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参照用 記事

ホモトピー・ナントカ

ホモトピーをヘビーに使う型理論が登場したりして、コンピュータ屋さんでも「ホモトピーなんて無関係」とも言ってられないようです。とか言いながら、僕はろくに知りませんけど(苦笑)。まー、用語くらいは調べておこうかな。

トム・レンスター(Tom Leinster)が、Up-to-Homotopy Monoids という8ページの論文(http://arxiv.org/abs/math/9912084)を書いているのですが、その冒頭で、ホモトピーモノイド(homotopy monoid)という用語に関する注意を述べています。「ホモトピーモノイド」は、「ホモトピー群」の「群」を「モノイド」に置き換えたものと誤解されそうだ、と。そこでレンスター論文のタイトルには"Up-to-"が付いているのです。もっとも、本文では平気で homotopy monoid を使っていますけど。

この例に限らず、ホモトピー・ナントカという言葉はとても紛らわしいです。混乱しない程度に整理しておくことにします。

内容:

  1. ホモトピーとホモトープ
  2. 基本群とホモトピー群
  3. 基本圏
  4. ホモトピー同値
  5. 弱同値
  6. ホモトピー
  7. なぜホモトピーなのか?

ホモトピーとホモトープ

単に「ホモトピー」(名詞)と言った場合、それは2つの連続写像を繋ぐ連続変形のことです。

Top位相空間連続写像の圏として、[0, 1]は位相空間と考えた実数区間とします。f, g:X→Y in Top のとき、次のような H:[0, 1]×X→Y in Top を、fからgへのホモトピーと呼びます。

  • 任意の x∈X に対して、H(0, x) = f(x)、H(1, x) = g(x)

fからgへのホモトピーHが存在するとき、fとgはホモトープ(homotope)、またはホモトピック(homotopic)であると言います。fからgへのホモトピーHが存在すれば、gからfへのホモトピーも存在しますから、f, gの順序を気にする必要はりません。それだけでなく、ホモトープ関係は同値関係になっています。

Hは連続写像なので、そのことを強調してホモトピー写像ということもあります。僕は、ホモトピー変形(deformation)が感覚的にはピッタリな気がします。

基本群とホモトピー群

一点を指定した位相空間を基点付き位相空間(pointed topological space)と呼びます。基点付き位相空間と基点を保存する連続写像の圏を Top* とします。一点を指定した円周を (S1, *) としましょう。ここで、星印 * は、基点の一般的な(そしてイイカゲンな)表現です。f:(S1, *)→(X, *) in Top* を (X, *) のループと呼びます。

f:(S1, *)→(X, *) in Top* は、f:[0, 1]→X in Top であって、f(0) = f(1) = * であるものとして表現できます。この表現のほうが分かりやすいので、以下これを使います。

z:[0, 1]→X を、定数写像 z(t) = * と定義すると、zはループとなります。f, g:[0, 1]→X が2つのループのとき、λt∈[0, 1/2].f(t/2) と λt∈[1/2, 1].g(1/2 + t/2) を繋ぎ合わせたループを f・g とします。また、λt∈[0, 1].f(1 - t) を f~ と書くことにします。

Top*((S1, *), (X, *)) を短く Ω(X, *) と書くことにすると、z∈Ω(X, *)、 (-・-):Ω(X, *)×Ω(X, *)→Ω(X, *)、 (-)~:Ω(X, *)→Ω(X, *) です。定数z、二項演算 (-・-)、単項演算 (-)~は、このままでは群になりませんが、ホモトープ同値関係で割り算する(商集合を作る)と群になります。こうして作った群が基本群(fundamental group)です。

基点付き空間 (X, *) の基本群は普通 π(X, *) と表記します。π(X, *) の定義に使った Top*((S1, *), (X, *)) を Top*((Sn, *), (X, *)) に置き換えて、n次のホモトピー群が定義できます。n = 1 の場合が基本群なので、「基本群=1次のホモトピー群」となります。n ≧ 2 のn次のホモトピー群高次ホモトピー群と呼ぶこともあります。高次ホモトピー群はアーベル群になります。

基本圏

基本群は、基点付き空間に対して定義されていましたが、基点がない場合は基本群が定義できないので、代わりに基本圏(fundamental category)を定義します。通常の空間では、基本圏は亜群(groupoid)になりますが、有向位相構造(directed topology)が載った空間では、亜群になるとは限りません。なお、有向位相構造は位相構造の一種ではなくて、位相構造にプラスして道の空間にとある構造を追加したものです*1

基本圏の定義は基本群と類似していて、基点を指定されてない空間Xに対して、道の集合と、自明な道、2つの道の連結を考えます。2点 x, y∈X を結ぶ道の全体を Ω(X, x, y) とします。圏 F = F(X) を次のように定義します。

  • |F| = X (ただし、Xを単なる集合と考える)
  • F(x, y) = (Ω(X, x, y)/ホモトープ)
  • 射の結合は、道の連結を同値類に落として考える
  • xの恒等射は、値がxである自明な道の同値類

