このブログの更新は Twitterアカウント @m_hiyama で通知されます。
Follow @m_hiyama

メールでのご連絡は hiyama{at}chimaira{dot}org まで。

はじめてのメールはスパムと判定されることがあります。最初は、信頼されているドメインから差し障りのない文面を送っていただけると、スパムと判定されにくいと思います。

参照用 記事

ベクトル空間上の複素密度 2/?

ベクトル空間上の複素密度 1/2」の続きです。

「ベクトル空間上の複素密度」を2回で書く予定だったので、最初の記事は 1/2 としました。が、2回で終わらないし、何回になるか分からないので今回は 2/? とします。2回に収まらない理由は、内容が幾分か膨らんだこともありますが、それより、まとまったところで投稿するスタイルを(しばらくは)やめようかと思ったからです。多少区切りが悪くても、書いた分だけ投稿しよう、と。

以前、ひと月弱ブログを書かなかったとき、
ファンタジー: (-1)次元の圏と論理」:

しばらくブログを更新してなくて「死んでるんじゃないか?」と思われているので、なんか書きます。

つまり、生存確認/安否情報としても、長い期間の空きは作らないほうがいいだろう、ということです。それ以外は同じ方針、書く内容も特に変わりません。

書いた分だけ投稿するスタイルだと、重複が増えて、試行錯誤・紆余曲折がそのまま見えちゃったりしますが、まー、そもそもブログはそういうもんだからいいとします。

内容:

用語法・記法の修正

命名法〈nomenclature | ノーメンクレイチャ〉や記号の規則〈notational {convension | rules}〉が安定してないトピックについて述べるときは、的確な用語法・記法の選択は難しいですね。前回記事の用語法・記法も、続きの話をする上ではマズイところがあるので修正します。

R上の有限次元ベクトル空間の圏を単にVectと書く約束をしたのですが、R上とは限らず有限次元とも限らないベクトル空間も出てくるので、次の記法に修正します。

  • 体K上の、次元を問わないベクトル空間の圏VectK
  • 体K上の、有限次元ベクトル空間の圏FdVectK

ただし、体Kを省略したときは K = R とします。

群Gが作用する集合/空間において、左作用右作用を区別する必要があるので:

  • 群Gが、集合Xに左から作用している構造: (G\curvearrowrightX)
  • 群Gが、集合Xに右から作用している構造: (X\curvearrowleftG)

左作用の演算記号は、それが圏の結合であるかどうかに関わりなくセミコロン';'を使い、右作用の記号はドット'・'を使うことにします。

主等質集合の圏も、左主等質集合の圏右主等質集合の圏に分けます。

  • 左主等質集合〈左トルソル〉の圏: LeftPHS
  • 右主等質集合〈右トルソル〉の圏: RightPHS

相互に関連した似た概念を同一視するかどうかは、そのときそのときで変わりますが、ベクトルのリストフレームに関して次の記法を使います。Vはベクトル空間で、dim(V) = n です。

ベクトルのリストの集合 Listn(V) Vn FdVectK(Kn, V)
フレームの集合 Frame(V) Vn IsoFdVectK(Kn, V)

Listn(V) は、Vの要素の長さnのリスト(タプルともいう*1)の集合です。Listn(V) \cong Map({1, ..., n}, V) で、右辺をより圏論的に書けば、忘却関手Uを用いて Map({1, ..., n}, V) := Set({1, ..., n}, U(V)) です。また、Vの順序基底〈全順序付き基底〉の集合を OrdBasis(V) とすると、OrdBasis(V) \cong Frame(V) です。いま出てきた諸々の集合のあいだをイコール'='で結ぶか、同型'\cong'で結ぶかは、ほんとにケースバイケースなので、「注意深く判断してください」としか言えません。

