異種混合ベクトル場に関するド・ラーム複体やホッジ分解を扱うことは興味深い課題です。
これについて少し考えてみました。上記過去記事で述べたセルラー層を高次元に一般化します。高次元とは言っても、ここで述べるのは2次元の場合です。それでも、一般次元へのヒントにはなるでしょう。
さらに、2次元のセルラー層の上で異種混合的〈heterophilic〉な外微分とド・ラーム複体を定義します。
基本概念である2次元の有向グラフ、面写像、境界作用素などについては、かなり丁寧に説明します。煩雑な組み合わせ的計算も、割と律儀に実行します。このテの議論では、煩雑な組み合わせ的計算を避けることは出来ないし、組み合わせ的計算こそ本質なのかも知れませんから。$`\newcommand{\cat}[1]{\mathcal{#1}}
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`$
内容:
- 単体的有向n-グラフ
- 直感的・幾何的な説明
- 面写像と境界作用素
- 記号・記法・略記の約束
- 半単体圏
- 半単体集合〈単体的有向高次グラフ〉のグロタンディーク構成
- 2-セルラー層
- 上昇写像と下降写像
- テレスコープ前層としての2-セルラー層
- 2-セルラー層の単体条件
- 2-セルラー層の単体条件 続き
- 2-セルラー層のセクション
- 外微分作用素
- 外微分作用素のベキ零性
- 2-セルラー層の異種混合ド・ラーム複体
単体的有向n-グラフ
ここで扱う組み合わせ的対象物〈combinatorial object〉は半単体集合〈semisimplicial set〉です。が、より説明的な呼び名「単体的有向n-グラフ」も使うことにします。
n次元までのセルを持つグラフ類似構造をn-グラフと呼びます。各セルに向き〈orientation〉が指定されている場合は有向n-グラフ〈oriented n-graph〉です -- 2次元以上のセルの“向き”は、"direction" より "orientation" がふさわしいです。すべてのセルが単体〈simplex〉である有向n-グラフは単体的有向n-グラフ〈simplicial oriented n-graph〉です。「的」と「有効」は省略されることもあるので、正規表現で書けば:
単体{的}?{有向}?n-グラフ
形式的定義としては、単体的有向n-グラフ $`G`$ は、2つの構成素を持ちます。
$`\quad G = (U_G, \bdry_G)`$
$`U_G`$ は、$`G`$ の台集合族〈underlying family of sets〉です。集合族〈ファミリー〉のインデキシング集合は $`\mbf{N}`$ です。
$`\quad U_G : \mbf{N} \to |\mbf{Set}| \In \mbf{SET}`$
$`n`$を超える整数 $`k`$ に対して $`U_G(k) = \emptyset`$ なので、次のように考えてもかまいません。
$`\quad U_G : \{0, 1, \cdots, n\} \to |\mbf{Set}| \In \mbf{SET}`$
$`\bdry_G`$ は2つの自然数でインデックス付けられた写像の族です。
$`\quad (\bdry_G)^k_i : U_G(k) \to U_G(k - 1) \In \mbf{Set}\\
\text{where}\\
\quad 1\le k \le n\\
\quad 0 \le i \le k
`$
写像 $`(\bdry_G)^k_i`$ は面写像〈face map〉と呼びます。面写像を識別する自然数インデックス〈番号〉の付け方は人により違います。ここでの番号付け方式は、多数派ではありませんが、記述・計算には便利だと思います*1。
記号の乱用と省略により、単体的有向n-グラフは次のようにも書きます。
$`\quad G = (G, \bdry)`$
また、習慣により $`G_k := G(k) = U_G(k)`$ と書きます。記号の乱用と省略を使えば、面写像は次のように書けます。
$`\quad \bdry^k_i : G_k \to G_{k - 1} \In \mbf{Set}\\
\text{where}\\
\quad 1\le k \le n\\
\quad 0 \le i \le k
`$
高次圏 $`\cat{C}`$ のk-射達の集合は $`|\cat{C}|_k`$ と書くことがあります。同様に、$`U_G(k)`$ を $`|G|_k`$ と書いたほうが紛れがなくて良い記法だと思います。しかし、毎回絶対値記号を書くのが面倒なので $`G_k`$ にします。
[/補足]
面写像達は、次の関係式を満たす必要があります(後で具体例を示します)。
$`\quad \bdry^{k+1}_i ; \bdry^k_j = \bdry^{k + 1}_{j + 1}; \bdry^k_i \;: G_{k + 1}\to G_{k - 1} \In \mbf{Set}\\
\text{where}\\
\quad 1 \le k \le n - 1 \\
\quad 0\le i \le j \le k
`$
$`\bdry^{k+1}_i`$ の $`i`$ が自由に動く範囲は $`0\le i \le k + 1`$ ですが、上の等式内では $`0\le i \le j \le k`$ の範囲に制限されます。注意してください。
この等式は単体恒等式〈simplicial identities〉の一部です。以下、上記関係式は単体条件〈simplicial condition〉として参照します。
まとめると; 単体的有向n-グラフとは、自然数でインデックス付けられた集合族 $`G`$ と、単体条件を満たす面写像達 $`\bdry^k_i`$ からなる構造です。$`G_n \ne \emptyset`$ で、$`n \lt k`$ なら $`G_k= \emptyset`$ です。$`n = 1`$ なら、通常の有向グラフです。
直感的・幾何的な説明
単体的有向n-グラフ〈半単体集合〉は、組み合わせ的構造であり図形ではありませんが、幾何実現を定義できます。幾何実現〈geometric realization〉を一緒に考えたほうがずっと理解しやすいでしょう。
とはいえ、単体的有向n-グラフの幾何実現〈位相実現〉を正式に定義するのは面倒なので、直感的(厳密でも正確でもない)に導入します。幾何実現は、説明のために引き合いに出すだけです。建前としては、単体的有向n-グラフはあくまで組み合わせ的構造です。対応する図形は単にメンタルモデルとして扱います。
通常の有向グラフ〈単体的有向1-グラフ〉の場合でも、図を描いて説明はしますが、ほとんどのことは図に頼らずに純組み合わせ的〈purely combinatorial〉な議論で出来ます。通常の有向グラフの直感的幾何実現も、実際はほとんどメンタルモデルなのです。
なお、正式な(メンタルモデルだけではない)幾何実現〈位相実現〉に興味があれば、以下の過去記事を見てください。
以下、n = 2 と固定します。つまり、単体的有向2-グラフだけを考えます。また、セルの個数は有限個だとします。有限な単体的有向2-グラフ $`G`$ の台集合族は以下の形です。
$`\quad G : \{0, 1, 2\}\to |\mbf{FinSet}| \In \mbf{SET}`$
これは、有限集合のリスト $`(G_0, G_1,G_2)`$ として表示できます。
面写像達も列挙できます。全部で5つの写像です。
- $`\bdry^2_0 : G_2 \to G_1 \In \mbf{Set}`$
- $`\bdry^2_1 : G_2 \to G_1 \In \mbf{Set}`$
- $`\bdry^2_2 : G_2 \to G_1 \In \mbf{Set}`$
- $`\bdry^1_0 : G_1 \to G_0 \In \mbf{Set}`$
- $`\bdry^1_1 : G_1 \to G_0 \In \mbf{Set}`$
以下、有限な単体的有向2-グラフを短く単体2-グラフ〈simplicial 2-graph〉と呼びます。
ここから先、単体2-グラフの幾何実現(図形としての表示)をインフォーマルに説明します。引き合いに出す実例は、「ニューラル拡散におけるセルラー層と層ラプラシアン」の六頂点グラフに、辺を2本と三角形〈2-セル〉を2枚追加した図形です。この図形には向き〈orientation〉が付いていません。後で向きについて説明します。

この具体例では、$`V = V_G = \{1, 2, 3, 4, 5,6\}`$ です。0-セル〈頂点〉は $`V`$ の要素*2、1-セル〈辺〉は $`V`$ の二元部分集合、2-セル〈三角形〉は $`V`$ の三元部分集合として表示します。この具体例のすべてのセルを列挙します。
- 0-セル: $`1,2,3,4,5,6`$
- 1-セル: $`\{1,2\},\{1,3\},\{1,4\},\{2,3\},\{3,4\},\{4,5\}`$
- 2-セル: $`\{1,2,3\},\{1,3,4\}`$
1-セルの向きは、頂点の集合(二元集合)の全順序で指定します。無向1-セル $`\{1, 2\}`$ なら、$`\{1\lt 2\}`$ と $`\{2\lt 1\}`$ の二種類の向きがあります。有向1-セルは以下のように書きます。
$`\quad \vec{1,2} := \{1\lt 2\}\\
\quad \vec{2,1} := \{2\lt 1\}
`$
一桁の(9以下の)自然数しか扱わないという仮定のもとで、カンマを省略して $`\vec{12}, \vec{21}`$ のような略記をします。10進記法で2桁以上の自然数が入る場合は、この略記は破綻します(「テンソル計算:112はイチイチニかヒャクジュウニか」参照)。
2-セルの向きも、頂点の集合(三元集合)の全順序で指定します。が、$`\{1 \lt 2 \lt 3\}`$ と $`\{3 \lt 2 \lt 1\}`$ は同じ向きだとみなします。$`\{1 \lt 2 \lt 3\}`$ と $`\{2 \lt 1 \lt 3\}`$ は違う向きです。頂点を順番に並べた列〈順列 | ordered sequence〉が偶置換で移り合うなら同じ向きです。無向2-セル $`\{1, 2, 3\}`$ なら、以下のような二種類の向きがあります。
