このブログの更新は Twitterアカウント @m_hiyama で通知されます。
Follow @m_hiyama

メールでのご連絡は hiyama{at}chimaira{dot}org まで。

はじめてのメールはスパムと判定されることがあります。最初は、信頼されているドメインから差し障りのない文面を送っていただけると、スパムと判定されにくいと思います。

参照用 記事

高次圏の下部構造を箙〈えびら〉で表現してみる

Cが2次元の圏であって、対象、射、2-射(2-セル)を持っているとします。このとき、2-射を忘れて対象と射だけを考えることに何の問題もありません。Cを通常の(1次元の)圏とみなせます。

では、対象を忘れて射と2-射だけを考えたいときはどうでしょう。射の集合と2-射の集合を単純に取り出しただけでは圏にはなりません。次元が低い構成素を削り落とすには何らかの工夫が必要です。

そんな工夫のひとつとして、高次圏の台となる構造(下部構造)を、高次の箙〈えびら〉を使って表現してみます。高次の箙は、高次圏(higher category, n-category)を記述する便利な言葉を提供します。

内容:

反射的箙

(quiver)とは、「多重辺と自己ループ辺を許す有向グラフ」という長ったらしい名前に対する別名です。(この言葉を使うことにした動機は「形容詞「複」「多」と箙〈えびら〉」参照。)

箙をQとして、頂点の集合を|Q|0, アロー(有向辺)の集合を|Q|1とします。s, t:|Q|1→|Q|0写像として、Q = (|Q|0, |Q|1, s, t) が箙です。満たすべき公理(条件)は特にありません。

上記の(|Q|0, |Q|1, s, t)に加えて、写像 i:|Q|0→|Q|1 があって次を満たすとき、(|Q|0, |Q|1, s, t, i)を反射的箙(reflexive quiver)と呼びます。

  • i;s = id|Q|0
  • i;t = id|Q|0

反射的箙は、圏から結合(composition)を除いた構造になります。a∈|Q|0に対するi(a)は恒等射に相当します。「反射的」の由来は、同値関係などの反射律に多少似てるからですが、言葉を気にする必要はありません。

圏の場合と同様に、a, b∈|Q|0に対するアローセットをQ(a, b)と書きます。f∈Q(a, b) を f:a→b in Q とも書きます。

反射的箙の別な定式化

Aを集合として、構造(A, ‖, ◁, E)を考えます。ここで、

‖は共端関係*1、◁は隣接関係と呼びます。f‖g は「fとgは共端」、f◁gは「fはgに(この順で)隣接している」と読みます。

次の公理を仮定します。

  1. ‖はA上の同値関係
  2. f‖f', g‖g', f◁g ならば、f'◁g'
  3. x∈E ならば、x◁x (自分と隣接している)
  4. x, y∈E, x‖y ならば、 x = y
  5. 任意のfに対して、x◁f となる x∈E がある。
  6. 任意のfに対して、f◁y となる y∈E がある。

これは、反射的箙の別定義になります。

与えられた(A, ‖, ◁, E)に対して、(|Q|0, |Q|1, s, t, i)を次のように定義します。

  1. |Q|0 := E
  2. |Q|1 := A
  3. s(f) := εx.(x◁f かつ x∈E)
  4. t(f) := εx.(f◁y かつ y∈E)
  5. i:|Q|0→|Q|1は、E⊆A の包含埋め込み。

s, tの定義に使っている εx.(…) は、「…であるようなx」と読みます。詳しくは「イプシロン計算ってなんですかぁ? こんなもんですよぉ」を見てください。sとtが写像としてwell-definedなことは、公理からすぐ出ます。i;s = id, i;t = id も定義から出ます。

(|Q|0, |Q|1, s, t, i)から(A, ‖, ◁, E)を作るには、

  1. A := |Q|1
  2. f‖g :⇔ s(f) = s(g) かつ t(f) = t(g)
  3. f◁g :⇔ t(f) = s(g)
  4. E := i(|Q|0) (iによる像集合)。

(A, ‖, ◁, E)に関する公理も簡単に確認できます。

半反射的箙と概反射的箙

反射的箙と同じ構造 (A, ‖, ◁, E) で、公理を弱めたものを考えます。

  1. ‖はA上の同値関係
  2. f‖f', g‖g', f◁g ならば、f'◁g'
  3. x∈E ならば、x◁x (自分と隣接している)
  4. x, y∈E, x‖y ならば、 x = y

アローfの両端にEに属する自己隣接アローが決まることを要求していません。圏で言えば、恒等射の存在を要求しないことに相当します。弱めた公理を満たす構造を半反射的箙(semi-reflexive quiver)と呼ぶことにします。半反射的箙では、Eが空になることも許されます。

(A, ‖, ◁, E)が反射的箙なら、もちろんこれは半反射的箙でもあります。Aを任意の集合として、Aに対して、(A, ‖, ◁, E) を次のように定義すると半反射的箙になります。

