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参照用 記事

0次元多様体は向き付け不可能なのでは

今日書いた記事「0次元多様体の向きの定義が納得できない」への補足です。同じ記事への追記・修正でもいいのですが、追記としては若干長め、大きな修正は原則しない方針なので別記事にします。

まず、先の記事では、

主に心理的な理由で、境界を許すコンパクトなリーマン多様体の圏で話をします。

としたのですが、リーマン計量は不要なので、リーマン計量なしで向きの定義を書いてみます。コンパクト性の仮定もはずします

Mをm次元の多様体*1、TM = T(M) を接バンドルとします。接バンドル TM のフレームバンドルは frame(TM) と書きます。frame(TM) はベクトルバンドルではありませんが、行列の群 GL(m) を構造群とする主バンドルになります。なお、主バンドルのことも、その全空間のことも(記号の乱用で)frame(TM) で表します。

  • GL+(m) = {A∈GL(m) | det(A) > 0 }

と定義します。GL+(m) は GL(m) の部分群なので、frame(TM)(の全空間)に作用します。商空間 frame(TM)/GL+(m) を作り、ファイバーバンドル π:frame(TM)/GL+(m)→M を作ります。

M = R, m = 1 の例を考えると; frame(TM) \cong R×R 、ここで R = {x∈R | x ≠ 0} 。GL+(1) = R+ = {a∈R | a > 0 } 。商空間は (R×R)/R+ となり、R×{[-1], [+1]} とみなせます。[-1] と [+1] は、-1 と +1 が所属する同値類(商空間の要素)です。

一般に、m次元多様体 M の向きの集合〈set of orientations〉は次のように定義します。

  • Or(M) := ΓM(frame(TM)/GL+(m))

Or(M) は、ファイバーバンドルのセクションの集合なので、空集合であることもあります。Or(M) = ∅ ならMは向き付け不可能〈non-orientable〉、Or(M) ≠ ∅ ならMは向き付け可能〈orientable〉です。Mが向き付け可能なとき、特定の向き θ∈Or(M) を選んだ組 (M, θ) が向き付き多様体〈oriented manifold〉です*2。Or(M) = ∅ ならば、Mを台とする向き付き多様体は作れません。

さて、M = {p} = 一点, m = 0 の場合を考えます。この場合の接バンドル TM は、O→{p} という自明な写像で与えられます。O = {0} は零ベクトルだけからなるベクトル空間です。Oのフレームの集合は空集合になってしまうので、フレームバンドルが作れないのです。∅→{p} という写像は存在しますが、全射ではないのでバンドルとは呼べません。

一時的にバンドルの定義をゆるくして、ψ:E→M が全射じゃなくてもいいとしましょう。セクションの定義は同じで:

  • Γ(ψ:E→M) := {s:M→E | s;ψ = idM}

このように定義をゆるくすれば、ΓM(frame(TM)/GL+(m)) は定義できます。このとき、GL+(0) = GL(0) = (単位元だけからなる群) とします。群が空集合に作用することはできますが、商空間も空集合になります。したがって:

  • ΓM(frame(TM)/GL+(m)) = Γ{p}(∅/GL+(0)) = Γ{p}(∅→{p}) = ∅

よって、Or({p}) = ∅ となり、一点だけの多様体は向き付け不可能です。

ところが、通常は「一点だけの多様体は向き付け可能であり、正の向きと負の向きがある」とされています。いったいこれはどういうこった? -- それが「0次元多様体の向きの定義が納得できない」の問題意識でした。

「一点は向き付け不可能」と「一点は向き付け可能」は矛盾するので、同じ前提から出てくるはずはありません。矛盾の原因は、向き付け可能の定義が違うからでしょう。今まで述べた向き付け可能性の話は、多様体の内在的な性質と構造に関するものでした。3次元ユークリッド空間に埋め込まれた曲面の向き付け可能性は次の性質で定義されることがあります。

  • 法ベクトル場が存在する。

法ベクトル場は、法直線バンドルのセクションです。向きは、法ベクトル場の同値類となります。

法ベクトル場を使う定義は、多様体だけでは定義しようがありません。多様体を1次元高い別な多様体に埋め込んで定義します。なので、「多様体の向き」というよりは、「埋め込みの向き」というべきです。

一点 M = {p} を、1次元高いユークリッド空間 R に埋め込んだ法ベクトル場とは、R の一点から出る矢線ベクトルです。この矢線ベクトルに正方向/負方向があるのは明らかです。つまり、一点を直線に埋め込んだ場合の法ベクトル場は存在するので、一点は -- より正確に言えば埋め込みは向き付け可能です。

今までの話をまとめると; 多様体論では、多様体それ自体の内在的な性質と構造として向きの話をします。なのに、0次元多様体に関しては、埋め込みの法ベクトル場により向きを定義する方式になっているので、齟齬が生まれている -- と、そういう事情ではないでしょうか。

[追記]その他の向きの定義について、「多様体の向き:色々な定義」に書きました。[/追記]

*1:[追記]あっ、前の記事では「Mの次元はn」だった。最近は、大文字小文字の対応をとって dim(M) = m, dim(N) = n とすることが多いのですが、徹底してません。[/追記]

*2:[追記]多様体の圏Manの対象ごとに集合 Or(M) がくっついています。集合を離散圏(または余離散圏)とみなして、グロタンディーク構成で向き付き多様体の圏が作れるかというと、そうはいきません。写像により向きを引き戻すことができないのです。引き戻しが定義できる写像に制限するとうまくいきますが、でき上がる圏が小さすぎます。 [/追記]