「リー微分は共変微分か? -- 代数的に考えれば」で、「リー微分も共変微分の一種だ」と書いたのですが間違いでした。リー微分は共変微分じゃないです。ごめんなさい。
過去記事を読み直していてミスを見つけた、とかではなくて、別な計算をしているときに、たまたま次の事実に気付きました。
この事実は「リー微分が共変微分である」ことに矛盾するので、「リー微分が共変微分である」という主張はウソになります*1。
こんな事情なので、「リー微分は共変微分か? -- 代数的に考えれば」のどこが間違っていたのか? この記事を書いている時点では全然チェックしていません。が、先入観(共変微分に違いなかろう)からの確認漏れが原因でしょうね。([追記 date="翌日"]もとの記事を修正しました。[/追記])
リー微分が共変微分ではないことを示すために、「基礎微分D上の共変微分∇が歪対称ならば、Dは零微分になってしまう」ことを使うのは回りくどいですが、考えた時系列をそのまま書き留めます。
[追記 date="翌日"]リー微分が共変微分ではないことを示すだけなら、簡単な反例を出せば済むことです。その説明はもとの記事の修正として書きました。[/追記]
内容:
言葉と記号に関する注意事項
"differential", "derivative", "derivation" の訳語がどれも「微分」なので、区別が出来なくて困ります(英語でもハッキリとは区別できませんけどね)。「導関数」、「導分」という訳語もありますが、使い分けの習慣も決まってないので、とりあえず「微分」だけでいきます。また、通常の微分を拡張または変形したような概念も「微分」と呼びます。要するに、「微分」は激しくオーバーロードされます。
f:X×Y→Z が写像のとき、fの左カリー化を ∩f、fの右カリー化を f∩ と書くことにします。
- ∩f:Y→Map(X, Z)
- f∩:X→Map(Y, Z)
次が成立します。
- ∩f(y)(x) = f(x, y)
- f∩(x)(y) = f(x, y)
∩f, f∩ が、ここでの標準的な書き方ですが、特定の分野・文脈では別な記法も使います。なお、カリー化については「リー微分は共変微分か? -- 代数的に考えれば // カリー化」でより詳しく説明しています。
R-可換環の微分と零微分
AとKは可換環*2として、φ:K→A という可換環準同型写像を一緒に考えた (A, K, φ) を相対可換環〈relative commutative ring〉と呼びます。Kを固定した場合、AはK上の可換環〈commutativa {ring | algebra} over K〉だともいいます。ここから先、K = R と固定して、実数体R上の可換環を考えます。R上の可換環を、短くR-可換環〈R-commutative {ring | algebra}〉ともいいます。
R-可換環 (A, R, φ) と (B, R, ψ) のあいだの準同型写像〈homomorphism〉は、f:A→B という可換環の準同型写像で、φ;f = ψ (fφ = ψ)を満たすものです。
R上の可換環と準同型写像の全体からなる圏は、commutative ring over R の圏なので、CRng/R と書きたくなります。が、圏論の概念からいえば commutative ring under R なので、R/CRng と書くべきでしょう(「オーバー圏、アンダー圏」参照)。ここでは、代数的な語感を優先して CRng/R にします*3。
AはR-可換環 A = (A, R, φ) だとします(記号の乱用)。Mは両側A-加群(左右のスカラー乗法は一致)とします。MはR-ベクトル空間にもなります。写像 D:M×A→A が、微分適用〈{differential | derivative} application〉だとは、次が成立することです。
- Dは、R-双線形写像である。
- Dは、左変数(第一変数)に関してはA-線形写像である。
For a, b∈A, X∈M, D(aX, b) = aD(X, b) - Dは、右変数(第ニ変数)に関してはライプニッツの法則を満たす。
For a, b∈A, X∈M, D(X, ab) = D(X, a)b + aD(X, b)
D(X, a) := 0 で定義される写像 D:M×A→A は微分適用になります。この微分適用を零微分適用〈zero {differential | derivative} application〉と呼びましょう。すぐ上で注意した事情から、零微分とも呼びます。零微分は特殊な微分であり、つまらない微分です。
習慣により、微分適用Dのカリー化は次の書き方をします。
- D∩(-) = D-
- ∩D(-) = d-
つまり、
- DX(a) = D∩(X)(a) = D(X, a)
