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参照用 記事

合同を持つ圏と測度空間の圏

可測空間と可測写像の圏はよく調べられていて、ジリィ・モナド(Giry monad)のベースとして使われたりしています。

しかし、測度空間の圏や確率空間の圏はあまり使われません。素朴に定義すると、使い勝手が悪くて実用性が乏しい感じです。ホムセットに同値関係を入れると状況は改善されます。

内容:

合同を持つ圏

Cを圏として、ホムセットC(A, B)ごとに同値関係〜A,Bが指定されているとします。念の為に詳しく書くと:

  • A,Bは、集合C(A, B)上の二項関係である。
  • f 〜A,B f (f∈C(A, B))。
  • f 〜A,B g ならば、 g 〜A,B f (f, g∈C(A, B))。
  • f 〜A,B g かつ g 〜A,B h ならば、 f 〜A,B h (f, g, h∈C(A, B))。

同値関係の族 〜 = {〜A,B | A, B∈|C|} が次を満たすとき合同(congruence)と呼ぶことにします。

  • f, f'∈C(A, B)、 g, g'∈C(B, C) で、f 〜A,B f' かつ g 〜B,C g' ならば、f;g 〜A,C f';g'。

Cと合同〜の組 (C, 〜) を合同を持つ圏(あるいは合同付き圏)と呼ぶことにします。文脈から明らかなら、(C, 〜) を単にCと書きます。また、〜A,B の下付き添字は適宜省略します。

合同を持つ圏をE-圏(E-category)と呼んでいる例があったと記憶しているのですが、あまり一般的ではないようです。セットイド(setoid、亜集合)の圏をSetoidとすると、合同を持つ圏はSetoidで豊饒化(enriching)された豊饒圏(enriched category)になります。よって、合同を持つ圏とSetoid豊饒圏は同じ概念です。

一般に、集合の上に同値関係〜があるとき、a 〜 b なら a→b という矢印を引くと有向グラフができます。“矢印=グラフの辺”を射とみなして、(a→b);(b→c) = (a→c) で結合(composition)を入れると圏になります。この構成により、合同を持つ圏はCat豊饒圏とみなすこともできます。同値関係から作った圏はすべての射が可逆な圏なので、亜群(groupoid)の圏で豊饒化された圏とも言えます。

対象の同値性

圏の対象AとBに対して「AとBは同じ」という主張には色々な解釈があります。同一性 A = B は強すぎて使えないことがしばしばあります。圏論的に扱いやすいのは同型(iso)性 A \stackrel{\sim}{=} B です。しかし、同型でも強すぎることがあります。

Cが合同〜を持つとき、合同を使って対象の同値性(equivalence of objects)を定義できます。A, B∈|C| が同値(equivalent)だとは、

  • f:A→B、g:B→A があって、f;g 〜 idA かつ g;f 〜 idB

AとBが同型(iso)なら必ず同値(equivalent)です。つまり、同型という判断基準では「同じ」とみなされないモノも同値になり得ます。「同じ」の判断基準として同値はゆるい基準なのです。ホモトピー同値は典型的な同値関係で、実数直線と一点がホモトピー同値になります。

(C, 〜) から次のような圏Dを作ったとき、Cにおける同値はDにおける同型になります。

  • |D| := |C|
  • D(A, B) := (C(A, B)/〜A,B) (同値関係による商集合を作る)

D = C/〜 の結合がwell-definedであることは、〜が合同であることから保証されます。

測度空間の圏

可測空間を A = (UA, ΣA) のように表します。UAが台集合(underlying set)、ΣAはσ代数です。混乱の心配がなければ、A = (A, ΣA) とします。測度空間は、可測空間 (A, ΣA) の上に、ΣAで定義された測度μAが載ったもので、A = (A, ΣA, μA) と(記号を乱用して)表現できます。

A = (A, ΣA, μA)、B = (B, ΣB, μB) が測度空間だとして、集合のあいだの写像 f:A→B が可測写像であり、測度を保存するとき、測度空間のあいだの射と考えます。つまり、fが射だとは:

  • Y∈ΣB ならば、f-1(Y)∈ΣA。
  • 任意の Y∈ΣB に対して、μB(Y) = μA(f-1(Y))

射の結合と恒等射は通常の写像としての結合と恒等で定義します。こうすると、測度空間の全体は圏になります。Measという記号は可測空間の圏の意味でよく使われているので、測度空間の圏MSpと書くことにします。

全空間の測度を1に制約すれば、確率空間の圏を定義できます。

測度空間の圏に合同を定義する

測度空間の圏MSpは、このままでは使い勝手が良くないので、MSp上に合同を定義します。

まず補助的な定義から; X⊆A だとして、XがほとんどAだとは、Xの補集合 A\X が測度ゼロな集合であることだとします。「ほとんどA」は、A上にσ代数と測度が載っているから定義できる概念です。次は簡単に示せます。

  1. X, Y⊆A で、XもYもほとんどAのとき、X∩Y はほとんどAである。
  2. f:A→B が測度空間の射だとして、S⊆B がほとんどBのとき、f-1(S) はほとんどAである。

X⊆A に対して、f|X は「fの定義域をXに制限した写像」とします。Xの外側では未定義とした部分写像と考えてかまいません。

さて、f, g∈MSp(A, B) として、同値関係 f 〜 g を次のように定義します。

  • ほとんどAである部分集合Xで、f|X = g|X となるXが存在する。

今定義した関係が同値関係であることを示す必要があります。

  • f 〜 f
    AはほとんどAで、f|A = f|A。
  • f 〜 g ならば、g 〜 f
    f|X = g|X ならば g|X = f|X だから。
  • f 〜 g かつ g 〜 h ならば、f 〜 h
    f|X = g|X、g|Y = h|Y ならば、f|(X∩Y) = g|(X∩Y)、g|(X∩Y) = h|(X∩Y) が言えて、X∩Y はほとんどA。

〜が合同であるためには次も必要です。

  • f 〜 f' かつ g 〜 g' ならば、f;g 〜 f';g'
    f|X = f'|X、g|S = g'|S ならば、(f;g)|(X∩f-1(S)) = (f';g')|(X∩f-1(S)) が言えて、X∩f-1(S) はほとんどA。

以上で、MSpのすべてのホムセットに同値関係が入り、この同値関係は圏の結合と協調することが分かりました。

同値な測度空間の例

Rは実数直線として、普通の可測構造 (R, ΣR) を考えます。ここで、ΣR は開区間から生成されるボレルσ代数です。測度としては普通でない測度を載せます。δ0を原点0に集中したディラック測度(一点測度)とします。つまり、任意の可測集合X⊆R に対して、

  • 0∈X ならば δ0(X) = 1、そうでないならば δ0(X) = 0。

測度空間Rδを、Rδ = (R, ΣR, δ0) と定義します。これは、通常の実数直線とはまったく違う測度構造を持ちます。

それとは別に、1 = {0} として、測度空間 1 = (1, Σ1, μ1) を考えます。Σ1は自明なσ代数、μ1は、μ1(1) = 1 となる測度です。

測度空間Rδ1は、圏MSpのなかで、合同〜に関して同値となります。同値を与える2つの射 f:R1 と g:1R は次のように定義します。

  • f(x) = 0
  • g(0) = 0

g;f = id1 なので、g;f 〜 id1 は成立します。f;g:RR は、R全体を一点0に移す写像です。(f;g)|{0} = idR|{0} は成立します。集合{0}はほとんどRです。なぜなら、R\{0}が測度ゼロだからです。

以上から、Rδ1が同値なことが示せました。位相空間や可測構造のレベルではまったく異なる(同型になり得ない)にも関わらず、測度を加味した同値性では「同じ」とみなせるのです。

MSpのままだと、下部構造の位相空間や可測空間の同型性の縛りを引きずってしまって区別し過ぎなのです。同値で分類すれば、下部構造を破壊することが出来るので、測度構造として本質的な差がなければ「同じ」とみなせます。