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参照用 記事

接続係数はなぜテンソルじゃないのか(テンソルなんだけど)

多様体の話で接続係数というものが出てきます。「接続係数はなぜテンソルじゃないのですか?」と聞かれると困ってしまいます。なぜなら、接続係数はテンソルだからです。「接続係数はテンソルである」という事実を考慮すると、質問は次の形になります。

  • 接続係数はテンソルであるにもかかわらず、なぜ「テンソルじゃない」と言われるのか?

さらに、この質問に答えるには、

をハッキリさせる必要があります。

この話題は以前にも書いた気がするけど、他の記事への参照無しで(ある程度は)自己完結的になるように書きます。

内容:

用語と記号の約束

U⊆M 上のテンソル

多様体の話で「テンソル」と呼んでいるものは「テンソル場」です。(なめらかな)多様体の各点に何か“テンソル”と呼ばれる量が割り当てられている状況ですね。多様体Mの全体ではなくて、一部だけの割り当てを考えることが多いです。多様体Mと、Mの開集合Uを固定して、「多様体Mの開集合U上のテンソル場」を考えます。これは長ったらしいので、「U⊆M 上のテンソル」と言うことにします。

今ここでは、言い回しを決めただけです。「U⊆M 上のテンソル」が何であるかは後述します。

セクションの空間

大文字ガンマは、しばしば接続係数を表すのに使われますが、ここでの大文字ガンマは(なめらかな)セクションの空間を表します。M上のベクトルバンドル(ベクトル空間の束〈たば〉)Eがあるとき、U⊆M で定義されたセクション全体の集合を次のように書きます。

  • ΓM(U, E)

大域セクションの空間 ΓM(M, E) は、ΓM(E) と短く書きます。

M上のベクトルバンドルを、開集合U上に制限したベクトルバンドルを E|U とします。M上の局所セクションはU上の大域セクションなので、

  • ΓM(U, E) = ΓU(E|U)

ΓM(U, E) における足し算は明らかでしょうが、スカラー倍には選択肢があります。

  1. スカラー体をRと考える。
  2. スララ-環を C(U) と考える。
  3. スララ-環を C(M) と考える。

ここでは、C(U) をスカラー環にとります。環といっても体に近いので、通常の(体上の)線形代数の概念がだいたい使えます。

EとFがM上のベクトルバンドルのとき、ΓM(U, E) → ΓM(U, F) という写像は、特に断りがない限り線形写像だとします。「線形」の意味は、スカラー環を C(U) としての線形です。このことを正確に述べるために、C(U)-加群の圏を C(U)-Mod と書き、tが線形写像であることを、

  • t∈C(U)-ModM(U, E), ΓM(U, F)) (tはホムセットの要素)
  • t:ΓM(U, E) → ΓM(U, F) in C(U)-Mod (tは圏の射)

と書きます。書くのがめんどうだけど、情報の欠損がないので誤解をまねくリスクは低い書き方です。略記や省略を重ねると、情報が落ちまくって意味不明になります。

詳細正確な議論をするには、単なる加群ではなくて加群層が必要ですが、今日はそこまでしません。

ベクトルバンドル

圏論の記法を使って、fがベクトルバンドルEからFへのベクトルバンドル射であることを次のように書きます。

  • f∈VectBdl[M](E, F)
  • f:E → F in VectBdl[M]

VectBdl[M] が、M上のベクトルバンドルの圏です。この圏の射=ベクトルバンドル射は、ファイバーごとにR-線形である(なめらかな)写像です。

開集合U上でだけベクトルバンドルを考えることはありますが、その場合、M上のベクトルバンドルの制限を考えることがほとんどです。U上に制限された場合は:

  • f∈VectBdl[U](E|U, F|U)
  • f:E|U → F|U in VectBdl[U]
自明ベクトルバンドル

Vを有限次元ベクトル空間とします。Vを多様体とみなして、多様体の直積 M×V を作ります。第一射影を π1:M×V → M として、(M×V, π1) はベクトルバンドルになります。直積から作った自明なベクトルバンドルですが、これを M\ltimesV と書くことにします。僕は単に M×V とか V とだけで書いてましたが、やはり混乱してしまうので、特殊な掛け算記号 \ltimes を使うことにします。縦棒がある側に底空間を書きます。

