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参照用 記事

スパイダー付き圏

CD圏〈準マルコフ圏 | GSモノイド圏〉やハイパーグラフ圏〈ダンジョン圏〉のように、モノイド圏の各対象ごとに与えられる特別な射達とその法則により定義されるタイプの圏を総称してスパイダー付き圏と呼びたいと思います。$`%
\newcommand{\cat}[1]{ \mathcal{#1} }
\newcommand{\mrm}[1]{ \mathrm{#1} }
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内容:

関連記事と参考文献

関連する過去記事と、過去記事で参照された参考文献を再掲します。

以下の過去記事で、モートン〈Jason Morton〉のダンジョン圏/スパイダー付き圏を紹介しています。

モートンの論文は以下です。

  • Title: Belief propagation in monoidal categories
  • Author: Jason Morton
  • Submitted: 12 May 2014 (v1), 30 Dec 2014 (v2)
  • Pages: 8p
  • URL: https://arxiv.org/abs/1405.2618

モートンのダンジョン圏は、ハイパーグラフ圏と事実上同じものです。ハイパーグラフ圏については次の過去記事で扱っています。

ハイパーグラフ圏のnLab項目:

フォング/スピヴァック〈Brendan Fong, David I. Spivak〉によるハイパーグラフ圏のまとまった解説:

  • Title: Hypergraph Categories
  • Authors: Brendan Fong, David I. Spivak
  • Submitted: 21 Jun 2018 (v1), 18 Jan 2019 (v3)
  • Pages: 38p
  • URL: https://arxiv.org/abs/1806.08304

フォングの学位論文(第1章 p.19 -- p.38 がハイパーグラフ圏の説明):

スパイダー

「スパイダー」という言葉は、例えばクック/キッシンジャー〈Bob Coecke, Aleks Kissinger〉の次の論文でさかんに使われています。

  • Title: Categorical Quantum Mechanics II: Classical-Quantum Interaction
  • Authors: Bob Coecke, Aleks Kissinger
  • Submitted: 27 May 2016
  • Pages: 54p
  • URL: https://arxiv.org/abs/1605.08617

上記論文より古いクック/ダンカン〈Bob Coecke, Ross Duncan〉で the spider theorem が扱われています。

  • Title: Interacting Quantum Observables: Categorical Algebra and Diagrammatics
  • Authors: Bob Coecke, Ross Duncan
  • Submitted: 25 Jun 2009 (v1), 21 Apr 2011 (v3)
  • Pages: 81p
  • URL: https://arxiv.org/abs/0906.4725

クック達のスパイダーは、圏の射というよりは、とあるストリング図のクラスに属するストリング図のことです。ストリング図はモノイド圏の射を表すので、スパイダーを圏の射として定義することもできます。この記事では、スパイダーを圏の射として定義してみます。

スパイダー付き圏

モートンは、前節で参照した論文 "Belief propagation in monoidal categories" のなかで、スパイダー付き圏〈spidered category〉を次のように定義しています。

  • a strict symmetric monoidal category equipped with a special commutative Frobenius structure on each object〈各対象ごとに特殊可換フロベニウス構造を備えた厳密対称モノイド圏〉

この定義は狭すぎる(条件がきつすぎる)ので、クック達のスパイダー概念も含むように一般化します。

$`\cat{C} = (\cat{C}, \otimes, I,\alpha, \lambda, \rho)`$ (記号の乱用)をモノイド圏とします。モノイド圏上のスパイダー構造を、部分圏と射の集合により定義します。$`(\cat{C}, \cat{S}, G)`$ がスパイダー付き圏〈spidered category | category with spiders〉だとは:

  • $`\cat{S}`$ は、$`\cat{C}`$ の広い部分モノイド圏
  • $`G`$ は、$`\mrm{Mor}(\cat{C})`$ の部分集合
  • $`\cat{S}`$ は、射として $`G`$ を含む最小の広い部分モノイド圏になっている。

部分圏が「広い〈wide | broad〉」とは、$`|\cat{S}| = |\cat{C}|`$ のことです。部分モノイド圏 $`\cat{S}`$ のモノイド積/モノイド単位/結合律子 $`\alpha`$/左単位律子 $`\lambda`$/右単位律子 $`\rho`$ は、すべての $`\cat{C}`$ からそのまま受け継ぎきます。

三番目の条件から、部分圏 $`\cat{S}`$ の射は、恒等射と $`G`$ に属する射の組み合わせで書けることになります。ここで「組み合わせ」とは、結合〈composition〉とモノイド積を何度か適用することです。逆に、そのような組み合わせはすべて $`\cat{S}`$ の射です。

