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参照用 記事

方向・向きの話: 高次圏を語るために

この記事の目的は、「上下」「左右」「前後」などの言葉の意味をハッキリさせることです。動機は、高次元の圏 -- あるいは圏類似代数系〈category-like algebraic {structure | system}〉について、行き違い/誤認がないように語りたいからです。

最近の応用圏論〈ACT | Applied Category Theory〉では、1次元の圏だけではなくて、2-圏、二重圏、3-圏、三重圏などが出現します。それらに関わる概念の描画には、2次元または3次元のストリング図やペースティング図が使われます。この状況で、「上下」「左右」「前後」などの意味が曖昧だと、コミュニケーションが破綻してしまいます。ハッキリした約束が必要なのです。$`\newcommand{\mrm}[1]{ \mathrm{#1} }
\newcommand{\cat}[1]{ \mathcal{#1} }
\newcommand{\op}{ \mathrm{op} }
\newcommand{\In}{\text{ in }}
\newcommand{\Imp}{\Rightarrow}
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%\newcommand{\twoto}{ \Rightarrow }
%\newcommand{\id}{ \mathrm{id} }
\newcommand{\hyp}{\text{-} }
\newcommand{\dblcat}[1]{\mathbb{#1}}
`$

内容:

はじめに

n-圏〈n-category〉やn重圏〈n-fold multiple category〉を扱うときに図示を使うわけですが、絵図〈picture〉は$`k`$次元のアフィン空間内に描かれます。キャンバスとなるアフィン空間〈キャンバス空間〉は、座標を入れてしまえば $`{\bf R}^k`$ と同一視可能なので、$`{\bf R}^k`$ 内の図形が絵図だと思ってかまいません。キャンバス空間の次元 $`k`$ が3を超えると、描画も目視も出来ませんが、概念的には任意の次元のキャンバス空間のなかの絵図を考えます。

我々がコミュニケーションに実際に利用できる2次元空間(の一部)を紙面〈paper area〉と呼ぶことにします。“ほんとの紙”に限らずコンピュータのディスプレイでも紙面と呼びます。紙面に対する「縦」「横」「上下」「左右」は常識的な意味で使うとして特に説明はしません。

コミュニケーションに使う実際の絵図(ストリング図やペースティング図)は、概念的なキャンバス空間の絵図そのものではなくて、なんらかの方法で紙面に写像されたものです。概念的・抽象的なキャンバス空間にある絵図は、代数的構造(の一部)や論理的命題をなんらかの方法で描出〈rendering〉したものです。「構造・命題からキャンバス空間への描出」と「キャンバス空間の絵図から紙面への描出」という二段階のプロセスがあります。

我々は、代数的構造における方向・向き(例えば、射の結合の方向)、キャンバス空間の絵図の方向・向き、紙面の絵図の方向・向きについて、言葉・テキストで語ります。そのときに使う言葉「上下」「左右」「前後」などをキチンと約束しておかないとコミュニケーションがうまくいきません。混乱が生じます。

このテの混乱について、2次元のストリング図の場合は以下の過去記事で書いています。箇条書きを入れ子に(段下げ)した項目は、過去記事から参照されている他の過去記事達(の一部)です。

対策とトレーニングについては:

さて、この記事では、3次元までの高次代数構造を想定して、懸念される混同・混乱を避けるための明確化を行います。懸念される混同・混乱には次があります。

  1. 紙面とキャンバス空間の混同・混乱
  2. 方向と向きと広義の方向(方向+正負の向き)の混同・混乱
  3. アフィン空間とベクトル空間の混同・混乱 (背景となるアフィン幾何において)
  4. 基底とフレームの混同・混乱 (背景となる線形代数において)
  5. 1次元ベクトル空間とスカラー体の混同・混乱 (背景となる線形代数において)