ベクトルバンドルの内部ホム

V, W を有限次元ベクトル空間として、[V, W] は、VからWへの線形写像の全体にベクトル空間の構造を入れたものだとします。ベクトル空間 [V, W] を、VとWの内部ホム、または指数〈exponential〉と呼びます。WV という記法も使われます。

E, F がM上のベクトルバンドルとして、各点 p∈M ごとに、内部ホム [Ep, Fp] を作ることができます。それらをなめらかに束ねたベクトルバンドルを [E, F] と書きます。定義より [E, F]p = [Ep, Fp] 。次の同型が成立します。

  • ΓM(U, [E, F]) \cong VectBdl[U](E|U, F|U)

テンソルとは何か?

多様体M、Mの開集合Uに対して、「U⊆M 上のテンソル」が何を意味するかを定義しましょう。とりあえず思いつく定義が三種類あります。

  1. [定義S1 セクションによる定義 1] 適当なベクトルバンドルEに対して、セクション s∈ΓM(U, E) を「U⊆M 上のテンソル」と呼ぶ。
  2. [定義S2 セクションによる定義 2] 適当なベクトルバンドル E, F に対して、線形写像 t∈C(U)-ModM(U, E) , ΓM(U, F)) を「U⊆M 上のテンソル」と呼ぶ。
  3. [定義B バンドルによる定義] 適当なベクトルバンドル E, F に対して、ベクトルバンドル射 f∈VectBdl[U](E|U, F|U) を「U⊆M 上のテンソル」と呼ぶ。

この3つの定義は同値です。が、同値性を示すのはそれほど容易ではないので、ここでは定義S2をテンソルの定義に採用します。

テンソル=線形写像」という定義なので、単なる接ベクトル場 X∈ΓM(U, TM) がテンソルじゃなくなる気がしますが、自明ベクトルバンドル M\ltimesR を考えると、次の同型が成立します。

  • ΓM(U, TM) \cong C(U)-ModM(U, M\ltimesR) , ΓM(U, TM))

ΓM(U, M\ltimesR) = C(U) なので、次のように書いたほうが簡潔です。

  • ΓM(U, TM) \cong C(U)-Mod(C(U), ΓM(U, TM))

これは、加群一般に対して成立する同型 A \cong R-Mod(R, A) の特殊ケースです。

というわけで、単なる接ベクトル場 X∈ΓM(U, TM) を X:C(U) → ΓM(U, TM) in C(U)-Mod という線形写像と解釈しましょう。この再解釈は、定義S1のテンソルを定義S2のテンソルに変換する一般的な処方箋になっています。

我々の、今ここでの定義としては、「テンソルとは、ベクトルバンドルのセクション空間(加群)のあいだの線形写像」です。

接続=共変微分テンソルではない

接続(接続係数ではない!)は共変微分の同義語*1です。ベクトルバンドルE上の(U⊆M における)共変微分は、次のような線形とは限らない写像です。

  • ∇:ΓM(U, E) → ΓM(U, E)\otimesΓM(U, T*M)

ここで、T*M はMの余接バンドルで、ΓM(U, T*M) は1次微分形式の空間になります。ΓM(U, T*M) は ΩM(U) と略記されることが多いです。また、テンソル積とΓが交換する(Γがモノイド関手である)ので、次の同型が成立します。

  • ΓM(U, E)\otimesΓM(U, T*M) \cong ΓM(U, E\otimesT*M)

よって、次のように書いてもかまいません。

  • ∇:ΓM(U, E) → ΓM(U, E\otimesT*M)

他に次のような書き方もできます。

  • ∇:ΓM(U, E) → ΓM(U, [T*M, E])
  • ∇:ΓM(U, E) → [ΓM(U, T*M), ΓM(U, E)]

二番目のブラケットは、加群の圏 C(U)-Mod における内部ホムです(気にしなくてもいいですが)。

共変微分∇は、様々なプロファイル(域と余域)で解釈できます。通常、異なるプロファイルを暗黙に切り替えます。それが混乱や困難につながっているのでしょう。

いずれにしても、∇は、C(U)-加群からC(U)-加群への写像(線形とは限らない!)です。R係数に関しては線形ですが、C(U)-線形ではありません。線形性の代わりにライプニッツ法則が成立します。

