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参照用 記事

概リー/ラインハート代数層

前回の記事「概リー/ラインハート代数」において、リー/ラインハート代数の条件〈公理〉を少しゆるくした代数系である概リー/ラインハート代数〈almost Lie-Rinehart algebra〉を定義しました。これはリー/ラインハート代数の一般化と言えます。

リー/ラインハート代数とその周辺 // そしてそれから」で、リー/ラインハート代数の一般化の方向性を幾つか列挙しておきました。その2番目に:

  • 層論化: 出現する代数系を、層上の代数系に置き換えます。例えば、リー/ラインハート代数をリー/ラインハート代数層に拡張します。

今日はこの層論化をやってみます。概リー/ラインハート代数層を定義します。%
\newcommand{\cat}[1]{\mathcal{#1} }%
\newcommand{\hyp}{\mbox{-} }%
\newcommand{\id}{\mathrm{id} }%
\newcommand{\In}{\mbox{ in }}%
\newcommand{\dif}{\mathop{\triangleright}}%
\newcommand{\difb}{ \gtrdot }%
\newcommand{\For}{ \mbox{For }  }%
\newcommand{\u}[1]{ \underline{ #1 }  }%
\newcommand{\TO}{ \Rightarrow }%
\newcommand{\La}{ \langle }%
\newcommand{\Ra}{ \rangle }%
\newcommand{\Iff}{ \Leftrightarrow }%

内容:

ネーミングと記号の約束

概リー/ラインハート代数の構成素(の役割)に英字1文字から3文字で名前を付けます。

  1. A : associative algebra から。可換代数〈環〉
  2. B : bracket から。括弧積マグマ。
  3. ls : left scalar multiplication から。加群の左スカラー倍。
  4. rs : right scalar multiplication から。加群の右スカラー倍。
  5. der : derivation action から。導分作用。

小文字は写像ですが、すべてK-ベクトル空間の射です(Kは基礎体)。アンダーラインは、可換代数/括弧積マグマの台ベクトル空間〈underlying vector space〉を示します。

  • ls:\u{A}\otimes \u{B} \to \u{B} \In {\bf Vect}_K
  • rs:\u{B} \otimes \u{A} \to \u{B} \In {\bf Vect}_K
  • der:\u{B}\otimes \u{A} \to \u{A} \In {\bf Vect}_K

以下では、いちいちアンダーラインを付けるのは省略します。可換代数上の加群を考えているので、左スカラー倍があれば右スカラー倍は定義できます。よって、右スカラー倍は通常は構成素には入れません。

概リー/ラインハート代数を一文字 R で表した場合、R = (R_A, R_B, R_{ls}, R_{der}) と書きます。左スカラー倍と導分作用を中置演算子記号で表す場合は R = (R_A, R_B, \cdot_R, \dif_R)。右スカラー倍も同じ中置演算子記号を使います。さらに、下付き添字は適宜省略し、左右のスカラー倍は単に併置で表すこともあります。略記することを =: で表すと:

  •  R_{ls}(a, X) =: a \cdot_R X =: a\cdot X =: a x
  •  R_{rs}(X, a) =: X \cdot_R a =: X\cdot a =: x a
  •  R_{der}(X, a) =: X \dif_R a =: X \dif a

X\dif aX a と省略してしまうとさすがにワケワカランになるので省略しません。

概リー/ラインハート代数のあいだの射の構成素は2つあったので、f = (f_A, f_B):R \to S と書きます。

  • f_A : S_A \to R_A \In {\bf CAlg}_K
  • f_B : R_B \to S_B \In {{\bf BraMag}_K}^{\mathrm{uncond}}

f_A, f_B をそれぞれ(射の)AパートBパートと呼ぶことにします。Aパートは可換代数射、Bパートは単なる線形写像です。ただし、「概リー/ラインハート代数」で述べた公理は満たします。Aパートの向きが逆であることに注意してください。

層と前層

層は、層条件〈貼り合わせ条件〉を満たす前層として扱います。が、この記事は主に計算方法の話なので層条件はあまり気にしません。特に、引き戻し層は(層にならないかもしれない)前層のままで扱います。また、軟層〈soft sheaf〉、細層〈fine sheaf〉といった議論はサボります。総じて、層と言いながらも前層の計算を扱っています。

位相空間 XX = (\u{X}, Open(X)) と書きます。台集合 \u{X} は単なる集合ですが、アンダーラインは省略することがあります(記号の乱用)。開集合の集合 Open(X) は包含順序から圏とみなします。が、圏としての対象集合 |Open(X)| を単に Open(X) と書きます(サボリ記法)。

