話を簡単にするために、多様体はコンパクトなものだけを考えます。0次元多様体は、(コンパクト性の仮定のもとで)有限個の点です。0次元多様体にも向き〈orientation〉を考えることができて、向き付き0次元多様体〈oriented 0-dimensional manifold〉とは符号付き点の集まり〈signed points〉だとされています。符号(プラスまたはマイナス)付き点の集まりは、荷電粒子の集まりと言ってもいいでしょう。
向き付き0次元多様体を上のように考えれば辻褄が合うことが多いので「そんなもんか」と思ってしまうのですが、しかし … しかしそれにしても、0次元のときだけ向きの定義が天下り過ぎだろうよ。なんか納得がいかん。
([追記]多少は納得できそうな話を「0次元多様体は向き付け不可能なのでは」に書きました。[/追記])
多様体の向きの集合
向きの話に計量は関係ないのですが、主に心理的な理由で、境界を許すコンパクトなリーマン多様体の圏で話をします。リーマン多様体なら、接ベクトル空間の自己変換群として、GL(n)(可逆行列の群)より小さい O(n)(直交行列の群)を取れます。小さい群のほうが取り扱いやすいことが、リーマン計量を入れて考える理由です -- とはいえ、リーマン計量が必須でもないので「心理的」です。
Mをn次元のコンパクト・リーマン多様体として、ONFT(M) を、接ベクトルバンドル T(M) の正規直交枠〈OrthoNormal Frame of Tangent space〉のバンドルとします。開集合 U⊆M をうまく取れば、ONFT(M)|U は、U×O(n) と同型になります。つまり、次の図式を可換にする τ (局所自明化)があります。
なんやかんやで、ONFT(M) は、O(n) を構造群とする主バンドルになります。O(n) の部分群である SO(n)(特殊直交群)も ONFT(M) に作用します。SO(n) の作用で商空間を作ると、次のバンドルができます。
- ONFT(M)/SO(n)→M
局所的に見ると、このバンドルは U×{-1, +1}→U のような形をしています。ファイバーは二元集合です。つまり、二重被覆になります。このバンドルの大域セクションがMの向きを与えると考えてよいので、Mの向きの集合〈set of orientations〉 Or(M) を
- Or(M) := ΓM(ONFT(M)/SO(n))
と定義します。ここで、ΓM(-) はM上の大域セクションの空間です。
n = 0 のとき、この定義はうまく適用できません(ONFT(M) が空集合になってしまう)。0次元多様体だけ特別扱いすべきなのでしょうか?
法直線付き接ベクトルバンドルを使う
Lを1次元の内積空間とします*1。Vも内積空間として、代数的な直和 VL に、VとLが垂直になるような内積を入れた空間を(VとLの)直交直和空間〈orthogonal direct sum of spaces〉と呼び、 VL と書くことにします。
LM は、ファイバーをLとする自明なベクトルバンドル π1:M×L→M を表します。ファイバーごとに直交直和を作って、内積を備えたベクトルバンドル T(M)LM を作ります。一点でのファイバーは:
- (T(M)LM)p = Tp(M)L
Lは接ベクトル空間に対する法直線〈normal line〉とみなします。ベクトルバンドル T(M)LM を TN(M) と略記します(Tangent space with Normal line)。
TN(M) の各点での直交直和分解を尊重するような(TpM と L を混ぜないような)直交変換は O(n)×O(1) で表現できます。TN(M) の任意の直交変換は O(n + 1) で表現されます。O(n)×O(1) を O(n + 1) に埋め込めば行列式を取れます。次の部分群を考えます。
- S(O(n)×O(1)) := {X∈O(n)×O(1) | det(X) = 1}
S(O(n)×O(1)) は SO(n + 1) の部分群とみなせます。S(O(n)×O(1)) の要素は、O(n) の行列 A と ε ∈{-1, +1} = O(1) のペア (A, ε) で書けて de(A, ε) = det(A)ε = 1 となるので、次のどちらかになります。
- det(A) = 1 かつ ε = +1
- det(A) = -1 かつ ε = -1
ベクトルバンドル TN(M) の正規直交枠で、T(M) の正規直交枠と LM の正規直交枠のペアの形の正規直交枠からなるバンドルを ONFTN(M) とします。ONFTN(M) から S(O(n)×O(1)) の作用で商空間 ONFTN(M)/S(O(n)×O(1)) を作り、これをバンドル π:ONFTN(M)/S(O(n)×O(1))→M に仕立てます。
この設定のもとで、前節とは異なる方法で、Mの向きの集合 Or(M) を
- Or(M) := ΓM(ONFTN(M)/S(O(n)×O(1)))
と定義します。定義に使った1次元ベクトル空間 L を、別な1次元ベクトル空間 L' に取り替えても Or(M) には影響しません。
n = 0, M = {p} のとき、O(0) = {id{0}}, det(id{0}) = 1 とすれば、ONFTN({p}) は二元集合、S(O(0)×O(1)) SO(1) は一元群となり、
- Or({p}) := Γ{p}(二元集合/一元群) 二元集合
一点の向きは二種類あることになります。
これで、0次元だけ特別扱いせずに「一点にも向きがある」ことは出てきますが、何故に(接ベクトルバンドルではなくて)法直線付き接ベクトルバンドルを使うのか? は明らかではありません。「そうするとうまくいくから」では単なるご都合主義です。もっと必然性が欲しいところです。
([追記]多少は納得できそうな話を「0次元多様体は向き付け不可能なのでは」に書きました。[/追記])
*1:L = R としてもいいのですが、R だと最初から正方向が決まっていることが、むしろ誤解を招く気がします。