このブログの更新は Twitterアカウント @m_hiyama で通知されます。
Follow @m_hiyama

メールでのご連絡は hiyama{at}chimaira{dot}org まで。

はじめてのメールはスパムと判定されることがあります。最初は、信頼されているドメインから差し障りのない文面を送っていただけると、スパムと判定されにくいと思います。

参照用 記事

マルコフ圏にモナドが欲しい事情

マルコフ圏を普及させた当事者であるフリッツ〈Tobias Fritz〉達は、モナドを備えたマルコフ圏の定義も試みています。

  • Title: Representable Markov Categories and Comparison of Statistical Experiments in Categorical Probability
  • Authors: Tobias Fritz, Tomas Gonda, Paolo Perrone, and Eigil Fjeldgren Rischel
  • Date: 30 Oct 2020 (v2)
  • Pages: 69p
  • URL: https://arxiv.org/abs/2010.07416

マルコフ圏にモナドが欲しい事情を簡単に説明します。

内容:

条件化可能マルコフ圏

マルコフ圏は確率論のための圏論的フレームワークと言われています。が、単なる素のマルコフ圏〈plain Markov category〉では確率論を満足に展開できません。同時分布を条件付き確率に変換する操作は必要です。この操作〈オペレーター | コンビネーター〉を条件化オペレーターと呼びます。条件化オペレーターを備えたマルコフ圏が条件化可能マルコフ圏です。

条件化可能マルコフ圏では、ベイズの反転定理が成立します。以下の記事を参照してください。

逆に、ベイズ反転オペレーターを持つマルコフ圏〈反転可能マルコフ圏〉は条件化可能マルコフ圏になります。それは次の記事に書いてあります。

条件化可能または反転可能という条件(追加公理)があれば、かなりの程度の確率論ができます。

期待値代数

条件化可能マルコフ圏だけでは、期待値〈平均値 | 重心〉の概念が定義できません。ここで言う「期待値」とは; 値の空間 $`X`$ に対して、$`X`$ 上の確率分布の空間を $`P(X)`$ として $`e:P(X) \to X`$ という写像です。

もちろん、$`e:P(X) \to X`$ には「期待値らしさ」を規定する条件が付きます。適切な条件を満たす $`(X, e)`$ を期待値代数(または、平均値代数/重心代数)と呼ぶことにします。期待値代数については次の記事を参照してください。

期待値代数をある程度公理的に定義しようとすると、確率分布モナド $`P`$ のアイレンベルク/ムーア代数ということになります。モナド $`P`$ がないと、アイレンベルク/ムーア代数は定義できません。期待値概念の定式化にモナドが必要になります。

サンプリング・モナド

台集合が $`X`$ である確率空間を $`(X, \mu)`$ とします(可測構造の記述は省略)。$`X`$ を母集団だと考えて、標本集団を選び出す行為は、なんらかのコレクション・モナド $`F`$ で表現されるでしょう。コレクション・モナドとは、例えばリスト・モナドやバッグ・モナドのように“モノの集まり”を作るモナドです。

  • $`X`$ : 母集団
  • $`F(X)`$ : $`X`$ から選び出した標本集団〈コレクション〉の集合
  • $`s \in F(X)`$ : $`X`$ から選び出したひとつの標本集団〈コレクション〉

$`X`$ に載っていた確率分布 $`\mu`$ が、うまいこと $`F(X)`$ に持ち上がったとして、それを $`\tilde{\mu}`$ としましょう。$`(F(X), \tilde{\mu})`$ は確率空間になります。サンプリング〈標本抽出〉が意味を持つのは、$`\tilde{\mu}`$ が作れるときです。関連する話題が以下の過去記事にあります。

$`\mu \mapsto \tilde{\mu}`$ という構成を系統的に行うと、確率分布モナドを $`P`$ として次のような写像になります。

$`\quad \text{lift}_X : P(X) \to P(F(X))`$

$`X`$ を動かしたときに $`\text{lift}`$ が自然変換になっていれば都合がいいです。もっと都合がいいのは、次のような自然変換が作れるときです。

$`\quad \text{beck}_X : F(P(X)) \to P(F(X))`$

つまり、確率分布のコレクションからコレクションの確率分布が得られるときです。この状況のとき、ベックの分配法則が成立するといいます。ベックの分配法則については次の記事を参照してください。

サンプリング・モナド(定義の詳細は未定)とは、単一のモナドではなくて、確率分布モナドとコレクション・モナド、そして確率分布を変換する自然変換を組み合わせた構造です。ベックの分配法則が成立していたらとても都合がいい(複合モナドを作れる)のですが、もう少し弱い構造でも役立つかも知れません。

いずれにしても、確率分布モナドがないとサンプリング〈標本抽出〉の議論は出来ません。確率分布モナドを備えたマルコフ圏、欲しいですね。