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参照用 記事

gsモノイド圏

圏論的確率論の舞台となる圏にマルコフ圏〈Markov category〉があります。マルコフ圏に関しては、このブログでけっこう書いています。

最初の紹介記事を挙げれば:

マルコフ圏は、対称モノイド圏〈symmetric monoidal category〉であって、コピー射〈copy {morphism}? | 対角射 | diagonal {morphism}?〉と削除射〈delete {morphism}? | 破棄射 | {discard | discharge }morphism〉の族を備えており、単位対象が終対象でもある圏です。

「単位対象が終対象でもある」という条件を外した圏を、僕は準マルコフ圏〈quasi-Markov category〉と呼んでいます。

実は、長/ジェイコブス〈Kenta Cho, Bart Jacobs〉達(以下の記事に関連する話題)によるCD圏〈CD category〉は、準マルコフ圏と同じものです。

既存の名称「CD圏」を使わなかったのは、「CD category」と検索すると、「コンパクトディスク ジャンル」と検索したのと同じような結果になってしまい、「(検索容易性からは)良い名称じゃないな」と思ったからです。

後から知ったのですが、マルコフ圏の命名者*1であるフリッツ〈Tobias Fritz〉は、CD圏=準マルコフ圏 をgsモノイド圏〈gs-monoidal category〉と呼んでいます。例えば、次の論文のタイトルに gs-monoidal category が出てきます。

  • Title: Free gs-monoidal categories and free Markov categories
  • Authors: Tobias Fritz, Wendong Liang
  • Submitted: 5 Apr 2022 (v1), 8 Feb 2023 (v3)
  • Pages: 35p
  • URL: https://arxiv.org/abs/2204.02284

この論文内で、gs は garbage and sharing からだと言っています。

In this definition, “gs” stands for garbage (deletion) and sharing (copy), as per the intended interpretation of these comonoid structures.

これを読んで「えっ?」と思いました。僕の記憶によると、gs は graph substitution だったはず。

gsモノイド圏は、1990年代末にガーデュチ/コーラディーニ*2〈Fabio Gadducci, Andrea Corradini〉により考案された構造です。

  

現在は、ガーデュチ/コーラディーニ論文の本文にアクセスするのは難しいようです(どこかにあるかも知れませんが)。次の論文なら中身を読めます。

次のような文言が見つかります(強調は檜山)。

Our starting point has been graph substitution (gs) theories by Corradini and Gadducci, which are proved to be syntactical counterparts for term graphs (in the same way as algebraic theories are for terms).

別に文句を付けたいわけではありません。gs の解釈を今風に変更したわけで、なんら悪いことではありませんからね。

ちなみに、フリッツと、gsモノイド圏の創始者であるガーデュチ/コーラディーニは、比較的最近、共著の論文を書いているようです。

  • Title: Lax completeness for gs-monoidal categories
  • Authors: Tobias Fritz, Fabio Gadducci, Davide Trotta, Andrea Corradini
  • Submitted: 13 May 2022 (v1), 26 Oct 2022 (v2)
  • Pages: 38p
  • URL: https://arxiv.org/abs/2205.06892

この流れだと、gsモノイド圏という名称が garbage-and-sharing monoidal category の略称という名目で定着するのかも知れません。

ところで、やはり1990年代末にセレンジャー*3〈Peter Selinger〉もgsモノイド圏と同じ概念を提案してるんですよね。

この論文のなかの対角付きモノイド圏〈monooidal category with diagonals〉はgsモノイド圏と同じものです。

ロシアのゴルブツォフ〈Peter Golubtsov〉がマルコフ圏相当概念(射は information transformer という名前)を創始したのも1990年代なので、前世紀末に、ほぼ同時・独立にマルコフ圏/CD圏の概念が生まれていたわけですね。

*1:確率論への本格的応用を開始したという意味でマルコフ圏の創始者と言ってもいいかも知れません。

*2:Corradini の発音は https://www.youtube.com/watch?v=TY9oKsvwU-A

*3:Selinger の発音は https://www.youtube.com/watch?v=pWZlnnKqGs0、今まで「セリンガー」と書いてましたが、「セレンジャー」に近いようです。