- da(X) = ∩D(a)(X) = D(X, a)
加群の共変微分
AはR-可換環、MとNはA上の両側加群(左右のスカラー乗法は一致)、そして D:M×A→A は微分〈微分適用〉とします。写像 ∇:M×N→N が、D上の共変微分〈covariant derivative over D〉だとは、次が成立することです。
- ∇は、R-双線形写像である。
- ∇は、左変数(第一変数)に関してはA-線形写像である。
For a∈A, X∈M, s∈N, ∇(aX, s) = a∇(X, s) - Dは、右変数(第ニ変数)に関してはライプニッツの法則を満たす。
For a∈A, X∈M, s∈N, ∇(X, as) = D(X, a)s + a∇(X, s)
D:M×A→A を、共変微分 ∇:M×N→N の基礎微分〈基礎微分適用 | ground {differential | derivative} {application}?〉と呼ぶことにします。共変微分は基礎微分の上に定義される作用素だと考えます。
特に、M = N の場合を考えましょう。ライプニッツの法則を繰り返し書くと:
- For a∈A, X, Y∈M, ∇(X, aY) = D(X, a)Y + a∇(X, Y)
∇のプロファイル(域と余域)が M×M→M なので、R-双線形写像としての対称性、歪対称性〈交代性〉を定義できます。
歪対称共変微分
基礎微分 D:M×A→A 上の共変微分 ∇:M×M→M が歪対称だとします。つまり、次が成立します。
- ∇(Y, X) = -∇(X, Y)
こう仮定すると、∇は右変数に関してもA-線形になります。(対称だと仮定しても結果は同じです。)
∇(X, aY) = -∇(aY, X) = -a∇(Y, X) = -a(-∇(X, Y)) = a∇(X, Y)
ライプニッツ法則と比較してみると、
- a∇(X, Y) = D(X, a)Y + a∇(X, Y)
これより D(X, a)Y = 0 。a, X, Y は任意だったので、
- 任意の a∈A, X, Y∈M に対して D(X, a)Y = 0
一般的には、これからただちに∇が零微分だとは言えませんが、Mが次の性質を持つなら∇は零微分です。
- For b∈A, (∀Y∈M. bY = 0) ⇒ b = 0
ここまでの話の動機
通常の共変微分は、基礎微分を標準的な微分に固定して考えます。標準的な微分は“普遍性”を持つので、それさえ考えておけば他は不要、という発想なのかも知れません。しかし、微分を、引き戻しや前送りで移動すると、標準的ではない微分も登場します。
であるならば、任意の微分D(それを基礎微分と呼ぶ)と、D上の共変微分∇を組にした (D, ∇) を対象物と考えて調べてもよさそうです。基礎微分を取り替えれば、その上の共変微分達の世界も様変わりします。
実際、Z:M×A→A を零微分とすると、Z上の共変微分 ∇:M×N→N は、R-可換環Aに関する双線形写像になります。基礎微分を特殊な微分に取れば、A-双線形写像も共変微分とみなせるわけです。これはちょっと面白い気がしました。
リー微分が共変微分ではないこと
[追記 date="翌日"]リー微分が共変微分ではないことを示すだけなら、簡単な反例を出せば済むことです。その説明はもとの記事の修正として書きました。[/追記]
Uを多様体(Rnの開集合でもよい)として、C∞(U) に関数の足し算/掛け算を考えたR-可換環をAとします。Γ(TU) は接バンドルのセクションの空間、つまり接ベクトル場の空間です。Γ(TU) はR-ベクトル空間ですが、R-可換環A上の加群になっています。M = Γ(TU) と置くと、MはA-加群です。
この状況で、A-加群Mの共変微分 ∇:M×M→M は微分幾何の意味の共変微分になります。ただし、∇の基礎微分Dが標準的な微分〈微分適用〉だとは仮定しません。なにかしらの微分 D:M×A→A (Γ(TU)×Γ(TU)→C∞(U))があると仮定するだけです。
A-加群Mは、前々節で述べた条件を満たします。A = C∞(U), M = Γ(TU) だったので、次がその条件ですね。
- For b∈C∞(U), (∀Y∈Γ(TU). bY = 0) ⇒ b = 0
bY = 0 は、Uの各点pごとに b(p)Y(p) = 0 なので、ベクトル空間の議論に帰着できます。
M = Γ(TU) にはリー括弧があるので、それを [-, -] とします。リー微分 L は、
- L(X, Y) := [X, Y] = XY - YX
と定義されます。Lが共変微分であると仮定すると、Lは定義より歪対称なので、Lの基礎微分Dは零微分になります。しかし、実際にはリー微分の基礎微分は標準的な微分であり(Uが0次元でないなら)零微分ではありません。これは矛盾なので、仮定「Lが共変微分である」は否定されます。