混同・混乱してもたいして実害がない場合もありますが、念の為に明確化します。明確化したうえで、実際の運用では多少イイカゲンでも許す、という態度をとりましょう。

線形代数からの準備

ベクトル空間は、実数係数(スカラー体は $`{\bf R}`$)で有限次元なものだけを考えます。$`V`$ をベクトル空間として、その次元は次のように書きます。

$`\quad \mrm{dim}(V) = n \:\text{ where }n \in {\bf N}`$

ベクトル空間 $`V`$ の基底〈basis*1〉の全体からなる集合を $`\mrm{Basis}(V)`$ とします。$`\mrm{Pow}(\hyp)`$ をベキ集合とすると:

$`\quad \mrm{Basis}(V) \subseteq \mrm{Pow}(V)`$

正確に書くなら、ベクトル空間の台集合〈underlying set〉を $`\u{V}`$ として、

$`\quad \mrm{Basis}(V) \subseteq \mrm{Pow}(\u{V})`$

ですが、まー、いいとしましょう(構造と台集合の混同は大目に見る)。

有限次元ベクトル空間の場合、すべての基底は同じ基数〈cardinality〉(集合の要素の個数)を持ち、それがベクトル空間の次元を与えます。つまり、$`\mrm{card}(\hyp)`$ を基数を与える自然数値関数として:

$`\quad \forall B, B' \in \mrm{Basis}(V).\, \mrm{card}(B) = \mrm{card}(B')\\
\quad \mrm{dim}(V) := \mrm{card}(B) \:\text{ where } B \in \mrm{Basis}(V)
`$

ベクトル空間のフレーム〈frame | 〉は、基底を構成するベクトル達に順番を付けたものです。フレームは、$`V`$ の要素のn-タプルとみなします。$`F`$ が $`V`$ ($`\mrm{dim}(V) = n`$)のフレームならば:

$`\quad F \in V^n \cong \mrm{Map}(\{1, \cdots, n \}, V)`$

フレームはタプル(あるいはリスト)なので、次の形に書けます。

$`\quad F = (v_1, \cdots, v_n) \in V^n`$

フレーム $`(v_1, \cdots, v_n)`$ と基底 $`\{v_1, \cdots, v_n\}`$ はしばしば混同されますが、フレームと基底は別物です。1つの基底から $`n!`$ 個のフレームが生じます。フレームにおける要素の順番(全順序構造)を無視したら基底になります。

“ベクトル達のn-タプル”としてのフレーム $`F`$ があると、それから一意的に次の線形同型写像が決まります。(以下の $`{\bf FdVect}_{\bf R}`$ は、有限次元実係数ベクトル空間と線形写像の圏。)

$`\quad \varphi_F : {\bf R}^n \to V \In {\bf FdVect}_{\bf R}`$

その定義は:

$`\text{For }F = (v_1, \cdots, v_n) \in V^n \: \text{ where }F \text{ is a frame}\\
\text{For }\xi = (\xi_1, \cdots, \xi_n) \in {\bf R}^n\\
\quad \varphi_F(x) := \xi_1 v_1 + \cdots + \xi_n v_n\; \in V
`$

$`\varphi_F`$ は線形同型写像なので、逆写像 $`(\varphi_F)^{-1}`$ があります。

$`\quad (\varphi_F)^{-1} : V \to {\bf R}^n \In {\bf FdVect}_{\bf R}`$

ここまでに出てきた概念を箇条書きで列挙します。これらは、混同されたり、呼び名が錯綜したりしています。

  1. 基底 $`\{v_1, \cdots, v_n\} \in \mrm{Pow}(V)`$
  2. 順番を付けた $`F = (v_1, \cdots, v_n) \in V^n`$
  3. 線形同型写像 $`\varphi_F : {\bf R}^n \to V \In {\bf FdVect}_{\bf R}`$
  4. 線形同型写像 $`(\varphi_F)^{-1} : V \to {\bf R}^n \In {\bf FdVect}_{\bf R}`$

ここでは、基底(と呼ぶ有限集合)に要素の順番〈全順序構造〉を入れて $`V^n`$ の要素とみなしたものをフレームと呼ぶことにして、フレームの全体を $`\mrm{Frame}(V)`$ と書くことにします。以下の過去記事達も(興味があれば)参照してください。

