このブログの更新は Twitterアカウント @m_hiyama で通知されます。
Follow @m_hiyama

メールでのご連絡は hiyama{at}chimaira{dot}org まで。

はじめてのメールはスパムと判定されることがあります。最初は、信頼されているドメインから差し障りのない文面を送っていただけると、スパムと判定されにくいと思います。

参照用 記事

多項式関手、図式ドクトリン、余多項式関手

応用圏論では、多項式関手を様々な分野で使うことが始まっています。多項式関手の圏は、集合圏上の余前層の圏 (自己関手圏にもなる)の部分圏ですが、集合圏を一般の圏にした多項式関手も定義できます。双対的に余多項式関手も定義できます。$`\newcommand{\cat}[1]{\mathcal{#1}}
\newcommand{\op}{\mathrm{op}}
\newcommand{\hyp}{\text{-}}
\newcommand{\mrm}[1]{\mathrm{#1}}
\newcommand{\In}{\text{ in } }
\newcommand{\twoto}{\Rightarrow}
`$

内容:

多項式関手

スピヴァック達は、昔からあったコンテナの理論を多項式関手の理論としてリバイバルさせました。多項式関手の理論をまとめたニウ/スピヴァック〈Nelson Niu, David I. Spivak 〉の教科書が公開されています。

この教科書は更新され続けていますが、2023年7月時点では:

  • LastUpdated: July 5, 2023
  • Pages: 350p

多項式関手の基本となるのは $`y^A`$ と書かれる“単項式”関手です。

$`\quad y^A := {\bf Set}(A, \hyp) \;:{\bf Set} \to {\bf Set} \In {\bf CAT}`$

$`y^A`$ という記法については「米田テンソル計算 3: 米田の「よ」、米田の星、ディラックのブラケット 再論 // スピヴァックの指数記法」で紹介しました。$`y^\hyp`$ は余米田埋め込みのことです。

$`I`$ を集合として、$`I`$-項の多項式関手は次のように書けます。

$`\quad \sum_{i\in I} y^{A_i} \;:{\bf Set} \to {\bf Set} \In {\bf CAT}`$

総和は余極限の一種です。集合 $`I`$ を離散圏とみなした小さい圏も同じく $`I`$ と書くなら、

$`\quad \sum_{i\in I} y^{A_i} = \mrm{colim}_{i\in I}\, y^{A_i} = \mrm{colim}_I\, (A * y^\hyp)`$

と書けます。ここで、'$`*`$' は関手の図式順結合記号です。

この定義から、多項式関手とは、離散圏からの関手(ファミリー/コンテナ) $`A:I \to {\bf Set}`$ と余米田埋め込み(の共変化のひとつ*1) $`y^\hyp : {\bf Set} \to [{\bf Set}, {\bf Set}]^\op`$ の結合の余極限をとったものだと分かります。実際には、もう少しゆるい定義で、この手順で構成された関手と自然同型な関手を多項式関手〈polynomial functor〉と呼んでいます。こう定義すれば、多項式関手の全体は自然同型で“閉じた”集まりになります。

図式ドクトリン

$`\mrm{colim}_I\, (A * y^\hyp)`$ のような表示が意味を持つのは、集合圏では、任意の離散小圏からの関手が余極限を持つからです。どんな関手に対して極限・余極限を持つのか? は、圏の性質として重要です。

アダメック/ボッスー/ラック/ロシツキーは、次の論文で極限ドクトリン〈doctrine of limits〉という概念を導入しています。

極限ドクトリン $`\mathbb{D}`$ は、$`\mathbb{D}`$-到達可能圏〈$`\mathbb{D}`$-accessible category〉を定義するために使われます。ここでは、極限ドクトリンと類似の(まったく同じではない*2)概念を図式ドクトリンとして定義します。