  • a, b∈A なら、a, bが何でも a‖b
  • どんな a, b∈A でも、 a◁b とはならない
  • Eは空集合

さて、これから n≧0 に対してn-概反射的箙(n-almost reflexive quiver)というものを定義します。n-概反射的箙は、次の構成素を持ちます。

  1. 0≦ j ≦n に対して集合 |Q|j
  2. |Q|j上の半反射的箙構造 (|Q|j, ‖j, ◁j, Ej)。
  3. 0≦ j ≦(n - 1) に対して写像 sj, tj:|Q|j+1→|Q|j
  4. 0≦ j ≦(n - 1) に対して写像 ij:|Q|j→|Q|j+1

sj, tj, ijは次の関係を満たします。

  1. sj;tj-1 = tj;tj-1
  2. tj;sj-1 = sj;sj-1
  3. ij;sj = id
  4. ij;tj = id

さらに次も満たすとします。

  • j≧1 ならば、(|Q|j, ‖j, ◁j, Ej) は反射的箙であり、sj-1, tj-1, ij-1 によって作られる反射的箙構造と同じである。

最後の条件を詳しく言うと:

  • f‖jg ⇔ sj-1(f) = sj-1(f) かつ tj-1(f) = tj-1(f)
  • f◁jg ⇔ tj-1(f) = sj-1(g)
  • Ej = ij-1(|Q|j-1)

(|Q|0, ‖0, ◁0, E0) だけが例外的で、反射的箙であることは保証されません。

今までの定義内で出てきた上限値nがなくて、任意のj≧0に対して上記の構造が定義されているときは、∞-概反射的箙と呼びます。

[追記]n-概反射的箙Qの0次元部分である|Q|0上に半反射的箙構造(|Q|0, ‖0, ◁0, E0) を要求してますが、実際に必要なのは共端関係だけです。したがって、半反射的箙構造を同値関係だけに弱めても、応用上は差し障りがないかも知れません。
[/追記]

高次圏と高次箙

Cをn-圏とします。n-圏の定義は色々ありますが、とりあえず次のことを仮定します。

  1. 0≦ k ≦n に対して、Cのk-射(k-セル、k-アロー)の集合が決まっている。Cのk-射の集合を|C|kとする。特に、|C| = |C|0
  2. a∈|C|k(0< k ≦n)なら、dom(a), cod(a)∈|C|k-1 である。
  3. a∈|C|k(0≦ k <n)なら、ida∈|C|k+1 である。

これは、n-圏Cがn-概反射的箙を決めることを示しています。あるいは、n-圏の台構造がn-概反射的箙であるとも言えます。

n-圏Cが決めるn-概反射的箙をもう少しハッキリと記述しておきましょう; |C|k上で定義されたdom, codは dom(k-1), dom(k-1):|C|k→|C|k-1 と書くことにします。下付き添字の番号が(k - 1)である点に注意してください。|C|k上で定義されたidは、id(k):|C|k→|C|k+1 とします。

s, t, iの代わりにdom, cod, idを使うので、今後は文字iを番号に使うことを許します。

念のために、dom, cod, idが満たす等式を再度書いておくと:

  1. dom(i);cod(i-1) = cod(i);cod(i-1)
  2. cod(i);dom(i-1) = dom(i);dom(i-1)
  3. id(i);dom(i) = Id|C|i
  4. id(i);cod(i) = Id|C|i

ここで、id(i)は箙の構造を定義する写像で、Id|C|iは“i-射の集合|C|i”の上の恒等写像です。

n-圏Cの対象の集合|C|0は単なる集合なので、(|C|0, ‖0, ◁0, E0) は自明な方法で定義しておきます。つまり、

  1. A, B∈|C|0 ならば、A‖B。
  2. A, B∈|C|0 ならば、A◁B ではない。

0< i ≦n に対する(|C|i, ‖i, ◁i, Ei) は、dom, cod, idから自動的に決まります。

n-圏Cから決まるn-概反射的箙も同じ記号Cで表します。n-概反射的箙Cは、k-射の集合(k = 0, 1, ..., n)と、3×n個の写像から構成されます。

n-概反射的箙Cに対して、その1-シフトは、|C|0を捨てて、番号を付け直した(n - 1)-概反射的箙です。Cの1-シフトをC[1]と書いて、シフトしたdom, cod, idは、dom[1], cod[1], id[1]とします。

  • 0≦ i ≦ (n -1) に対して、(C[1])i = Ci+1
  • 0≦ i ≦ (n -1) に対して、(dom[1])(i) = dom(i+1)、(cod[1])(i) = cod(i+1)、(id[1])i = id(i+1)

この定義で、C[1]はn-概反射的箙になります。|C[1]|0 = |C|1上の(‖, ◁, E)構造は反射的箙になりますが、反射的箙は半反射的箙なので問題ありません。

