このブログの更新は Twitterアカウント @m_hiyama で通知されます。
Follow @m_hiyama

メールでのご連絡は hiyama{at}chimaira{dot}org まで。

はじめてのメールはスパムと判定されることがあります。最初は、信頼されているドメインから差し障りのない文面を送っていただけると、スパムと判定されにくいと思います。

参照用 記事

流れとベクトル場

檜山の生存確認/安否情報用の小ネタを書きます(5日間あいだが空きましたが、僕は元気です)。

多様体上の流れ〈flow | フロー〉については、「流れとリー微分 // 大域的な曲線(運動)と流れ」とその直後の節「局所的な流れ」で説明しています。この2つの節に対して、ちょっと補足します。

上記の過去記事で、「時間的に大域的」という言い方を使っています。

ここでの「大域的」は時間的大域性で、無限の過去から無限の未来まで続く運動だということです。

空間的な大域性と区別しにくいので、「時間的に大域的」を長期的〈long-term〉と呼ぶことにします。「時間的に局所的」は短期的〈short-term〉です。

空間的性質 大域的 局所的
時間的性質 長期的 短期的

多様体M上の流れφが大域的長期的ならば、φ:M×R→M という写像で、特に言うべきことはありません。いつでも大域的長期的な流れが在るとは限らないので、局所的短期的な流れ φ:M×R⊇→M が必要になります。ここで、記号'⊇→'は部分写像〈partial map〉を表します。つまり、φは、M×Rの部分集合でだけ定義されています。その部分集合がφの定義域〈domain of definition〉です。

φの定義域を def(φ)⊆M×R と書きます。たいていの場合、def(φ) として次の形の集合を考えれば十分です。

  • 開集合 U⊆M と 正実数εに対して、{(p, t)∈M×R | p∈U かつ -ε < t < ε}

定数値εの代わりに、正実数値関数 δ, ε:U→R>0 を使えばもっと一般化できます。

  • {(p, t)∈M×R | p∈U かつ -δ(p) < t < ε(p)}

時刻0での位置の集合 U×{0}⊆M×R は必ず定義域に含まれます。

定義域がΔであるM上の局所的短期的流れの全体を LFlow(Δ, M) と書くことにします(local flow のつもり)。注意すべきは、大域的長期的流れも特殊な局所的短期的流れであることです。定義域を特定しないすべての局所的短期的流れの集合(大域的長期的流れも含む)は LFlow(M) です。先に述べたように、LFlow(U×(-ε, ε), M) を考えればたいてい間に合います。

流れとリー微分 // 大域的な曲線(運動)と流れ」で定義した流れの速度ベクトル場〈velocity vector field〉は、局所的短期的流れに対しても定義できます(定義方法は同じ)。流れの速度ベクトル場は、次のような写像になります。

  • VVF:LFlow(U×(-ε, ε), M)→ΓM(U, TM)

ここで、ΓM(U, TM) は、Mの開集合U上で定義された接ベクトル場(接ベクトルバンドルのセクション)の集合です。流れの定義域としてより一般的な形を許しても、VVFは定義できます。

  • VVF:LFlow(Δ, M)→ΓM(U, TM) where Δ = {(p, t)∈M×R | p∈U かつ -δ(p) < t < ε(p)}

さて、問題はVVFの“逆写像”です。一般的には、VVFの逆写像は存在しません(特別な場合には存在します)。つまり、X∈ΓM(U, TM) を決めたときに、Xを速度ベクトル場とする流れは決まりません

「決まりません」の意味が微妙なので、次のような問を想定すると、よりハッキリするでしょう。

  1. U上の局所ベクトル場Xに対して、流れの定義域 Δ = {(p, t)∈M×R | p∈U かつ -δ(p) < t < ε(p)} の δ, ε を好き勝手に選んだとき、Xを速度ベクトル場としてΔを定義域とする流れが存在するか?
  2. U上の局所ベクトル場Xに対して、流れの定義域 Δ = {(p, t)∈M×R | p∈U かつ -δ(p) < t < ε(p)} の δ, ε をうまいこと選んだとき、Xを速度ベクトル場としてΔを定義域とする流れが存在するか?

好き勝手に選ぶ場合は、長期的流れになるように(δ = ε = ∞ と)選んでもいい(好き勝手なんだから)ので、次の問に特殊化できます。

  • 局所ベクトル場Xに対して、Xを速度ベクトル場とする長期的流れが存在するか?

これは一般的にはNOです(YESとなる特別な場合はあるが)。例えば、M = U を2次元の帯状領域 {(x, y)∈R2 | 0 < x < 1} として、大域的クトル場を定数値ベクトル場 X(x, y) := (1, 0) (x方向に速度1で進む)とすると、運動(流れの流線)は長期的運動にはなりません。

運動の継続期間 -δ(p) < t < ε(p) をpごとにうまいこと選べば、Xを速度ベクトル場とする流れの存在は保証されます(常微分方程式の解の存在から)。

さらに問題になるのは、「うまいこと選ぶ」選び方は一意的か? です。ある継続期間で流れが存在するなら、継続期間をより短く取り直してもいいので、文字通りの一意性はありません。「一意的か?」の意味は、「The・うまいこと」のような規準的〈canonical〉な継続期間の選び方があるか? です。MやUを特定しない一般論としては、この問は難しすぎますし、規準的な継続期間の選び方が必要になるわけでもありません。

結局、次のような事実を前提にすることになります。

  1. U上の局所ベクトル場X(U = M なら大域ベクトル場)に対して、流れの定義域 Δ をうまいこと選べば、Xを速度ベクトル場としてΔを定義域とする流れ(長期的とは限らない)が存在する。
  2. 流れの定義域のうまい選び方は一意的ではない。が、Δ と Δ' を定義域とする流れは、Δ∩Δ' 上では一致する