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参照用 記事

ホムセットは交わるのか

Cが圏のとき、A, B, C, D∈|C| として、ホムセットの共通部分

  • C(A, B)∩C(C, D)

はいったいどうなってんでしょう?

内容:

dom/codを使った定義では

f∈C(A, B)∩C(C, D) とすると:

  • dom(f) = A かつ cod(f) = B
  • dom(f) = C かつ cod(f) = D

なので、

  • dom(f) = A = C
  • cod(f) = B = D

となるので、

  • C(A, B)∩C(C, D) が空でないならば、A = C かつ B = D

です。対偶をとれば:

  • A ≠ C または B ≠ D ならば、C(A, B)∩C(C, D) は空集合

あるいは、

  • (A, B) ≠ (C, D) ならば、C(A, B)∩C(C, D) は空集合

2つのホムセットは、まったく同じか無共分〈disjoint〉かのどちらかです。ホムセットが同じになるのは、両端が同じときに限ります。

集合圏上の豊饒圏としては

通常の圏は、集合圏Set上の豊饒圏〈enriched category over Set*1と同じだと言われています。ほんとに同じなら、前節で述べた次の事実は、Set上の豊饒圏でも成立するはずです。

  • (A, B) ≠ (C, D) ならば、C(A, B)∩C(C, D) は空集合

しかし、豊饒圏の定義からは、「両端が一致しない限りホムセットが交わらない」は出てこないようです。豊饒圏の定義は次で述べています。

nLab項目なら:

「両端が一致しなくてもホムセットが交わる」例を作ってみましょう。豊饒化圏〈enriching (base) category〉Setのモノイド積は直積×、モノイド単位は 1 = {0} とします。

これから作る豊饒圏をCとして、|C| = A = {1, 2} とします。豊饒圏を定義するホム写像は:

  • C(-, -):A×A→|Set|

A×A = {1, 2}×{1, 2} = {(1, 1), (1, 2), (2, 1), (2, 2)} ですから、C(-, -) は次のように具体的に与えます。

  1. C(1, 1) = {0} = 1
  2. C(1, 2) = {0} = 1
  3. C(2, 1) = {} = \emptyset
  4. C(2, 2) = {0} = 1

結合を与える写像 γa,b,c:C(a, b)×C(b, c)→C(a, c) in Set は、次のどちらかにします。

恒等を与える写像 ιa:1C(a, a) in Set は、{0}→{0} の恒等写像とします。

以上の状況で、結合律と左右の単位律は自明に成立するので、集合圏Set上の豊饒圏になってます。両端が異なるホムセットC(1, 1)とC(1, 2)が交わっています。はい、「両端が一致しなくてもホムセットが交わる」例です。

異なる結果が出るので、通常の圏の定義とSet上の豊饒圏の定義は完全に同じじゃないですね。

米田埋め込みへの影響

ホムセットの交わり(共通部分)C(A, B)∩C(C, D) を気にすることはほとんどないと思います。僕も気にしたことありません。無意識に交わらないことを前提にしている気がしますが、交わって困ることもすぐには思いつきません。何かないかな? -- 米田埋め込みが埋め込みじゃなくなるかな。

米田埋め込みが充満忠実関手〈full-and-faithful functor〉であることは、米田の補題からすぐに出ます。つまり、ホムセットごとに集合の同型(全単射)を与えます。米田埋め込みの対象部〈object part〉についてはどうでしょう。

対象部が単射であることは、

  • a, b∈|C| に対して、a = b ならば a = b

と書けます。ここで、上付きのコメは「困った時の米田頼み、ご利益ツールズ」で導入した「米田の星」記法です。これを示すには、

  • ∀x∈|C|.(C(x, a) = C(x, b)) ならば、a = b

が言えれば十分です(関手の等しさの定義から)。対偶をとると:

  • a ≠ b ならば、∃x∈|C|.(C(x, a) ≠ C(x, b))

「両端が一致しない限りホムセットが交わらない」という前提があれば、x = a と置けば、C(a, a) ≠ C(a, b) が得られて、米田埋め込みの対象部が単射であることが分かります。

しかし、「両端が一致しなくてもホムセットが交わる」場合は、米田埋め込みの対象部が単射とは限らず、「埋め込み」と呼ぶのが憚〈はばか〉られる気がします。

たいした問題ではない

CSet上の豊饒圏として定義されている圏だとします。|C| = A として、C(-, -):A×A→|Set| は、ホムセットが交わる状況を作り出しているかも知れません。

新しい圏C'を次のように定義します。

  • C'(a, b) := {(a, f, b) | f∈C(a, b)}

新しいホムセットでは、射の両端がラベルとして付加されているので、両端が異なればこのラベルが異なります。(a, f, b)と(c, g, d)が等しいためには、f = g だけではなく、a = c かつ b = d も要求されるので、ホムセットの交わりはなくなります。

上記のような手順を経由すれば、ホムセットは交わらないと仮定しても問題はありません。

では、豊饒圏の定義のなかに、「ホムセットは交わらない」を入れ込むことは出来るでしょうか。これは無理です。豊饒化圏が集合圏のときは「交わり」概念がありますが、一般のモノイド圏では「ホム対象が交わる」ことを定義できません。したがって、「ホム対象が交わらない」という条件を記述する術〈すべ〉がありません。

豊饒化モノイド圏Vの対象に交わり概念はないにしろ、等しい/等しくないは判断できます。次の条件はどうでしょうか。

  • C(a, b) = C(c, d) in V ならば、(a, b) = (c, d)

この条件は強すぎます。例えば、一般化された距離空間は豊饒圏の例です。次の記事で述べています。

一般化された距離空間におけるホム対象は実数値です。C(a, b)の代わりにdist(a, b)と書いて距離らしくすると:

  • dist(a, b) = dist(c, d) in R≧0 ならば、(a, b) = (c, d)

これは、「距離が等しい点の対は、(対として)等しい」ことを要求しています。距離空間の概念からは、まったく受け入れられない条件です。

まとめれば、次のようなことでしょう。

  • 圏の一般化としての豊饒圏では、ホム対象の交わりや等しさに対して特に条件は付けない。そもそも条件が書けなかったり、条件がキツすぎることがあるので。
  • 集合圏上の豊饒圏では、ホムセットが交わらないほうが都合がいいことがある。そのときは、少しの変更で望みがかなう。深刻な問題ではない。

*1:enriched category in Set とも言います。このときは、集合圏内の豊饒圏ですね。