Cがn-概反射的箙のとき、0≦ k ≦n に対してk-シフトを次のように定義できます。

  • C[0] := C
  • C[k] := (C[k-1])[1]

C[k]は(n - k)-概反射的箙になります。C[k]が、Cのk次元未満のセルを捨てた構造です。

共端対とホム箙

通常の圏Dにおいて、A, B∈|D| に対するホムセットD(A, B)は大変に便利な概念です。高次圏に対してもホムセットを定義しましょう。

Cはn-圏だとして、対応するn-概反射的箙も同じCで表します。0≦ k <n として、a, b∈|C|k とします。同じ次元(k)の射は共端かどうかを判定できます。a‖kbのとき、(a, b)をk-共端対と呼びます。

  • k = 0 のときは、a‖0b は|C|0上の関係として決まる。
  • k > 0 のときは、a‖kb は dom(k-1)(a) = dom(k-1)(b) かつ cod(k-1)(a) = cod(k-1)(b) のこと。

a, bがk-共端対のとき、C(a, b)を定義できます。C(a, b)は、(n - k - 1)-概反射的箙になるので、aからbへのホム箙と呼びます。C(a, b)は高次箙なので、(n - k)個の集合 |C(a, b)|0, ..., |C(a, b)|n-k-1 と各次元のdom, cod, idで構成されます。これらの構成素を定義していきます。

準備として、X⊆|C|j(0≦ j <n)に対して X#⊆|C|j+1 を定義します。

  • X# = {a∈|C|j+1 | dom(j)(a)∈X かつ cod(j)(a)∈X }

(X#)# = X## = X#2, ((X#)#)# = X### = X#3 のようにも書きます。

さて、C(a, b)の定義です。C(a, b)に付随するdom, cod, idをdom', cod', id' とします(これ以上の添字は煩雑なので)。

  • |C(a, b)|0 = {x∈|C|j+1 | dom(j)(x) = a かつ cod(j)(x) = b}
  • |C(a, b)|i := (|C(a, b)|0)#i
  • dom'(i) := (dom(k+i)の|C(a, b)|i+1への制限), cod'(i) := (cod(k+i)の|C(a, b)|i+1への制限), id'(i) := (id(k+i)の|C(a, b)|iへの制限)。

以上により、C(a, b)は、(n - k - 1)-概反射的箙になります。

実例:小さい圏の圏

n = 2, C = Cat の場合を考えてみます。

  • |Cat|0 = (すべての(小さい)圏の集合)
  • |Cat|1 = (すべての関手の集合)
  • |Cat|2 = (すべての自然変換の集合)
  • dom(0), cod(0), id(0) は、関手のdom, cod, id
  • dom(1), cod(1), id(1) は、自然変換のdom, cod, id

ホム箙は二種類考えることができます。A0B に対するCat(A, B)と、F‖1G に対するCat(F, G)です。

A, B を小さい圏として、(2 - 0 - 1)-概反射的箙Cat(A, B)を定義しましょう; A0B は無条件に成立するので、1-概反射的箙Cat(A, B)を定義できます。

  • |Cat(A, B)|0 = {F∈|Cat|1 | dom(0)(F) = A かつ cod(0)(F) = B}
  • |Cat(A, B)|1 = (|Cat(A, B)|0)# = {α∈|Cat|2 | dom(1)(α), cod(1)(α)∈|Cat(A, B)|0 }

F, G を関手として、(2 - 1 - 1)-概反射的箙Cat(F, F)を定義しましょう; F‖1G ならば、0-概反射的箙Cat(F, G)を定義できます。

  • |Cat(F, G)|0 = {α∈|Cat|2 | dom(1)(α) = F かつ cod(1)(α) = G}

2種のホム箙の対象集合(0-射の集合)を簡略化した記法で書けば:

  • |Cat(A, B)|0 = Functor(A, B)
  • |Cat(F, G)|0 = NatTran(F, G)

まとめと展望

球体(globe)ベースで定義されたn-圏(高次圏)から結合演算を取り除いてしまうと、n-概反射的箙になります。逆に言うと、n-概反射的箙は、n-圏を定義するための土台となる構造です。

n-概反射的箙では、k-シフトにより低次元のセルを捨てることと、任意の共端対に対するホム箙を取り出すことが出来ます。シフトの結果もホム箙も再び概反射的箙になります。したがって、シフトとホム箙抽出の操作は、組み合わせたり繰り返したりできます。

n-概反射的箙のあいだの準同型射を定義すれば、n-概反射的箙の圏n-AReQを構成できます。k-シフトは、(-)[k]:n-AReQ→(n-k-1)-AReQ という関手となります。また、n-概反射的箙を∞-概反射的箙に拡張する関手 n-AReQ→∞-AReQ も定義できます。

n-概反射的箙の概念に基いて、n-圏(高次圏)に関する記述法をもう少し整理できるんじゃないか、と考えています。

*1:英語ではparallel(平行)ですが、共端のほうが意味が伝わると思います。