以下の4つの記事で、パランパランと述べたことの背景というか気持ちを付け足しておきます。
自由忘却随伴〈free-forgetful adjunction〉は、線形代数に限らず色々な場面で登場します。自由忘却随伴が導くホムセット同型は次の形です*1。
- For A∈|Set|, X∈|C|, C(F(A), X) Set(A, U(X))
Fが自由{生成}?関手〈free {generating}? functor〉でUが忘却関手〈forgetful functor〉です。「{☓☓}?」という書き方は「☓☓」は省略可能を意味します(詳しくは「用語のバリエーション記述のための正規表現」参照)。線形代数の文脈(C = Vect)では、F(A)は“集合Aから生成された自由ベクトル空間”です。
自由生成関手 F:Set → Vect とその値 F(A)∈|Vect| の意味は明確ですが、「自由ベクトル空間」という言葉は曖昧・多義語です。「モナドの自由代数」では「厳密自由」という言葉を使ったので、F(A)の形のベクトル空間は厳密自由ベクトル空間〈strictly free vector space〉と呼ぶことにします。
次の事実は、線形代数を展開する上で重要です。
- 自由忘却随伴から得られるモナドは線形結合モナド〈linear combination monad〉である。モナドの台関手Mは、M := F*U :Set → Set と定義される。記号'*'は関手の図式順結合記号。
- 厳密自由ベクトル空間の圏と線形結合モナドのクライスリ圏は圏同型である(とみなす)。
- 線形結合モナドのクライスリ圏と一般化行列の圏(添字集合を任意の集合にした行列の圏)は圏同型である。
- 線形結合モナドのアイレンベルク/ムーア圏とベクトル空間の圏は圏同型である。
モナドの一般論から、「クライスリ圏 ⊆ アイレンベルク/ムーア圏」とみなせます(規準的な埋め込み関手が構成できる)。線形結合モナドに関して「クライスリ圏 厳密自由ベクトル空間の圏」「アイレンベルク/ムーア圏 ベクトル空間の圏」なので、「厳密自由ベクトル空間の圏 ⊆ ベクトル空間の圏」とみなせます。
ここで、次の問題が生じます。
- 厳密自由ベクトル空間と同型ではないベクトル空間は在るのか?
別な言い方をすると:
- すべてのベクトル空間は厳密自由ベクトル空間と同型なのか?
厳密自由ベクトル空間と同型なベクトル空間を仮に一般自由ベクトル空間〈generally free vector space〉と呼ぶことにして:
- すべてのベクトル空間は一般自由ベクトル空間か?
上記の問に対する答はYESです。
しかし、すべて自由忘却随伴においてYESなわけではありません。例えば、Z-加群の圏(アーベル群の圏と同じ)では、「すべてのZ-加群は一般自由Z-加群である」は成立しません。「すべてのベクトル空間は一般自由ベクトル空間である」は、ベクトル空間(体上の加群)の圏で成立するありがたい性質です。
「自由ベクトル空間」という言葉は曖昧・多義語と言ったのは、「厳密自由ベクトル空間」か「一般自由ベクトル空間」かハッキリしないからです。ベクトル空間の議論では「自由ベクトル空間 = 厳密自由ベクトル空間」でしょうが、加群の話だと「自由加群 = 一般自由加群」のことが多い気がします。ベクトル空間と加群(可換環上の加群)を一緒に扱うときはどっちとも言えないので事前に明確化すべきです*2。
ともかくも、自由忘却随伴、その随伴から誘導されたモナド、そのモナドのクライスリ圏とアイレンベルク/ムーア圏を調べることが線形代数の内容のかなりの部分を占めています。そして、自由忘却随伴を端的に表現しているのが次のホムセット同型です。
- For A∈|Set|, V∈|Vect|, Vect(F(A), V) Set(A, U(V))
基底・フレームの話*3やベクトル・ポインターの話*4は、このホムセット同型の特殊ケースを扱っていたのです -- そう考えるとスッキリすると思いますよ。