テンソルとは、ベクトルバンドルのセクション空間(加群)のあいだの線形写像」と定義したので、線形ではない共変微分∇はテンソルではありません。

接続係数はテンソルである

∇とDが2つの接続=共変微分だとします。

  • ∇, D:ΓM(U, E) → ΓM(U, E\otimesT*M)

∇, D はテンソルではありませんが、その差 ∇ - D はテンソルになります。つまり、差はC(U)-線形写像になります。

  • (∇ - D):ΓM(U, E) → ΓM(U, E\otimesT*M)

このことを確認しましょう。行きがかり上、関数によるスカラー倍は右からの掛け算とします。ライプニッツ法則を書くと:

  • For φ∈C(U), s∈ΓM(U, E),
    ∇(sφ) = (∇s)φ + s\otimes
  • For φ∈C(U), s∈ΓM(U, E),
    D(sφ) = (Ds)φ + s\otimes

(∇ - D)(sφ) を計算すると:


\:\:\:\: (\nabla - D)(s\phi)\\
= \nabla(s\phi) - D(s\phi) \\
= ( (\nabla s)\phi + s\otimes dφ ) - ( (Ds)\phi + s\otimes d\phi) \\
= (\nabla s)\phi - (Ds)\phi \\
= ( (\nabla - D)(s) )\phi

(∇ - D) が足し算を保存することは簡単ですから、(∇ - D) はC(U)-線形です。つまり、(∇ - D) はテンソルです。

テンソル (∇ - D) を、γD(∇) と書き、Dに関する∇の接続係数と呼びます(大文字ではなく小文字ガンマを使いました)。

∇の接続係数は、∇だけから決まるのではなくて、基準となる接続Dを決めてはじめて決まります。基準であるDをD'に変えれば、接続係数は変わります。

接続係数の変換法則

Dに関する∇の接続係数 γD(∇) と、D'に関する∇の接続係数 γD'(∇) は、次の変換法則で結ばれます。

  • γD'(∇) = γD(∇) + γD'(D)

これは、次のほぼ自明な算術的関係です。

  • (∇ - D') = (∇ - D) + (D - D')

γD(∇) と γD'(∇) はテンソルですが、DからD'への基準の取り替えに際して、掛け算(線形写像の適用や結合)で変換されるのではなくて足し算で変換されます。接続係数それ自体はテンソルであっても、もともとがテンソルではない接続〈共変微分〉の表現なので、変換に際しては異なった挙動を示します。

通常、基準となるDが暗黙に指定されてしまうので、接続係数が「基準点からの差の量」だという事実が隠されてしまいます。接続係数が「差の量」なので、接続自体は「位置の量=ポテンシャル量」となります。実際、物理では接続をゲージポテンシャルと呼ぶようです。

接続〈共変微分〉∇を表示するときの基準Dはどうやって決めるのでしょう? それは、ゲージ(自明バンドルとのバンドル同型射)から決まります*2。ゲージの決め方は一般には恣意的です。テキトーにゲージを決めると、それによって接続〈共変微分〉Dが決まるので、Dを基準として目的の接続〈共変微分〉∇を計る(差をとる)わけです。

接続〈共変微分〉∇が幾何的・物理的に意味があるものだとしても、基準となるDは恣意的に選ぶので、Dに伴う接続係数 γD(∇) も恣意的表示になります。恣意的・偶発的に決まる接続係数を固定的・絶対的に扱うのはマズいので、接続係数の変換法則は重要で、それは足し算的変換になります。

[追記]「以前にも書いた気がする」の以前の記事は「騙されるな、接続係数(クリストッフェル記号)の仕掛け」です。より具体的なことが書いてあります。[/追記]

*1:主バンドル上の接続〈カルタン接続〉やエーレスマン接続もありますが、ここでの接続はコジュール接続=共変微分だとします

*2:ベクトルバンドルEのファイバーの次元をrとして、E|U → U\ltimesRr というベクトルバンドル同型射がゲージです。逆方向のベクトルバンドル同型射はフレームです。「丸く収まらなかった基底とフレーム」の言葉づかいだと、線形フレームです。