多様体上の一点での接ベクトル、あるいは接ベクトル場の定義は何種類もあります。もちろん、どれも同値なので、どれをプライマリーな定義に選ぶかは趣味の問題になります。僕は微分作用素としての接ベクトル/接ベクトル場の定義をプライマリーにします。これは、愛着があるとか親の遺言とかの理由ではなくて、使い勝手がいいと感じるからです。
多様体Mの開集合U上に局所座標写像 x:U→Rn がある状況で考えます。x(U) = V, V⊆Rn と置きましょう。すると U V (微分同相)です。そして、C∞(U) C∞(V) (関数環として同型)ですが、この同型は次で与えられます。
- xによる引き戻し x*:C∞(V)→C∞(U)
- xによる前送り = x-1による引き戻し x* = (x-1)*:C∞(U)→C∞(V)
x*, x* の定義は:
ユークリッド空間上の関数環 C∞(V) 上の作用素(関数に関数を対応させる操作) K:C∞(V)→C∞(V) があるとき、それを多様体上に持ってくるには、
あるいは、
と定義すればいいでしょう。可換図式で書くなら:
Lは、Kとxに依存して構成される作用素です。いま、x*Kx* を K/x と書くと約束します。すると:
以上の準備のもとで、微分作用素としての接ベクトル場(の基底要素)の定義を述べます。作用素Kとして、∂i:C∞(V)→C∞(V) を取るだけのことです。ここで、∂i は、第i座標方向への偏微分作用素です。∂i は通常、 とか変数名付きで書かれますが、変数が出現するのはとても具合が悪い(理由は「微分計算、ラムダ計算、型推論」参照)ので、番号だけで書きます。
ですね。L(f) がどうなるかを見ると:
よりは、 あるいは のほうが皆さんお馴染みの記号でしょう。結局:
多様体上の(ユークリッド空間上のではない!)偏微分作用素 は、ユークリッド空間上の作用素 と、局所座標写像 x による前送り/引き戻しだけから定義されます。それ以外の概念(例えばなめらかな曲線)を必要とはしません。
を基底として、関数係数で一次結合を作れば、(U上の)一般の接ベクトル場になります。
より詳しい事情は、次の記事を参照してください。
[追記]訂正した:
誤 | 正 |
---|---|
K:C∞(V)→C∞(V) がるとき、 | K:C∞(V)→C∞(V) があるとき、 |
x*Kx* を L/x と書くと約束します。 | x*Kx* を K/x と書くと約束します。 |
[/追記]