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参照用 記事

ユークリッド空間に埋め込まれた向き付き多様体の向きの表現法

追記あります。

ジョニー(a.k.a. id:hiroki_f @hiroki_f*1が、twitterで「埋め込まれた多様体の向き」のことをつぶやいていたのですが、最初、意味がよく分かりませんでした(ツイートなので致し方ない)。2,3度やり取りして、だいたい納得しました。

n次元多様体N(最近は、次元と多様体の名前を同じ文字で揃えたい)には向きが決まっているとします。m次元ユークリッド空間Rmにも標準的な向きが決まっています。Rm上の標準的な微分形式  dx^1, \cdots, dx^m は、この順で、余接ベクトルバンドルの正のフレーム〈向きと同調した順序基底〉になっています*2

ジョニーのツイートは、埋め込み f:N→Rm (n < m)があるとき、Nの(あるいは埋め込み像 f(N)⊆Rm の)向きを  dx^1, \cdots, dx^m を使って書き表したい、ということだろうと理解しました。

埋め込み像 f(N) の外の点( x\in \mathbf{R}^m, \: x \notin f(N) な点)で何らかの量を考えてもしょうがなさそうなので、f(N) あるいはもとの N 上の量を  dx^1, \cdots, dx^m で書き表す、ということでしょう、たぶん。

必ずしもユークリッド空間とは限らないm次元多様体Mを埋め込み先として考えることにして、f:N→M が埋め込みだとします。fの接写像を取ると、Tf:TN→TM 、TMをfでN上に引き戻したベクトルバンドルを f#TM として、Tf に対応するN上のバンドル射を Df とします。次の可換図式があります。

\require{AMScd}
\begin{CD}
TN       @>Df>>  f^\# TM \\
@V{\pi}VV        @VV{\pi}V \\
N        @=      N \\
\end{CD}

ファイバーごとに空間も写像も双対を取ります*3

\require{AMScd}
\begin{CD}
(f^\# TM)^\ast  @>{Df^\ast}>>  (TN)^\ast \\
@V{\pi}VV                      @VV{\pi}V \\
N               @=             N \\
\end{CD}

外積の意味でn乗します*4

\require{AMScd}
\begin{CD}
\bigwedge^n( (f^\# TM)^\ast ) @>{\bigwedge^n(Df^\ast)}>> \bigwedge^n( (TN)^\ast) \\
@V{\pi}VV                                            @VV{\pi}V \\
N                           @=                       N \\
\end{CD}

ここで、 \bigwedge^n( (TN)^\ast) はファイバー次元1のバンドル(直線バンドル)で、ゼロを取り除くと、ファイバーは2つの連結成分に別れます。どっちか片方の連結成分を大域的に選ぶことがNに向きを与えることです*5

線形代数準同型定理(のベクトルバンドル版)から、次の同型が言えます。

  \bigwedge^n( (f^\# TM)^\ast )/Ker(\bigwedge^n(Df^\ast) ) \cong \bigwedge^n( (TN)^\ast) as vector bundles over  N

両辺のファイバーごとの次元を比較すると、核バンドル  Ker(\bigwedge^n(Df^\ast)) は、余次元1の部分バンドル、つまり  \bigwedge^n( (f^\# TM)^\ast ) 内の超平面バンドルです。超平面  Ker(\bigwedge^n(Df^\ast)) を取り除くと、 \bigwedge^n( (f^\# TM)^\ast ) のファイバーは2つの連結成分(半空間)に別れます。どっちか片方の連結成分を大域的に選ぶことがNに向きを与えることです。

Nの向きの指定は、 \bigwedge^n( (f^\# TM)^\ast )  \setminus Ker(\bigwedge^n(Df^\ast)) \setminus は集合の差)のファイバー連結成分の指定になったわけですが、そのためには、超平面  Ker(\bigwedge^n(Df^\ast)) への法ベクトルを使えばいいでしょう。もし、 \bigwedge^n( (f^\# TM)^\ast )内積ベクトルバンドルの構造を持てば、超平面  Ker(\bigwedge^n(Df^\ast)) に直交する単位ベクトル(の場)を使えます。

