※ 追記あります。
ジョニー(a.k.a. id:hiroki_f @hiroki_f)*1が、twitterで「埋め込まれた多様体の向き」のことをつぶやいていたのですが、最初、意味がよく分かりませんでした(ツイートなので致し方ない)。2,3度やり取りして、だいたい納得しました。
まさにそういうことです!
— Hiroki Fukagawa (@hiroki_f) 2020年6月14日
n次元多様体N(最近は、次元と多様体の名前を同じ文字で揃えたい)には向きが決まっているとします。m次元ユークリッド空間Rmにも標準的な向きが決まっています。Rm上の標準的な微分形式 は、この順で、余接ベクトルバンドルの正のフレーム〈向きと同調した順序基底〉になっています*2。
ジョニーのツイートは、埋め込み f:N→Rm (n < m)があるとき、Nの(あるいは埋め込み像 f(N)⊆Rm の)向きを を使って書き表したい、ということだろうと理解しました。
埋め込み像 f(N) の外の点( な点)で何らかの量を考えてもしょうがなさそうなので、f(N) あるいはもとの N 上の量を で書き表す、ということでしょう、たぶん。
必ずしもユークリッド空間とは限らないm次元多様体Mを埋め込み先として考えることにして、f:N→M が埋め込みだとします。fの接写像を取ると、Tf:TN→TM 、TMをfでN上に引き戻したベクトルバンドルを f#TM として、Tf に対応するN上のバンドル射を Df とします。次の可換図式があります。
ここで、 はファイバー次元1のバンドル(直線バンドル)で、ゼロを取り除くと、ファイバーは2つの連結成分に別れます。どっちか片方の連結成分を大域的に選ぶことがNに向きを与えることです*5。
線形代数の準同型定理(のベクトルバンドル版)から、次の同型が言えます。
as vector bundles over
両辺のファイバーごとの次元を比較すると、核バンドル は、余次元1の部分バンドル、つまり 内の超平面バンドルです。超平面 を取り除くと、 のファイバーは2つの連結成分(半空間)に別れます。どっちか片方の連結成分を大域的に選ぶことがNに向きを与えることです。
Nの向きの指定は、 ( は集合の差)のファイバー連結成分の指定になったわけですが、そのためには、超平面 への法ベクトルを使えばいいでしょう。もし、 が内積ベクトルバンドルの構造を持てば、超平面 に直交する単位ベクトル(の場)を使えます。
M = Rm の場合、 はN上の自明バンドルになり、標準的フレーム〈順序基底〉は、 達からn個選んで外積したn次形式達として具体的に列挙できます。また、外積空間に内積も入ります。したがって、超平面 への直交単位ベクトル(の場)も、 達の外積と1次結合で書き下せます。ただし 達はRmからNに引き戻されたものです。
これで一応、埋め込まれたNの向きを 達で書き表せたことにはなるのだけど、カッコイイかどうかは分からない。どっちかというとウザイ表示な気がする。
[追記 date="翌日"]
面白い例は作れないのですが、特別に簡単な例を紹介しましょう。引き続き dim(N) = n, dim(M) = m 、n < m で、f:N→M は埋め込みだと仮定します。n + 1 = m 、つまり余次元1の埋め込みは話が簡単になります。特に、n = 2, m = 3, M = R3 のケースは伝統的かつ直感的です。
N = S2 を、外の空間なしで与えられた球面(2次元多様体)として、その埋め込み像 f(S2)⊆R3 は原点中心半径10の球面だとします。半径をデカめに取っているのは、単位法ベクトル場との絵的バランスの関係です。
S2が(内在的に)持つ向きは、R3に埋め込まれた f(S2) の各点に単位法ベクトルを立てれば表現できます。外向き法ベクトル場か、内向き法ベクトル場のどちらかです。(下の絵はS1の絵だけど。)
まず、引き戻しバンドル がどんなものか説明します。これは、自明ベクトルバンドルで、S2 の各点ごとにR3(正確に言えば、TR3のファイバー)を1個ずつひっ付けたものです。各R3は標準フレームを備えているので、それを としましょう。 は3つのベクトル場(S2の接ベクトル場ではない!)とみなせます。また、各点pごとにフレーム がひっ付いていると見れば、大域フレーム場(フレームバンドルの大域セクション)とも言えます。
双対なベクトルバンドル は、 で張られる自明ベクトルバンドルです*6。双対ペアリング〈スカラー積〉を とすると:
R3ではなくてS2に引き戻して(あるいは、f(S)に制限して)考えていることに注意してください。
S2に局所座標〈チャート〉(U, s) を取りましょう。 を座標関数とします。 と はそれぞれ、 の局所フレームになり、互いに相反〈双対〉なフレームです。
を使えば、諸々の量を露骨に〈explicitly〉局所表示可能です(やらないけどね)。でも、露骨な表示(ヤコビアン)だと、 と は区別できません。また、双対 も同じ行列(ときに転置行列)で表現できるので区別しにくいですね。ここらへんが座標を使った計算の嫌なところです。
肝心のS2の向きですが、局所的には を選ぶか、それとも を選ぶかで向きが決まります。局所的な選択をうまく繋げば大域的な向きの指定になります。これは、ファイバー1次元の外積ベクトルバンドル の零点を持たない大域セクションの指定に他なりません。
本文(追記前の記事)の処方箋に従うと、 *7を、2階外積ベクトルバンドルに持ち上げて を作るのでした。ここで、 は、フレーム で張られるファイバー3次元のベクトルバンドルです。
ベクトルバンドル写像の核ベクトルバンドル は、ファイバー3次元のベクトルバンドル 内のファイバー2次元の部分ベクトルバンドルです。2次元部分ベクトル空間は、3次元ベクトル空間を二つに分断します。分断されたどっち側かを指定することは、 の補ベクトル場〈complementary vector field〉(超平面の補空間を張るベクトル場)を指定するのと同じです。ベクトルバンドルが内積を持つなら、補ベクトル場として単位法ベクトル場(長さ1で超平面に直交するベクトルの場)を選べます。
というわけで、S2上のファイバー3次元のベクトルバンドル の適切なベクトル場〈セクション〉がS2の向きを表現することになります。ホッジ双対により、 は と同型であり、内積により です。ベクトルバンドルが同型ならセクション空間も同型になるので:
本来、S2の向きは のベクトル場〈セクション〉で表現されますが、我々は のベクトル場〈セクション〉として捉えます(そのほうが分かりやすいので)。さらに、抽象的な多様体S2ではなくて、目に見える図形 f(S2)⊆R3 を想定して、逆立った毛〈法ベクトル〉が生えた球面の絵を描くわけです(皆さん、描いてください)。
以上で、球面の外向き/内向き法ベクトル場で向き〈orientation〉を指定する方法が、本文の一般論の特殊事例であることが分かりました。それにしても、(ベクトルバンドルの)線形代数を使いまくってますね。もうひとつツイートを引用しておきます。
> 線形代数をわかっているだけでも、
— 檜山, キマイラの爺さん (@m_hiyama) 2020年6月12日
線形代数をちゃんとわかっていれば、
> だいぶ読めるようになるよね。
ほとんど読めるようになるよね。