直積を持つ圏に終対象があれば、その終対象は直積の単位になります。この逆はどうでしょうか。つまり、直積の単位は終対象になるか? なりません。練習問題として反例を作ってみました*1。
実は、微妙なところを詰め切れてない気がするけど、まーいいや。たぶん大丈夫、もし間違っていたら訂正します。
お約束
「×」は演算としての直積を表します。f:X→A, g:X→B に対して、<f, g>:X→A×B は、fとgのデカルト対(cartesian pairing)とします。p1A,B:A×B→A と p2A,B:A×B→B は直積の射影です。
双対的に、「+」は直和。f:A→Y, g:B→Y に対して、[f, g]:A+B →Y は、fとgの余デカルト対(cocartesian pairing;場合分け)。i1A,B:A→A+B と i2A,B:B→A+B は直和の入射(injection)です。
デカルト対に関して次の計算法則が成立します(ちょっとサボって略記を使ってます)。
- <f, g>;p1 = f
- <f, g>;p2 = g
- h;<f, g> = <h;f, h;g>
- <p1, p2> = id
終対象は単位であること
Tをある圏の終対象とします(Tはterminalから;finalも使います)。任意の対象AからTへの唯一の射を !A:A→T で表します。すると:
- f:A→B に対して、 f;!B = !A
- !T = idT
終対象Tが直積の単位であることを示すために、A×T と A の同型を作ってみます; p1 = P1A×T:A×T→A と <idA, !A>:A→A×T を考えます。デカルト積の性質(「お約束」参照)から、p1;<idA, !A> = <p1;idA, p1;!A>、idの性質と終対象の性質から、<p1;idA, p1;!A> = <p1, !A×T>。ところで、!A×T は A×T の第二射影でもあるので、<p1, !A×T> = <p1, p2> = id 。
一方、<idA, !A>;p1 = idA なので、p1 と <idA, !A> が A×T と A の同型を与えます。T×A と Aの同型も同じです。これで、終対象が直積の単位であることが示せました*2。
番号付けを持つ可算無限集合の圏
Xを可算無限集合、σ:X→N を、XとN(自然数)の同型(bijection)とします。(X, σ) は、番号付け(自然数コーディング)を持つ可算無限集合です。(f, f') が(X, σ)から(Y, τ)への射だとは、次の図式が可換なことだとします。
X - f → Y
| |
σ τ
| |
v v
N - f'→ N
記号を乱用して、X = (X, σX)、f = (f, f') と書きましょう。f:X→Y と書いてあったら、実際は次の可換図式のことです。
X - f → Y
| |
σ_X σ_Y
| |
v v
N - f'→ N
番号付けを持つ可算無限集合達と、そのあいだの射が圏をなすように結合(composition)と恒等(identity)を定義できることは明らかでしょう。こうしてできる圏をCとします。
圏Cの対象はすべて無限集合、射は任意の写像なので、X→Y という射が1個だけという事態は起こりません。したがって、Cには始対象も終対象は存在しません。
この圏の直和と直和の単位
i1(n) = 2×n : N→N、i2(n) = 2×n + 1: N→N として、集合の圏で余デカルト対 j = [i1, i2] を作ると、j:N+N→Nは同型になります。jの逆は、自然数全体を偶数と奇数に分ける写像ですね。この同型j:N+N→N に基づいて、圏Cにおける直和を定義します。直和を考えるのは、直積より簡単そうだからです。
X = (X, σX) と Y = (Y, σY) に対して、σX+Y:X+Y →N を σX+Y := (σX+σY);j として構成します。ここで、(σX+σY)内の記号「+」は、数の足し算ではなくて、写像の直和ですから注意。
X+Y = (X+Y, σX+Y)だけではまだ直和になりません。圏Cにおける直和の第一入射k1:(X, σX)→(X+Y, σX+Y) は、次のように定義します。
X - i^1 → X+Y
| |
σ_X σ_X+σ_Y
| |
V v
N - ×2 → N (2倍して偶数にする)
第二入射k2:(Y, σY)→(X+Y, σX+Y) も同様に作ります(偶数の代わりに奇数を使う)。以上で述べた構成が、圏Cにおいて、対象(X, σX)と(Y, σY)の直和を与えます。確認してみてください。
さて、(N, idN)は圏Cの対象です。この(N, idN)が直和の単位になることを示します。そのために、任意の X = (X, σX) に対して、X+N = (X+N, σX+N) と N = (N, idN) のCにおける同型を作ります。次の射の系列を結合します。
- X+N - σX+idN → N+N - j → N - (σX)-1 → X
もうはしょって書きますが、それぞれの射は同型なので、逆向きにたどれば X → X+N も作れます。対応する N→N の写像も作れます(実はidになっています)し、N+X と X の同型も同様に作れます。
それで結局、圏Cには直和演算が定義できて、(N, idN) が単位になることが分かります。
終対象/始対象と単位は別物
圏Cでは:
- 始対象が存在しない。
- 直和演算+を定義できる。
- 直和の単位が存在する(構成可能である)。
圏Cの反対圏Copでは:
- 終対象が存在しない。
- 直積演算×を定義できる。
- 直積の単位が存在する(構成可能である)。
というわけで、単位がいつでも終対象/始対象とは限らないことが分かりました。
最後に注意しておくと;今回作った圏Cは、すべての対象が同型です。よって、対象の個性が全然なくて、みんな事実上同じなんです(完璧に「人類みな平等」状態)。ですから、任意の対象を選んで単位にすることができます。