ベクトル解析やテンソル解析の伝統的な定式化やシナリオがどうにも不満だ! という話は何回かしました。
最近、臨時別冊・数理科学2005年5月 北野正雄・著『マクスウェル方程式』(ISSN 4910054700558)という本(ムック)*1を眺めてみました。
著者の北野さんは、伝統的なスタイルのベクトル解析に批判的で、新しめの定式化を採用・提示しています。また、混乱した用語法を整理しようとも試みているのですが、「用語法のジレンマ」とでもいいましょうか、「用語法を整理するために導入した新用語が、さらに用語を増やしてしまう」結果となっています。
北野さんによる、「微分形式(反対称テンソル)で表現される場の物理量」の呼び名は(『マクスウェル方程式』43ページ):
次元 | 空間要素 | 場の物理量 |
---|---|---|
0 | 点 | 点スカラー |
1 | 線要素 | 力線ベクトル |
2 | 面積要素 | 束密度ベクトル |
3 | 体積要素 | 密度スカラー |
「束密度ベクトル」と「密度スカラー」は納得なんですが、本文の解説からすると、「力線ベクトル」はむしろ「層密度ベクトル」とでも呼ぶべきじゃないのかな? 「束密度」と「層密度」だと発音が似すぎているかもしれないが。
それらしい名前を付けることをあきらめて、区別できればいいと割り切ってしまえば、次のような呼び名でもいいんじゃないか、と僕は思います。
次元 | 空間要素 | 場の物理量 |
---|---|---|
0 | 0-要素 | 0-形式 |
1 | 1-要素 | 1-形式 |
2 | 2-要素 | 2-形式 |
3 | 3-要素 | 3-形式 |
ダハハハハ、あまりにも味気ないですかね。でも、この身も蓋もない用語を基準にして、他の用語を配置したほうが整理には好都合かと:
- 0-要素 -- 点
- 1-要素 -- 線素、線要素、ベクトル、線分ベクトル、反変ベクトル、極性ベクトル
- 2-要素 -- 面(積)素、面(積)要素、面分ベクトル、面ベクトル
- 3-要素 -- 体積素、体積要素
- 0-形式 -- スカラー、点スカラー
- 1-形式 -- 一次形式、線形(or 型)形式、共変ベクトル、コ(or 余)ベクトル、双対ベクトル、力線ベクトル
- 2-形式 -- 疑ベクトル、軸性ベクトル、束密度ベクトル
- 3-形式 -- 疑スカラー、密度スカラー
だいたいこんな感じでしょう。それにしても、別名が多すぎ!
さらに話をややこしくしているのは、内積があるベクトル空間だと、
- 1-要素と1-形式(ベクトルとコベクトル)は同一視可能
であり、また、内積から決まるホッジ双対性(ホッジのスター作用素による対応)により、
- 1-形式と2-形式は同一視可能
これらの同一視を組み合わせると、なんと、1-要素、2-要素、1-形式、2-形式の4種が全部同一視できて区別がなくなっちゃうんですね。「区別しなくて済むならしなくていいや」という態度で、なんでもかんでも「ベクトル」(または「スカラー」)と呼んでおいて、「でも、微妙に違うんだよね」みたいな気分から「ナントカ・ベクトル」「カントカ・ベクトル」と形容詞を付けたら、そりゃ用語は増えるわな(分野により呼び名が違ったという歴史的経緯のほうがほんとの要因でしょうが。)
「区別しなくて済むならしなくていいや」ってのは、概念を節約し学習負担を減らすように思えるけど、実は逆効果なんじゃないのかな。今出した例では、
- ベクトルと1-形式を区別しない。
- ベクトルと2-形式を区別しない。
- 点に対する関数と3-形式を区別しない。
てことだけど、他にも:
- アフィン空間とベクトル空間を区別しない。
- 係数体と1次元ベクトル空間を区別しない。
- 量とその量の場を区別しない。
- 関数と場を区別しない。
なんて習慣があります。
こういう「区別しない、区別しない」を重ねていくと、現象と記述がどんどん解離してしまい、何やっているか分からなくなりますよ。少なくとも僕は、「何を計算しているか分からない」フラストレーションで落ちこぼれました。それで、今ごろまで劣等感を抱いているわけです。
そんなわけで、ベクトル解析/テンソル解析には強い不満(うらみ?)を持っている僕から、改善案と思われることを挙げれば:
とか。
各項目について、もう少し詳しく説明したい気持ちはあるのですが、これっきりかもしれない(苦笑)。
*1:[追記]『マクスウェル方程式』の著者によるサポートページ http://www-lab15.kuee.kyoto-u.ac.jp/~kitano/emf/ [/追記]