ベクトル空間 $`V`$ のすべての部分ベクトル空間からなる集合を $`\mrm{Sub}(V)`$ とします。$`\mrm{Sub}(V)`$ は、集合の包含関係により順序集合になります。$`X, Y\in \mrm{Sub}(V)`$ に対して、$`X, Y`$ を含む最小のベクトル空間を $`X \vee Y`$ と書きます。$`X \vee Y`$ は $`X, Y`$ から一意的に決まるので:

$`\quad (\vee) : \mrm{Sub}(V) \times \mrm{Sub}(V) \to \mrm{Sub}(V) \In {\bf Set}`$

$`X\cap Y = \{0\}`$ のとき、$`X\vee Y`$ を $`X + Y`$ と書きます。$`X + Y`$ と書いてあったら、$`X\cap Y = \{0\}`$ が(暗黙に)前提されます。$`X + \{0\} = X`$ は、$`X`$ が何でも成立します。この '$`+`$' は内部的な和ですが、外部的な直和と同型です。

$`\quad X + Y \cong X \oplus Y \In {\bf FdVect}_{\bf R}`$

$`L \in \mrm{Sub}(V)`$ かつ $`\mrm{dim}(L) = 1`$ のとき、$`L`$ は $`V`$ の1次元部分ベクトル空間です。$`L \cong {\bf R}`$ ですが、$`L`$ はスカラー体ではありません。$`L`$ の要素どうしの掛け算は定義されてません($`L`$ の要素にスカラー〈実数〉は掛け算〈スカラー倍〉できますが)。1次元ベクトル空間とスカラー体は別物です

ベクトル空間の向き

ベクトル空間の向き〈orientation〉をちゃんと定義するのはけっこう大変です。0次元でない(実係数有限次元の)ベクトル空間には向きがちょうど2つあります*2。2次元ベクトル空間なら、時計回りの向きと反時計回りの向きです*3。3次元ベクトル空間なら、右手系の向きと左手系の向きです。2つの向きのどちらかを選んで固定すると、向き付きベクトル空間〈oriented vector space | vector space with orientation〉になります。

「向き」とは何であるかを定義するのは大変ですが、向きを選ぶ/指定する方法は簡単です。

  • ベクトル空間のフレームをひとつ指定すると、それで向きを選んだことになる。

ここでは、$`\mrm{Frame}(V)`$ に同値関係を入れて、その同値類として $`V`$ の向き〈orientation〉を定義しましょう。

$`\mrm{Frame}(V)`$ の要素は $`(v_1, \cdots, v_n)`$ と“ベクトル達のn-タプル”として書けます。このタプルに対して、行列の基本変形と同じ操作を考えます。

  1. [スカラー倍] タプル内の1つのベクトルを非ゼロ・スカラー倍する。1倍は何もしないことなので除外。
  2. [入れ替え] タプル内の2つのベクトルを入れ替える。
  3. [シアー〈shear〉変形] タプル内の1つのベクトルに他のベクトルのスカラー倍を加える。ゼロ倍を加えることは何もしないことなので除外。

「何もしない」でも別にかまわないなら、「除外」の注釈は不要です。これらの操作は、フレームに対する基本変形〈elementary operation〉です。

2つのフレーム $`F = (v_1, \cdots, v_n)`$ と $`G = (w_1, \cdots, w_n)`$ のあいだの関係 $`F \sim G`$ を次のように定義します。

  1. $`F = G`$ ならば、$`F \sim G`$ である。
  2. 次の条件(両方とも)を満たす基本変形を何度か行うと $`F`$ から $`G`$ へと変形できるならば、$`F \sim G`$ である。
    1. 負のスカラー倍を行った回数は偶数回(正のスカラー倍は何回でもよい)
    2. 入れ替えを行った回数は偶数回

