立〈Holds〉するので、その否定は成立しません。

$`\mrm{NotHold}\:
\forall M\in {\bf Mon}.
\forall x \in \u{M}. \\
\quad \mrm{IsRightInvertible}(M, x) \Imp
\mrm{IsLeftInvertible}(M, x)
`$

今具体的に定義した $`x, r`$ の役割りを入れ替えて、$`r`$ を最初に与えられた関数だと思うと、$`x`$ はその左逆元です。$`r`$ の右逆元が在るか? と考えると存在しないことが分かり、次の主張〈判断〉ができます。

$`\mrm{NotHold}\:
\forall M\in {\bf Mon}.
\forall x \in \u{M}.\\
\quad \mrm{IsLeftInvertible}(M, x) \Imp
\mrm{IsRightInvertible}(M, x)
`$

一般に、$`x\in \u{\mrm{EndMap}(A)}`$ に対して次が言えます*6

$`\quad x \text{ が単射} \iff \mrm{IsRightInvertible}(\mrm{EndMap}(A), x)\\
\quad x \text{ が全射} \iff \mrm{IsLeftInvertible}(\mrm{EndMap}(A), x)
`$

左右は書き方の約束に依存することに注意してください。

「右逆元が存在するなら一意的か?」は、今の例 $`\mrm{EndMap}({\bf N}), x`$ を考えると、「そんなことはない」と分かります。左逆元も存在しても一意とは限りません。したがって、次の主張〈判断〉ができます。

$`\mrm{NotHold}\:
\forall M\in {\bf Mon}.
\forall x, y, y' \in \u{M}.\\
\quad \mrm{IsRightInverseOf}(M, y, x)\land \mrm{IsRightInverseOf}(M, y', x)
\Imp y = y'
`$

$`\mrm{NotHold}\:
\forall M\in {\bf Mon}.
\forall x, y, y' \in \u{M}. \\
\quad \mrm{IsLeftInverseOf}(M, y, x)\land \mrm{IsLeftInverseOf}(M, y', x)
\Imp y = y'
`$

正方行列の場合

前節で述べたことは:

  • モノイドの要素に左逆元が在っても、右逆元も在るとは限らない。
  • モノイドの要素に右逆元が在っても、左逆元も在るとは限らない。

「とは限らない」と言っているのであって、「ない」と断言はしてません。在るかも知れないが、常に在ると保証はできない、ということです。

また、これは、モノイドの一般論として(任意のモノイドに対して)保証はできないのであって、特定のモノイドに対しては保証できるかも知れません。実際、正方行列のモノイドに関しては次の保証ができます。

  • 正方行列のモノイドの要素に左逆元が在れば、右逆元も在る。
  • 正方行列のモノイドの要素に右逆元が在れば、左逆元も在る。

正方行列 $`x\in \mrm{SqMat}(n)`$ は、$`{\bf R}^n \to {\bf R}^n`$ という線形写像の表示と解釈できます。この解釈により、正方行列は線形写像だと言えます。正方行列の掛け算 $`x\m y`$ は線形写像の結合〈合成〉 $`x ; y`$ だと思ってかまいません。以下、そのような同一視をします。

線形写像だとみなしたn次正方行列 $`x`$ に右逆元が在ったとします。

$`\quad x; r = \id_{{\bf R}^n}`$

線形写像に限らない写像〈関数〉の一般論(前節で触れた)から、右可逆な写像は単射です。よって、$`x`$ は単射線形写像です。単射線形写像の核空間はゼロなので
$`\quad \mrm{ker}(x) = \{0\}`$
線形写像の準同型定理から
$`\quad \mrm{img}(x) \cong {\bf R}^n/\mrm{ker}(x) \cong {\bf R}^n`$
$`\mrm{img}(x)`$ の次元が $`n`$ であることから $`x`$ は全射です。

線形写像 $`x`$ は単射かつ全射なので同型となり、可逆です。つまり、左可逆でもあり左逆元を持ちます。同様に線形写像に関する議論から、左可逆から右可逆も言えます。

モノイドの一般論としては保証できなかったことが、行列のモノイド達 $`\mrm{SqMat}(n)`$ に対しては保証できたわけです。

おわりに

モノイドに関する命題とは言っても、モノイドを主語〈引数〉とする命題と、モノイドの要素を主語とする命題は違います。が、モノイドの要素に関する命題により、モノイドに関する命題が定義されることはあります。「ウォーミングアップ」の $`\mrm{IsGroup}`$ は、モノイドを主語〈引数〉とする命題ですが、モノイドの要素に関する命題により定義されます。

$`\quad \mrm{IsGroup}(M) :=
\forall x\in \u{M}. \mrm{IsInvertible}(M, x)
`$

モノイドの一般論とモノイドの個別事例、あるいは一連の事例達では事情が変わるかも知れません。モノイドの一般論としては、「右逆元が在れば左逆元も在る」とは言えませんが、行列のモノイド達に対しては言えます。

代数構造と(台集合の)要素、一般と個別、それらを区別するのは当たり前なのですが、意外と混同・混乱したりします。要注意ですね。

*1:「大きい」は「必ずしも小さいとは限らない」の意味です。小さいなら大きくないわけではありません。

*2:モノイド $`M`$ の二項演算の引数順序を反対にしたモノイド $`M^\mrm{op}`$ を定義できます。これは $`M`$ とは別なモノイドになることがあります。表記・構文を趣味的に選択する話と、構造を変更する話は別です。

*3:$`n = 0`$ を入れたらマズイわけではないですが、習慣として、0次正方行列は考えないことが多いようなので正自然数にしておきます。

*4:「明らか」かどうかは主観なので、やっぱり明らかと思う人もいるでしょうが。

*5:具体的特定なモノイドと具体的特定な要素の名前としても $`M, x`$ を使っています。

*6:$`x\in \mrm{Map}(A, B)`$ としても同様な命題が成立します。