M = Rm の場合、 \bigwedge^n( (f^\# TM)^\ast ) = \bigwedge^n( (f^\# T{\bf R}^m)^\ast ) はN上の自明バンドルになり、標準的フレーム〈順序基底〉は、 dx^1, \cdots, dx^m 達からn個選んで外積したn次形式達として具体的に列挙できます。また、外積空間に内積も入ります。したがって、超平面  Ker(\bigwedge^n(Df^\ast)) への直交単位ベクトル(の場)も、 dx^1, \cdots, dx^m 達の外積と1次結合で書き下せます。ただし  dx^1, \cdots, dx^m 達はRmからNに引き戻されたものです。

これで一応、埋め込まれたNの向きを  dx^1, \cdots, dx^m 達で書き表せたことにはなるのだけど、カッコイイかどうかは分からない。どっちかというとウザイ表示な気がする。


[追記 date="翌日"]

面白い例は作れないのですが、特別に簡単な例を紹介しましょう。引き続き dim(N) = n, dim(M) = m 、n < m で、f:N→M は埋め込みだと仮定します。n + 1 = m 、つまり余次元1の埋め込みは話が簡単になります。特に、n = 2, m = 3, M = R3 のケースは伝統的かつ直感的です。

N = S2 を、外の空間なしで与えられた球面(2次元多様体)として、その埋め込み像 f(S2)⊆R3 は原点中心半径10の球面だとします。半径をデカめに取っているのは、単位法ベクトル場との絵的バランスの関係です。

S2が(内在的に)持つ向きは、R3に埋め込まれた f(S2) の各点に単位法ベクトルを立てれば表現できます。外向き法ベクトル場か、内向き法ベクトル場のどちらかです。(下の絵はS1の絵だけど。)

まず、引き戻しバンドル  f^\# (T{\bf R}^3) \mbox{ over } S^2 がどんなものか説明します。これは、自明ベクトルバンドルで、S2 の各点ごとにR3(正確に言えば、TR3のファイバー)を1個ずつひっ付けたものです。各R3は標準フレームを備えているので、それを  X_1, X_2, X_3 としましょう。 X_1, X_2, X_3 は3つのベクトル場(S2接ベクトル場ではない!)とみなせます。また、各点pごとにフレーム  (X_1(p), X_2(p), X_3(p)) がひっ付いていると見れば、大域フレーム場(フレームバンドルの大域セクション)とも言えます。

双対なベクトルバンドル  (f^\# ( T{\bf R}^3) )^\ast \cong f^\# ( (T{\bf R}^3)^\ast) = f^\# (T^\ast{\bf R}^3) \mbox{ over } S^2 は、 dx^1, dx^2, dx^3 で張られる自明ベクトルバンドルです*6。双対ペアリング〈スカラー積〉を  \langle \mbox{-} \mid \mbox{-} \rangle とすると:

 \mbox{For-all }p\in S^2,\; \langle dx^i \mid X_j \rangle_p = \delta^i_j \mbox{ where }i, j = 1, 2, 3

R3ではなくてS2に引き戻して(あるいは、f(S)に制限して)考えていることに注意してください。

S2に局所座標〈チャート〉(U, s) を取りましょう。 s^1, s^2:S^2 \supseteq U \to {\bf R} を座標関数とします。 S_1 = \frac{\partial}{\partial s^1}, S_2 = \frac{\partial}{\partial s^2} ds^1, ds^2 はそれぞれ、 TS^2, T^\ast S^2 の局所フレームになり、互いに相反〈双対〉なフレームです。

 s^1, s^2, x^1, x^2, x^3, S_1, S_2, X_1, X_2, X_3, ds^1, ds^2, dx^1, dx^2, dx^3 を使えば、諸々の量を露骨に〈explicitly〉局所表示可能です(やらないけどね)。でも、露骨な表示(ヤコビアン)だと、 Df:TN \to f^\# (T{\bf R}^3)  Tf:TN \to T{\bf R}^3 は区別できません。また、双対  Df^\ast = (Df)^\ast : (f^\#  (T{\bf R}^3) )^\ast \to (TN)^\ast も同じ行列(ときに転置行列)で表現できるので区別しにくいですね。ここらへんが座標を使った計算の嫌なところです。

