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参照用 記事

組み合わせ的主バンドル: エディントン・バンドル

エディントン(人名:Eddington)のイプシロンという組み合わせ的関数(を表す記法)があります。その定義や色々な公式は、例えばWikipedia項目に書いてあります。

エディントンのイプシロンは、テンソル代数/外積代数の計算で使われますが、その一部分を取り出すと、面白い組み合わせ構造が出現します。微分幾何における主ファイバー・バンドルの組み合わせ(離散有限)版が出てくるのです。エディントンのイプシロン(の一部)は、その主ファイバー・バンドル上の符号関数になります。

内容:

離散ファイバー・バンドル

トポロジー微分幾何で登場するファイバー・バンドルから、位相的/幾何的な仮定を全部取り除いて、単なる集合と写像だけからなる構造を定義しましょう。そのような構造を離散ファイバー・バンドル(これから定義する)と呼ぶことにします。

(E, B, π)という3つ組を考えます。ここで:

  1. Eは非空な集合で全集合(total set)と呼ぶ。
  2. Bは非空な集合で底集合(base set)と呼ぶ。
  3. πは写像で、全射とする。射影と呼ぶ。

πは全射なので、b∈B に対して、その逆像π-1(b)は空ではありません。π-1を、bにおけるファイバー(fibre, fiber)と呼びます。bにおけるファイバーをEbと書きます。

(E, B, π)のすべてのファイバーが集合として同型なとき、この3つ組が離散的ファイバー・バンドル(discrete fibre/fiber bundle)です。位相的/幾何的な仮定は一切ないことに注意してください。この記事内では離散的ファイバー・バンドルしか扱わないので、離散的ファイバー・バンドルを単にファイバー・バンドルあるいはバンドルと略称します。

バンドル(E, B, π)において、定義より Eb \stackrel{\sim}{=} Eb' (b, b'∈B) ですが、この同型を標準的に与える方法は決まってません。異なるファイバーは同型であっても、自然な対応というものは前もって存在しないのです。

全集合Eは、ファイバー達の直和になるので、次のように書けます。

  • E = Σ(b∈B | π-1(b)) = Σ(b∈B | Eb)

エディントン・バンドル:最初の定義

{1, 2, ..., n} = {i∈N | 1≦ i ≦n} という集合が頻繁に出てくるので、これを[n]と書くことにします。[0] = 空集合、[1] = {1} です。p, nを自然数として、Map(p, n)を[p]から[n]への写像の全体とします。Inj(p, n)は[p]から[n]への単射(injection)の全体とします。単射写像なので、Inj(p, n)⊆Map(p, n) です。

[n]の部分集合で、基数(要素の個数)がpであるもの全体をSubset(p, n)とします。Subset(2, 3)を具体的に書き出してみると:

  • Subset(2, 3) = {{1, 2}, {1, 3}, {2, 3}}

写像 f:[p]→[n] に対して、その像集合をIm(f)と書きます。Im(f)⊆[n]。写像 f:[p]→[n] が単射の場合は、Im(f)の基数はpです。したがって、Im(f)∈Subset(p, n)。これより、ImをInj(p, n)とSubset(p, n)に制限して、Im:Inj(p, n)→Subset(p, n) と考えても大丈夫です。

基数pの部分集合a(a⊆[n])を勝手に選ぶと、その集合aを像とするような単射 f:[p]→[n] が存在するので、Im:Inj(p, n)→Subset(p, n) は全射になります。このことから、次のようなファイバー・バンドルが構成できます。

  • 全集合: Inj(p, n)
  • 底集合: Subset(p, n)
  • 射影: Im:Inj(p, n)→Subset(p, n)

n < p だと、Inj(p, n)もSubset(p, n)も空になってしまうので、p ≦ n の範囲だけを考えます。また、ファイバー・バンドルの条件である「すべてのファイバーが同型である」は、現時点では自明でないかも知れません。この条件は後でまた言及しますが、成立しています。

上記のようにして定義された離散ファイバー・バンドルをエディントン・バンドル(Eddington bundle)と呼ぶことにします。命名の理由は、エディントンのイプシロンがこのバンドル(の全集合)上に生息しているからです。

エディントン・バンドルは、p, nの値ごとに定まります。p = 2, n = 3 のときのエディントン・バンドルを絵に描いておきます。絵のなかで、単射 f:[2]→[3] を、(f(1), f(2))というタプルで示しています。