ホモトピー群のときは、n次のホモトピー群があり、特に n = 1 の場合を基本群と呼ぶ、という用語法でした。しかし、基本圏の一般化をホモトピー圏と呼ぶわけにはいかない(既に別な意味で使われている)ので、n次の基本圏高次基本圏などと呼びます。

n次の基本圏はn-圏(n次元の高次圏)だろうと期待されますが、高次圏の定義が確定してないので、高次基本圏の安定した定義もないようです*2。0次の基本圏は0-圏、つまり単なる集合で、位相空間Xの弧状連結成分の集合となります。0次基本圏を、0次のホモトピー集合と呼ぶことはあるようです。基本群/ホモトピー群の理論は、いずれは基本圏の理論の一部と位置付けられるのでしょう。

ホモトピー同値

ホモトピー同値」には、次の2つの用法があります。

  1. 連続写像 f:X→Y がホモトピー同値写像である。
  2. 2つの空間XとYがホモトピー同値である。

f:X→Y がホモトピー同値写像であるとは、連続写像 g:Y→X が存在して、f;g が idX とホモトープ、g;f が idY とホモトープとなることです。ホモトピーHによるホモトープ関係を 〜 via H と書くことにすると、f:X→Y がホモトピー同値写像であるとは、次のような g, H, K が存在することです。

  • f;g 〜 idX via H:[0, 1]×X→X
  • g;h 〜 idY via K:[0, 1]×Y→Y

fはホモトピー可逆(homotopy invertible)で、ホモトピーの意味での逆がgとも言えます。

2つの空間XとYがホモトピー同値であるとは、ホモトピー同値写像ホモトピー可逆写像) f:X→Y が存在することです。例えば、可縮空間(contractible space)は、定義より1点とホモトピー同値です。

弱同値

Top*Topのなかのホモトピー同値写像の概念を、圏に対して一般化できます。圏Cと、弱同値射(weak equivalence morphism)と呼ばれる射の集まりWの組 (C, W) を考えます。Wは次を満たすとします。

  1. Wは、Cの同型射をすべて含む。
  2. f, g, f;g のなかの2つがWに属するなら、残り1つもWに属する。

二番目の性質は two-out-of-three と呼ばれます。三のニ法則としておきます。この三のニ法則から次は出ます。

  • f, g∈ W ならば、f;g ∈ W

恒等射はすべてWに入ることから、WCの広い部分圏になっています。

以上のようなWを備えたCを、弱同値を持つ圏(category with weak equivalences)と呼びます。弱同値射は、ホモトピー同値写像の性質の一部を公理化したものなので、公理的弱同値(射)をホモトピー同値(射)と呼んでしまうこともあります。

ホモトピー

ホモトピー圏」という言葉もいくつかの意味で使われているようですが、弱同値を持つ圏 C = (C, W) に対して定義される“ホモトピー圏”を取り上げます。

Dと関手 Q:CD との組がCホモトピーであるとは:

  1. Qにより、Cの弱同値射はDの同型射に移される。
  2. Q':C'→D' が同じ性質を持つなら、関手 F:DD' と自然同値が存在して、Q' と Q;F は自然同値となる。
  3. Qが反変に導く関手圏のあいだの関手 Funct(D, A)→Funct(D, A) は充満忠実である。

普遍性を使った定義ですが、“具体的なホモトピー圏”との関係は、僕にはよく分かりません。具体的なホモトピー圏とは、|H| = |Top|、H(X, Y) := (Top(X, Y)/ホモトープ) として作られる圏Hです。おそらく、具体的なホモトピー圏が、上記の普遍性を満たす実例なのでしょう。

弱同値を持つ圏 C = (C, W) にホモトピーD = Ho(C) が存在するなら、それは圏同値を除いて一意的に定まるそうです。弱同値を持つ圏の2つの対象X, Yが弱同値(対象のあいだの関係)とは、f:X→Y という弱同値射が存在することですが、fはホモトピー圏では同型射となるので、ホモトピー圏に移して考えると、XとYは同型となります。

弱同値射をベースにしたホモトピー圏の定義では、ホモトープ関係に相当する射のあいだの関係は与えられません。したがって、ホモトープ関係の証拠(witness)となるホモトピーも直接は登場しません。ホモトピーなしのホモトピーが(ある程度は)可能なわけです。Q:CD が弱同値を持つ圏Cホモトピー圏のとき、写像 QX, Y:C(X, Y)→D(Q(X), Q(Y)) をホモトープと考えることはできますが、それは後付けの定義となります。

なぜホモトピーなのか?

ホモトピー型理論は急速に注目を集めいているようですが、それとは別に、並列処理や分散処理の計算モデルにはホモトピー的な構造が潜在しているように思えます。

論理においても、証明は命題を変形する道であり、道である証明を変形する手続きも扱います。証明の同値変形はホモトピーのように思えます。証明は式であり、証明の変形が計算だとみなす立場があります。となると、計算はホモトピーであり、値はホモトピー不変量となります。

曖昧な状況証拠を挙げているに過ぎませんが、どうも、型と計算の議論にホモトピーが絡んでくる気配がしますね。

トム・レンスターが使っていた形容詞としての「ホモトピー」(up-to-homotopy)については、また機会があれば紹介するつもりです。

*1:有向ホモトピーで基本圏が亜群とは限らないのは、道に対してパラメータを反転させた道が「道として許されない」ことがあるからです。

*2:最近の事情は知りません。ひょっとすると、良い定義が出来ているかも知れません。