- $`\vec{123}, \vec{231}, \vec{321}`$ は同じ向き
- $`\vec{132}, \vec{213}, \vec{312}`$ は同じ向き
単体2-グラフが向き付き〈oriented〉であるとは、すべての1-セルと2-セルに向きが指定されていることです。ここで、向きの利用法が二種類あることを注意しておきます。
- 図形としては無向2-グラフを扱いたいのだが、計算の便宜上、なんでもいいから向きを付ける。向きは便宜的手段で、図形の構造ではない。
- 向き付き多様体〈oriented manifold〉の離散化としての有向2-グラフのように、向きは図形が本来持っている構造である。
今ここでの向き付けは便宜上の向き付けです。向きがないと記述や計算がうまくいかないから、テキトーに向き付けする、ということです。
便宜上の向き付けで一番簡単で便利な方法は、0-セル〈頂点〉の集合 $`V = V_G`$ に全順序を入れてしまうことです。我々の具体例では、$`V = \{1, 2, 3, 4, 5, 6\}`$ なので、自然数の順序としての全順序が既に入っています。つまり、頂点達に番号をふれば、それだけで向き付けが出来るのです。
頂点達の集合に全順序があれば、頂点の部分集合にも全順序が誘導されます。つまり、すべての1-セル(二元部分集合)、2-セル(三元部分集合)に全順序が入り、その全順序が向きを指定します。
我々の具体例における、有向1-セル、有向2-セルを列挙します。
- 有向1-セル: $`\vec{12},\vec{13},\vec{14},\vec{23},\vec{34},\vec{45}`$
- 有向2-セル: $`\vec{123},\vec{134}`$
以下の図は、我々の具体例に向きを書き込んだものです。1-セルの向きは矢印で示します。2-セルの向きは三角形内部に時計回りか反時計回りかを記入します。この例では、2つとも時計回りの2-セルです。

どんな無向セルでも、可能な向きは二種類です。同じ無向セルに対する反対の向きを持つ有向セルを、マイナス符号を使って書くことがあります。例えば:
- $`\vec{213} = - \vec{123}`$
- $`\vec{13} = - \vec{31}`$
このマイナス符号は、後で、$`\mbf{Z}`$-加群やベクトル空間内のマイナスとして合理化されます。
面写像と境界作用素
面写像 $`\bdry^k_i`$ は、k-セル $`\sigma`$ に対して、$`\sigma`$ のi番目の面((k- 1)-セル)を対応させます。k-セルの(k - 1)-面は(k + 1)個あります。1-セルの0-面は2個あり、2-セルの1-面は3個あります。
面写像 $`\bdry^k_i`$ を直感的かつ具体的に記述するには、セルの頂点への局所番号付け〈local numbering〉が必要です。局所番号付けとは、各k-セルごとに、頂点達を0からkで番号付けすることです。例えば、我々の具体例の $`\vec{23}`$ と $`\vec{134}`$ に局所番号付けをすると以下のようです。赤い番号が局所番号です。

k-セルのi番目の面とは、局所番号が $`i`$ である頂点の対面〈opposite face〉のことです。具体例では:
- $`\bdry^1_0(\vec{23}) = 3`$
- $`\bdry^1_1(\vec{23}) = 2`$
- $`\bdry^2_0(\vec{134}) = \vec{34}`$
- $`\bdry^2_1(\vec{134}) = \vec{14}`$
- $`\bdry^2_2(\vec{134}) = \vec{13}`$
1-セルの場合だと、局所番号 0 の頂点の対面(対頂点〈opposite vertex〉)は局所番号 1 です。つまり有向辺の終点です。そして、局所番号 1 の頂点の対面(対頂点)は有向辺の始点なのです。次のようになります。
$`\text{For }\tau \in G_1\\
\quad \bdry^1_0(\tau) = \mrm{trg}(\tau)\\
\quad \bdry^1_1(\tau) = \mrm{src}(\tau)
`$
これは、非常に間違いやすいので十分注意してください。
2-セル〈三角形〉のi番目の面のほうが間違い・混乱を起こすことは少ないでしょう。局所番号が $`i`$ である頂点の対面(対辺〈opposite edge〉)は、局所番号 $`i`$ の頂点を除いた二頂点からなる有向辺です。
次の原則を肝に銘じておきましょう。
- k-単体の(k - 1)セルを識別する番号(面番号)は、向かい合う頂点の局所番号を使う。
同じことですが:
- k-単体の頂点の局所番号は、向かい合う面((k - 1)セル)を識別する番号(面番号)としても使う。
セルの面は、境界片〈boundary segment〉とも呼ばれます。つまりセルの面達を組み合わせると、セルの境界が得られます。セルにその境界を対応させる写像を境界作用素〈boundary operator〉と呼びます。
セルの境界は、単に面の寄せ集めではなくて、面に正負の符号を付けて足したものです。足し算がないと境界をうまく定義できないので、セル達から自由生成された$`\mbf{Z}`$-加群(アーベル群)を考えます。
単体2-グラフ $`G`$ のk-セル達の集合 $`G_k`$ から自由生成された$`\mbf{Z}`$-加群を $`\mbf{Z}G_k`$ と書きます。この加群の要素は、k-セル達の整数係数線形結合です。例えば:
$`\quad 3\cdot\vec{23} + (-2)\cdot\vec{45} \;\in \mbf{Z}G_1\\
\quad (-1)\cdot\vec{123} + 1\cdot\vec{134} \;\in \mbf{Z}G_2
`$
$`(-1)`$ を掛けることは、有向セルの向きを逆にすることに対応します。有向セル達の集合 $`G_k`$ には存在しない“逆向きのセル”も、加群 $`\mbf{Z}G_k`$ のなかにはちゃんと存在します。
$`\mbf{Z}G_0`$ の要素を書こうと思うと困ったことになります。裸の自然数ではなくて、$`\langle 1\rangle, \langle 2\rangle`$ とか書くことが多いようです。が、ここでは、必要があれば $`\vec{1}, \vec{2}`$ のように矢印を載せることにします。$`2\cdot\vec{3} + (-1)\cdot\vec{6}`$ は、3番の頂点の2倍と6番の頂点の(-1)倍の和です。混乱の心配がなければ、スカラー倍を表すナカグロ〈center dot〉は省略します。
図形としての一点には向きの概念がありませんが、$`G_0`$ の要素はすべて“正の向き”を持つとして、逆向きの点〈負の向きの点〉はマイナスを付けて表します。$`(-1)\cdot \vec{6}`$ は負の向きの点です。
このテの記述・計算では、混乱しない記法を定めるのは至難の業です。逆に言えば、混乱しがちな記法が蔓延っているので、注意が必要だということです。
さて、境界作用素 $`\bdry^1,\bdry^2`$ を定義します。面写像と境界作用素の親文字は同じ $`\bdry`$ をオーバーロードするので注意してください。'$`\bdry`$' に下付きのインデックスがないなら境界作用素です。まずは次の形の写像を定義します。
$`\quad \bdry^k: G_k \to \mbf{Z}G_{k - 1} \: (k = 2, 1)`$
具体的な定義は:
$`\text{For }\sigma \in G_2\\
\quad \bdry^2(\sigma) := \bdry^2_0(\sigma) - \bdry^2_1(\sigma) + \bdry^2_2(\sigma)\\
\qquad = 1\bdry^2_0(\sigma) + (-1)\bdry^2_1(\sigma) + 1\bdry^2_2(\sigma)\\
\qquad = \sum_{i = 0}^2 (-1)^i\bdry^2_i(\sigma)
`$
$`\text{For }\tau \in G_1\\
\quad \bdry^1(\tau) := \bdry^1_0(\tau) - \bdry^1_1(\tau)\\
\qquad = 1\bdry^1_0(\tau) + (-1)\bdry^1_1(\tau)\\
\qquad = \sum_{i = 0}^1 (-1)^i\bdry^1_i(\tau)
`$
$`\bdry^1(\tau)`$ は $`\mrm{trg}(\tau) - \mrm{src}(\tau)`$ と書けるので「終点 $`-`$ 始点」が1-セルの境界です。
上記の定義を $`\mbf{Z}G_k\to \mbf{Z}G_{k-1}`$ という線形写像に拡張するのは容易です。以下、$`\bdry^2, \bdry^1`$ は、$`\mbf{Z}`$-加群のあいだの線形写像とみなします。
下付きのインデックスがない $`\bdry^2, \bdry^1`$ は境界作用素ですが、文脈から明らかなら上付きインデックスも省略していいとします。例えば、$`\bdry; \bdry = \bdry^2; \bdry^1`$ 、$`\bdry\circ \bdry = \bdry^1\circ \bdry^2`$ です。$`\bdry\bdry = \bdry\circ \bdry`$ という書き方も許されます。
境界作用素の最も重要な性質はベキ零性〈nilpotency〉です。より正確に言えば、平方が零であること $`\bdry\bdry = 0`$ です。(平方に関する)ベキ零性は、面写像素達の単体条件から導かれます。単体条件は以下でした。
$`\quad \bdry^{k+1}_i ; \bdry^k_j = \bdry^{k + 1}_{j + 1}; \bdry^k_i \;: G_{k + 1}\to G_{k - 1} \In \mbf{Set}\\