エディントン・バンドルへの対称群の作用

[p]から[n]への双射(1:1の写像)の全体をBij(p, n)と書くことにします。p ≠ n のとき、Bij(p, n)は空になってしまうので、意味があるのはBij(p, p)だけです。f, g∈Bij(p, p) のとき、写像としての結合(composition)f;g(またはg\circf)が定義できます。恒等写像id[p]は結合の単位元です。f∈Bij(p, p)ならば逆写像f-1が存在します。結局、(Bij(p, p), ;, id[p], (-)-1)は群になります。

今述べた群構造を備えたBij(p, p)をp次の対称群(symmetric group)と呼びます。対称群の要素である全射は[p]の置換(permutation)と呼ばれます。なので、対称群やその部分群を置換群(permutation group)と呼ぶことがあります。群としてのBij(p, p)、すなわち対称群をS(p)と書きます。Sはsymmetricにちなみます。

群S(p)(集合としてはBij(p, p))の要素は、σ, τなどのギリシャ文字小文字で表すのが習慣なので、それに従うことにします。σ∈S(p) , f∈Inj(p, n) のとき、σ;f:[p]→[n] は単射になります。よって、写像の結合';'を、S(p)×Inj(p, n)→Inj(p, n) という写像とみなせます。このとき次が成立します。

  • (σ;τ);f = σ;(τ;f)
  • id[p];f = f

写像の結合を反図式順の'\circ'で書くなら:

  • f\circ\circσ) = (f\circτ)\circσ
  • f\circid[n] = f

一般に、群 G = (G, ・, e, (-)-1) と集合Xがあり、さらに (-)▷(-):G×X→X が次の条件(公理)を満たすとき、▷を左G-作用(left G-action)と呼びます。

  • (α・β)▷x = α▷(β▷x)
  • e▷x = x

同様に、(-)◁(-):X×G→X が次の条件(公理)を満たすとき、◁を右G-作用(right G-action)と呼びます。

  • x◁(α・β) = (x◁α)◁β
  • x◁e = x

群Gは、集合Xに左から(または右から)作用している、とも言います。

対称群S(p)は、集合Inj(p, n)に左から、または右から作用しています。左右の別は趣味の問題です。

  • S(p)の群演算を図式順結合';'として、集合Inj(p, n)への作用も図式順結合';'とするときは、左作用。
  • S(p)の群演算を反図式順結合'\circ'として、集合Inj(p, n)への作用も反図式順結合'\circ'とするときは、右作用。

左右の別はどっちでもいいのですが、Inj(p, n)へのS(p)作用の重要な特徴として、エディントン・バンドル構造と協調することが挙げられます。S(p)作用は、各ファイバー内で安定しています。つまり、S(p)の要素をいくら作用させてもファイバーから飛び出すことはありません。この状況を正確に記述するために、次節で少し一般論をします。

G-バンドルと主G-バンドル

G = (G, ・, e, (-)-1)を群とします。(E, B, π)はファイバー・バンドルとします。さらに、バンドルの全集合Eに対して、群Gが右から作用しているとします。右作用を与える写像は ◁:E×G→E です。

このセッティングで、バンドルの構造と右G-作用が協調している(consistent, compatible)とは、次の図式が可換になることです。

  E×G -(◁)→ E
π'|         |π
  ↓         ↓
   B   ===    B

ここで、π'(x, α) = π(x) です。等式で書くなら:

  • π(x◁α) = π(x)

π(x) = b と置けば、次のようにも言えます。

  • x∈Eb ならば、(x◁α)∈Eb

全集合Eの要素xがbのファイバーEbに入っているなら、Gのどんな要素をxに作用させてもEbから出ない、ということです。一本のファイバーだけを取り出しても右G-作用を考えることができます。

バンドル(E, B, π)の全集合Eに群Gが右作用(左作用でもOK)していて、その作用がバンドル構造と協調しているとき、Gの作用まで含めてG-バンドル(G-bundle)と呼びます。G-バンドルは、作用◁を添えて、(E, B, π, ◁)と表すことにします。

エディントン・バンドル(Inj(p, n), Subset(p, n), Im)は対称群S(p)の右作用に関してS(p)-バンドルになっています。a∈Subset(p, n)に対するエディントン・バンドルのファイバー(Inj(p, n))aを、Inj(p, n|a) と書くことにしましょう。

  • Inj(p, n|a) = {f∈Inj(p, n)| Im(f) = a}

S(p)作用がバンドル構造と協調することは、次のように表せます。

  • f∈Inj(p, n|a) ならば、(f◁σ)∈Inj(p, n|a) (σ∈S(p))