$`\mathbb{S}`$ が図式ドクトリン〈diagram doctrine〉だとは次のことです。

  1. $`\mathbb{S}`$ は、小さい圏達の2-圏 $`{\bf Cat}`$ の部分1-圏である(部分2-圏ではない)。
  2. $`\cat{A}, \cat{B}\in |\mathbb{S}|`$ で、$`F:\cat{A} \to \cat{B} \In {\bf Cat}`$ が圏同型(圏同値ではない)なら、$`F \in \mrm{Mor}(\mathbb{S})`$ 。
  3. $`|\mathbb{S}|`$ は、単一の対象と恒等射だけを持つ自明圏〈単位圏〉をすくなくとも1つは含む。
  4. [追記]状況により、図式ドクトリンの定義に色々な条件を追加する必要があるようです。[/追記]

図式ドクトリン $`\mathbb{S}`$ があると、圏 $`\cat{C}`$ に対して、$`\mathbb{S}`$-完備/$`\mathbb{S}`$-余完備という概念を定義できます。

図式〈diagram〉とは*3、小さい圏からの関手のことです。図式の域圏を(その図式の)形状〈shape〉と呼びます*4

$`\mathbb{S}`$ は図式ドクトリンで、$`\cat{C}`$ は圏だとして、

  • $`\cat{C}`$ が$`\mathbb{S}`$-完備〈$`\mathbb{S}`$-complete〉だとは、$`\mathbb{S}`$ の対象を形状とする任意の$`\cat{C}`$値図式が極限を持つこと。
  • $`\cat{C}`$ が$`\mathbb{S}`$-余完備〈$`\mathbb{S}`$-cocomplete〉だとは、$`\mathbb{S}`$ の対象を形状とする任意の$`\cat{C}`$値図式が余極限を持つこと。

図式ドクトリン $`\mathbb{S}`$ を適切に選ぶことにより、有限完備や離散余完備などの概念を定義できます。

  • 図式ドクトリン $`\mathbb{S}`$ を、すべての有限圏とそのあいだの関手からなる圏だとすると、$`\mathbb{S}`$-完備は有限完備のこと。
  • 図式ドクトリン $`\mathbb{S}`$ を、すべての離散小圏(つまり、すべての集合*5)とそのあいだの関手(つまり写像)からなる圏だとすると、$`\mathbb{S}`$-余完備は離散余完備のこと。

余多項式関手

ペローネ/ソーレンは、次の論文で、図式の2-モナドと前層の2-モナドを定義しています。

  • Title: Kan extensions are partial colimits
  • Authors: Paolo Perrone, Walter Tholen
  • Submitted: 12 Jan 2021 (v1), 25 Feb 2021 (v2)
  • Pages: 78p
  • URL: https://arxiv.org/abs/2101.04531

2-モナドは、2-関手〈(2, 0)-変換手〉を台として、2-自然変換〈(2, 1)-変換手〉を演算とするような代数系です。通常のモナドの高次化〈2次元化〉ですが、だいぶ複雑になります。ここでは、とりあえず図式の2-モナドの台である関手 $`\mrm{Diag}`$ を考えます。

図式ドクトリン $`\mathbb{S}`$ を固定して、圏 $`\cat{C}`$ に値を取る$`\mathbb{S}`$-図式だけを考えます。図式 $`D`$ が$`\mathbb{S}`$-図式〈$`\mathbb{S}`$-diagmra〉だとは:

  • $`D`$ は、$`\cat{J} \in |\mathbb{S}|`$ に対して $`D: \cat{J} \to \cat{C}`$ の形の関手である。

$`D:\cat{J}\to \cat{C}`$ と $`E:\cat{K} \to \cat{C}`$ が2つの$`\mathbb{S}`$-図式のとき、そのあいだの準同型射〈homomorphis〉 $`(F, \alpha)`$ は次のように定義します。

  • $`F:\cat{J} \to \cat{K} \In \mathbb{S}`$ は関手。
  • $`\alpha :: E \twoto F*D : \cat{J} \to \cat{C} \In {\bf CAT}`$ は自然変換

図式の圏 $`\mrm{Diag}^\mathbb{S}(\cat{C})`$ は次のように定義します*6

  • 圏 $`\mrm{Diag}^\mathbb{S}(\cat{C})`$ の対象は、$`\cat{C}`$ に値をとる$`\mathbb{S}`$-図式
  • 圏 $`\mrm{Diag}^\mathbb{S}(\cat{C})`$ の射は、$`\cat{C}`$ に値をとる$`\mathbb{S}`$-図式のあいだの準同型射