こうして定義された関係 $`\sim`$ が実際に同値関係であることと、($`V`$ が0次元でないなら)同値類がちょうど2つあることを示すのは自明ではありませんが、線形代数の知識を使えば示せるでしょう。

$`\mrm{Frame}(V)`$ に位相(より強く多様体の構造)を入れるなら、$`\mrm{Frame}(V)`$ の連結成分が($`V`$ が0次元でないなら)ちょうど2つになります。その連結成分を $`V`$ の向きと定義することもできます。

基本変形による向きの定義は、向きが変わらない基本変形の列〈シーケンス〉を特定しています。次の基本変形の列は向きを変えてしまいます。

  1. 負のスカラー倍を行った回数が奇数回
  2. 入れ替えを行った回数が奇数回

ひとつのフレームを指定すると、そのフレームが属する同値類である向きを選んだことになります。これが、「フレームを指定すると、向きを選んだことになる」理由です。

ベクトル空間の向きの指定には次の方法も使われます。

  • ベクトル空間の超平面($`(n -1)`$次元の部分ベクトル空間)に既に向きが決まっているとき、その超平面で区切られた2つの半空間のどちらかを選ぶと、それでベクトル空間の向きを選んだことになる*4

座標軸と座標軸系

ベクトル空間の「座標系」という言葉も意味がハッキリしない(安定してない)言葉ですが、フレーム、またはフレームが誘導する線形同型写像を意味することが多いでしょう。ここでは、より直感的な「座標軸の集まり」を形式化した座標系を定義します。軸に注目することを強調して座標軸系〈system of coordinate axes〉と呼ぶことにします。

$`V`$ を$`n`$次元ベクトル空間として、次のような部分ベクトル空間の真の減少列(逆から見ると真の増加列)を考えます。

$`\quad V = V_0 \supset V_1 \supset \cdots \supset V_n = \{0\}\:\text{ where }V_i \in \mrm{Sub}(V)`$

番号と次元が一致してないので注意してください。

$`\quad \mrm{dim}(V_0) = n\\
\quad \mrm{dim}(V_1) = n - 1\\
\quad \cdots\\
\quad \mrm{dim}(V_n) = 0
`$

$`V_n`$ は必ず0次元部分ベクトル空間です。

それとは別に、1次元部分ベクトル空間達の列も考えます。

$`\quad L_1, \cdots, L_n \:\text{ where }L_j \in \mrm{Sub}(V)`$

これらの $`V_i, L_j`$ が次の条件を満たすとき座標軸系〈system of coordinate axes〉と呼びます。

$`\quad V_0 = L_1 + V_1\\
\quad V_1 = L_2 + V_2\\
\quad \cdots\\
\quad V_{n - 1} = L_n + V_n = L_n
`$

次元が小さいときに条件を具体的に書き出してみます。

$`\text{When }n = 1, V_1 = \{0\}\\
\quad V = V_0 = L_1 + V_1 = L_1\\
\text{When }n = 2, V_2 = \{0\}\\
\quad V = V_0 = L_1 + V_1\\
\quad V_1 = L_2 + V_2 = L_2\\
\text{When }n = 3, V_3 = \{0\}\\
\quad V = V_0 = L_1 + V_1\\
\quad V_1 = L_2 + V_2\\
\quad V_2 = L_3 + V_3 = L_3
`$

3次元の場合を常識的な言い回しで説明するなら:

  • $`V = V_0`$ は3次元空間。$`L_1`$ はx-軸、$`V_1`$ はyz-平面。
  • $`V_1`$ はyz-平面。$`L_2`$ はy-軸、$`V_2`$ はz-直線。
  • $`V_2`$ はz-直線。$`L_3`$ はz-軸、$`V_3`$ は原点のみ。

等式で書かれた条件を“代入計算”すると次のようになります。

$`\text{When }n = 3, V_3 = \{0\}\\
\quad V = V_0 \\
= L_1 + V_1\\
= L_1 + (L_2 + V_2)\\
= L_1 + (L_2 + (L_3 + V_3) )\\
= L_1 + L_2 + L_3\\
\cong L_1 \oplus L_2 \oplus L_3
`$