これは、単射fの像集合がaのとき、σ;f = f\circσ の像もaであることなので、確かに成立しています -- 単射に双射を前結合(pre-compose)しても単射のままで、像集合も変化しません。

G-バンドルが主G-バンドル(principal G-bundle)であるとは、各ファイバーがGと(集合として)同型なことです。もう少し正確に言うと、ファイバーEb内の一点x∈Ebを固定すると、α|→x◁α という写像 G→X が決まります。この写像がGとEbの双射を与えることです。

エディントン・バンドルの場合、f∈Inj(p, n)を固定したとき、σ|→f\circσ はS(n)とInj(p, n| Im(f))の同型を与えます。つまり、a∈Subset(p, n)が何であっても、S(p)とInj(p, n|a)は同型です。よって、エディントン・バンドルは主S(p)-バンドルです。

話は前後しますが、a∈Subset(p, n)に対するInj(p, n|a)がすべてS(p)に同型であることから、エディントン・バンドルのファイバーがすべて同型であることが従います。ただし、ファイバーInj(p, n|a)が群構造を持つわけではありません。あくまで“集合として同型”なだけです。

主バンドルのセクションと単射の分解

(E, B, π)がファイバー・バンドルのとき、写像 B→E が s;π = idB を満たすとき、このバンドルのセクション(section)と呼びます。位相的/幾何的バンドルでは、セクションが存在しないこともありますが(例:メビウス・バンド)、離散的ファイバー・バンドルでは、セクションは必ず存在します。

エディントン・バンドルに対して、標準的セクションを定義しましょう。そのために、[n] = {1, 2, ..., n} の標準的順序構造に注目します。

写像 f:[p]→[n] で、通常の大小順序構造を保存する(order-preserving)写像の全体をOrdMap(p, n) とします。特に、順序を保存する単射をOrdInj(p, n)とします。次の包含関係が成立します。

  • OrdMap(p, n)⊆Map(p, n)
  • OrdInj(p, n)⊆OrdMap(p, n)
  • Inj(p, n)⊆Map(p, n)
  • OrdInj(p, n)⊆Inj(p, n)

f∈OrdInj(p, n)に対して、fの像集合 Im(f)∈Subset(p, n) が決まりますが、逆に a∈Subset(p, n) に対して Im(f) = a となるfが一意に決まります。fはaの要素を小さい順に列挙する写像です。部分集合aに対して決まる列挙写像enum(a)と書きましょう。

a∈Subset(p, n) に対して enum(a)∈Inj(p, n|a) ですから、当然に enum(a)∈Inj(p, n) です。Im(enum(a)) = a であることから、enum:Subset(p, n)→Inj(p, n) はエディントン・バンドルのセクションになります。Subset(p, n)の要素(部分集合)を、Inj(p, n)の要素(写像)とみなす標準的方法はこのenumだと言っていいでしょう。

一般に、主G-バンドル(E, B, π, ◁)の場合、セクション s:B→E があると、同型写像 φ:B×G→E を構成できます。φの具体的な表示は:

  • φ(b, α) = s(b)◁α

s(b)がファイバーEbの“基点”を与えます。同じファイバー内の他の点は、群Gの要素をs(b)に作用させれば得られます。主バンドルでは、ファイバーとGが同型なのでこのような同型φが構成可能なのです。

エディントン・バンドルの場合は、(a, σ)|→enum(a)\circσ として Subset(p, n)×S(p)→Inj(p, n) の同型が構成できます。つまり、Inj(p, n)の要素(単射)fは、[p]の置換σを選ぶことにより 、f = enum(Im(f))\circσ と一意的に表現できます。

これは、単射 f:[p]→[n] は、置換 σ:[p]→[p] と順序保存単射 f':[p]→[n] に一意的に分解(factorization)できるという、分解定理ともみなさます。

置換の符号とエディントンのイプシロン

置換 σ∈S(p) に、偶置換か奇置換かに応じて+1, -1を対応させる写像を(置換の)符号sign, signature)と呼びます。符号を sgn:S(p)→{+1, -1} とします。(符号について、ここでは詳しく説明しません。)

符号関数を、S(p)からInj(p, n)に拡張します。前節の f = f'\circσ という一意分解を使います。ここで、f' = enum(Im(f)) です。fからσは一意に決まるので、esgn(f) := sgn(σ) と定義します。esgn(extended sign)は、esgn:Inj(p, n)→{+1, -1} という写像になります。

