このブログの更新は Twitterアカウント @m_hiyama で通知されます。
Follow @m_hiyama

メールでのご連絡は hiyama{at}chimaira{dot}org まで。

はじめてのメールはスパムと判定されることがあります。最初は、信頼されているドメインから差し障りのない文面を送っていただけると、スパムと判定されにくいと思います。

参照用 記事

確率的論理のバリエーション

1月末から始める僕のセミナー(「確率論のカリー/ハワード/ランベック対応」参照)のトピックのひとつに「確率的論理」という言葉を入れておいたのですが、「確率的論理」ではひどく漠然としていて、何のことか分からないですね。より具体的に言えば、ファジー論理とエフェクト論理とPS論理の3つを想定していて、総称的に確率的論理と呼んでいます。このなかで、PS論理は名称がないので僕が今さっき命名したものです。

印象(あくまで僕の印象)で言うと、ファジー論理が工学的な論理、エフェクト論理が物理(特に量子力学)的論理、PS論理が(人間を含む)動物の論理です。

内容:

マルコフ核とファジー述語

可測空間とマルコフ核の圏(「マルコフ核: 確率計算のモダンな体系」参照)をStocとします。B = {0, 1} をブール値〈二値真偽値〉の集合として、これを離散可測空間と考えます。つまり、B∈|Stoc| 。

マルコフ核 p:X → B in Stoc の、可測空間の圏Measでの表現は p:X → Giry(B) in Meas となります(通常、p と p は同一視されます)。ここで、Giry はジリィ関手(ジリィモナドの台関手) Giry:MeasMeas in CAT です。マルコフ核 p に次の関数 f を対応させます。

  • For x∈X, f(x) := p(x)({1})

0 ≦ f(x) ≦ 1 となるので、f:X → [0, 1] in Meas と考えます。この方法で、Stoc(X, B)∋p ←→ f∈Meas(X, [0, 1]) という1:1対応が作れます。この1:1対応を前提として次の三者を同一視し、同じ記号で表します。

  1. p:X → B in Stoc
  2. p:X → Giry(B) in Meas
  3. p:X → [0, 1] in Meas

実数の区間 [0, 1] を真偽値の集合と考えると、p:X → [0, 1] in Meas はX上の述語になります。区間を真偽値集合とする述語をファジー述語〈fuzzy predicate〉と呼びます。ファジー述語に関する論理がファジー論理〈fuzzy logic〉です。

ファジー論理の論理結合子〈logical connectives〉には色々な流儀・流派がありますが、代表的な定義は次のものです。

  • 連言: p, q:X → [0, 1] に対して、(p∧q)(x) = min(p(x), q(x))
  • 選言: p, q:X → [0, 1] に対して、(p∨q)(x) = max(p(x), q(x))
  • 否定: p:X → [0, 1] に対して、(¬p)(x) = 1 - p(x)

ファジー述語とファジー論理結合子に基づいて、論理システムを作ることができます。ファジー述語 p の、X上の確率分布 ω:1 → X に対する真偽値は、関数としてのpの“ωに関する期待値”で与えられます。

エフェクト代数と論理

実数区間 [0, 1] 内での足し算はいつでも出来るとは限りません。部分演算として足し算を定義しましょう。

  • x, y∈[0, 1] に対して、実数の範囲で足し算をして x + y ≦ 1 ならば、足し算は定義される(値が確定)。
  • x + y > 1 になってしまったら、足し算は未定義(値は未定)。

x, y∈[0, 1] に対して、関係'⊥'を次のように定義します。

  • x ⊥ y :⇔ x + y ≦ 1

また、x' := 1 - x とします。

([0, 1], ⊥, +, (-)', 0, 1) はエフェクト代数effec algebra〉と呼ばれる代数系になります。エフェクト代数は、x ≦ y :⇔ ∃z.(x + z = y) と順序を定義して順序集合になります。この順序に関して束〈lattice〉になるエフェクト代数は、束エフェクト代数〈lattice effect algebra〉といいます。

エフェクト代数や束エフェクト代数があると、それを真偽値の代数と考えてエフェクト論理〈effect logic〉を構成できます。エフェクト代数の起源となったのは、おそらく、ヒルベルト空間の射影作用素からなる代数でしょう。

Vをベクトル空間(とりあえず内積は考えない)として、作用素(自己線形写像)P:V → V が P2 = P のとき射影〈projection〉と呼びます。I := idV, O := (VからVへのゼロ写像) とすると、I, O は射影です。2つの射影 P, Q:V →V が直交することを次のように定義します。

  • P ⊥ Q :⇔ PQ = PQ = O (掛け算は線形写像の結合)

P ⊥ Q のとき P + Q も射影になります。また P' := I - P も射影です。Vの射影の全体を Proj(V) とすると、(Proj(V), ⊥, +, (-)', O, I) はエフェクト代数になります。ベクトル空間Vに内積が入るとより精密で物理的な議論ができます。物理(量子力学)的内容は、僕は知りません。

PS論理

上で紹介したファジー論理とエフェクト論理は、真偽値の集合とその代数構造から決まる論理で、構成の手法は古典述語論理に似ています。PS論理は、それとはちょっと別な原理と手法で構成されます。

'PS'は確率空間〈probability space〉のことです。PS論理の意味論〈モデル〉は確率空間の圏で与えられると考えます。つまり、propositions as probability spaces というモットーです。PSを、確率空間を対象として確率保存マルコフ核を射とする圏とします。構文とモデルを区別せずに、PSの対象(つまり確率空間)をPS論理の“命題”と呼ぶことにします。

A, B をPS論理の命題として、メタな判断として、次の形を考えます。

  1. 命題Aが何の仮定もなしに証明できることを |- A と書く。
  2. 命題Aを仮定すれば、命題Bが証明できることを A |- B と書く。

この判断の意味を圏PSで解釈すると:

  1. f:1 → A in PS という射が存在する。
  2. g:A → B in PS という射が存在する。

証明は射に対応します。古典論理のように、証明が存在する/しないだけが問題なのではなくて、どのような証明(あるいは証拠)であるかが重要な情報なので、証明(証拠、射)を添えて次のように書きましょう。

  1. |- A by f
  2. A |- B by g

この形の判断(あるいはシーケント)に対する操作(リーズニング)を体系化して論理を作ります。それがPS論理〈PS logic〉です。

PS論理には否定がなく*1、連言(「かつ」)と含意(「ならば」)が区別できないような変わった論理になります。PS論理の特徴的なリーズニングに仮定と結論の入れ替え(ベイズ反転)があります。

    A |- B by f
  -------------- ベイズ反転
    B |- A by f

このリーズニングは、古典論理とは著しく違います。

PS論理の推論能力は弱く、非常に原始的な論理です。それゆえに、人間や猿・犬・猫・カラスのような、ある程度は知的な行動ができる動物が使っている論理をPS論理によりモデル化できるのではないかと思います。僕は、“極端に素朴な論理”としてのPS論理に興味がありますが、PS論理を洗練・拡充すれば、人間社会でも通用する実用論理になるかも知れません。

*1:古典論理の否定の類似物はありませんが、ベイズ反転と関連する演算は、文脈により否定っぽい解釈が可能かも知れません。