昨日の「拡張スタイルのジリィモナド」にて:
随伴公式は積分のフビニの定理です。ただし、マルコフ核が絡むと、単純なフビニの定理と少し違った形になります。単純なテンソル積測度ではなくて、依存テンソル積とでも呼ぶべき構成が必要です。が、この話題は別な機会にします。
こいうことを書いてよくあるパターンは、「別な機会」が2年後になったり、永久に書かなかったり(たち消え)。間をおかずに書いてしまうのが吉です。
マルコフ核の随伴公式は、フビニの定理に帰着されます。そのフビニの定理も、ある種の随伴公式だということを説明します。が、大ざっぱな説明です。
昨日の記事は読んでなくてもかまいませんが、次の記事に目を通しておくとよいかと思います。
内容:
概要
X, Y が可測空間で、μがX上の測度、ψがY上の非負実数値可測関数*1、f:X → Y が可測写像のとき、次の等式が成立します。
ここで、
- f*(ψ) は、非負実数値関数ψのfによる引き戻し: x∈X に対して、f*(ψ)(x) := ψ(f(x))
- f*(μ) は、測度μのfによる前送り: Yの可測集合Bに対して、f*(μ)(B) := μ(f-1(B)) (f-1 は逆像)
X上の関数φの、測度μによる積分を と書くことにすると、上の等式は次のように書けます。
積分 を測度と関数のペアリングと考えると、この等式は、f* と f* がペアリングに関して“随伴ペア”になっていることを主張しています。よって、このタイプの等式を随伴公式〈{adjunction | adjointness} {formula | equation}〉と呼ぶことにします*2。
随伴公式に出てくる可測写像 f:X → Y in Meas (Measは可測空間と可測写像の圏)を、マルコフ核 F:X → Y in Stoc (Stoc は可測空間とマルコフ核の圏)に一般化することができます。
マルコフ核の随伴公式を証明するには、フビニの定理が使われます。フビニの定理は、X×Y上の積分とX上の積分を結び付けるもので、次の形の随伴公式として書けます。
ここに出てくる Agg と を、この記事内で説明します。
用語と記号の約束
これから扱う測度は一般の測度ではなくて確率測度です。非負実数値可測関数も値が区間 [0, 1] に入るものだけ考えることにします。[0, 1] に値を取る可測関数をファジー述語〈fuzzy predicate〉と呼びます。ジェイコブス達の定式化(「ベイズ確率論、ジェイコブス達の新しい風」参照)では、確率測度を“状態”、ファジー述語を単に“述語”と呼んで、状態と述語を双対的に扱います。ここでも同様な考え方をするので、混乱の心配がなければファジー述語を単に述語〈predicate〉と呼びます。
可測空間X上の確率測度の集合をP(X)とします。必要があれば、P(X)とシグマ集合代数ΣP(X)(「拡張スタイルのジリィモナド // 確率測度達の可測空間」参照)を一緒にして可測空間と考えます。可測空間X上の述語〈ファジー述語〉の集合をPred(X)とします。
可測空間と可測写像の圏をMeas、可測空間とマルコフ核の圏をStoc(またはStoch)と書きます。P(-) も Pred(-) もMeas上の関手に拡張できます -- f:X → Y in Meas に対する P(f) は確率測度の前送り、Pred(f) は述語の引き戻しとします。ジェイコブスが注意しているように、関手Pと関手Predは性格が異なるものです。
- Pは、Meas→Set という共変関手である。
- Pを、Meas→Meas という自己共変関手に仕立てることができる。これは、ジリィモナドの台関手となる。
- Predは、Meas→Set という反変関手である。
- Predの値を単なる集合ではなくて代数構造にすることがある。例えば、P(X)を効果代数〈effect algebra〉とみなせば、Predは、Meas → EffAlg という反変関手になる。
P(X)×Pred(X) 上に積分によるペアリング〈pairing〉が存在します。
積分によるペアリングを、真偽評価であると論理的に解釈するときは、次の記法を使います。
もう少し積分らしい書き方をしたいときは:
このペアリングに関する随伴ペア〈adjoint pair〉とは*3、j:P(X) → P(Y), k:Pred(Y) → Pred(X) in Set という写像のペア j, k で次を満たすものです。
f:X → Y in Meas から導かれる P(f):P(X) → P(Y), Pred(f):Pred(Y) → Pred(X) は随伴ペアになります。
P(f) = f*, Pred(f) = f* と略記する習慣があるので:
これは、前節冒頭の可測写像の随伴公式を、確率測度と述語に関して述べたものです。
圏として、集合圏Set、可測空間と可測写像の圏Meas、可測空間とマルコフ核の圏Stocが登場します。これらの圏のホムセットを、次のようにも書きます。
- Map(A, B) := Set(A, B)
- MMap(X, Y) := Meas(X, Y) (MMap = MeasurableMap)
- MKer(X, Y) := Stoc(X, Y) (MKer = MarkovKernel)