F, G:Open(X)^{op} \to {\bf Set} \In {\bf CAT} が集合層のとき、層のあいだの射は自然変換 \alpha :: F \TO G : Open(X)^{op} \to {\bf Set} \In {\bf CAT} です。自然変換の成分は通常次のように書きます。

  • \alpha_U : F(U) \to G(U) \In {\bf Set}

しかし、右下添字は他の用途で使うので、開集合を左肩に乗せることにします。

  • {}^U \alpha : F(U) \to G(U) \In {\bf Set}

位相空間の任意の部分集合(開集合とは限らない)T \subseteq X に対して、

  • Open_T(X) := \{V \in Open(X) \mid  T\subseteq V\}

と定義します。F:Open(X)^{op} \to {\bf Set} が層/前層のとき、F\La T \Ra を次のように定義します。

  •  F\La T \Ra := \mathrm{colim}_{V\in Open_T(X)} F(V)

これは層の茎〈stalk〉と同じ定義です。一点集合以外の集合にも茎を定義したことになります。この記法を使うと、層の引き戻し前層(もはや層ではないかも知れない)の記述が楽になります。

位相空間上の概リー/ラインハート代数層

{\bf AlmLieRineAlg}_K を、基礎体K上の概リー/ラインハート代数〈almost Lie-Rinehart algebra〉の圏とします(「概リー/ラインハート代数」参照)。X = (X, Open(X))位相空間とします。

X 上の概リー/ラインハート代数前層〈almost Lie-Rinehart algebra sheaf〉の圏は次のように定義されます。

  • Psh({\bf AlmLieRineAlg}_K)[X] := [Open(X)^{op}, {\bf AlmLieRineAlg}_K]

ここでのブラケットは関手圏〈functor category〉を表します。

  • R\in |Psh({\bf AlmLieRineAlg}_K)[X]| \Iff R:Open(X)^{op} \to {\bf AlmLieRineAlg}_K \In {\bf CAT}

R が概リー/ラインハート代数前層のとき、開集合 U \in Open(X) での値は概リー/ラインハート代数になるので次のように書けます。

  • R(U) = (R_A(U), R_B(U), \cdot_{R(U)}, \dif_{R(U)})

概リー/ラインハート代数前層のあいだの射 f:R \to S \In Psh({\bf AlmLieRineAlg}_K)[X] は次のようです。

  •  {}^U f : R(U) \to S(U) \In {\bf AlmLieRineAlg}_K
  •  {}^U f = ({}^U f_A, {}^U f_B)
  •  {}^U f_A :  S_A(U) \to R_A(U) \In {\bf CAlg}_K
  •  {}^U f_B :  R_B(U) \to S_B(U) \In {{\bf BraMag}_K}^{\mathrm{uncond}}

Psh({\bf AlmLieRineAlg}_K)[X] のなかで層条件を満たす前層(つまり層)からなる部分圏を Sh({\bf AlmLieRineAlg}_K)[X] とします。前節で述べたように、層条件にはあまり触れないので、ほぼ前層の計算をします。

層/前層の前送りと引き戻し

同じ位相空間の上の概リー/ラインハート代数層のあいだの射は前節で定義しました。が、2つの概リー/ラインハート代数層が異なる空間に載っている場合; R\in Psh({\bf AlmLieRineAlg}_K)[X], S\in Psh({\bf AlmLieRineAlg}_K)[Y] のときの射 f: R \to S は定義していません。定義しましょう。まず、そのために準備をします。

\varphi:X \to Y \In {\bf Top}連続写像とします。\varphi は、次のような集合前層圏のあいだの関手を誘導します。

  • \varphi_{\vdash}:Psh({\bf Set})[X] \to Psh({\bf Set})[Y] \In {\bf CAT}
  • \varphi^{\dashv}:Psh({\bf Set})[Y] \to Psh({\bf Set})[X] \In {\bf CAT}

これらは次のように定義されます。


\For A \in |Psh({\bf Set})[X] |\\
\For V\in Open(Y)\\
\quad (\varphi_{\vdash} A)(V) := A(\varphi^{-1}(V))

\For B \in |Psh({\bf Set})[Y] | \\
\For U\in Open(X)\\
\quad (\varphi^{\dashv} B)(U) := B\La \varphi(U) \Ra = \mathrm{colim}_{V\in Open_{\varphi(U)}(X)} B(V)

