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微分はライプニッツ法則に支配されている

一昨日某所にて、「微分計算は、線形性とライプニッツ法則があれば OK」みたいな話が出ました。これがウソではない傍証として、とある状況において、ライプニッツ法則を満たす線形作用素は、我々が知っている「あの微分」に限ることを見てみましょう。

内容:

シリーズ目次:

  1. 微分はライプニッツ法則に支配されている
  2. 微分はライプニッツ法則に支配されている 2: 局所性
  3. 微分はライプニッツ法則に支配されている 3/3: 領域導分と接ベクトル場

相対可換環の導分

議論を代数的に行うので、代数的な概念を幾つか導入しておきます。

KとAは可換環とします。'K'と書くと体のような感じがするでしょうし、実際にKが体の場合が多いのですが、「体である」とは言ってません、可換環です。ここに、可換環準同型写像 σ:K→A があるとき、これらの組 (K, A, σ) を相対可換環〈relative commutative ring〉と呼びます*1

習慣により、相対可換環 (K, A, σ) を A/K と書きます*2。スラッシュは商をとっているわけではなくて、"A over K" と読みます。このスラッシュには要注意! σ:K→A は、建前としては単射とは仮定していません。でも、単射でないときは K/Ker(σ) (今度のスラッシュは、イデアルによる商)を新たにKと置いて、σは単射と仮定してもかまいません。つまり、K⊆A とみなしていいわけです。K⊆A であるなら、r∈K に対して、σ(r)∈A を単に r と書いても同じですから、そう書きます(若干、混乱の危険がありますが)。

さて、写像 D:A→A が、A/Kの導分〈derivation〉だとは、次が成立することです。

  1. Dは、Kに関して線形である。
    1. a, b∈A に対して、D(a + b) = D(a) + D(b)
    2. r∈K, a∈A に対して、D(ra) = r(D(a))
  2. Dは、ライプニッツ法則を満たす。D(ab) = (D(a))b + a(D(b))

以下、D(a) を Da のようにも書きます。

相対可換環A/Kの導分の全体を Der(A/K) または DerK(A) と書きます。

次に、MをA-加群とします。Aは可換だったので、左加群と右加群の区別をする必要はありません。AがMに(左または右または左右から)作用しているので、KもMに作用し、MはK-加群にもなります。AまたはKによるMへの作用(スカラー乗法)は、ドット'・'で書くことにします。

写像 D:A→M が、A/KのMに値を持つ導分〈derivation〉だとは、次が成立することです。

  1. Dは、Kに関して線形である。
    1. a, b∈A に対して、D(a + b) = Da + Db in M
    2. r∈K, a∈A に対して、D(ra) = rDa in M
  2. Dは、環の乗法(無印)とスカラー乗法'・'に対して、ライプニッツ法則を満たす。D(ab) = (Da)・b + a・(Db) in M

相対可換環A/KのMに値を持つ導分の全体を Der(A/K, M) または DerK(A, M) または DerA/K(M) と書きます。先の「A/Kの導分」は、「A/KのAに値を持つ導分」ですから、Der(A/K) = Der(A/K, A) です。

ちなみに、導分を微分〈differential〉と呼んでもかまいませんが、ここでは、代数的に定義される作用素なので微分とは別な言葉を使いました。

ユークリッド空間上の関数ジャームの空間

関数fの一点aでの微分係数は、fの、点aのまわりの局所的な振る舞いで決まります。このことをハッキリと述べるために、関数ジャームの空間を定義します。もっとも、関数ジャームの空間を作るのが面倒なら、代わりに、適当な開集合Uに対する C(U) でも大差ないです*3

ここから先、U, V などは、Rnの原点('0'と書く)を含む開集合とします。

  • C(U) = {f:U→R | fは、U上で定義された何回でも微分可能な関数}

f∈C(U) と g∈C(V) が、原点のまわりでの振る舞いが同じことを f ~ g と書きましょう。~ の定義は:

  • f ~ g :⇔ 0∈W, W⊆U, W⊆V である開集合Wが存在して、f|W = g|W

ここで、f|W は、fの定義域をWに制限した関数です。

~ は同値関係になりますが、その同値関係が載る集合は次のような大きな集合です。

  •  \bigcup_{U\in Open({\bf R}^n, 0)}C^\infty(U)