3次元空間は、3本の軸である1次元部分ベクトル空間の直和として書けるわけです(当たり前だけど)。

ここで重要なのは座標軸達 $`L_j \:(j = 1, \cdots, n)`$ の順番です。第1軸 $`L_1`$ を決めると同時に、残りの軸達が入る部分空間(第1軸の補空間) $`V_1`$ も決めます。次に、決めた補空間 $`V_1`$ のなかで第2軸 $`L_2`$ をとります。そして、$`V_1`$ 内で第2軸の補空間 $`V_2`$ も決めます。この作業を続けて座標軸系が構成されます。

上記の構成プロセスを反映するために、$`V_0 \supset V_1\supset \cdots\supset V_n`$ という部分ベクトル空間の減少列を導入したのですが、座標軸の列 $`L_1, \cdots, L_n`$ だけが与えられても、部分ベクトル空間の列を後から定義できます。

$`\quad V_0 := L_1 + \cdots + L_n\\
\quad V_1 := L_2 + \cdots + L_n\\
\quad V_2 := L_3 + \cdots + L_n\\
\quad \cdots\\
\quad V_{n - 1} := L_n\\
\quad V_n := \{0\}
`$

したがって、部分ベクトル空間の列 $`V_i`$ は、座標軸系の定義としては冗長です*5

ベクトル空間の方向、正方向、向き

日常では、「方向」と「向き」を区別することはないでしょうし、区別しなくて困ることもありません。が、今は概念を明確にしようとしているので、方向と向きは区別します。ベクトル空間の向きは既に定義したように、フレームの同値類(0次元でなければ2つの同値類)です。

ベクトル空間 $`V`$ に1つの方向〈direction〉が与えられた、とは、$`V`$ の1次元部分ベクトル空間 $`L`$ が指定されたことだ、と定義します。したがって、ペア $`(V, L)`$ は方向付きベクトル空間〈directed vector space | vector space with direction〉になります。方向は、単一のベクトルではなくて、1次元部分ベクトル空間で指定します*6

次に、複数の方向を与えることを考えます。複数の方向は複数の1次元部分ベクトル空間達 $`L_1, \cdots, L_k`$ で指定しますが、条件があります。$`L_1, \cdots, L_k`$ は線形独立〈一次独立〉だとします。1次元部分ベクトル空間達の線形独立性は、各1次元部分ベクトル空間を生成するベクトル達の線形独立性として定義できますが、次の条件達(のAND結合)でも定義できます。

  • $`L_2 \subseteq L1`$ ではない。
  • $`L_2 \subseteq (L1 \vee L2)`$ ではない。
  • $`\cdots`$
  • $`L_k \subseteq (L1 \vee L2 \vee \cdots \vee L_{k-1})`$ ではない。

ベクトル空間 $`V`$ に対して、$`V`$ の1次元部分ベクトル空間の列 $`L_1, \cdots, L_k`$ で線形独立なものが指定されたとき、$`k`$ 個の方向〈$`k`$ directions〉が与えられた、と考えます。$`(V, L_1, \cdots, L_k)`$ は$`k`$ 個の方向付きベクトル空間〈$`k`$-directed vector space | vector space with $`k`$ directions〉になります。

1次元ベクトル空間 $`L`$ の向き〈orientation〉は、$`L`$ の1つの非ゼロ・ベクトルで指定できます。なぜなら、1つの非ゼロ・ベクトルが $`L`$ のフレームになるからです。あるいは位相的に考えて、$`L\setminus \{0\}`$ の連結成分を選択して向きを指定できます。

