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参照用 記事

リー/ラインハート代数とその周辺

日曜日(2021年5月16日)にたまたま見かけた論文でリー/ラインハート代数〈Lie-Rinehart algebras〉というものを知って、ちょっと盛り上がりました。以前に、幾分かは似た事を考えたことがあったのですがマトマリが付かなかった経験があります。なので、「おー、これだ」感で高まったわけです。

リー/ラインハート代数に関連して、ゲルステンハーバー代数〈Gerstenhaber algebra〉、バタリン/ヴィルコヴィスキー代数〈Batalin-Vilkovisky algebra〉なんてのもあることを知りました。人名(ラインハート、ゲルステンハーバー、バタリン、ヴィルコヴィスキー)も概念も初めて知りました。なので、この記事はにわか仕込みの浅知恵に基づきます。

にわかの僕にはハッキリわかってないことも多いんですが、微分計算の様々な側面が、リー/ラインハート代数とその周辺の代数系達でうまく記述できそうな気がします。

準備(階付きベクトル空間とか)から書き始めたら息切れして、後半は雑です。もっとも、後半の話題は理解しきれてないので、そもそも丁寧には書けないという事情もあります。より詳しい話はまたの機会(それがあれば)に、今日のところは概要です。%
\newcommand{\Imp}{\Rightarrow}%
\newcommand{\If}{\mbox{ if }}%
\newcommand{\In}{\mbox{ in }}%
\newcommand{\hyp}{\mbox{-}}%
\newcommand{\deg}{\mathrm{deg}}%

内容:

4日前に

何かを検索していて(前後の経緯は忘れた)次の論文にたどり着きました。

  • Title: Multi derivation Maurer-Cartan algebras and sh-Lie-Rinehart algebras
  • Submitted: 19 Mar 2013
  • Author: Johannes Huebschmann
  • Pages: 34p
  • URL: https​://arxiv.org/abs/1303.4665

最初の10ページくらい斜め読みしただけで、その後は難しそうなんで中断。同じ著者ヒュープシュマン〈Hübschmann | Huebschmann〉の昔の論文を眺めてみました。

とりあえずこれで、リー/ラインハート代数、ゲルステンハーバー代数、バタリン/ヴィルコヴィスキー代数つうものがあることを知りました。で、その日(2021-05-16)のツイート:

翌日(2021-05-17):

翌々日(2021-05-18):

簡略なメモは別ブログに書いています。

階付きベクトル空間

リー/ラインハート代数、ゲルステンハーバー代数の準備として、ここからしばらく定義の羅列が続きます。具体例を挟みませんが、多様体上のベクトル場の空間や微分形式の空間が事例となります。

K を基礎体として固定して、{\bf Z} でインデックスされたK-ベクトル空間の列 (V^i)_{i\in {\bf Z}}階付きベクトル空間〈graded vector space〉と呼びます。体の代わりに可換環を基礎環として階付き加群を考えることもできます(より一般的です)が、ここではベクトル空間としておきます。基礎体のデフォルトは実数体 {\bf R} として、特に断りがなければ {\bf R}-ベクトル空間を考えるとします。

階付きベクトル空間 (V^i)_{i\in {\bf Z}} があるとき、成分であるベクトル空間達を直和に組んで \bigoplus_{i\in {\bf Z}}V^i を使うこともあります。“パランパランのベクトル空間の集まり”と“直和した単一のベクトル空間”のあいだを、目的により行ったり来たりします。どちらかに固定することはしません。V^\bullet = (V^i)_{i\in {\bf Z}} のように書くことがあります。右肩の黒丸が番号〈階数 | 次数〉が入る場所です。

階付け〈grading | graduation〉をずらす操作があります。整数 n に対して次のように定義します。

  •  V[n]^\bullet := V^{\bullet + n}

特に V[1]^\bullet左シフト〈left shift〉と呼ぶことにします。 V[1]^{-1} = V^{-1 + 1} = V^0 なので、もとが i = 0 位置にあったベクトル空間はひとつ左の -1 の位置にずれます。

下付きの番号〈階数 | 次数〉は次のように約束します*1

  •  V_i := V^{-i}

例えば、V_{2} = V^{-2} です。

S \subseteq {\bf Z} として、i \not\in S \Imp V^i = \{0\} のとき、階付きベクトル空間 V^\bulletS集中〈concentrate〉しているといいます。{\bf Z} の部分集合を“領域”と呼ぶことにして、次のように表現しましょう。

  • S = \{0\} のとき: 0に集中している
  • S = \{i \in {\bf Z} \mid i \ge 0\} のとき: 非負領域に集中している
  • S = \{i \in {\bf Z} \mid i \le 0\} のとき: 非正領域に集中している
  • S が有限集合のとき: 有限領域に集中している

単なる一個のベクトル空間を、0に集中した階付きベクトル空間とみなすことがあります。同じ記号で表すことが多いですが、ここではビックリマークを付けることにします。

  •  X!^0 = X
  •  X!^i = \{0\} \If i \ne 0

これを左シフトすると:

  •  X![1]^0 = X!^{1} = \{0\}
  •  X![1]^{-1} = X!^{-1 + 1} = X!^0 = X

単一のベクトル空間と対応する階付きベクトル空間を区別しないで書くと:

  •  X[1]^{-1} = X

僕は、これを見たとき意味不明で困惑しました。(で、ビックリマークを付けることに。)-1 が肩に乗るのも紛らわしいですね(「(-1)乗記号の憂鬱と混乱」参照)。

V^\bullet, W^\bullet が2つの階付きベクトル空間のとき、テンソル積階付きベクトル空間tensor product of graded vector spaces〉  (V\otimes W)^\bullet は次のように定義します。

  • (V\otimes W)^k := \bigoplus_{i + j = k} (V^i\otimes V^j)

直和が無限和になっても定義はできますが、有限和の状況を考えることが多いです。0に集中した基礎体 K!テンソル積の単位になります。

V^\bullet, W^\bullet が2つの階付きベクトル空間のとき、適当な整数 r\in {\bf Z} と線形写像の集まり f^i:V^i \to W^{i +r } を、階付きベクトル空間のあいだの準同型写像あるいは階付きベクトル空間射〈morphism of graded vector spaces〉といいます。整数 r\in {\bf Z} は、階付きベクトル空間射の階数〈grade〉または次数〈degree〉と呼びます。

階付きベクトル空間を対象として、階付きベクトル空間射を射とする圏を {\bf GrVect}_{K} とします。基礎体 K を省略したときは実数体上の階付きベクトル空間の圏です。ホムセット {\bf GrVect}(V^\bullet,  W^\bullet) のなかで、次数 r の射からなる部分集合を {\bf GrVect}^r(V^\bullet, W^\bullet) と書きます。次が成立します。

  • {\bf GrVect}^r(V^\bullet, W^\bullet) = {\bf GrVect}^0(V^\bullet, W[r]^\bullet)

{\bf GrVect} の次数0の射からなる部分圏を {\bf GrVect}^0 と書きます。肩に乗った0は、すぐ上のホムセットの書き方と整合します。

階付き可換代数と階付きリー代数

階付きベクトル空間の圏のなかの次数0の射 m:(V\otimes V)^\bullet \to V^\bullet \In {\bf GrVect}^0階付きの積、または乗法〈graded product/multiplication〉と呼びます。射のk次成分は:

  • m^k : \bigoplus_{i + j = k} V^i\otimes V^j \to V^k \In {\bf Vect}

さらに細かく分けると:

  • m^{i,j} : V^i\otimes V^j \to V^{i + j} \In {\bf Vect}

m^{i,j} は双線形写像とみなせます。次数〈階数〉に関しては次が成立します。

  •  a\in V^i, b\in V^j \Imp m^{i,j}(a\otimes b) \in V^{i + j}

階付きの積を備えた階付きベクトル空間が階付き代数ですが、通常は、結合律と単位律を満たすことを要請します*2。つまり、階付きのベクトル空間の圏内のモノイド対象〈monoid object〉が階付き代数〈graded algebra〉です。混乱の恐れがあるときは、結合的単位的階付き代数〈associative unital graded algebra〉と丁寧に言います。また、この意味の「代数」と「多元環」は同義語なので、階付き多元環でも同じです。階付き代数〈階付き多元環〉と(階付きの)積を保存するような階付きベクトル空間射からなる圏 {\bf GA} が定義できます。

 x\in V^i のとき \deg(x) = i とします。整数値 \deg(x) は一意に決まるとして*3、要素 x の次数と呼びます。しばしば、|x| := \deg(x) と略記します。

A^\bullet = (V^\bullet, m^\bullet) が階付き代数のとき、m^{i,j}(a\otimes b)a\cdot b のように略記します。階付き代数 A^\bullet = (V^\bullet, m^\bullet)階付き可換〈graded commutative〉だとは次が成立することです。

  • \forall a, b\in V^\bullet.\: b\cdot a = (-1)^{|a||b|}a\cdot b

ここで、 a, b\in V^\bullet は、適当な i, j\in {\bf Z} に対して a\in V^i, b\in V^j のことです。a, b\in \bigoplus_{i\in {\bf Z}} V^i という意味ではありません

ここまで、階付き代数を A^\bullet 、その台である階付きベクトル空間を V^\bullet と書いてきましたが、煩雑なので、台階付きベクトル空間〈underlying graded vector space〉を {\underline{A}}^\bullet 、さらには記号の乱用で {\underline{A}}^\bullet = A^\bullet とも書きます。

{\bf GA} の対象を階付き可換代数に制限して、階付き可換代数の圏 {\bf GCA}\subset {\bf GA} を定義できます。

結合的単位的な積とは別な種類の積を考えましょう。今度の積はブラケット〈角括弧〉で略記します。ブラケットで表す積が次の性質を満たすとき、階付きリー括弧積〈graded Lie bracket〉と呼びます。

  • \forall a, b\in A^\bullet.\:  [b, a] = -(-1)^{|a| |b|}[a, b] (階付き反対称)
  • \forall a, b, c\in A^\bullet.\: [a, [b, c]] = [[a, b], c] + (-1)^{|a| |b|}[b, [a,c]] (階付きヤコビ恒等式