ここで、Open(Rn, 0) は、Rnの原点を含む開集合からなる集合とします。

関数ジャームの空間 CGerm(Rn, 0) は次の商集合です。

  •  C^{\infty}Germ({\bf R}^n, 0 ) := (\bigcup_{U\in Open({\bf R}^n, 0)}C^\infty(U))/\sim

要するに、0の近くで同じ関数は同一視してしまった関数集合が CGerm(R, 0) です。CGerm(R, 0) の要素を(0における)関数ジャーム〈germ of a function〉と呼びます*4。関数ジャームは、適当なUに対するC(U)の要素f(普通の関数)を用いて、[f](fの同値類)の形で表せます。

関数ジャーム可換環の実数値の導分

関数ジャームの空間 CGerm(Rn, 0) は、自明な方法で可換環になります。

  • 足し算: [f] + [g] := [f + g]
  • 掛け算: [f][g] := [fg]

実数を定数関数とみなすことにより、可換環準同型写像 σ:R→CGerm(Rn, 0) を定義できます。したがって、(CGerm(Rn, 0), R, σ) = CGerm(Rn, 0)/R相対可換環になります。この例では、Rは体で、σは単射準同型写像です。

次に、加法群としてのRを、可換環CGerm(Rn, 0)/R上の加群とみなしましょう。係数環がCGerm(Rn, 0)/Rで、加群の台加法群〈underlying additive group〉がRですから注意してください。

関数ジャーム φ = [f] による実数rへの作用(スカラー乗法)は:

  • 左から: φ・r := φ(0)r
  • 右から: r・φ := rφ(0)

ここで、φ(0) = f(0) ですが、代表元fの取り方によらずに決まる実数値です。

いま定義したスカラー乗法'・'により、Rは関数ジャーム可換環CGerm(Rn, 0)上の加群となり、必然的に相対可換環 CGerm(Rn, 0)/R 上の加群となります。

以上のセットアップで、相対可換環 CGerm(Rn, 0)/RRに値を持つ導分の集合 Der(CGerm(Rn, 0)/R, R) を考えることができるようになりました。

Der(CGerm(Rn, 0)/R, R) が、実数体R上のベクトル空間になることは容易に分かります。さて、どんなベクトル空間なのでしょうか? 有限次元でしょうか? 有限次元ならどんな基底を取れるでしょうか? -- 次節と次々節でこの疑問に答えましょう。

導分の有限次元表示

X∈Der(CGerm(Rn, 0)/R, R) とします。つまり、Xは関数ジャーム可換環Rに値を持つ導分 X:CGerm(Rn, 0)→R です。導分Xは、実は次の形に書けます。

  •  X = \sum_{i=0}^n \xi^i (\partial_i|_0)

ここで、ξi達はn個の実数です。添字を上にしたのは習慣に従ってです。∂i|0 は、関数(のジャーム)の原点0における第i偏微分係数を取る作用素です。

  •  (\partial_i|_0)[f] := [(D_i f)(0)]

いちいちジャームとしての同値類を取る(ブラケットを付ける)のが煩雑なら、次のように書いてもかまいません*5

  •  (\partial_i|_0)f := (D_i f)(0) = (\frac{\partial}{\partial x^i} f)(0)

作用素 (\partial_i|_0)は、関数に作用するとみても、ジャームに作用するとみてもかまいません。テキトーに融通してください。

先の表示  X = \sum_{i=0}^n \xi^i (\partial_i|_0) におけるξi達は一意に決まります。つまり、R上のベクトル空間 Der(CGerm(Rn, 0)/R, R) は、基底 {(∂1|0), (∂2|0), ..., (∂n|0)} を持つ有限次元ベクトル空間なのです。そのことを次節で示します。

有限次元性の証明

引き続き X∈Der(CGerm(Rn, 0)/R, R) とします。

X1 = 0 はすぐにわかります。なぜなら… … … ウーンと、困ったな、1と1のジャーム可換環内での積をどう書こうか? '11'だとジュウイチになるし、'1・1'はスカラー乗法と約束したし… 1×1 にするわ。