こうして定義した $`\mrm{Diag}^\mathbb{S}(\cat{C})`$ は実際に圏になります。

さて、圏 $`\cat{C}`$ の前層の圏と余前層の圏は次のように定義します。

  • $`\cat{C}^\wedge := [\cat{C}^\op, {\bf Set}]`$ 前層の圏
  • $`\cat{C}^\vee := [\cat{C}, {\bf Set}]`$ 余前層の圏

米田埋め込みと余米田埋め込みは次の形にとります*7

  • $`よ : \cat{C} \to \cat{C}^\wedge`$ 米田埋め込み
  • $`よ^\vee : \cat{C} \to (\cat{C}^\vee)^\op`$ 余米田埋め込み

最初の節で述べたように、図式 $`D:\cat{J} \to \cat{C}`$ を係数系(あるいはコンテナ)とする多項式関手は次のように定義しました。

$`\quad \mrm{colim}_\cat{J}\, (D * よ^\vee) \;\in |\cat{C}^\vee|`$

双対的に、図式 $`D:\cat{J} \to \cat{C}`$ から決まる余多項式関手は次のように定義します。

$`\quad \mrm{colim}_\cat{J}\, (D * よ) \;\in |\cat{C}^\wedge|`$

図式ドクトリン $`\mathbb{S}`$ に対する余多項式関手の集まりは、$`\cat{C}`$-値の$`\mathbb{S}`$-図式で生成される余多項式関手の集まりに、さらに自然同型の閉包をとったものです。つまり、$`\mrm{colim}_\cat{J}\, (D * よ)`$ と書ける関手と自然同型な関手を余多項式関手〈copolynomial functor〉と呼びます*8

$`\mathbb{S}`$ に対する余多項式関手の集まりは、前層の圏 $`\cat{C}^\wedge`$ の対象の部分類になります。この類から誘導される充満部分圏(任意の自然変換を射とする)が余多項式関手の圏です。それを次のように書きます。

$`\quad \mrm{Cop}^\mathbb{S}(\cat{C})`$

多項式関手の圏のほうは、

$`\quad \mrm{Pol}^\mathbb{S}(\cat{C})`$

$`\mathbb{S} = {\bf Set}`$ 、$`\cat{C} = {\bf Set}`$ とすると、通常の多項式関手の圏になります。

$`\quad {\bf Poly} = \mrm{Pol}^{\bf Set}({\bf Set})`$

次の3つの圏は便利に使えそうです。

  1. $`\mrm{Diag}^\mathbb{S}(\cat{C})`$
  2. $`\mrm{Cop}^\mathbb{S}(\cat{C})`$
  3. $`\mrm{Pol}^\mathbb{S}(\cat{C})`$

ペローネ/ソーレンの論文は、$`\cat{C}`$ を動かした場合の系統的な大規模メカニズムを記述しています。図式ドクトリン $`\mathbb{S}`$ で相対化することは、サイズの問題〈size issue〉をコントロールするのに役立ちそうです。

*1:米田埋め込みの繰り返しと淡中再構成」に書いたように、ほんとの反変関手を共変化するのは良し悪しです。ほんとの反変関手のまま扱ったほうが素直で分かりやすかも知れません。

*2:サイズの問題〈size issue〉を切り離して別に考えたいので、サイズに関する条件は外しました。

*3:「図式」という言葉の(専門用語としての)意味はたくさんあります。たくさんある意味のひとつを、ここで定義します。

*4:関手意味論の言葉で言えば、図式とは関手モデルのことです。

*5:すべての集合とは言っても、グロタンディーク宇宙 $`U`$ のなかで考えているので、無闇に大きいわけではありません。

*6:ペローネ/ソーレンは、図式の2-圏を定義していますが、ここでは1-圏とします。

*7:余米田埋め込みは $`\cat{C}^\op \to \cat{C}^\vee`$ ともとれます。

*8:ペローネ/ソーレンは小さい前層〈small presheaf〉と呼んでいます。