\text{where}\\
\quad 1 \le k \le n - 1 \\
\quad 0\le i \le j \le k
`$
$`n = 2`$ のときは、$`k = 1`$ しかありません。$`0\le i \le j \le 1`$ の場合を全部書き下します。
- $`\bdry^2_0 ; \bdry^1_0= \bdry^2_1 ; \bdry^1_0`$ または $`\bdry^1_0\circ \bdry^2_0 = \bdry^1_0\circ\bdry^2_1`$
- $`\bdry^2_0 ; \bdry^1_1= \bdry^2_2 ; \bdry^1_0`$ または $`\bdry^1_1\circ \bdry^2_0 = \bdry^1_0\circ \bdry^2_2`$
- $`\bdry^2_1 ; \bdry^1_1= \bdry^2_2 ; \bdry^1_1`$ または $`\bdry^1_1\circ \bdry^2_1 = \bdry^1_1\circ \bdry^2_2`$
一番目の等式だけ図示しておくと:

残りの2つの等式も図示すると実感が湧くでしょう。
単体条件は、2-セル $`\sigma`$ に対して以下のようにも書けます。
- $`\bdry^1_0 \bdry^2_0 \sigma = \bdry^1_0\bdry^2_1\sigma`$
- $`\bdry^1_1\bdry^2_0\sigma = \bdry^1_0\bdry^2_2\sigma`$
- $`\bdry^1_1\bdry^2_1\sigma = \bdry^1_1\bdry^2_2\sigma`$
上記の単体条件を使って $`\bdry\bdry =0`$ を計算で示します。
$`\text{For }\sigma \in G_2\\
\quad \bdry\bdry \sigma\\
= (\bdry\circ \bdry)(\sigma)\\
= \bdry^1(\bdry^2_0 \sigma - \bdry^2_1 \sigma + \bdry^2_2 \sigma)\\
= \bdry^1_0(\bdry^2_0 \sigma - \bdry^2_1 \sigma + \bdry^2_2 \sigma) -
\bdry^1_1(\bdry^2_0 \sigma - \bdry^2_1 \sigma + \bdry^2_2 \sigma)\\
= \bdry^1_0\bdry^2_0 \sigma - \bdry^1_0\bdry^2_1 \sigma + \bdry^1_0\bdry^2_2 \sigma
- \bdry^1_1\bdry^2_0 \sigma + \bdry^1_1\bdry^2_1 \sigma - \bdry^1_1\bdry^2_2 \sigma\\
= (\bdry^1_0\bdry^2_0 \sigma - \bdry^1_0\bdry^2_1 \sigma)
+ (\bdry^1_0\bdry^2_2 \sigma - \bdry^1_1\bdry^2_0 \sigma)
+ (\bdry^1_1\bdry^2_1 \sigma - \bdry^1_1\bdry^2_2 \sigma)\\
= 0 + 0 + 0\\
= 0
`$
これで、境界作用素のベキ零性が示せました。
組み合わせ幾何的対象物〈combinatorial geometric object〉を調べる場合は、具体的な絵をたくさん描いて、具体的な組み合わせ的計算を律儀に実行することが肝要です。面白くないルーチンワークですが、我慢してやりましょう。
単体2-グラフ(有限な単体的有向2-グラフ)の場合、$`\mbf{Z}G_3 = \mbf{Z}\emptyset = \{0\}`$ です。便宜上、$`\mbf{Z}G_{-1} = \{0\}`$ と置くと、次のような$`\mbf{Z}`$-加群と線形写像の系列が得られます。
$`\quad \{0\} = \mbf{Z}G_{3} \overset{0}{\to} \mbf{Z}G_{2} \overset{\bdry^2}{\to} \mbf{Z}G_{1} \overset{\bdry^1}{\to} \mbf{Z}G_{0} \overset{0}{\to} \mbf{Z}G_{-1}= \{0\}`$
この系列から、$`G`$ の(組み合わせ的な)ホモロジー群 $`H_0(G), H_1(G), H_2(G)`$ が得られます。が、このホモロジー群は今回の話題ではありません。
記号・記法・略記の約束
ここから先、けっこうゴチャゴチャした記述と計算をしなくてはならないので、記号・記法の整理と再設定をします。
- $`n`$ は単体n-グラフの次元です。今は $`n = 2`$ に固定していますが、少しだけ一般次元も話題にします。
- $`i,j, k`$ などは自然数変数ですが、単体n-グラフやセルラー層に関連する次元や番号のために使うことにします。
- 2次元の場合、$`i`$ は $`0,1,2`$ を動くインデックス、$`j`$ は $`0, 1`$ を動くインデックスに使うことが多いです。ただし、単体条件では、$`i`$ の範囲が $`0\le i \le j`$ に制限されます。
- $`\sigma,\tau`$ などのギリシャ文字小文字は、単体n-グラフのセルを表す変数に使います。
- 太字の $`\bs{x}, \bs{y}`$ などは、スカラー場/ベクトル場/離散微分形式など、バンドル/ファミリーのセクションを表す変数です。
- セクション $`\bs{x}`$ の、セル $`\sigma`$ における値は $`\bs{x}_\sigma := \bs{x}(\sigma)`$ と書きます。
今までは、セルを表すために $`i,\vec{ij}`$ などを使ってきましたが、“単体n-グラフやセルラー層に関連する次元や番号”と区別するため、大文字の $`I, \vec{IJ}`$ などを使います。単体n-グラフの頂点集合 $`V = V_G`$ の要素を $`I,J,K`$ などで表す、ということです。別な言い方をすると、$`I, J`$ などは頂点を一意に識別する大域番号で、$`i, j`$ などはセルごとの局所番号として使います。
$`\sigma`$ をk-セル(k = 2, 1)とします。$`\sigma`$ に面写像 $`\bdry^k_i`$ を作用させた結果を次のように略記します。
$`\quad \sigma\O i := \bdry_i \sigma = \bdry^k_i(\sigma)`$
$`\sigma`$ が2-セルの場合だと:
- $`\vec{IJK}\O0 = \vec{JK}`$
- $`\vec{IJK}\O1 = \vec{IK}`$
- $`\vec{IJK}\O2 = \vec{IJ}`$
$`\sigma`$ が1-セルの場合だと:
- $`\vec{IJ}\O0 = \vec{J}`$
- $`\vec{IJ}\O1 = \vec{I}`$
単体条件は次のように書けます。
- $`\sigma\O 0\O 0 = \sigma\O 1\O 0`$ ($`\bdry^2_0 ; \bdry^1_0= \bdry^2_1 ; \bdry^1_0`$)
- $`\sigma\O 0\O 1 = \sigma\O 2\O 0`$ ($`\bdry^2_0 ; \bdry^1_1= \bdry^2_2 ; \bdry^1_0`$)
- $`\sigma\O 1\O 1 = \sigma\O 2\O 1`$ ($`\bdry^2_1 ; \bdry^1_1= \bdry^2_2 ; \bdry^1_1`$)
一般的には:
$`\quad \sigma\O i\O j = \sigma\O(j+1) \O i`$ ($`\bdry^{k+1}_i ; \bdry^k_j = \bdry^{k + 1}_{j + 1}; \bdry^k_i`$)
記法の簡素化のためにこの略記を使います。
半単体圏
単体的有向n-グラフは、n次元の半単体集合〈semisimplicial set〉と同じものです。ここでは特に、2次元で有限な半単体集合を扱っています。
半単体集合は、形状圏〈shape category〉$`\mbf{ss}`$ からの前層として定義されます。半単体集合の形状圏(関手の域圏)$`\mbf{ss}`$ を半単体圏〈semisimplex category〉と呼びます。英語形容詞が semisimplicial ではなくて、semisimplex (名詞形)であることに注意してください。
半単体集合、すなわち単体的有向高次グラフ $`G`$ は、次のような前層(集合圏への反変関手)です。
$`\quad G : \mbf{ss}^\op \to \mbf{Set} \In \mbf{CAT}`$
半単体集合〈単体的有向高次グラフ〉を前層として理解するためには、形状圏である半単体圏を理解する必要があります。以下に説明します。
半単体圏の対象は自然数 $`0, 1, 2, \cdots`$ です。半単体圏の生成射〈generating morphism〉達は次のように図示できます。
$`\quad \xymatrix{
0 \ar@<0.5ex>[r] \ar@<-0.5ex>[r]
&1 \ar@<1ex>[r] \ar@<-1ex>[r] \ar[r]
&2 \ar@<1.5ex>[r] \ar@<0.5ex>[r] \ar@<-0.5ex>[r] \ar@<-1.5ex>[r]
&\cdots
}`$
一般の射は、幾つかの生成射の結合〈composition〉か恒等射です。生成射や一般の射を名前とインデックス〈添字〉で表す方法が色々あります。ここで使う約束(多数派ではありません)は:
- 射を表す親文字は $`\theta`$ を使う。
- 余域を上付き番号で示す。$`\theta^k`$
- 同じ域・余域の生成射達は、$`0`$ から $`k`$ の番号を下付きで書く。$`\theta^k_i\:(i = 0, \cdots, k)`$
この約束で生成射達を列挙すると:
- $`\theta^1_0, \theta^1_1 \;: 0 \to 1 \In \mbf{ss}`$
- $`\theta^2_0, \theta^2_1, \theta^2_2 \;: 1 \to 2 \In \mbf{ss}`$
- $`\theta^3_0, \theta^3_1, \theta^3_2, \theta^3_3 \;: 2 \to 3 \In \mbf{ss}`$
- ‥‥
$`\theta^k_i`$ は単なる記号的な存在ですが、面写像とは逆向きです。半単体集合〈単体的有向高次グラフ〉が反変関手だからです。$`\theta^k_i`$ を、向きを変えないで〈共変的に〉幾何的解釈をしたいなら、$`k`$-単体の$`i`$番の面($`i`$番の頂点の対面)を“親の$`k`$-単体” に埋め込む写像と解釈します。$`\bdry^k_i`$ で取り出した$`i`$番の面は、$`\theta^k_i`$ でもとの位置に戻せます(後でまた詳しく述べます)。
例えば $`\theta^1_0; \theta^2_0`$ は、一点を有向辺の終点(始点ではない!)として埋め込んだ後で、その有向辺を有向三角形の0番の面(0番の頂点の対辺)として埋め込みます。結果として一点は、有向三角形の2番の頂点として有向三角形内へと埋め込まれます。
$`\mbf{ss}`$ の生成射達のあいだにも単体条件を要求します。
- $`\theta^1_0 ; \theta^2_0 = \theta^1_0; \theta^2_1`$ または $`\theta^2_0 \circ \theta^1_0 = \circ\theta^2_1\circ \theta^1_0`$
- $`\theta^1_1; \theta^2_0 = \theta^1_0; \theta^2_2`$ または $`\theta^2_0 \circ \theta^1_1 = \theta^2_2\circ \theta^1_0`$
- $`\theta^1_1; \theta^2_1 = \theta^1_1; \theta^2_2`$ または $`\theta^2_1\circ \theta^1_1 = \theta^2_2\circ \theta^1_1`$
生成射の上下インデックスは、ペア $`(k,i)`$ と同じです。インデックスだけで考えると、恒等射以外の一般の射は、次の形です。
$`\quad (k, i_0); (k + 1, i_1) ; \cdots ; (k + l, i_l)`$
半単体圏 $`\mbf{ss}`$ の反対圏を $`\mbf{SS}`$ とします。
$`\quad \mbf{SS} = \mbf{ss}^\op\\
\quad \mbf{ss} = \mbf{SS}^\op
`$
$`\mbf{SS}`$ の射を書き表す約束は:
- 射を表す親文字は $`\Theta`$ を使う。
- 域(余域ではない)を上付き番号で示す。$`\Theta^k`$
- 同じ域・余域の生成射達は、$`0`$ から $`k`$ の番号を下付きで書く。$`\Theta^k_i \:(i = 0, \cdots, k)`$
$`\mbf{SS}`$ の生成射達を列挙すると:
- ‥‥
- $`\Theta^3_0, \Theta^3_1, \Theta^3_2 , \Theta^3_3 \;: 3 \to 2 \In \mbf{SS}`$
- $`\Theta^2_0, \Theta^2_1, \Theta^2_2 \;: 2 \to 1 \In \mbf{SS}`$
- $`\Theta^1_0, \Theta^1_1 \;: 1 \to 0 \In \mbf{SS}`$
$`\Theta^k_i`$ は $`\bdry^k_i`$ と同じ向きを持ちます。$`\Theta^k_i`$ と $`\bdry^k_i`$ は、共変関手としての $`G`$ で結ばれるので向きが変わらないのです。記号・記法としては、$`\Theta^k_i`$ を $`\bdry^k_i = G(\Theta^k_i)`$ と同一視すること($`G`$ の暗黙化)があります。
反変関手としての $`G`$ (もとの $`G`$)と、共変関手とみなした $`G`$ は同じ関手ではありません。異なる関手を同じ名前で呼んでいる(名前をオーバーロードしている)だけです。
共変関手とみなした $`G`$ は、「層化ストリング図 // 裏返し反変関手」で導入した裏返し関手〈reversing functor〉を用いて $`\mrm{Rev}_{\mbf{SS}}*G`$ と書けます。
反対圏と反変関手の扱いは、かなりイイカゲンと言わざるを得ません。興味があれば、次の過去記事も参照。
[/補足]
インデックスだけで考えると、$`\mbf{SS}`$ の恒等射以外の一般の射は、次の形です。
$`\quad (k, i_0); (k - 1, i_1) ; \cdots ; (k - l, i_l)`$
$`\mbf{ss}`$ からの反変関手は、$`\mbf{SS}`$ からの共変関手なので、半単体集合〈単体的有向高次グラフ〉は次のような共変関手です。
$`\quad G : \mbf{SS} \to \mbf{Set} \In \mbf{CAT}`$
関手 $`G`$ の射パートを次のように書いていたわけです。
$`\quad \bdry^k_i = G(\Theta^k_i) = G(\theta^k_i)\; : G(k) \to G(k - 1)\In \mbf{Set}`$
半単体集合〈単体的有向高次グラフ〉を使うには、形状圏である $`\mbf{ss}, \mbf{SS}`$ と、その上の前層/余前層に十分に慣れる必要があります。
半単体集合〈単体的有向高次グラフ〉のグロタンディーク構成
半単体集合〈単体的有向高次グラフ〉$`G`$ は次のような反変関手でした。
$`\quad G:\mbf{ss}^\op \to \mbf{Set} \In \mbf{CAT}`$
集合は離散圏とみなせるので、$`G`$ はインデックス付き圏とみなせます。インデックス付き圏としての $`G`$ にグロタンディーク構成を施せるので、それを $`\int G = \int_{\mbf{ss}} G`$ と書きます。前層に対するグロタンディーク構成(の結果)を特に要素の圏〈category of elements〉とも呼び、$`\mrm{el}(G)`$ とも書きます。
グロタンディーク構成は、次のファイバー付き圏〈fibered category | グロタンディーク・ファイブレーション | Grothendieck fibration〉を定義します。
$`\quad \pi : \int G \to \mbf{ss} \In \mbf{CAT}`$
$`\int G`$ の対象は依存ペアで書けます。「型理論/論理/インスティチューション理論の引っ越し準備 // 依存ペア」「型理論とコンテキスタッド: コンテキストフル射 // 依存ペアと作用演算」に書いたように、依存ペアの書き方はイッパイありますが、ここでは $`(k \mid \sigma)`$ を使います。$`k\in |\mbf{ss}|`$ で $`\sigma\in G_k`$ です。
$`\int G`$ の射は、3つ組 $`\A{\tau, \sigma, \varphi}`$ で書くことにします。ここで:
- $`\tau \in G(l)`$
- $`\sigma \in G(k)`$
- $`l \le k`$
- $`\varphi : l \to k \In \mbf{ss}`$
- $`\tau = G(\varphi)(\sigma)`$
$`G(\varphi) : G_k \to G_l \In \mbf{Set}`$ は、面写像の結合〈composition〉として書ける写像です。よって、$`\A{\tau, \sigma, \varphi}`$ の意味は、$`l`$-セル $`\tau`$ が $`k`$-セル $`\sigma`$ の“広義の面”となっていることです。“広義の面”という概念は、セルのあいだのインシデンス順序により定義できますが、今日は順序構造の話はしません。
ファイバー付き圏 $`\pi:\int G \to \mbf{ss}`$ は、半単体集合〈単体的有向高次グラフ〉$`G`$ の情報を完全に持っているので、このファイバー付き圏〈グロタンディーク・ファイブレーション〉が半単体集合〈単体的有向高次グラフ〉$`G`$ だと言ってもかまいません。
2-セルラー層
単体2-グラフ上のセルラー層を定義しましょう。「層」という言葉を使うことには疑問を感じるのですが、とりあえずは [BGCLB23-] に従っておきます。2次元のグラフ上で定義される構造なので、2-セルラー層〈2-cellular sheaf〉と呼びます。
2-セルラー層の台構造は、各次元ごとのセル集合〈set of cells〉上で定義され、ベクトル空間が値となる関数(ベクトル空間達の族)です。
$`\quad F_0 : G_0 \to |\mbf{FdVect}| \In \mbf{SET}\\
\quad F_1 : G_1 \to |\mbf{FdVect}| \In \mbf{SET}\\
\quad F_2 : G_2 \to |\mbf{FdVect}| \In \mbf{SET}
`$
$`G`$ を構成する頂点〈0-セル〉、有向辺〈1-セル〉、有向2-セルに対して実数係数有限次元ベクトル空間が割り当てられています。
我々の具体例に関していえば、次のようなベクトル空間達(合計で14個、同一なものがあるかも知れない)が決まっているわけです。
- 0-セルへの割り当て: $`F_0(1), F_0(2), F_0(3), F_0(4), F_0(5), F_0(6)`$
- 有向1-セルへの割り当て: $`F_1(\vec{12}),F_1(\vec{13}),F_1(\vec{14}),F_1(\vec{23}),F_1(\vec{34}),F_1(\vec{45})`$
- 有向2-セルへの割り当て: $`F_2(\vec{123}),F_2(\vec{134})`$