  • For 1∈CGerm(Rn, 0),
    X1 = X(1×1) = (X1)・1 + 1・(X1) in R

よって、

  • For 1∈CGerm(Rn, 0),
    X1 = X1 + X1 in R

Rの要素でこれを満たすのは0だけなので、X1 = 0 です。導分はR-線形だったので、r∈R に対して、

  • For 1∈CGerm(Rn, 0),
    X(r1) = r(X1) = r0 = 0 in R

これより、定数関数の導分(の結果)はゼロです。

次に、φ(0) = 0, ψ(0) = 0 のとき、X(φψ) = 0 です。なぜなら、

  • For φ, ψ∈CGerm(Rn, 0),
    X(φψ) = (Xφ)・ψ + φ・(Xψ) in R

さらに、スカラー乗法'・'の定義と φ, ψ に関する仮定により、

  • (Xφ)・ψ + φ・(Xψ) = (Xφ)ψ(0) + φ(0)(Xψ) = (Xφ)0 + 0(Xψ) = 0

以上で補題が準備できました。

  1. 補題1: r∈R に対して、X(r1) = 0
  2. 補題2: φ(0) = 0, ψ(0) = 0 ならば、X(φψ) = 0

微分の話をするので、100%代数的というわけにはいきません。解析からの結果も使います。0∈U⊆Rn は開集合だとして、関数 f∈C(U) は、次のようにテイラー/マクローリン展開できます。

  •  f(x) = f(0) + \sum_{i=1}^n (\frac{\partial f}{\partial x^i}(0))x^i + \sum_{i=1}^n g_i(x)x^i

ここで、giは、gi(0) = 0 である関数です。偏微分係数 \frac{\partial f}{\partial x^i}(0)は実定数なので、

  •  a_i := \frac{\partial f}{\partial x^i}(0)

と置きます。また、(下の二番目に出てくるλはラムダ記法のλです。)

  •  \phi = [f]
  •  \pi^i = [\lambda x \in {\bf R}^n.(x^i)]
  •  \psi_i  = [g_i]

と置くと、上のテイラー/マクローリン展開を関数ジャームの等式に落とせます。

  •  \phi = f(0) + \sum_{i=1}^n a_i\pi^i + \sum_{i=1}^n \psi_i \pi^i \:\:\:\: in\: C^{\infty}Germ({\bf R}^n, 0)

φ = [f] に導分Xを作用させてみると、Xの線形性により:


X\phi = X(f(0) + \sum_{i=1}^n a_i\pi^i + \sum_{i=1}^n \psi_i \pi^i) \\
\:\:\ = X(f(0)) + \sum_{i=1}^n a_i X(\pi^i) + \sum_{i=1}^n X(\psi_i \pi^i)

補題1と補題2により、第1項と後半の総和は消えてしまうので、


X\phi = \sum_{i=1}^n a_iX(\pi^i)

ξi = X(πi) と置いて、ai達を(形を変えて)偏微分係数に戻すと:


X\phi = \sum_{i=1}^n \xi^i (\partial_i|_0)(\phi)

これで目的の等式が得られました。

まとめると; 任意の導分 X:CGerm(Rn, 0)→R は、基底 {(∂1|0), (∂2|0), ..., (∂n|0)}⊆CGerm(Rn, 0) のR-線形結合として書けます。

  •  X = \sum_{i=1}^n \xi^i (\partial_i|_0)

このときの実数係数ξiは、

  •  \xi^i =  X(\pi^i)

別な言い方をすると、写像  X \mapsto (X(\pi^i))_{i=1,\cdots,n} が、Der(CGerm(Rn, 0)/R, R)→Rn というベクトル空間のあいだの同型を与えます。

  • Der(CGerm(Rn, 0)/R, R) \stackrel{\sim}{=} Rn 基底 (∂i|0)達による同型

*1:[追記]AはK-可換代数〈K-可換多元環〉だと言っても同じです。また、CRing可換環の圏だとして、アンダー圏 K/CRing の対象が相対可換環だとも言えます。Kを固定しないなら、関手圏 [{・→・}, CRing] の対象が相対可換環になります。[/追記]

*2:体の拡大を L/K と書くのと同じ習慣なのだと思います。

*3:「この機会に関数ジャームを紹介しました」という感じです。ジャームは、それだけでもけっこう役に立つ概念ですが、層の理論のなかで考えるのが自然かも知れません。「層に関してちょっと」、「層に関してちょっと 2: 層化」、「局所元のジャームセクションとセクションジャームの評価」などを参照。

*4:"germ"は「芽〈め | が〉」と訳しますが、僕はあまり使いません。

*5: \frac{\partial}{\partial x^i} という書き方は、フォーマルにはちょっと問題ありです。「微分計算、ラムダ計算、型推論」参照。でも、常識的に解釈すれば大丈夫です。