忘却関手と埋め込み関手による同一視をすれば、次の包含関係があるとみなせます。
確率測度とマルコフ核の依存テンソル積
2つの確率測度 μ∈P(X) と ν∈P(Y) に対して、これらのテンソル積を定義できます。
- A∈P(X), B∈P(Y) に対して、(μν)(A×B) := μ(A)ν(B)
一般的な可測集合 S∈Σ(X×Y) に対する (μν)(S) は、上の定義を拡張して定義します。
2つの確率測度のテンソル積をとる操作は、次のような写像となります。
- (--):P(X)×P(Y) → P(X×Y) in Set
必要なら、「in Set」を「in Meas」になるように定義することもできます(今は使わない)。
次に、確率測度とマルコフ核のテンソル積を定義しましょう。μ∈P(X) と F∈MKer(X, Y) に対して、次の定義をします。
- μ∈P(X), F∈MKer(X, Y) に対して、(μF)(A×B) :=
確率測度どうしのテンソル積と同様に、S∈Σ(X×Y) に対する (μF)(S) まで拡張できます。確率測度どうしのテンソル積 μν では、μと組み合わせるY上の測度は点 x∈X に依存しません(常にνです)が、μF では x ごとに F(x) が違うかも知れません。この事情から、μF をμとFの依存テンソル積〈dependent tensor product〉と呼ぶことにします。
確率測度とマルコフ核の依存テンソル積をとる操作は、次のような写像となります。
- (--):P(X)×MKer(X, Y) → P(X×Y) in Set
二変数の (--) を左変数でカリー化する(左肩の'∩'で示す)と、次の形になることは心に留めておいてください。
- ∩(--):MKer(X, Y) → Map(P(X), P(X×Y)) in Set
マルコフ核からの集計子
F:X → Y in Stoc (あるいは F∈MKer(X, Y))をマルコフ核として、Fから Agg(F):Pred(X×Y) → Pred(X) in Set という写像を作ります。Agg(F) の定義は次のとおりです。
Agg(F)(s) は、X×Y上の述語を、点xごとにY方向に集計〈aggregation〉した関数です。“集計”とは、確率測度F(x)を使ったY方向への積分です。Agg(F)を、Fから作られた集計子〈aggregator〉と呼びましょう。
集計子により集計〈aggregate〉する操作は、同時確率分布(直積可測空間上の確率測度)の周辺化〈marginalize〉と似てますが、集計する相手は確率測度ではなくて述語(実数値関数)です。
マルコフ核から集計子を作る操作は、次のような写像となります。
- Agg:MKer(X, Y) → Map(Pred(X×Y), Pred(X)) in Set
Aggは、マルコフ核から集計子を作り出すコンビネータです(「コンビネータ」という言葉については、「圏論的コンストラクタと圏論的オペレータ: 関手性・自然性の呪縛からの脱却」を参照)。
依存テンソル積と集計子コンビネータの随伴ペア
依存テンソル積(の左カリー化)と集計子コンビネータのプロファイルをもう一度並べて書いてみます。
- Agg:MKer(X, Y) → Map(Pred(X×Y), Pred(X)) in Set
- ∩(--):MKer(X, Y) → Map(P(X), P(X×Y)) in Set
F∈MKer(X, Y) を取ったとき、
- Agg(F):Pred(X×Y) → Pred(X) in Set
- (-F):P(X) → P(X×Y) in Set
となります。
「Agg(F) と (-F) が随伴ペアになる」という命題を(真偽はともかくとして)書き下してみると:
実際にこの命題は成立し、内容的にはフビニの定理です(次節で説明)。
マルコフ核の随伴公式は、関数の随伴公式とフビニの随伴公式(フビニの定理の随伴公式バージョン)を組み合わせると出てきます。第二射影 π2:X×Y → Y は関数〈可測関数〉なので、関数の随伴公式が成立します。
として2つの随伴公式を書くと:
これより、次の等式が得られます。
この等式はマルコフ核の随伴公式です。それを確認するには、次の等式を示せばいいですね。
これらは、定義に従って計算すれば出てきます。
フビニの定理
随伴公式 が、一見フビニの定理に見えないかも知れませんが、それは書き方の問題です。見慣れた書き方に翻訳すれば、見慣れたフビニの定理になります。
マルコフ核Fが F(x) = ν と定数(単一の確率測度)で与えられるときを考えましょう。事情が単純になり、「繰り返し積分 = 重積分」の形になります。
まず、Agg(F)(s) の定義は次のようでした。
F(x) = ν としたので、
これを代入して、随伴公式の左辺を展開します。
これは、二変数関数sの繰り返し積分です。
次に、随伴公式の右辺。 となるので、
これは重積分です。
結局、随伴公式の言っていることは、繰り返し積分が重積分に等しいということです。
F(x) = ν のときは、X方向の積分とY方向の積分が独立で、X×Y上の積分は独立なテンソル積で与えられます。一般のマルコフ核Fを使った場合の公式が です。