\varphi_{\vdash} AA前送り前層〈pushforward presheaf〉(または順像)、\varphi^{\dashv} BB引き戻し前層〈pullback sheaf〉(または逆像)と呼びます。今回使うのは引き戻し前層です。

層の場合も前層と同様にして前送りと引き戻しが定義できます。その結果が再び層になるとは限りませんが、そこは気にしないことにします。計算は前層レベルで出来るので。

\varphi_{\vdash}, \varphi^{\dashv} が関手になることを示すには、前層/層のあいだの射(実体は自然変換)に対して前送り/引き戻しが定義できて、\varphi_{\vdash}, \varphi^{\dashv} が関手条件〈関手性〉を満たすことを示す必要がありますが、それは容易です。

以上の話は集合前層/集合層の前送り・引き戻しですが、集合層の上に構築された構造、例えばモノイド層やベクトル空間層*1も同様に前送り・引き戻しできます。例えば、位相空間 Y 上の概リー/ラインハート代数層 S があるとき、その導分作用が次のようだとします。

\xymatrix@C+1pc {
  {S_B \otimes S_A } \ar[r]^-{\dif_S}
  & {S_A}
}\\
\In Sh({\bf Vect}_K)[Y]

これを \varphi^\dashv で引き戻すと次の図式になります。

\xymatrix@C+1pc {
  {\varphi^\dashv S_B \otimes \varphi^\dashv S_A } \ar[r]^-{\varphi^\dashv \dif_S}
  & {\varphi^\dashv S_A}
}\\
\In Sh({\bf Vect}_K)[X]

関手 \varphi^\dashv は可換図式(等式的法則)を可換図式に移すので、概リー/ラインハート代数層の法則〈公理〉も関手で移されて、Y 上の概リー/ラインハート代数から X 上の概リー/ラインハート代数層(あるいは前層)が得られます。

概リー/ラインハート代数層のあいだの射

R\in Psh({\bf AlmLieRineAlg}_K)[X], S\in Psh({\bf AlmLieRineAlg}_K)[Y] に対する射 f: R \to S は3つの構成素からなります。

  1. f_C = \varphi : X \to Y \In {\bf Top}
  2. f_A: \varphi^{\dashv}S_A \to R_A \In Psh({\bf CAlg}_K)[X]
  3. f_B:  R_B \to  \varphi^{\dashv}S_B\In Psh({{\bf BraMag}_K}^{\mathrm{uncond}})[X]

f_C の C は carrier〈担体〉のつもりです。(f_A, f_B) のペアは、X 上の概リー/ラインハート代数前層のあいだの射となります。

  • (f_A, f_B) : R \to \varphi^\dashv S \In Psh({\bf AlmLieRineAlg}_K)[X]

開集合 U \subseteq X に対する成分は次のようになります。

  • {}^U f_A: (\varphi^{\dashv}S_A)(U) \to R_A(U) \In {\bf CAlg}_K
  • {}^U f_B:  (R_B)(U) \to  (\varphi^{\dashv}S_B)(U) \In {{\bf BraMag}_K}^{\mathrm{uncond}}

定義により展開すれば:

  • {}^U f_A: S_A\La \varphi(U)\Ra  \to R_A(U) \In {\bf CAlg}_K
  • {}^U f_B:  R_B(U) \to  S_B\La \varphi(U)\Ra \In {{\bf BraMag}_K}^{\mathrm{uncond}}

おわりに

位相空間 X と圏 \cat{C} があると、 Psh(\cat{C})[X],\, Sh(\cat{C})[X] は決まった手順で作れます。また、\varphi:X \to Y \in {\bf Top} に対する \varphi_\vdash,\, \varphi^\dashv の作り方も手順が決まっています。

結局、概リー/ラインハート代数を層論化して概リー/ラインハート代数前層、概リー/ラインハート代数層を作ることは、決まった手順に従うだけです。その意味で特に工夫は要りません。やってみただけです。ただし、やり方が幾つかあるので、今回のこのやり方が最適だったかはまだ分かりません。調べる必要があります。

ところで、この記事を書いていて「層と前層の区別がめんどくさいなー」と感じました。位相空間の代わりにサイト〈site〉を使うと、サイトが自明トポロジーを持てば、そのサイト上の層は前層のことです。つまり、前層は層の一種として扱えます。\cat{X} をサイトとして、前層も込みで Sh(\cat{C})[\cat{X}] と書くのが楽ちんな気がします。とはいえ、サイトを使った層論を僕が理解してない、という問題が ‥‥

*1:ベクトル空間層は、基礎体の局所定数層の上の加群層と考えます。