エディントンのイプシロンは、ε:Map(p, n)→{+1, 0, -1} という関数です。εの定義域は自然数p, nに依存するので、εnpと書くほうが正確ですが、混乱がないならp, nは省略します。εの定義は次のとおりです。

  • ε(f) = 0 if (fが単射でない)
  • ε(f) = esgn(f) if (fが単射)

対称群S(p)は、前結合(pre-composition)によりMap(p, n)全体に作用します。また、群({+1, -1}, (掛け算), +1)は群であり、集合{+1, 0, -1}に掛け算により作用します。対称群S(p)上の符号sgnと、Map(p, n)上のエディントンのイプシロンは、2つの群作用のあいだを繋ぐ準同型を構成します。つまり:

  • ε(f\circσ) = ε(f)・sgn(σ) (・は掛け算)

タプルによる表現

Map(p, n)の要素 f:p→n は、{1, 2, ..., n}を成分とする長さpのタプル(f(1), f(2), ..., f(p))で表現できます。Inj(p, n), S(p), OrdMap(p, n), OrdInj(p, n)などの要素も制限付きのタプルとして表現できます。タプル成分に対する制限は次のとおりです。

  • f∈Map(p, n) ならば、1 ≦ f(1), f(2), ..., f(p) ≦ n
  • f∈Inj(p, n) ならば、1 ≦ f(1), f(2), ..., f(p) ≦ n で f(1), f(2), ..., f(p) はすべて異なる。
  • f∈S(p) ならば、1 ≦ f(1), f(2), ..., f(p) ≦ p で f(1), f(2), ..., f(p) はすべて異なる。
  • f∈OrdMap(p, n) ならば、1 ≦ f(1) ≦ f(2) ≦ ... ≦ f(p) ≦ n
  • f∈OrdInj(p, n) ならば、1 ≦ f(1) < f(2) < ... < f(p) ≦ n

エディントンのイプシロンの定義や、その他の組み合わせ的議論もタプルをベースに行うことが多いのですが、見通しが良くないので、すべて有限集合のあいだの写像として記述しました。必要があれば、タプルに関する言明に翻訳できます。

順列と組み合わせ

高校で習った順列・組み合わせと、エディントン・バンドルの関係を述べておきましょう。

n個のモノからp個を選んで並べたモノが順列です。この順列とはInj(p, n)の要素のことです。「Inj(p, n)の要素の“タプル表現”が順列」と言ったほうがより正確かも知れません。順列の総数をnPpと書きますが、これは集合Inj(p, n)の基数に他なりません。集合Xの基数をcard(X)と書くことにするなら:

  • nPp = card(Inj(p, n))

有限集合のあいだの写像では、Inj(p, p) = Bij(p, p) が成立します。単射である自己写像(endomorphism)は双射(可逆な写像)になり、逆も成立します。よって、Bij(p, p)は、集合としては対称群S(p)と同じです。したがって:

  • pPp = card(Inj(p, p)) = card(Bij(p, p)) = card(S(n))

n個のモノからp個を選んだ組み合わせは、Subset(p, n)の要素と考えるのが一番分かりやすいでしょう。組み合わせ(つまり部分集合)の総数をnCpと書きますが、これは:

  • nCp = card(Subset(p, n))

部分集合と順序を保つ単射は、次のように1:1対応します。

  • Subset(p, n) \stackrel{\sim}{=} OrdInj(p, n)

したがって:

  • nCp = card(Subset(p, n)) = card(OrdInj(p, n))

Inj(p, n)の要素(単射)は、S(n)の要素(置換)とOrdInj(p, n)の要素(順序保存単射)に一意分解できます。つまり、次の同型が成立します。

  • Inj(p, n) \stackrel{\sim}{=} S(p)×OrdInj(p, n)

したがって:

  • card(Inj(p, n)) = card(S(p))×card(OrdInj(p, n))

これは次の公式と同じです。

  • nPp = pPp×nCp

エディントン・バンドルの構造を思い浮かべると:

  • nPp = card(Inj(p, n)) : バンドルの全空間の基数
  • pPp = card(S(p)) : バンドルのファイバーの基数 = 対称群S(p)の基数
  • nCp = card(Subset(p, n)) : バンドルの底空間の基数

エディントン・バンドルは、組み合わせ的概念にハッキリしたイメージを与えます。