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参照用 記事

関手のテンソル積、米田拡張、位相実現〈幾何実現〉

関手のテンソル積(コエンド) // あれれ」において、関手のテンソル積と類似した状況があちこちで出現するけど何でだろう? てなことを書いています。これはおそらく、米田拡張やコエンド公式〈coend formula〉が色々な場面で使われる、ってことでしょう。形状付き集合の位相実現〈幾何実現〉もその一例です。$`\newcommand{\cat}[1]{\mathcal{#1}}
\newcommand{\mrm}[1]{\mathrm{#1}}
\newcommand{\mbf}[1]{\mathbf{#1}}
\newcommand{\msf}[1]{\mathsf{#1}}
%\newcommand{\o}[1]{\overline{#1}}
\newcommand{\id}{\mathrm{id}}
\newcommand{\op}{\mathrm{op}}
\newcommand{\In}{\text{ in }}
\newcommand{\hyp}{ \text{-} }
%\newcommand{\twoto}{\Rightarrow }
\newcommand{\KC}{\mathop{;;}}
`$

内容:

話題と参考資料

関手のテンソル積は「関手のテンソル積(コエンド)」で話題にしました。そのとき参照したスラウイの論文は以下です。

米田拡張は、米田埋め込みに沿った左カン拡張のことです。次のnLab項目に定義と説明があります。

関手 $`F`$ の米田拡張は、nLabの記法だと $`\tilde{F}`$ ですが、この記事では $`F^\#`$ あるいは $`F^{\#よ}`$ を使います。米田拡張は米田モナドのクライスリ拡張として登場します(他の用途もありますが)。米田モナドを扱った過去記事は以下があります。

各種の幾何実現についても、nLab項目に定義と説明があります。

nLab項目の注記 Remark 1.1. (alternative terminology: “topological realization”) に次のような記述があります。

"geometric realization // Remark 1.1." より:

it is somewhat inaccurate or at least misleading, ..[snip]..

..[snip]..

In conclusion, a more accurate and more descriptive term for the realization operation discussed here would be topological realization.


それ[用語「幾何実現」]は幾分不正確であり、少なくとも“誤解を招く”とは言えます。..[snip]..

..[snip]..

結論として、ここで議論した実現操作のより正確で説明的な用語は、位相実現です。

実際のところ、「幾何実現」しか見たことないです*1が、位相実現つうか「圏 $`\mbf{Top}`$ における実現」というほうが正確ではあります。圏 $`\mbf{Top}`$ 以外を実現のターゲット圏に使うこともあるでしょう。

形状付き集合〈shaped set〉の位相実現を話題にしている過去記事は以下です。

米田拡張とコエンド公式

関手 $`F:\cat{C}\to \cat{D}`$ の米田拡張〈Yoneda extension〉は、米田埋め込みに沿った左カン拡張なので、次のストリング図中の疑問符のところを埋める普遍的な解〈フィラー〉です(テンプレート充填問題の解、「カン拡張ラムダ計算化 方針」参照)。

$`\quad \xymatrix@C+1pc{
{}
&F \ar@{-}[dd]
&{}
\\
{\cat{C}}
&{}
&{\cat{D}}
\\
{}
&*+[o][F]{?} \ar@{-}[ddl] \ar@{-}[ddr]
&{}
\\
{}
&{\cat{C}^{\wedge} }
&{}
\\
{よ^{\wedge}}
&{}
&{?}
}\\
\quad\In \mbf{CAT}
`$

ポアンカレ双対を取ったペースティング図のほうがいいなら:

$`\quad \xymatrix@R+0.5pc {
\cat{C} \ar[rr]^{F} \ar[dr]_{よ^{\wedge}}
&{} \ar@{}[d]|{?}
&{\cat{D} }
\\
{}
&\cat{C^{\wedge} } \ar[ur]_{?}
&{}
}\\
\quad \In \mbf{CAT}
`$

$`\mrm{Lan}_{よ^\wedge}(F)`$ を $`F^\#`$ と書くことにします。上付きシャープは、モナド/相対モナドのクライスリ拡張として使っている記法(例えば「相対モナドと集合係数の線形代数」参照)ですが、モナド/相対モナドとは限らない文脈でも“拡張”の記号として使うことにします。拡張が米田埋め込みに沿っていることを強調したいなら $`F^{\#よ}`$ と書くことにします。

さて、左カン拡張の具体的な表示としてコエンド公式〈coend formula〉があります。nLab項目(の節) "Kan extension // In terms of (co)ends" に公式があります。重み付き余極限による〈In terms of weighted (co)limits〉表示をコエンドで書き換えたらこうなる、と書いてあります。

コエンド公式を米田拡張の場合に特殊化して書き下すと次のようです。

$`\quad F^\#(A) \cong \int^{x \in |\cat{C}|} \cat{C}^\wedge(よ^x, A)\cdot F(x)
`$

ここで:

  • $`F:\cat{C} \to \cat{D}`$
  • $`F^\# :\cat{C}^\wedge \to \cat{D}`$
  • $`A \in |\cat{C}^\wedge| \;\text{ i.e. } A: \cat{C}^\op \to \mbf{Set}`$
  • $`F^\#(A) \in |\cat{D}|`$
  • $`よ^x = よ_\cat{C}(x)\; : \cat{C}^\op \to \mbf{Set}`$
  • $`\cdot`$ は、余パワー演算(copower 参照)