これらのベクトル空間達のあいだに、上昇写像〈rise map〉(「ニューラル拡散におけるセルラー層と層ラプラシアン // 上昇写像と下降写像」参照)のネットワークが張り巡らされます。上昇写像は、セルのあいだのインシデンス関係〈incidence relation〉(「ニューラル拡散におけるセルラー層と層ラプラシアン // 前提と注意事項」参照)によってインデックスされます(後述)。
上昇写像と下降写像
上昇写像〈rise map〉達の族〈ファミリー〉は、2-セルラー層の構成素のひとつです。上昇写像達の族は、セルのあいだのインシデンス関係(の要素であるペア)でインデックス付けされます。
インシデンス関係(の要素であるペア)は、2-セル $`\sigma`$ と、その面のひとつ $`\sigma\O i`$ のペアです。このペアは $`(i, \sigma)`$ と書けます。上昇写像は、$`(i, \sigma)`$ でインデックス付けられるので、$`\gamma(i, \sigma)`$ と書けますが、面写像と類似の記法を採用して以下のように書きます。
$`\quad \gamma^k_i(\sigma) : F_{k - 1}(\sigma\O i) \to F_k(\sigma) \In \mbf{FdVect}`$
$`k`$ は 2 か 1 なので:
$`\quad \gamma^2_i(\sigma) : F_{1}(\sigma\O i) \to F_2(\sigma) \In \mbf{FdVect}\\
\quad \gamma^1_i(\tau) : F_{0}(\tau\O i) \to F_1(\tau) \In \mbf{FdVect}
`$
$`i`$ も展開して書くと次の5つの写像です。
- $`\gamma^2_0(\sigma) : F_{1}(\sigma\O 0) \to F_2(\sigma) \In \mbf{FdVect}`$
- $`\gamma^2_1(\sigma) : F_{1}(\sigma\O 1) \to F_2(\sigma) \In \mbf{FdVect}`$
- $`\gamma^2_2(\sigma) : F_{1}(\sigma\O 2) \to F_2(\sigma) \In \mbf{FdVect}`$
- $`\gamma^1_0(\tau) : F_{0}(\tau\O 0) \to F_1(\tau) \In \mbf{FdVect}`$
- $`\gamma^1_1(\tau) : F_{0}(\tau\O 0) \to F_1(\tau) \In \mbf{FdVect}`$
2-セルラー層のすべてのベクトル空間 $`F^k(\sigma)`$ 達がすべて内積ベクトル空間だと仮定します。このときは、上昇写像の随伴線形写像が定義できます。「ニューラル拡散におけるセルラー層と層ラプラシアン // 上昇写像と下降写像」では、随伴写像をダガー($`(\hyp)^\dagger`$)で表しましたが、ここでは別な名前 $`\delta`$ を割り当てます。
$`\quad \delta^k_i(\sigma) := \gamma^k_i(\sigma)^\dagger \;: F_k(\sigma)\to F_{k-1}(\sigma\O i) \In \mbf{FdIpVect}`$
$`\mbf{FdIpVect}`$ は有限次元内積ベクトル空間達の圏です。射が内積を保存することは要求しません。$`\mbf{FdIpVect}`$ の射は、任意の線形写像です。$`\delta^k_i(\sigma)`$ は下降写像〈fall map〉です。線形写像の族 $`\gamma`$ と $`\delta`$ は、成分ごとに互いに随伴です。
2-セルラー層〈2-cellular sheaf〉は、ベクトル空間達の族 $`F_k`$ と上昇写像達 $`\gamma^k_i`$ で決まります。ベクトル空間には内積が入っていることも仮定します。下降写像達 $`\delta^k_i`$ は上昇写像達から定義可能です。逆に、下降写像達が先に決まっていれば、それから上昇写像達が定義できます。
ここで、今まで出てきた、射(写像を含む)達のインデックス付き族〈ファミリー〉をまとめておきます。
$`\quad \xymatrix{
0 \ar@/^/[r]^{\theta^1_j}
&1 \ar@/^/[r]^{\theta^2_i} \ar@/^/[l]^{\Theta^1_j}
&2 \ar@/^/[l]^{\Theta^2_i}
}\\
\quad \In \mbf{ss} \text{ or }\mbf{SS}
`$
$`\quad \xymatrix{
G_0
&G_1 \ar[l]^{\bdry^1_j}
&G_2 \ar[l]^{\bdry^2_i}
}\\
\quad \In \mbf{Set}
`$
$`\text{For }\sigma \in G_2\\
\quad \xymatrix@C+1pc{
{F_0(\sigma\O i \O j)} \ar@/^1pc/[r]^{\gamma^1_j(\sigma\O i)}
&{F_1(\sigma\O i)} \ar@/^1pc/[r]^{\gamma^2_i(\sigma)} \ar@/^1pc/[l]^{\delta^1_j(\sigma\O i)}
&{F_2(\sigma)} \ar@/^1pc/[l]^{\delta^2_i(\sigma)}
}\\
\quad \In \mbf{FdIpVect}
`$
形状圏($`\mbf{ss}`$ または $`\mbf{SS}`$)の射、写像(集合圏の射)、線形写像(内積ベクトル空間達の圏の射)は全くの別物です。様々なインデックス付き族が出てくるので混乱しないように注意しましょう。
テレスコープ前層としての2-セルラー層
2-セルラー層の定義をもう少し扱いやすくしましょう。2-セルラー層を、長さ2のテレスコープ前層として定義します。「テレスコープ〈telescope〉」は、型理論の用語ですが、他に適切な言葉を僕は知らないので、型理論から「テレスコープ」を拝借して使うことにします。テレスコープ前層は、テレスコープ達を対象とする前層、正確には前層の列です*3。
テレスコープ前層〈telescopic presheaf〉とは、前層の列 $`[P_1, P_2, \cdots P_n]`$ です。標準的には次のような形です。
- $`P_1 : \cat{C}^\op\to \mbf{Set}`$
- $`P_2 : (\int P_1)^\op \to \mbf{Set}`$
- $`\cdots`$
- $`P_n : (\int P_{n -1})^\op \to \mbf{Set}`$
$`n`$ はテレスコープ前層の長さ〈length〉といいます。前層(反変関手)だけでなく、余前層(共変関手)も混じっていいとします。また、関手の域も集合圏以外も認めます。グロタンディーク構成は、前層の余前層も区別せずに $`\int\hyp`$ と(ここでは)書くことにします。
すると、以下のような形になります。$`\varepsilon_i`$ には、$`\op`$ が入るか何も入らずに空っぽかのどちらかです。$`\mbb{V}_i`$ は、対象が圏である(あるいは圏とみなせる)圏または2-圏です。$`\cat{W}`$ は任意の圏でかまいません(もうグロタンディーク構成しないので)。
- $`P_1 : \cat{C}^{\varepsilon_1}\to \mbb{V}_1`$
- $`P_2 : (\int P_1)^{\varepsilon_2} \to \mbb{V}_2`$
- $`\cdots`$
- $`P_n : (\int P_{n -1})^{\varepsilon_n} \to \cat{W}`$
一般的なテレスコープ前層は、関手の列〈リスト〉であって、各関手の域がその直前の関手のグロタンディーク構成で得られるものです。グロタンディーク構成が次々と繰り返されるわけです。以下は長さ 3 のテレスコープ前層です。
余前層(共変関手)も混じることがあるので、「テレスコープ“前層”」は誤認誘発的〈confusing〉かも知れませんが、前層または余前層を“前層”で代表していると思ってください。
さて、半単体集合〈単体的有向n-グラフ〉$`G`$ 上のn-セルラー層 $`F`$ は、次のような長さ 2 のテレスコープ前層として定義できます。
$`\quad [G, F]`$
ここで:
- $`G: \mbf{ss}^\op \to \mbf{Set} \In \mbf{CAT}`$
- $`F: \int G \to \mbf{FdIpVect} \In \mbf{CAT}`$
長さ 2 なので、グロタンディーク構成は一回だけです*5。
$`F`$ は前節までに定義された2-セルラー層と同様なn-セルラー層ですが、少し視点を変えて見ることになります。
一般的に、$`\int G`$ の射は次の形でした。
$`\quad \A{\tau, \sigma, \varphi} : (l\mid \tau)\to (k\mid \sigma)\In \int G`$
$`\quad \xymatrix{
\tau \ar@{|->}[d]
&\sigma \ar@{|->}[l]_{G(\varphi)} \ar@{|->}[d]
\\
l \ar[r]_\varphi
&k
}\\
\quad \In \pi : \int G \to \mbf{ss}`$
すぐ上の図で縦方向の $`\mapsto`$ は $`\pi`$ の値割り当てです。この図式は、「関手のデカルト射とファイバー付き圏」で導入した関手ターゲットの図式〈functor-targeted diagram〉です。
$`\int G`$ の射は、以下のような生成射達で生成できます。
$`\quad \A{\sigma\O i, \sigma, \theta^k_i} : (k - 1 \mid \sigma\O i)\to (k\mid \sigma)\In \int G`$
$`\quad \xymatrix{
{\sigma\O i} \ar@{|->}[d]
&\sigma \ar@{|->}[l]_{G(\theta^k_i)} \ar@{|->}[d]
