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ErlangとJavaのあいだでリモートメッセージング (前編)

Erlangのプロセス間ではメッセージ通信が容易に行えますが、JInterfaceライブラリを使うと、ErlangプロセスとJavaプログラムとのあいだでもメッセージ通信ができます。予備知識である分散Erlangから説明し、JInterfaceを紹介します。ちょっと長いので、前後編に分けて、今回の前編ではErlang側の話をします。

内容:

  1. Erlangを分散モードで動かそう
  2. セキュリティソフトとマジッククッキー
  3. 分散ノード達を互いに接続する
  4. リモートメッセージングを試してみよう
  5. 今回のまとめと次回の予定

参考資料:

※ 単に「プロセス」と言った場合は、Erlang処理系内部で走る軽量プロセスのことです。OSが管理するプロセスは「OSプロセス」と呼ぶことにします。

Erlangを分散モードで動かそう

特にオプションを付けないerl(またはwerl)コマンドで、ERTS(Erlang RunTime System)を起動したときには、起動されたERTSはシングルノードのシステム、つまり他のノード(ERTS)と連携することなく単独/孤立状態で動作します。マルチノード・システムの構成員として起動するには、-name または -sname オプションを付けます。

  • erl -name nodename@host.domain.name
  • erl -sname nodename

以下では、-nameまたは-snameを付けて起動されたERTSの状態を分散モード、そうでないときは単独モードと呼ぶことにします(たぶんこれは、正式な用語法ではないでしょうが)。ERTS実行中に、単独モードと分散モードを切り替えることができますが、今回は触れません(net_kernelのmanページ http://www.erlang.org/doc/man/net_kernel.html を参照のこと)。

分散ノード(分散モードで動作するERTS)への名前付け方式には、ロングネーム方式とショートネーム方式があり、-nama ならロングネーム、-sname ならショートネームを指定しなければなりません。

ノード名は、ロングネームでもショートネームでも、

  • ノードのローカル識別名@ホスト名

の形式になります*1。ロングネームならホスト名として完全修飾ドメイン名(FQDN)を指定する必要があり、ショートネームなら修飾なしの短いホスト名が使用されます(非修飾ホスト名は自動的に付加される)。非修飾ホスト名は、(単独モードであっても)net_adm:localhost().で表示されます。

ロングネーム方式は少し面倒なので、以下ではショートネームを使います。インターネット上で広域的に分散運用するにはロングネームが必須ですが、同一マシン内で複数の分散ノードを立ち上げて実験するならショートネームで十分です。なお、ロングネームで名付けられノードとショートネームで名付けられたノードのあいだで通信はできない*2ので注意してください。

さて実際に、werl -sname first とすると:


Erlang (BEAM) emulator version 5.5.4 [async-threads:0]

Eshell V5.5.4 (abort with ^G)
(first@TP-X31-HIYAMA-2)1>

プロンプトにノード名(この場合は first@TP-X31-HIYAMA-2)が付くので、分散モードで動いていることは一目でわかります。node()コマンドは、そのノードのノード名を表示します。


(first@TP-X31-HIYAMA-2)1> node().
'first@TP-X31-HIYAMA-2'
(first@TP-X31-HIYAMA-2)2>

アットマークの右側のTP-X31-HIYAMA-2は、自動的に付加された、このマシンの非修飾ホスト名(実際はWindowsのコンピュータ名)です。


(first@TP-X31-HIYAMA-2)2> net_adm:localhost().
"TP-X31-HIYAMA-2"
(first@TP-X31-HIYAMA-2)3>

念のために注意しておくと、net_adm:localhost() の値は文字列ですが、node()が返すノード名は文字列ではなくて記号アトムです。アットマークはErlangの名前文字なのでアトム(記号名)として普通に使えます。ピリオドや数字が入るとき(ロングネーム使用時)はアトムをシングルクォートで囲みます*3

●セキュリティソフトとマジッククッキー

-name または -sname オプション付きでerl(またはwerl)を実行すると、ERTSはすぐにネットワークを触りにいきます*4。このとき、セキュリティソフトにブロックされるかもしれません。Erlangがネットワークにアクセスできるようにしてください。

もうひとつ、分散Erlangシステム(マルチノード・システム、クラスター)を構成するときにチェックすべきことに、マジッククッキーがあります。ERTSをはじめて分散モードで立ち上げると、立ち上げた(erl/werlコマンドを実行した)ユーザーのホームディレクトリに.erlang.cookieというファイルが自動的にできて、その内容がノードのマジッククッキー(秘密のおまじない)となります。Erlangシェルからは、erlnag:get_cookie().でクッキー(値はアトム)を参照できます。


(first@TP-X31-HIYAMA-2)3> erlang:get_cookie().
'SVVPNGSCAVVTFUTESKVX'
(first@TP-X31-HIYAMA-2)4>