複数の方向〈directions〉を持つベクトル空間 $`(V, L_1, \cdots, L_k)`$ において、各1次元部分ベクトル空間 $`L_j`$ が向きを持つ(向きが指定されている)なら、$`V`$ は $`k`$ 個の方向・向き〈direction and orientation〉を持つといいます。ただし、「向き」が、1次元部分ベクトル空間の向きのことか、$`V`$ の向きのことか分かりにくいので、$`L_j`$ の向きは正方向〈positive direction〉とも呼ぶことにします。$`k`$ 個の方向・向きを持つことは、$`k`$ 個の正方向を持つことです。

$`n`$次元ベクトル空間 $`V`$ が座標軸系を持つとき、$`n`$ 本の座標軸達 $`L_1, \cdots, L_n`$ は、$`V`$ に $`n`$ 個の方向を与えます。各座標軸 $`L_j`$ が向き=正方向を持つなら、座標軸を備えた $`V`$ は $`n`$ 個の正方向を持ちます。

方向と正方向・負方向への名付け

$`(V, L_1, \cdots, L_k)`$ は、$`k`$ 個の方向を持つベクトル空間だとします。各方向を与える1次元部分ベクトル空間には番号が付いています。番号だけでなく、なんらかの名前〈ラベル〉を付けるとしましょう。$`k = 2`$ の場合なら、例えば:

  • $`L_1`$ の方向を、x 方向と名付ける。
  • $`L_2`$ の方向を、y 方向と名付ける。

別な名付けとして:

  • $`L_1`$ の方向を、 方向と名付ける。
  • $`L_2`$ の方向を、 方向と名付ける。

逆の名付けもあります。

  • $`L_1`$ の方向を、 方向と名付ける。
  • $`L_2`$ の方向を、 方向と名付ける。

英語起源の名前〈ラベル〉を使うかも知れません。

  • $`L_1`$ の方向を、horizontal 方向と名付ける。
  • $`L_2`$ の方向を、vertical 方向と名付ける。

各方向に向き〈orientation〉があるとき、正方向(指定された向き)と負方向(指定されてないほうの向き)にも名付けをすることがあるでしょう。例えば:

  • $`L_1`$ の正方向を、 方向と名付ける。
  • $`L_1`$ の負方向を、 方向と名付ける。
  • $`L_2`$ の正方向を、 方向と名付ける。
  • $`L_2`$ の負方向を、 方向と名付ける。

このような名付けはまったく恣意的です。また、キャンバス空間の方向・向きに付けた名前が、紙面に素直に反映されるかどうかも分かりません。例えば、キャンバス空間の縦方向が、紙面の横方向に描出されるかも知れません。

キャンバス空間

なんらかの絵図(ストリング図やペースティング図など)が描き出される概念的・抽象的なキャンバス空間は、ベクトル空間というよりアフィン空間です。アフィン空間の一点を選んで“原点”だと決めると、アフィン空間とベクトル空間は同一視可能です。そのため、アフィン空間とベクトル空間を区別しないことも多いですが、ここでは区別して説明します。

アフィン空間〈affine space〉 $`(A, V, \tau)`$ の構成素は次のものです。

  • 点の空間 $`A`$ : その要素を〈point〉と呼びます。
  • ベクトル空間 $`V`$ : その要素〈ベクトル〉は、平行移動〈parallel translation〉として点に作用します。
  • 平行移動 $`\tau: A\times V \to A`$ : $`\tau(p, v)`$ は、点 $`p`$ を ベクトル $`v`$ により平行移動した先の点を表します。

アフィン空間の法則〈公理〉は割愛しますが、一点 $`o\in A`$ を選ぶと、平行移動 $`\tau(o, \hyp) : V \to A`$ が同型写像となることが重要です。これが、アフィン空間(の台集合)とベクトル空間(の台集合)を同一視してよい根拠です。

アフィン空間 $`(A, V, \tau)`$ の構成素であるベクトル空間 $`V`$ が何らかの追加構造を持つと、アフィン空間もその構造を持つことになります。例えば、$`V`$ が内積を持てば、アフィン空間は距離空間となります。