群Gの指標は、引き続き(前回から変えずに) ρ:G→C という群準同型写像の意味で使いますが、「値を絶対値が1の複素数に限る場合が多い」と言い添えておきます。

この記事で単に密度といった場合、適当な群指標ρに関するρ-同変な複素密度のことです。左主等質集合 (G\curvearrowrightX) 上のρ-密度の全体は、Δρ(G\curvearrowrightX) と書きます。右主等質集合上のρ-密度なら Δρ(X\curvearrowleftG) です。特定の状況での約束として、右肩のρを複素数αで置き換えることがあります。

群指標に対する演算:乗法、反転、ハッシュ積

ρ, τ などは(群の)指標を表すとします。指標に対する演算を定義しましょう。

  1. 2つの指標に対する乗法〈掛け算〉: ρ・τ
  2. 1つの指標に対する反転: ρ
  3. 2つの指標に対するハッシュ積: ρ#τ

群G上の指標の集合を Ch(G) とすると:

  1. 乗法: Ch(G)×Ch(G)→Ch(G)
  2. 反転: Ch(G)→Ch(G)
  3. ハッシュ積: Ch(G)×Ch(H)→Ch(G×H)

指標の乗法と反転は(後述の単位指標と共に)、Ch(G) に群構造を与えます。複素数の掛け算を併置で書くとして、指標の乗法〈multiplication〉は次のように定義されます。'・'が乗法の記号です。

  • For g∈G, (ρ・τ)(g) := ρ(g)τ(g)

指標の反転〈inversion〉は、右肩に'∨'(論理ORと解釈せず、チェックマークまたは逆ウェッジ記号)で表すとして:

  • For g∈G, ρ(g) := (ρ(g))-1

これに、単位指標 g \mapsto e(g) = 1 を加えた (Ch(G), ・, e, (-)) は群になります。

指標のハッシュ積〈hash product〉は、ρ∈Ch(G), τ∈Ch(H) に対して:

  • For g∈G, h∈H, (ρ#τ)(g, h) := ρ(g)τ(h)

テンソル積」という言葉とテンソル積記号'\otimes'は使われ過ぎなので、ここでは「ハッシュ積」、'#'にします*2。指標のハッシュ積 ρ#τ は、直積群 G×H 上の指標になります。

ラックス・モノイド関手としての指標群

前節で述べたように、群Gに対して Ch(G) = (Ch(G), ・, e, (-)) は群になります。f:G→H in Grp が群の準同型写像だとすると、Ch(f):Ch(H)→Ch(G) は指標の引き戻しにより定義できます。Ch:GrpGrp は反変関手になります。

Gが非可換群でも、Ch(G) は可換群になるので、Ch:GrpAbAbは可換群〈アーベル群〉の圏)とみなせます。ChをGrp上の自己関手とみるのがよいのか、GrpAb とみるのがよいのか? 分からないので、とりあえずはGrp上の自己関手として扱います。

まず最初に気付くのは、関手Chが、モノイド圏のあいだのラックス・モノイド関手になることです(ラックス・モノイド関手については、「図式思考の例として、ラックス・モノイド関手について考えてみる」を参照)。

ラックス・モノイド関手はモノイド圏のあいだの関手(+自然変換による構造)なので、Grpのモノイド構造が必要です。Grpのモノイド積は群の直積で与えられ、単位対象は自明な群〈単元群〉 1 = {1} です。さらに、モノイド圏のあいだの関手 Ch:GrpGrp だけでなくて、ラックス・モノイド関手としての乗法〈multiplication〉μと単位〈unit〉εも必要です。

  • ラックス・モノイド関手の乗法は、スマッシュ積で与える: μG,H := (#)G,H :Ch(G)×Ch(H)→Ch(G×H) in Grp
  • ラックス・モノイド関手の単位 ε:1→Ch(1) は、ε(1) := (1∋1 \mapsto 1∈C) で与える。

ハッシュやドットのような中置演算子記号を丸括弧で囲むと、対応する関数/関手/自然変換などを表すとします(Haskell風記法)。前置演算子記号、後置演算子記号でも同様な記法を用います。(#), (・), () などがその例です。