.erlang.cookieファイル([lu].*xシステムではパーミッションが"read-only by user")を書き換えれば、もちろん、その内容がノードのクッキーに反映されます。同一の.erlang.cookieファイルを共有する分散ノードは同じクッキーを持ちます。

分散ノードが相互に通信するには、クッキーが同じであるか、通信相手のクッキーを前もって知っている/知らせている必要があります。今回は、同一ユーザーが2つ(以上)の分散ノードを同一コンピュータ内で立ち上げるので、クッキーを意識しなくても自動的に通信可能となります。一般的状況では、クッキー値の選択、クッキーファイルの置き場所、共有、転送(クッキー値の通知)、管理などに十分な注意が必要でしょう。詳細は、冒頭に挙げた資料や、-setcookie 起動時オプション、erlang:set_cookie/2 関数のmanページ(http://www.erlang.org/doc/man/erl.htmlhttp://www.erlang.org/doc/man/erlang.html)を参照してください。

●分散ノード達を互いに接続する

ではここで、二番目の分散ノードを次のように立ち上げます。

  • werl -sname second

念のため、クッキーを確認します。


Erlang (BEAM) emulator version 5.5.4 [async-threads:0]

Eshell V5.5.4 (abort with ^G)
(second@TP-X31-HIYAMA-2)1> erlang:get_cookie().
'SVVPNGSCAVVTFUTESKVX'
(second@TP-X31-HIYAMA-2)2>

2つの分散ノード'first@TP-X31-HIYAMA-2'と'second@TP-X31-HIYAMA-2'は同じクッキーを持っているので通信可能です。実際に繋がるかどうかを確認するには、通常のネットワークの場合と同様にpingコマンドを使います。


(second@TP-X31-HIYAMA-2)2> net_adm:ping('first@TP-X31-HIYAMA-2').
pong
(second@TP-X31-HIYAMA-2)3>

net_adm:ping/1は、引数で指定されたノードとの接続が成功するとpong、失敗すればpangを返します(ピン・ポン・パン)。接続が確立した他ノードをフレンドと呼び、フレンドノードのリストはnodes()で得られます。


(second@TP-X31-HIYAMA-2)2> nodes().
['first@TP-X31-HIYAMA-2']
(second@TP-X31-HIYAMA-2)3>

フレンド関係は対称的(片思いはなし)*5なので、secondはfirstのフレンドになっています。


(first@TP-X31-HIYAMA-2)4> nodes().
['second@TP-X31-HIYAMA-2']
(first@TP-X31-HIYAMA-2)5>

net_adm:ping/1以外に、net_kernel:connect_node/1でも接続(=フレンド関係)を確立できます。接続を切るにはerlang:disconnect_node/1を使います。(connectとdisconnectが別モジュールに入っているのがイヤなんですが、しょうがない。)

nodes/0よりもう少し詳しい情報が欲しいときは、net_adm:names/0があります。


(second@TP-X31-HIYAMA-2)3> net_adm:names().
{ok,[{"second",2317},{"first",2348}]}
(second@TP-X31-HIYAMA-2)4>

各ノードのローカル名と、使っているTCP/IPのポート番号が表示されます(ポート番号は処理系が適当に選んでいるようです)。このローカル名/ポート番号のリストを維持管理しているのは、ERTSとは別なOSプロセスであるEPMDErlang Port Mapper Daemon)です。EPMDは、(Erlang界隈で)well-knownなポート4369(tcp/udp両方使用)を開けています。EPMDは自動的に起動されるので通常は意識する必要はありません

●リモートメッセージングを試してみよう

ErlangのプロセスID(PID)は、単一ERTS内だけでなく、ネットワークワイドでも一意性が保証された識別子です。PIDを使えば、別な(ただしフレンド関係がある)ノードのプロセスへのメッセージ送信ができます。PIDによる通信はノード内ローカルでもネットワーク・グローバルでも透過的です。

とはいえ、他ノードにいるプロセスのIDを知ることは困難なので、実際にはプロセス指定に名前を使います。まずは、プロセスに名前を付けておく必要があります。それには、register/2を使います。次のプログラム(から作られるプロセス)を例に使いましょう。


%% receiver.erl
-module(receiver).
-compile(export_all).

start() ->
spawn(?MODULE, receiver_main, []).

receiver_main() ->
receive
stop -> % プロセス終了
io:fwrite("~w:bye bye.\n", [self()]),
exit(ok);
{message, Pid, Message} -> % データ受信
io:fwrite("Received! ===> From:~w Message:~s\n", [Pid, Message]);
Other -> % それ以外
io:fwrite("Oops! ~w is ignored.\n", [Other])
end,
receiver_main().

receiver:start()で作られたプロセスにrcvという名前を付けるには:


(first@TP-X31-HIYAMA-2)5> c(receiver).
{ok,receiver}
(first@TP-X31-HIYAMA-2)6> P = receiver:start().<0.43.0>
(first@TP-X31-HIYAMA-2)7> register(rcv, P).
true
(first@TP-X31-HIYAMA-2)8>

register(rcv, P).により登録した名前(registered name)rcvは、PIDの代わりに使えます。まずは、登録名をノード内ローカルに使ってみましょう。


(first@TP-X31-HIYAMA-2)8> rcv ! {message, self(), "Hello"}.
Received! ===> From:<0.36.0> Message:Hello
{message,<0.36.0>,"Hello"}
(first@TP-X31-HIYAMA-2)9> erlang:send(rcv, hi).
Oops! hi is ignored.
hi
(first@TP-X31-HIYAMA-2)10>

次に、別ノードsecond@TP-X31-HIYAMから、first@TP-X31-HIYAMA-2のプロセスrcvにメッセージを送ります。プロセス名rcvはfirst@TP-X31-HIYAMA-2内にローカルな名前なので、rcvを指定してもノードをまたいだ通信はできません*6


(second@TP-X31-HIYAMA-2)4> rcv ! {message, self(), "Hello"}.
** exited: {badarg,[{erl_eval,eval_op,3},
{erl_eval,expr,5},
{shell,exprs,6},
{shell,eval_loop,3}]} **

=ERROR REPORT==== 4-Jul-2007::09:05:40 ===
Error in process <0.36.0> on node 'second@TP-X31-HIYAMA-2' with exit value: {bad
arg,[{erl_eval,eval_op,3},{erl_eval,expr,5},{shell,exprs,6},{shell,eval_loop,3}]
}

(second@TP-X31-HIYAMA-2)5>

他ノードの名前付きプロセスを指定するには、{プロセス名, ノード名} というタプルを使います。


(second@TP-X31-HIYAMA-2)5> {rcv, 'first@TP-X31-HIYAMA-2'} ! {message, self(), "Hello"}.
{message,<0.38.0>,"Hello"}
(second@TP-X31-HIYAMA-2)6>

このとき、first@TP-X31-HIYAMA-2側では:


Received! ===> From:<7100.38.0> Message:Hello
(first@TP-X31-HIYAMA-2)10>

erlang:send/2を使っても同様な結果を得ます。

●今回のまとめと次回の予定

  1. Erlangを分散モードで動かすには、ノード(ERTS)に名前を付ける必要がある。
  2. ノードへの名前付けにはロングネームとショートネームがある。
  3. ロングネームは、「ノードのローカル識別名@ホストのFQDN」の形式、「-name ロングネーム」オプション。
  4. ショートネームは、「ノードのローカル識別名@被修飾ホスト名」の形式、「-sname ノードのローカル識別名」オプション
  5. 2つのノードが通信可能となるには、マジッククッキーが同一であるか、他ノードのマジッククッキーを知っている必要がある。
  6. デフォルトのマジッククッキーは、ユーザーのホームディレクトリの.erlang.cookieファイルに保存されている。
  7. 2つのノードが通信可能かどうかはnet_amd:ping/1で確認できる。
  8. 2つのノードの明示的な接続/切断には、net_kernel:connect_node/1とerlang:disconnect_node/1を使う。
  9. プロセスに(ノード内ローカルな)名前を付けるには、register/2を使う。
  10. registerにより付けたプロセス名はPIDと同じように使える。
  11. ネットワークワイドでプロセスを指定するには、{プロセス名, ノード名}というタプルを使う。このタプルもPIDと同じように使える。

以上、Erlangノード間でのメッセージ通信を説明しました。JInterfaceを使ったJavaプログラムも、Erlangノードと同じように分散Erlangシステムに参加できます。次回は、JInterfaceとJavaノードの話をします。

*1:ノードのローカル識別名を、Erlangではalivenameと呼ぶようです; Erlang nodenames consist of two components, an alivename and a hostname separated by '@'.

*2:それにもかかわらず、同一マシン上で、同じローカル識別名(@より左の部分)を持つロングネームとショートネームの同時使用は許されません。

*3:ピリオドを含むアトムをそのまま書いても構文エラーにはならないようですが。

*4:ショートネームを指定したとき、あるいはロングネームのFQDNに"127.0.0.1"を指定したときはローカル・ループバックを使うようなので、ほんとのネットワークを触るわけではありません。

*5:デフォルトの設定では、フレンド関係は推移的でもあり、フレンド関係を辺としたグラフは完全グラフになります。ただし、隠蔽ノードと呼ばれる例外もあります。

*6:たまたまsecond@TP-X31-HIYAM内にrcvがいれば、そのプロセスにメッセージが送られます。