肝心のS2の向きですが、局所的には  ds^1 \wedge ds^2 を選ぶか、それとも  ds^2 \wedge ds^1 = - ds^1 \wedge ds^2 を選ぶかで向きが決まります。局所的な選択をうまく繋げば大域的な向きの指定になります。これは、ファイバー1次元の外積ベクトルバンドル  \bigwedge^2( T^\ast S^2) の零点を持たない大域セクションの指定に他なりません。

本文(追記前の記事)の処方箋に従うと、 Df^\ast: f^\# (T^\ast{\bf R}^3) \to T^\ast N *7を、2階外積ベクトルバンドルに持ち上げて  \bigwedge^2(Df^\ast): \bigwedge^2(f^\# (T^\ast{\bf R}^3)) \to \bigwedge^2( T^\ast N) を作るのでした。ここで、 \bigwedge^2(f^\# (T^\ast{\bf R}^3)) は、フレーム  dx^1\wedge dx^2,\; dx^2\wedge dx^3,\; dx^3\wedge dx^1 で張られるファイバー3次元のベクトルバンドルです。

ベクトルバンドル写像の核ベクトルバンドル  Ker(Df^\ast) は、ファイバー3次元のベクトルバンドル  \bigwedge^2(f^\# (T^\ast{\bf R}^3) ) 内のファイバー2次元の部分ベクトルバンドルです。2次元部分ベクトル空間は、3次元ベクトル空間を二つに分断します。分断されたどっち側かを指定することは、 Ker(Df^\ast) の補ベクトル場〈complementary vector field〉(超平面の補空間を張るベクトル場)を指定するのと同じです。ベクトルバンドル内積を持つなら、補ベクトル場として単位法ベクトル場(長さ1で超平面に直交するベクトルの場)を選べます。

というわけで、S2上のファイバー3次元のベクトルバンドル  \bigwedge^2(f^\# (T^\ast{\bf R}^3) ) の適切なベクトル場〈セクション〉がS2の向きを表現することになります。ホッジ双対により、 \bigwedge^2(f^\# (T^\ast{\bf R}^3)) \bigwedge^1(f^\# (T^\ast{\bf R}^3) ) = f^\# (T^\ast{\bf R}^3) と同型であり、内積により  f^\# (T^\ast{\bf R}^3) \cong f^\# (T{\bf R}^3) です。ベクトルバンドルが同型ならセクション空間も同型になるので:


\:\:\:\: \Gamma(\bigwedge^2(f^\# (T^\ast{\bf R}^3) ) ) \\
\cong \Gamma(f^\# (T^\ast{\bf R}^3) ) \\
\cong \Gamma(f^\# (T{\bf R}^3))

本来、S2の向きは  \bigwedge^2(f^\# (T^\ast{\bf R}^3) ) のベクトル場〈セクション〉で表現されますが、我々は  f^\# (T{\bf R}^3) のベクトル場〈セクション〉として捉えます(そのほうが分かりやすいので)。さらに、抽象的な多様体S2ではなくて、目に見える図形 f(S2)⊆R3 を想定して、逆立った毛〈法ベクトル〉が生えた球面の絵を描くわけです(皆さん、描いてください)。

以上で、球面の外向き/内向き法ベクトル場で向き〈orientation〉を指定する方法が、本文の一般論の特殊事例であることが分かりました。それにしても、(ベクトルバンドルの)線形代数を使いまくってますね。もうひとつツイートを引用しておきます。

*1:ジョニーと呼んでいるのは僕だけかも知れない。

*2:関数可換環 C(Rm) 上の加群の順序基底と言ったほうがいいかも知れません。

*3: T^\ast N という書き方をしないで、(TN)^\ast のように書いています。

*4:[追記]表示を見て気付いたのだけど、MathJax AMScd において、図式内の式はディスプレイスタイルでレンダリングされるんですね。nが楔の真上に乗っている。[/追記]

*5:局所的なら必ず選べます。大域的には選べないときがあり、そのときは向きが付けられません。

*6: dx^1, dx^2, dx^3 は、ベクトルバンドルのフレームでもあり、微分形式の加群の順序基底でもあります。

*7: (f^\# (T{\bf R}^3) )^\ast \cong f^\# ( (T{\bf R}^3)^\ast ) = f^\# (T^\ast{\bf R}^3) が成立します。