米田の補題から、
$`\quad \cat{C}^\wedge(よ^x, A) \cong A(x)`$
なので、次のように書き換えられます。

$`\quad F^\#(A) \cong \int^{x \in |\cat{C}|} A(x) \cdot F(x)
`$

$`x\in |\cat{C}|`$ に対する $`A(x)`$ は集合なので、$`A(x) \cdot F(x)`$ は、集合と $`\cat{D}`$ の対象 $`F(x)`$ との余パワー(一種の掛け算)です。比喩的に言うなら、$`F(x)`$ 達に重み $`A(x)`$ を付けて寄せ集めた重み付き平均が $`F^\#(A)`$ です。

関手のテンソル積と位相実現

前節のセッティングで、$`F`$ は関手ですが、$`\cat{C}^\wedge`$ の対象 $`A`$ も関手です。

  • $`F:\cat{C} \to \cat{D} \In \mbf{CAT}`$
  • $`A:\cat{C}^\op \to \mbf{Set} \In \mbf{CAT}`$

集合圏 $`\mbf{Set}`$ が圏 $`\cat{D}`$ に余パワーで作用している、という状況があります。

この状況で、関手 $`F`$ の米田拡張 $`F^\#`$ に引数として関手 $`A`$ を渡した $`F^\#(A)`$ を $`F\otimes A`$ とか $`A\otimes F`$ とか書いて、関手のテンソル積〈tensor product of functors〉とも呼ぶのです。

テンソル積というと、左右が対称である印象がありますが、関手のテンソル積では対称性はありません。$`F`$ は $`\cat{D}`$ への共変関手で、$`A`$ は $`\mbf{Set}`$ への反変関手です。$`F`$ は米田拡張してますが、$`A`$ には何もしていません。非対称性を示唆するために、記号 '$`\otimes`$' ではなくて '$`\ltimes`$' (半直積の記号)を使えばよいと思いますが、「どっちを左にするか」とかでまた悩まされます*2

形状付き集合〈shaped set〉の位相実現〈topological realization〉も、関手のテンソル積(つまり米田拡張)を使って定義できます。記法を少し変えて次のセッティングだとしましょう。

$`\quad \xymatrix@C+1pc{
{}
&G \ar@{-}[dd]
&{}
\\
{\cat{S}}
&{}
&{\mbf{Top}}
\\
{}
&*+[o][F]{?} \ar@{-}[ddl] \ar@{-}[ddr]
&{}
\\
{}
&{\cat{S}^{\wedge} }
&{}
\\
{よ^{\wedge}}
&{}
&{?}
}\\
\quad\In \mbf{CAT}
`$

ここで:

  • $`\cat{S}`$ は、形状付き集合の形状圏〈shape category | category of shape sorts〉、リーディ圏になっている(「位相的形状付き集合 再論」参照)。
  • 関手 $`G`$ は、$`\cat{S}`$ の対象・射に位相的(圏 $`\mbf{Top}`$ 内の)対象・射を割り当てる関手。
  • $`\cat{S}^\wedge = [\cat{S}^\op, \mbf{Set}]`$ は、$`\cat{S}`$-形状付き集合達の圏。対象は$`\cat{S}`$-形状付き集合 $`A:\cat{S}^\op \to \mbf{Set}`$

形状圏 $`\cat{S}`$ 、形状付き集合〈前層〉 $`A`$ 、関手 $`G`$ を一緒にした $`(\cat{S}, A, G)`$ は位相的形状付き集合〈topological shaped set〉です(「位相的形状付き集合 再論 // 位相的形状付き集合」参照)です。位相的形状付き集合の組み合わせパートが $`A`$ で、幾何パート〈位相パート〉が $`G`$ です。

集合圏〈集合達の圏〉 $`\mbf{Set}`$ は、位相空間達の圏 $`\mbf{Top}`$ に余パワー(記号は '$`\cdot`$' )で作用しています。この余パワーは、集合を離散空間〈discrete space〉とみなしての(位相空間の)直積と同じです。

$`\text{For }S \in |\mbf{Set}|\\
\text{For }X \in |\mbf{Top}|\\
\quad S\cdot X \cong \mrm{DiscSp}(S) \times X \In \mbf{Top}`$

形状付き集合〈組み合わせパート〉 $`A`$ の幾何パート $`G`$ による位相実現〈幾何実現〉は、次の米田拡張の値(米田拡張した関手への引数渡し)で与えられます。

$`\quad G^\#(A) = G^{\#よ}(A) = (\mrm{Lan}_{よ^\wedge}(G) )(A) \; \in |\mbf{Top}|`$

「$`G`$ と $`A`$ のテンソル積」は、「米田拡張の値」の別な言い方です。

*1:「長いものには巻かれろ〈大勢には迎合せよ〉」主義で言えば、「幾何実現」を使ったほうが無難です。「位相実現」のほうが適切でも通じない可能性があります。

*2:半直積の記号は、「組み合わせ幾何の基本: 幾何グラフの位相実現」のなかで、貼り合わせプラン $`A \ltimes X`$ として使っています。この場合、左側が前層です。