アフィン空間のベクトル空間 $`V`$ ($`n`$次元)が、追加構造として座標軸系を持つなら、アフィン空間も座標軸系が定義する$`n`$個の方向を持ちます。各方向に正方向〈正の向き〉が指定されているなら、アフィン空間も$`n`$個の正方向を持ちます。

さらに、ベクトル空間の方向・正方向・負方向に名付け〈ラベル付け〉がされているなら、アフィン空間にもその名前〈ラベル〉が適用されます。

絵図が描かれるキャンバス空間とは、方向・正方向・負方向とその名前〈ラベル)を持ったアフィン空間です。

具体例: 二重圏の場合

以上に述べたことを使って、二重圏〈double category〉の事例を説明しましょう。二重圏に関する「縦横」の問題は以下の過去記事で既に述べています。

$`\dblcat{D}`$ を二重圏とするとき、$`\dblcat{D}`$ はニ種類の1-射(1次元の射)を持ちます。このニ種類の1-射は絵図とは無関係に定義できます。

  1. ひとつめの種類の1-射は、$`\dblcat{D}`$ の構成素である1-圏 $`\dblcat{D}_0`$ の1-射。
  2. ふたつめの種類の1-射は、$`\dblcat{D}`$ の構成素である1-圏 $`\dblcat{D}_1`$ の0-射〈対象〉。

このニ種類をどう呼ぶかは、キャンバス空間/紙面ににどう描出するかとは独立です。ひとつめの種類の1-射を「縦射」と呼ぶとしたら、それは用語法の約束であって描画法の約束ではないのです。

マルコ・グランディやロバート・パレ〈Marco Grandis, Robert Pare〉は、ひとつめの種類の1-射を「横射」と呼んでいます。「横射」という呼び名は踏襲して、紙面の縦方向に描く人はいるでしょう(僕がそうです)。ディビッド・ジャズ・マイヤース〈David Jaz Myers〉は、グランディ/パレが「横射」と呼ぶ1-射を紙面の横方向に描いています。しかし同じ「横射」を、ストリング図では紙面の縦方向に描きます。「横射」と呼ぶからといって、紙面の横方向に描く必然性はないのです。

二重圏は2次元的なので、キャンバス空間と紙面の区別はしなくてもなんとかなりますが、3次元の圏類似代数系だと、3次元のキャンバス空間に居る絵図の2次元射影図や2次元断面図を描くことになります。3次元キャンバスの「奥行き方向」の「前向き〈正方向〉」を、紙面の「縦方向」の「上向き〈負方向〉」として描く、なんてことになります。約束をシッカリ決めて伝達しないと混乱必至です。

番号で識別かなぁ

3-圏、三重圏は現実的な応用に既に使われています。4-圏、四重圏も使われそう。そうなると、キャンバス空間と紙面の次元が違ってくるので、方向・向きに名前を付けて識別するのはむしろ負担が増えることになりそうです。

代数的構造として定義する段階から、射や結合の方向は番号(例えば「第2方向」)をオフィシャルな呼び名として、「縦射」とか「横高さ二重射」とかの呼び名はニックネーム扱いがよいかと思います。そして、ニックネームが人により場合により違ってしまうのは致し方ない、と諦めます。

3-圏、三重圏に関しては、番号で識別する方式を試してみようかと思っています。

*1:"basis" は単数形です。"a basis of a vector space" のように使います。複数形は "bases" です。

*2:0次元のベクトル空間にも向きがちょうど2つある、と考えることもあります。「多様体の向き:色々な定義」参照。

*3:どちらが時計回りかを、線形代数の範囲内で決めることは出来ません。どちらかを「時計回り」と呼んだら、もう一方を「反時計回り」と呼ぶ、というだけです。

*4:関連することが「n次元空間の境界の向き」にあります。

*5:可換環の種別と分類基準」で触れたクルル次元〈Krull dimension〉のような、代数的な次元を定義するときは集合の減少列/増加列が使われます。

*6:$`n`$次元ベクトル空間 $`V`$ の方向の全体は、$`(n - 1)`$次元の射影空間になります。