\\
(k - 1) \ar[r]_{\theta^k_i}
&k
}\\
\quad \In \pi : \int G \to \mbf{ss}`$
対象達と生成射達に対して値を決めれば、$`F`$ が定義できます。次のように決めます。
- $`F( (k- 1\mid \tau) ) := F_{k- 1}(\tau) \; \in |\mbf{FdIpVect}|`$
- $`F( (k \mid \sigma) ) := F_k(\sigma) \; \in |\mbf{FdIpVect}|`$
- $`F( \A{\sigma\O i, \sigma, \theta^k_i} ) := \gamma^k_i(\sigma)\; : F_{k-1}(\sigma\O i) \to F_k(\sigma)\In \mbf{FdIpVect}`$
'$`:=`$' の左辺は共変関手としての $`F`$ で、右辺は前節までの流儀で定義されているベクトル空間族 $`F_k`$ と上昇写像の族 $`\gamma^k_i`$ です。
新しい流儀では、n-セルラー層が単一の関手として定義されます。これで扱いは楽になります。
ベクトル空間族 $`F_k`$ と下降写像の族 $`\delta^k_i`$ からは、$`\int G`$ 上の反変関手が定義できます。その反変関手は $`F^\dagger`$ と書くことにします。$`F^\dagger`$ の定義は以下のようです。
- $`F^\dagger( (k- 1\mid \tau) ) := F_{k- 1}(\tau) \; \in |\mbf{FdIpVect}|`$
- $`F^\dagger( (k \mid \sigma) ) := F_k(\sigma) \; \in |\mbf{FdIpVect}|`$
- $`F^\dagger( \A{\sigma\O i, \sigma, \theta^k_i} ) := \delta^k_i(\sigma)\; : F_k(\sigma)\to F_{k-1}(\sigma\O i)\In \mbf{FdIpVect}`$
$`G`$ と $`F^\dagger`$ も長さ 2 のテレスコープ前層 $`[G, F^\dagger]`$ を定義します。
- $`G: \mbf{ss}^\op \to \mbf{Set} \In \mbf{CAT}`$
- $`F^\dagger: (\int G)^\op \to \mbf{FdIpVect} \In \mbf{CAT}`$
理論的には、単一の関手 $`F, F^\dagger`$ が便利ですが、記法の簡潔さは $`\gamma, \delta`$ を使うほうが有利なので、$`\gamma, \delta`$ は使い続けます。
- $`\gamma^k_i(\sigma) := F( \A{\sigma\O i, \sigma, \theta^k_i} )\; : F_{k-1}(\sigma\O i) \to F_k(\sigma)\In \mbf{FdIpVect}`$
- $`\delta^k_i(\sigma) := F^\dagger( \A{\sigma\O i, \sigma, \theta^k_i} ) \; : F_k(\sigma)\to F_{k-1}(\sigma\O i)\In \mbf{FdIpVect}`$
2-セルラー層の単体条件
単体条件は、半単体集合〈単体的有向高次グラフ〉の面写像のあいだに成立する等式でした。遡れば、形状圏である半単体圏 $`\mbf{ss}`$ で成立する等式が(反変的に)反映されたものです。さらに単体条件は、セルラー層にも受け継がれます。セルラー層の一般的な単体条件は次の形です。
$`\text{For }\sigma\in G_k\\
\quad \gamma^{k+1}_i(\sigma) \circ \gamma^k_j(\sigma\O j) = \gamma^{k + 1}_{j + 1}(\sigma)\circ \gamma^k_i(\sigma\O(i + 1) )\\
\text{where}\\
\quad 1 \le k \le n - 1 \\
\quad 0\le i \le j \le k
`$
セルラー層の単体条件は、線形写像のあいだの等式です。面写像の単体条件とよく似た形をしています。
2次元の場合に、セルラー層の単体条件を直感的・幾何的に理解することにします。その準備として、有向幾何単体(幾何実現された有向単体)の、部分単体の埋め込みについて考えます。$`\theta^k_i`$ の直感的・幾何的解釈で少し述べた内容ですが、改めてここでも述べます。
$`\sigma = \vec{IJK}`$ を2次元の有向幾何単体だとします。つまり、$`\sigma`$ は単なる組み合わせ的対象ではなくて、三角形(という図形)だと考えます。$`I, J, K`$ はその三頂点です。$`I, J, K`$ は、単体的2-グラフ内の大域番号($`I \le J\le K`$)であると同時に、一点集合とも同一視します。つまり、頂点集合 $`V = V_G`$ は自然数の部分集合(全順序付き)と同一視して、$`I = \vec{I} = \{I\}`$ のような同一視(あるいは記号の乱用)もする、ということです。この程度の同一視をしないと、記号が煩雑になってやってられないのです。

上の図で、$`\sigma`$ は三角形、$`I,J,K`$ は頂点、赤い番号は局所番号です。局所番号は $`I\lt J\lt K`$ から誘導され、三角形に向き〈orientation〉を与えます。
三角形〈2-単体〉には、自分自身も含めて7つの部分単体があります。列挙します。
- 部分2-単体: $`\vec{IJK}`$
- 部分1-単体: $`\vec{JK}, \vec{IK}, \vec{IJ}`$
- 部分0-単体: $`\vec{I}, \vec{J}, \vec{K}`$
部分単体を1次元上の親単体に埋め込む写像(位相空間のあいだの連続写像)を、ギリシャ文字 '$`\iota`$'〈イオタ〉に上下インデックスを付けて表します。例えば:
- $`\iota^2_0(\sigma) : \sigma\O 0 \to \sigma \In \mbf{Top}`$
- $`\iota^1_1(\sigma\O 1) : \sigma\O 1 \to \sigma\O 1\O 1 \In \mbf{Top}`$
すべての埋め込み写像を図示すると次のようになります。紫色の矢印が埋め込み写像を表します。

これを見ると、次の単体条件が成立していることが分かるでしょう。
- $`\iota^2_0(\sigma)\circ \iota^1_0(\sigma\O 0) = \iota^2_1(\sigma)\circ \iota^1_0(\sigma\O 1)\; : \vec{K} \to \sigma \In \mbf{Top}`$
- $`\iota^2_0(\sigma)\circ \iota^1_1(\sigma\O 0) = \iota^2_2(\sigma)\circ \iota^1_0(\sigma\O 2)\; : \vec{J} \to \sigma \In \mbf{Top}`$
- $`\iota^2_1(\sigma)\circ \iota^1_1(\sigma\O 1) = \iota^2_2(\sigma)\circ \iota^1_1(\sigma\O 2)\; : \vec{I} \to \sigma \In \mbf{Top}`$
一般的には次の形です。
$`\quad \iota^{k+ 1}_i(\sigma)\circ \iota^k_j(\sigma\O i)
= \iota^{k+ 1}_{j + 1}(\sigma)\circ \iota^k_i(\sigma\O(j + 1) )
\;: \sigma\O i\O j \to \sigma \In \mbf{Top}\\
\text{where }\\
\quad \sigma\O i\O j = \sigma\O (j + 1)\O i
`$
この単体条件は、面写像達の単体条件を、反変的に幾何実現したものです。面写像は、幾何的埋め込み写像($`\mbf{Top}`$ の射)ではなくて、親単体から面単体を選び出すだけの写像($`\mbf{Set}`$ の射)です。
2-セルラー層の単体条件 続き
2-セルラー層 $`F`$ に対する単体条件は、前節の埋め込み写像達の単体条件と同じです。$`\iota`$ を $`\gamma`$ に置き換えて、多少の調整をします。
- $`\gamma^2_0(\sigma)\circ \gamma^1_0(\sigma\O 0) = \gamma^2_1(\sigma)\circ \gamma^1_0(\sigma\O 1)\; : F_0(\vec{K}) \to F_2(\sigma) \In \mbf{FdIpVect}`$
- $`\gamma^2_0(\sigma)\circ \gamma^1_1(\sigma\O 0) = \gamma^2_2(\sigma)\circ \gamma^1_0(\sigma\O 2)\; : F_0(\vec{J}) \to F_2(\sigma) \In \mbf{FdIpVect}`$
- $`\gamma^2_1(\sigma)\circ \gamma^1_1(\sigma\O 1) = \gamma^2_2(\sigma)\circ \gamma^1_1(\sigma\O 2)\; : F_0(\vec{I}) \to F_2(\sigma) \In \mbf{FdIpVect}`$
一般的には次の形です。
$`\quad \gamma^{k+ 1}_i(\sigma)\circ \gamma^k_j(\sigma\O i)
= \gamma^{k+ 1}_{j + 1}(\sigma)\circ \gamma^k_i(\sigma\O(j + 1) ) \\
\qquad \;: F_{k - 1}(\sigma\O i\O j) \to F_{k + 1}(\sigma) \In \mbf{FdIpVect}\\