(Ch, μ, ε) はラックス・モノイド関手になります。群に指標群を対応させる関手 Ch は、その他の構造も持ちます。群の乗法 (・)G:G×G→G, 単位 eG:1→G から反変的に得られる余乗法 δG:Ch(G)→Ch(G)×Ch(G), 余単位 ιG:Ch(G)→Ch(1) (Ch(1) \cong C×)があります。指標の反転 ()G:Ch(G)→Ch(G) もあります。

ラックス・モノイド関手Chは、関手(と自然変換の)圏 [Grp, Grp] のなかで定義されるモノイド類似代数構造ですが、Chはより複雑な代数構造(ホップ代数類似構造とか)になるのだろうと思います。

密度に対する演算:乗法とハッシュ積

Gの群指標ρに対するρ-密度が定義される場は、G-主等質集合です*3。左G-主等質集合 (G\curvearrowrightX) 上のρ-密度の集合は Δρ(G\curvearrowrightX)、左G-主等質集合 (Y\curvearrowleftG) 上のρ-密度の集合は Δρ(Y\curvearrowleftG) と書くのでした。Δρ(G\curvearrowrightX), Δρ(Y\curvearrowleftG) は複素ベクトル空間になります。特に、恒等的に0の値をとるゼロ密度はρ-密度になります。複素ベクトル空間としての密度の集合は密度空間〈density space〉と呼ぶことにします。

2つの左主等質集合 (G\curvearrowrightX), (H\curvearrowrightY) に対して、直積〈direct product〉 (G\curvearrowrightX)×(H\curvearrowrightY) は、直積群 G×H が作用する集合 X×Y として定義します。G×H の X×Y への作用は (g, h);(x, y) := (g;x, h;y) です。

  • (G\curvearrowrightX)×(H\curvearrowrightY) := ((G×H)\curvearrowright(X×Y))

a, b などは密度を表すとして、密度に対しても演算を定義します。

  1. 2つの密度に対する乗法〈掛け算〉: a・b
  2. 2つの密度に対するハッシュ積: a#b

これらの演算のプロフィイルは:

  1. 乗法: Δρ(G\curvearrowrightX)\otimesΔτ(G\curvearrowrightX) → Δρ・τ(G\curvearrowrightX) in VectC
  2. ハッシュ積: Δρ(G\curvearrowrightX)\otimesΔτ(H\curvearrowrightY) → Δρ#τ((G\curvearrowrightX)×(H\curvearrowrightY)) in VectC

テンソル積は、VectC におけるテンソル積、つまり複素ベクトル空間のテンソル積です。

乗法とハッシュ積の具体的な定義は次のとおりです。

  1. For a∈Δρ(G\curvearrowrightX), b∈Δτ(G\curvearrowrightX), (a・b)(x) := a(x)b(x) ∈Δρ・τ(G\curvearrowrightX)
  2. For a∈Δρ(G\curvearrowrightX), b∈Δτ(H\curvearrowrightY), (a#b)(x, y) := a(x)b(y) ∈Δρ#τ((G\curvearrowrightX)×(H\curvearrowrightY))

それから

区切りは良くないのだけど、冒頭に述べた理由で今日はここまでにします。密度に対する重要な単項演算として、密度pの双対 p \mapsto p* があります。p*が定義される主等質集合は、もとの主等質集合とは反変的な関係にある主等質集合になります。ここの話はけっこうややこしいので、次回に述べます。([追記]最初「密度ρ」と書いてましたが、'ρ'は群指標に使っているので、'p'に修正しました。[/追記]

*1:リストとタプルを同義語とみなすかどうかも場合によりけりです。

*2:使用した演算子記号にちなんで命名するは、好ましくない命名法なんですが、この名前と記号の選択は一時的なもので、もっと良い名前・記号があれば変えます。

*3:Gが作用する集合なら、主等質じゃなくてもρ-密度は定義できます。が、今の我々の興味は、主等質集合(主にフレーム集合)です。