$`\cat{C}`$ の広い部分モノイド圏 $`\cat{S}`$ をスパイダー部分圏〈spider subcategory〉、$`\mrm{Mor}(\cat{C})`$ の部分集合 $`G`$ をスパイダー生成系〈spider generators〉と呼びます。スパイダー部分圏 $`\cat{S}`$ の射がスパイダー〈spider〉です。特に、生成系 $`G`$ に属するスパイダーを生成スパイダー〈generating spider〉と呼びます。

生成系 $`G`$ を決めれば、$`G`$ を含む最小の広い部分モノイド圏は決まるので、スパイダー構造は $`G`$ だけ指定すれば十分で、$`\cat{S}`$ を与えるのは冗長です。が、冗長が悪いわけでもないので、$`(\cat{C}, \cat{S}, G)`$ のように書きます。

任意のモノイド圏 $`\cat{C}`$ に対して、恒等射だけからなる広い部分モノイド圏を $`\cat{S}`$ として、$`G = \{\}`$ とすると、$`(\cat{C}, \cat{S}, \{\})`$ は(自明な)スパイダー付き圏になります。このスパイダー付き圏のスパイダーは恒等射です。

対称スパイダー付き圏と事例

実際に現れる多くのスパイダー付き圏は対称性〈置換可能性〉を持ちます。対称スパイダー付き圏〈symmetric spidered category | symmetric category with spiders〉 $`(\cat{C}, \cat{S}, G)`$ は次のように定義します。

  • $`\cat{C} = (\cat{C}, \otimes, I,\alpha, \lambda, \rho, \sigma)`$ (記号の乱用)は対称モノイド圏
  • $`\cat{S}`$ は、$`\cat{C}`$ の広い部分対称モノイド圏
  • $`G`$ は、$`\mrm{Mor}(\cat{C})`$ の部分集合
  • $`\cat{S}`$ は、射として $`G`$ を含む最小の広い部分対称モノイド圏になっている。

$`G = \{\}`$ と置いたときの対称スパイダー付き圏 $`(\cat{C}, \cat{S}, \{\})`$ では、スパイダーは恒等射と対称射の組み合わせです。スパイダーをストリング図で表すなら、真っ直ぐなワイヤーとワイヤーの交差の組み合わせになります。

多くの事例では、スパイダー生成系(生成スパイダーの集合)は、対象でインデックスされた射の族として与えられます。例えば、CD圏〈準マルコフ圏 | GSモノイド圏〉のスパイダー生成系は次の射達です。

  1. すべての対象に対するコピー射〈対角射〉 $`\Delta_X\;(X\in |\cat{C}|)`$
  2. すべての対象に対する破棄射〈削除射〉 $`!_X\;(X\in |\cat{C}|)`$

コピー射と破棄射の集合をスパイダー生成系に設定すれば、CD圏はスパイダー付き圏とみなせます。スパイダーは、恒等射、対称射、コピー射、破棄射の組み合わせになります。ストリング図で見ると、真っ直ぐなワイヤー/ワイヤーの交差/ワイヤーの二股分岐/ワイヤーの消失の組み合わせになります。

別な例として、コンパクト閉圏は対称スパイダー付き圏とみなせます。スパイダー生成系は、すべての単位とすべての余単位からなります。単位・余単位を、比較的よく使われる名前/ギリシャ文字/象形文字で表すなら:

  1. すべての対象に対する単位 $`\mrm{coev}_X = \eta_X = \cap_X \;(X\in |\cat{C}|)`$
  2. すべての対象に対する余単位 $`\mrm{ev}_X = \varepsilon_X = \cup_X \;(X\in |\cat{C}|)`$

象形文字は、上から下にストリング図を描くことを前提に決めています。描画方向が下から上なら上下逆になります。

この対称スパイダー付き圏のスパイダーは、恒等射、対称射、単位射、余単位射の組み合わせになります。ストリング図で見ると、真っ直ぐなワイヤー/ワイヤーの交差/∩の形に曲がったワイヤー/∪の形に曲がったワイヤー の組み合わせになります。

おわりに

前節の事例に挙げたCD圏、コンパクト閉圏、あるいはCD圏の特殊化であるマルコフ圏/デカルト圏〈デカルト・モノイド圏〉、コンパクト閉圏にダガーを入れたダガー・コンパクト閉圏などは、対称スパイダー構造に加えて、さまざまな等式的法則を要求します。それらの法則の記述では、生成スパイダーが中心的な役割を演じます。モートンの意味でのスパイダー付き圏、ハイパーグラフ圏〈ダンジョン圏〉などでも事情は同様です。

スパイダー生成系だけでなく、生成スパイダーが絡んだ等式的法則も特定して記述すると、それはモノイド指標〈monoidal signature〉/対称モノイド指標〈symmetric monoidal signature〉になります。法則まで含んだ指標と対応するスパイダー構造の話はまたいずれ。