\text{where }\\
\quad \sigma\O i\O j = \sigma\O (j + 1)\O i
`$
前節の埋め込み写像達の単体条件は幾何的にハッキリした意味を持ちますが、2-セルラー層 $`F`$ の単体条件はどのように理解したらいいでしょうか? 2-セルラー層 $`F`$ の単体条件を直感的に納得するには、単体の部分単体(広義の面)で定義されたセクションのゼロ延長を事例として考えるといいでしょう。
例えば、2-セル(2-単体) $`\sigma = \vec{IJK}`$ と1-セル(1-単体) $`\sigma\O 2 = \vec{IJ}`$ を考えて、部分単体(この場合は面)$`\sigma\O 2`$ 上にスカラー場やベクトル場 $`\bs{v}`$ があるとします。$`\bs{v}`$ は、$`\sigma\O 2`$ 上でだけ定義されたセクションと言えます。$`\bs{v}\in F(\sigma\O 2)`$ です。
セクション $`\bs{v}`$ を親の単体 $`\sigma`$ 上に広げて定義したい(延長したい)とき、どうすればいいでしょうか? $`\sigma\O 2 = \vec{IJ}`$ 上ではもとの値として、その他の場所ではゼロと定義するのが最も簡単でしょう。こうして親の単体 $`\sigma`$ にまで広げたセクションを $`\bs{v}`$ のゼロ延長〈zero prolongation〉と呼びます。$`\bs{v}`$ のゼロ延長を、位相空間 $`\sigma`$ 上の関数と考えた場合、不連続な関数になりますが、今は組み合わせ的議論をしている(図形的・連続的描像は補助に過ぎない)ので気にしなくていいです。
$`\sigma`$ の部分単体(面) $`\sigma\O 2`$ 上のセクションのゼロ延長は次のような写像を定義します。
$`\quad \gamma^2_2(\sigma) : F_1(\sigma\O 2) \to F_2(\sigma) \In \mbf{FdIpVect}`$
同様に、$`\sigma`$ の部分単体(面) $`\sigma\O 0`$ 上のセクションのゼロ延長は次のような写像を定義します。
$`\quad \gamma^2_0(\sigma) : F_1(\sigma\O 1) \to F_2(\sigma) \In \mbf{FdIpVect}`$
ところで、0次元部分単体 $`J = \vec{J} = \{J\}`$ 上のセクションの、$`\sigma`$ 上のセクションへの延長として、以下の二種類が考えられます。
- $`\gamma^2_2(\sigma)\circ \gamma^1_0(\sigma\O 2) = \gamma^1_0(\sigma\O 2); \gamma^2_2(\sigma) \;: F(\vec{J})\to F(\sigma) \In \mbf{FdIpVect}`$
- $`\gamma^2_0(\sigma) \circ \gamma^1_1(\sigma\O 0) = \gamma^1_1(\sigma\O 0); \gamma^2_0(\sigma) \;: F(\vec{J})\to F(\sigma) \In \mbf{FdIpVect}`$
一般的には、これら2つの写像が一致することは保証されません。単体条件は、これらは一致すべしと強制しています。上記の2つの写像が一致するということは、頂点 $`\vec{J}`$ での値が一意に決まり、$`(\sigma\O 2) \cup (\sigma\O 0)`$ での値もちゃんと決まることになります。
単体条件は、部分単体上でのセクションを $`\gamma^2_k, \gamma^1_j`$ 達を使って $`\sigma`$ 上に移してから貼り合わせようとしたときに、交わり部分での齟齬・不整合が起きないことを保証します。層の貼り合わせ条件を彷彿とさせます。それ故に、セルラー層と命名したのかも知れません*6。
注意すべきことは、以上の話は直感的納得感のためのものだ、ということです。$`\gamma^k_i`$ が常にゼロ延長だとは言ってません。分かりやすい典型例(例え話に近い)としてゼロ延長を引き合いに出しただけです。眼目は、部分単体上の断片的なセクション達を貼り合わせたいときに、単体条件が貼り合わせ可能性を保証することです。
2-セルラー層のセクション
セルラー層のセクションについては、「ニューラル拡散におけるセルラー層と層ラプラシアン // 異種混合ベクトル場」で述べています。基本的アイディアは過去記事と同じですが、セル(単体)に向きが付き、次元が上がったので再度説明します。
テレスコープ前層としてのセルラー層 $`[G, F]`$ を考えます。
$`\quad \xymatrix{
{\int G} \ar[r]^-F \ar[d]_\pi
&{\mbf{FdIpVect} }
\\
{\mbf{ss}}
&{}
}\\
\quad \In \mbf{CAT}
`$
グロタンディーク・ファイブレーション $`\pi`$ の定義から、ファイバー $`\pi^{-1}(k)`$ は離散圏(つまり集合)です。ファイバーである集合を $`G_k := \pi^{-1}(k)`$ と書きます。$`G_k`$ はもちろん、$`G`$ の“k-セル達の集合”です。
共変関手 $`F: \int G \to \mbf{FdIpVect}`$ を、ファイバー $`G_k`$ に制限した関手を次のように書きます。
$`\quad F_k := F|_{G_k} \;: G_k \to \mbf{FdIpVect} \In \mbf{CAT}`$
$`G_k = \pi^{-1}(k)`$ が離散圏なので、関手 $`F_k`$ は次の写像と同一視できます。
$`\quad F_k : G_k \to |\mbf{FdIpVect}| \In \mbf{SET}`$
この $`F_k`$ が「k-セルに有限次元内積ベクトル空間を対応させるベクトル空間族」です。
$`F_k`$ に対するセクションは「ニューラル拡散におけるセルラー層と層ラプラシアン // 異種混合ベクトル場」で述べたとおりです。次の略記を使います。
$`\quad \bigcup(F_k) = \bigcup_{\sigma\in G_k}F_k(\sigma)`$
セクション $`\bs{u}`$ は次のように書けます。
$`\quad \bs{u} : G_k \to \bigcup(F_k) \In \mbf{Set}\\
\text{where } \bs{u}_\sigma \in F_k(\sigma)
`$
セクション条件 $`\bs{u}_\sigma \in F_k(\sigma)`$ を満たすことを、$`\text{section}`$ を付けて明示します。
$`\quad \bs{u} : G_k \to \bigcup(F_k) \text{ section }\In \mbf{Set}
`$
つまり:
$`\quad \bs{u}\in \mrm{Sect}(F_k)\\
\iff \bs{u} : G_k \to \bigcup(F_k) \text{ section }\In \mbf{Set}
`$
シグマ型(離散圏のグロタンディーク構成)とパイ型(セクション空間)を知っていれば、それを使って $`\mrm{Sect}(F_k)`$ を定義してもかまいません(そのほうがカッコイイ)。
次の同型が成立するのでした。
$`\quad \mrm{Sect}(F_k)\cong \bigoplus_{\sigma\in G_k}F_k(\sigma) \In \mbf{FdIpVect}`$
外微分作用素
2-セルラー層に関する外微分作用素〈exterior differential operator〉 $`d^i`$ ($`i = 2, 1`$)を定義します。(離散化された)外微分作用素は次のような線形写像です。
$`\quad d^2 : \mrm{Sect}(F_1) \to \mrm{Sect}(F_2) \In \mbf{FdIpVect}\\
\quad d^1 : \mrm{Sect}(F_0) \to \mrm{Sect}(F_1) \In \mbf{FdIpVect}
`$
$`d^2`$ の右肩の 2 は次元を示すインデックスで、$`d^2 = dd`$ ではないので注意してください。また、$`d`$ の右肩に載せている番号(次元)は、多数派の約束とは違います。が、一般次元の外微分の定義が次のように書けるので便利です。
$`\quad (d^k \bs{u})_\sigma := \sum_{i = 0}^k (-1)^i \gamma^k_i(\sigma)(\bs{u}_{\sigma\O i})`$
より具体的には:
$`\text{For } \bs{y}\in \mrm{Sect}(F_1)\\
\text{For } \sigma \in G_2\\
\quad (d^2 \bs{y})_\sigma :=
\gamma^2_0(\sigma)( \bs{y}_{\sigma\O 0})
- \gamma^2_1(\sigma)( \bs{y}_{\sigma\O 1})
+ \gamma^2_2(\sigma)( \bs{y}_{\sigma\O 2})
`$
$`\text{For } \bs{x}\in \mrm{Sect}(F_0)\\
\text{For } \tau \in G_1\\
\quad (d^1 \bs{x})_\tau :=
\gamma^1_0(\tau)( \bs{x}_{\tau\O 0})
- \gamma^1_1(\tau)( \bs{x}_{\tau\O 1})
`$
$`\sigma = \vec{IJK}`$ 、 $`\tau= \vec{IJ}`$ という記法で書けば:
$`\text{For } \bs{y}\in \mrm{Sect}(F_1)\\
\text{For } \vec{IJK} \in G_2\\
\quad (d^2 \bs{y})_\vec{IJK} :=
\gamma^2_0(\vec{IJK})( \bs{y}_{\vec{JK}})
