このブログの更新は Twitterアカウント @m_hiyama で通知されます。
Follow @m_hiyama

メールでのご連絡は hiyama{at}chimaira{dot}org まで。

はじめてのメールはスパムと判定されることがあります。最初は、信頼されているドメインから差し障りのない文面を送っていただけると、スパムと判定されにくいと思います。

参照用 記事

14年ぶりにファイバー付き圏

インデックス付き圏を拡張してファイバー付き圏へ」にて、

この辺のことを知るには、今から14年前に紹介したことがあるアンジェロ・ヴィストリのテキスト(解説論文)を拾い読みするといいかもしれません。

と書いたので、ヴィストリ〈Angelo Vistoli〉のテキストを眺めてみました。その感想をダラダラと書きます。前の記事への追記だけど、長めなので別エントリーにします。

ヴィストリのテキストは全114ページでけっこう長い。ですが、僕が読んだ部分は(14年前も今日も)第3章(44p-69p 26ページ)の前半(44p-58p 15ページ)だけです。ここだけ読んでも、ファイバー付き圏〈{fibred | fibered} category〉がどんなものかは分かります。

射影関手が P:EB であるファイバー付き圏の定義では、デカルト〈cartesian morphism〉という概念が中心になります。デカルト射は、Eの射で特定の条件を満たすものです。デカルト射が十分にある圏がファイバー付き圏です。デカルト射の集まりを K⊆Mor(E) とすると、ファイバー付き圏は、(E, B, P, K) のように表せるでしょう。

  • E : とある圏。ファイバーバンドルの用語に似せて言うなら、全圏〈{entire | total} category〉
  • B基底圏〈base category〉、あるいは底圏ベース圏
  • P : 射影関手〈projectioin functor〉
  • K : (十分にある)デカルト射からなる類

デカルト射という概念は、僕には分かりにくかったです。デカルト射より、引き戻し四角形〈pullback square〉による定義のほうが腑に落ちました。

[追記]分かりにくい感じは、単に言い回しの問題、あるいは心理的な問題ですね。なぜなら、デカルト射と引き戻し四角形は、論理的には同じ概念ですから。「デカルト」という形容詞が唐突に出てくることが心理的に引っかかるのでしょうね。それに比べて、引き戻し四角形は心理的に受け入れやすい、と。[/追記]

Cにおける引き戻し〈ファイバー積〉はよく知られています。以下の図で、黒い四角形が引き戻し四角形であることは、任意の赤い対象と射に対して、点線の射が一意に存在することです。'∀'は「任意の」、'∃!'は「一意に存在」です。

それに対して、P:EB における引き戻し四角形は次のようになります。

説明しましょう; 図のなかに三種類の矢印が登場します。

  1. 丸印が添えてある矢印は、底圏Bの射。
  2. 無印の矢印は、全圏Eの射。
  3. 棒ではじまる矢印(下向き)は、射影関手による対象のあいだの対応を表す。射影対応と呼ぶことにします。

引き戻し四角形の辺のうち縦の2本は射影対応で、上辺がEの射、下辺がBの射になっています。通常の引き戻し図式では単なる射だった矢印のひとつが、「射影対応+底の射」に置き換わっています。

三種類の矢印と、形状の微妙な変化はありますが、引き戻し〈pullback〉である条件は同じで: 任意の赤い対象と射(と射影対応)に対して、点線の射が一意に存在すること、です。

P:EB がファイバー付き圏であることは、引き戻し四角形を使って次のように記述できます。

  • 任意のEの対象ξと、任意のBの射 f:A→P(ξ) に対して、ξ \mapsto P(ξ) を右の辺(射影対応)、fを下の辺(底圏の射)とする引き戻し四角形が存在する。

「分かりやすさ」の感覚は人によって違うでしょうが、「(ちょっと変わった)引き戻し四角形を自由に作れるのがファイバー付き圏」という定義のほうば僕には分かりやすいですね。引き戻し四角形を先に考えた場合は、デカルト射は、引き戻し四角形の上辺(Eの射)のことを意味します。

2つのファイバー付き圏 P:EB, P':E'B のあいだの準同型関手も、引き戻し四角形を引き戻し四角形に移す関手 F:EE' (ただし、F*P' = P)という定義が自然に感じます(感じ方は人それぞれ)。

インデックス付き圏を拡張してファイバー付き圏へ」で述べたタイト2-関手と、デカルト射なり引き戻し四角形で定義されるファイバー付き圏との関係は、ヴィストリのテキストで詳しく扱われています。

ヴィストリは、タイト2-関手ではなくて疑関手〈pseudo-functor | 疑似関手〉と呼んでます。疑関手はよく使われる(しかし、僕は嫌いな)言葉です。「ラックス2-関手とも呼ぶ」と書いてありますが、ラックス2-関手と疑関手は(通常は)別物です。

ファイバー付き圏とタイト2-関手〈疑関手〉を結び付けるには、亀裂〈cleavage〉という概念が必要になります。亀裂を固定しないとタイト2-関手は作れないので、次のような対応になります。

  • 亀裂ファイバー付き圏〈fibered category with cleavage | cloven fibered category〉 ←→ タイト2-関手

「任意のファイバー付き圏に亀裂は取れるから、ファイバー付き圏は亀裂ファイバー付き圏だと思っていい」てなことをヴィストリは書いてますが、「ほんとかな?」という気がしなくもないです。雰囲気としては「任意のベクトル空間に基底を取れる」という主張と似てますが、大規模な状況なので不安を感じます。

とはいえ、亀裂なしではうまくいかないので、「亀裂ありき」で考えるしかないでしょう。

亀裂ファイバー付き圏とタイト2-関手の対応を作るのはだいぶ面倒です*1。ヴィストリのテキストは、そのプロセスがちゃんと書いてある点がいいですね。

*1:細部の確認に手間がかかるだけで、テクニカルに難しいわけではないです。