このブログの更新は Twitterアカウント @m_hiyama で通知されます。
Follow @m_hiyama

メールでのご連絡は hiyama{at}chimaira{dot}org まで。

はじめてのメールはスパムと判定されることがあります。最初は、信頼されているドメインから差し障りのない文面を送っていただけると、スパムと判定されにくいと思います。

参照用 記事

マルコフ圏って、いいんじゃないのコレ

マルコフ圏 A First Look -- 圏論的確率論の最良の定式化」で紹介したマルコフ圏は、比較的に新しい概念です。

  • フリッツ〈Tobias Fritz〉が公理化して、新しい名前を付けた。
  • アイディアは新しくはなく、過去に同様な試みがあり、大量の実例もある。

フリッツのネーミングは戦略的で、公理化のセンスも素晴らしいです。公理系が強過ぎないように、つまり適用範囲が狭くならないように注意深く設計されています。例えば、マルコフ圏の公理だけでは、条件付き確率の議論が出来ません。が、現状では、条件付き確率の公理化をどうすべきかの確たる方針がないので、条件付き確率を公理化するのは時期尚早です。マルコフ圏の上に条件付き確率らしきものを載せてトライアルをすべきです。

マルコフ圏の公理系が適度に弱いことから、確率論とは無関係なところにもマルコフ圏論を適用できそうです。例えば、集合圏Setもマルコフ圏になっています(この例はあまり面白くないけど)。プログラム理論やオートマトン理論の背景圏として使うPartial(集合と部分写像の圏)、NonDet(集合と非決定性写像の圏)もマルコフ圏です。

SetPartialNonDet という包含系列もマルコフ圏の立場からうまく説明できます。非決定性写像の圏NonDetは、ベキ集合モナドのクライスリ圏になっていて、関係圏Relと同型な(同値より強く似てる)圏です。集合の直積をモノイド積として、対角射 ΔA:A→A×A と一点に潰す写像 !A:A→1 を使って、NonDet(あるいはRel)上に余可換コモノイド・モダリティを定義できます。これにより、NonDetはマルコフ圏になります。Partialはコモノイド余単位を保つ写像からなるNonDetの部分圏、Setはコモノイド余単位とコモノイド余乗法を保つ写像からなるPartialの部分圏となります。

NonDetは確率論と直接的な関係はないですが、“不確定さ”を扱うという点では確率論的な圏、例えばジリィモナドのクライスリ圏Stocと薄っすらと似ています。この“薄っすらと似た感じ”を、「どちらもマルコフ圏である」という事実で説明できます。また、似てるけど違う点を、マルコフ圏に上部構造を載せて議論できます。例えば、先ほど言った条件付き確率の公理候補を、NonDetで考えたりすると、確率論に特有な概念か、不確定さ一般に通用する概念かを判断できます。

NonDetは計算科学でよく利用されてきました。マルコフ圏という共通の枠組みがあることから、確率論の概念の一部をNonDetに移入できるかも知れません。あるいは逆に、計算科学でお馴染みの概念・手法を、確率論側へと移出できる可能性もあります。

マルコフ圏という概念は、かなり広範囲に使える基盤構造を提供するし、抽象的な概念自体、例えばマルコフ圏のあいだの射(いうなればマルコフ関手)は何か? なども興味深いトピックだと思います。-- いいんじゃないのコレ。