- \gamma^2_1(\vec{IJK})( \bs{y}_{\vec{IK}})
+ \gamma^2_2(\vec{IJK})( \bs{y}_{\vec{IJ}})
`$
$`\text{For } \bs{x}\in \mrm{Sect}(F_0)\\
\text{For } \vec{IJ} \in G_1\\
\quad (d^1 \bs{x})_\vec{IJ} :=
\gamma^1_0(\vec{IJ})( \bs{x}_{\vec{J}})
- \gamma^1_1(\vec{IJ})( \bs{x}_{\vec{I}})
`$
外微分作用素のベキ零性
外微分作用素の(平方に関する)ベキ零性は $`d d = d\circ d = 0`$ ということです。2次元の場合は、$`d^2 \circ d^1 = 0`$ のこと(以下の可換図式)です。
$`\quad \xymatrix{
{\mrm{Sect}(F_0)} \ar[r]^{d^1} \ar@/_2pc/[rr]_0
&{\mrm{Sect}(F_1)} \ar[r]^{d^2}
&{\mrm{Sect}(F_2)}
}\\
\quad \text{commutative }\In \mbf{FdIpVect}
`$
2次元の場合に、外微分作用素のベキ零性を、具体的な計算で示します。
0次元のセクション $`\bs{x}\in \mrm{Sect}(F_0)`$ を任意に取って、その外微分 $`d^1 \bs{x}`$ を $`\bs{y} \in \mrm{Sect}(F_1)`$ と置きます。
$`\text{For }\tau\in G_1\\
\quad \bs{y}_\tau := (d^1\bs{x})_\tau
= \gamma^1_0(\tau)(\bs{x}_{\tau\O 0}) - \gamma^1_1(\tau)(\bs{x}_{\tau\O 1})
`$
$`\bs{y}`$ を外微分します。定義より:
$`\quad (d^2 \bs{y})_\sigma :=
\gamma^2_0(\sigma)( \bs{y}_{\sigma\O 0})
- \gamma^2_1(\sigma)( \bs{y}_{\sigma\O 1})
+ \gamma^2_2(\sigma)( \bs{y}_{\sigma\O 2})
`$
$`\bs{y} = d^1\bs{x}`$ であることから:
$`\quad \bs{y}_{\sigma\O 0} \\
= \gamma^1_0(\sigma\O 0)( \bs{x}_{\sigma\O 0\O 0}) - \gamma^1_1(\sigma\O 0)( \bs{x}_{\sigma\O 0\O 1})
`$
$`\quad \bs{y}_{\sigma\O 1} \\
= \gamma^1_0(\sigma\O 1)( \bs{x}_{\sigma\O 1\O 0}) - \gamma^1_1(\sigma\O 1)( \bs{x}_{\sigma\O 1\O 1})
`$
$`\quad \bs{y}_{\sigma\O 2} \\
= \gamma^1_0(\sigma\O 2)( \bs{x}_{\sigma\O 2\O 0}) - \gamma^1_1(\sigma\O 2)( \bs{x}_{\sigma\O 2\O 1})
`$
これらを代入すると(視認性のために丸括弧だけでなく角括弧も使います):
$`\quad (d^2 \bs{y})_\sigma := \\
\quad\:\:\: \gamma^2_0(\sigma)[\, \gamma^1_0(\sigma\O 0)( \bs{x}_{\sigma\O 0\O 0}) - \gamma^1_1(\sigma\O 0)( \bs{x}_{\sigma\O 0\O 1}) \,]\\
\quad - \gamma^2_1(\sigma)[\, \gamma^1_0(\sigma\O 1)( \bs{x}_{\sigma\O 1\O 0}) - \gamma^1_1(\sigma\O 1)( \bs{x}_{\sigma\O 1\O 1}) \,]\\
\quad + \gamma^2_2(\sigma)[\, \gamma^1_0(\sigma\O 2)( \bs{x}_{\sigma\O 2\O 0}) - \gamma^1_1(\sigma\O 2)( \bs{x}_{\sigma\O 2\O 1}) \,]
`$
$`\gamma^k_i`$ 達は線形写像なので、分配法則を使って展開できます。
$`\quad (d^2 \bs{y})_\sigma := \\
\quad\:\:\: \gamma^2_0(\sigma)\gamma^1_0(\sigma\O 0)( \bs{x}_{\sigma\O 0\O 0}) - \gamma^2_0(\sigma)\gamma^1_1(\sigma\O 0)( \bs{x}_{\sigma\O 0\O 1}) \\
\quad - \gamma^2_1(\sigma)\gamma^1_0(\sigma\O 1)( \bs{x}_{\sigma\O 1\O 0}) + \gamma^2_1(\sigma)\gamma^1_1(\sigma\O 1)( \bs{x}_{\sigma\O 1\O 1}) \\
\quad + \gamma^2_2(\sigma)\gamma^1_0(\sigma\O 2)( \bs{x}_{\sigma\O 2\O 0}) - \gamma^2_2(\sigma)\gamma^1_1(\sigma\O 2)( \bs{x}_{\sigma\O 2\O 1})
`$
単体条件が使えるように、項を入れ替えます。
$`\quad (d^2 \bs{y})_\sigma := \\
\quad\:\:\: [\,
\gamma^2_0(\sigma)\gamma^1_0(\sigma\O 0)( \bs{x}_{\sigma\O 0\O 0})
- \gamma^2_1(\sigma)\gamma^1_0(\sigma\O 1)( \bs{x}_{\sigma\O 1\O 0})
\,]\\
\quad - [\,
\gamma^2_0(\sigma)\gamma^1_1(\sigma\O 0)( \bs{x}_{\sigma\O 0\O 1})
- \gamma^2_2(\sigma)\gamma^1_0(\sigma\O 2)( \bs{x}_{\sigma\O 2\O 0})
\,]\\
\quad + [\,
\gamma^2_1(\sigma)\gamma^1_1(\sigma\O 1)( \bs{x}_{\sigma\O 1\O 1})
- \gamma^2_2(\sigma)\gamma^1_1(\sigma\O 2)( \bs{x}_{\sigma\O 2\O 1})
\,]
`$
角括弧の内部は、$`\gamma^k_i`$ 達の単体条件からゼロになります。したがって、次が成立します。
$`\text{For }\sigma \in G_2\\
\quad (d^2 d^1 \bs{x})_\sigma = 0
`$
これで、外微分作用素のベキ零性 $`dd = 0`$ が示せました。
2-セルラー層の異種混合ド・ラーム複体
2-セルラー層 $`[G, F]`$ に対して、$`\mrm{Sect}(F_3) = \{0\}`$ です。便宜上、$`\mrm{Sect}(F_{-1} ) = \{0\}`$ と置くと、次のようなベクトル空間と線形写像の系列が得られます。
$`\quad \{0\} = \mrm{Sect}(F_{-1}) \overset{0}{\to} \mrm{Sect}(F_0) \overset{d^1}{\to} \mrm{Sect}(F_1) \overset{d^2}{\to} \mrm{Sect}(F_2) \overset{0}{\to} \mrm{Sect}(F_3)= \{0\}`$
この系列を、2-セルラー層 $`[G, F]`$ の異種混合ド・ラーム複体〈heterophilic de Rham complex〉と呼びましょう。異種混合であるのは、関手 $`F:\int G\to \mbf{FdIpVect}`$ の値に様々な(同型とは限らない)ベクトル空間が現れる可能性があるからです。
異種混合ド・ラーム複体から、$`[G, F]`$ のコホモロジー・ベクトル空間 $`H^2(G, F), H^1(G, F), H^0(G, F)`$ が得られます。
セクション達のベクトル空間 $`\mrm{Sect}(F_k)`$ に内積を定義できて、外微分作用素 $`d^k`$ の随伴線形写像 $`{d^\dagger}^k := (d^k)^\dagger`$ を定義できます。これらはホッジ分解へと繋がります。それらの話題は次の機会として、異種混合ド・ラーム複体が定義できたところで、この記事はオシマイにします。
*1:原則として僕は、多数派の記法を採用するのですが、記述・計算のときに鬱陶しいので多数派記法に嫌気が差しました。
*2:要素ではなくて単元集合としたほうが一貫性はあります。しかし $`1`$ ではなくて $`\{1\}`$ と書くのが面倒なので要素とします。
*3:型理論におけるテレスコープ前層については、「パルムグレンによる、型理論の複前層モデル」参照。ただし、当該過去記事では「テレスコープ前層」とは言ってません。「テレスコープ」の一般的用法については「テレスコープと包括クラン」参照。
*4:画像は https://www.amazon.co.jp/dp/B0CDCJLZ6F より。プラスチック製のレプリカです。海賊のコスプレの小道具などに使うようです。
*5:長さ 2 だけなら、テレスコープ前層を持ち出すのはオーバーキルだったかも知れません。
*6:論文 [BGCLB23-] では、1次元の無向グラフだけを考えているので、スカラー場/ベクトル場の調和性(ラプラシアンがゼロ)を貼り合わせ条件の類似と考えているようです。それだと、単体条件とはちょと違います。セルラー層とほんとの層との類似性に関して、僕とは認識のズレがあるかも知れません。