階付きリー括弧積を備えた階付きベクトル空間を階付きリー代数〈graded Lie algebra〉といいます。リー括弧積を保存する階付きベクトル空間射は階付きリー代数〈morphism of graded Lie albegras〉です。階付きリー代数と階付きリー代数射は圏 {\bf GLA} を構成します。

階付き代数、階付き可換代数、階付きリー代数は、通常の代数/可換代数リー代数の一般化になっています。階付き代数/階付き可換代数/階付きリー代数の0次の部分を取り出すと、通常の代数/可換代数〈環〉/リー代数になります。逆に、通常の代数/可換代数リー代数は、0に集中した階付き代数/階付き可換代数/階付きリー代数とみなせます。

ライプニッツ法則と導分/微分

A を(階が付いてない普通の)K上の可換代数〈環〉だとして、K-線形写像 D:A \to A導分〈derivation〉だとは、次のライプニッツ法則を満たすことです。

  • \forall a, b\in A.\: D(a\cdot b) = D(a)\cdot b + a \cdot D(b)

AK-導分(K-線形写像である導分)の全体を Der_K(A) または Der(A/K) と書きます。Der(A/K) はベクトル空間になります。

導分の概念を階付きに拡張しましょう。A^\bullet = ({\underline{A}}^\bullet, m^\bullet) を階付き積(双線形写像)を持つ階付きベクトル空間とします。結合律などは今は仮定しません。次数がrの自己射 D:{\underline{A}}^\bullet \to {\underline{A}}[r]^\bullet \In {\bf GrVect}^0階付きライプニッツ法則〈graded Leibniz law〉を満たすとは次のことです。

  • \forall a, b\in {\underline{A}}^\bullet.\: D(a\cdot b) = D(a)\cdot b + (-1)^{|a|} a \cdot D(b)

ここで、a \cdot b は階付き積  m^{i,j}(a\otimes b) の略記です。

階付きライプニッツ法則を満たす次数rの自己射 D:{\underline{A}}^\bullet \to {\underline{A}}[r]^\bullet \In {\bf GrVect}^0 を、次数rの階付き導分〈graded derivation〉と呼び、その全体を Der^r(A^\bullet/K) と書きます。

次数1の階付き導分で、D^{k+1}\circ D^k = 0 (平方ゼロ)であるものを階付き微分〈graded differential〉と呼びます。ここでの「微分」は、導分に“次数1かつ平方ゼロ”の条件を付けたK-線形作用素のことです。階付き微分を備えた結合的単位的階付き代数を微分階付き代数〈differential graded algebra〉、あるいは短くDG代数と呼びます。DG代数に掛け算の可換性は要求しません。階付き可換な場合はDG可換代数〈differential graded commutative algebra〉です。

微分」という言葉の多義性・曖昧性を減らすために、DG代数が備えている階付き微分(次数1平方ゼロな階付き導分)をDG作用素〈DG operator〉とも呼ぶことにします。DG代数は、DG作用素を備えた階付き代数です。

次数rの階付き導分の定義では、階付き積に条件を付けてないので、階付きリー代数に対しても階付き微分(次数1平方ゼロな階付き導分)を定義できます。積をリー括弧とした場合のライプニッツ法則は次のようです。

  • \forall a, b\in {\underline{L}}^\bullet.\: D [a, b] = [D(a),  b] + (-1)^{|a|} [a, D(b)]

リー括弧に関する階付き微分を備えた階付きリー代数微分階付きリー代数〈differential graded Lie algebra〉またはDGリー代数といいます。DG代数の場合と同様にDG作用素という言葉を使えば、DG作用素を備えた階付きリー代数がDGリー代数です。

DG代数、DG可換代数、DGリー代数には、その構造を保つ準同型写像が定義できるので、それぞれ圏 {\bf DGA}, {\bf DGCA}, {\bf DGLA} を構成します。今まで出てきた圏に、(結合的単位的な)代数の圏 {\bf Alg}可換代数の圏 {\bf CAlg}リー代数の圏 {\bf LieAlg} を加えて、相互関係を図にしておきます。破線矢印は忘却関手、他は埋め込み関手を示します。

\xymatrix{
   {\bf DGCA} \ar@{^{(}->}[r] \ar@{-->}[d]
   &{\bf DGA} \ar@{-->}[d]
   &{\bf DGLA}\ar@{-->}[d]
\\
   {\bf GCA} \ar@{^{(}->}[r]
   &{\bf GA}
   &{\bf GLA}
\\
   {\bf CAlg} \ar@{^{(}->}[r] \ar@{^{(}->}[u]^{(\mbox{-})!}
   &{\bf Alg} \ar@{^{(}->}[u]^{(\mbox{-})!}
   &{\bf LieAlg} \ar@{^{(}->}[u]^{(\mbox{-})!}
}

リー/ラインハート代数

ここでやっと、リー/ラインハート代数の話に入ります。リー/ラインハート代数〈Lie-Rinehart algebra〉は、可換代数〈環〉とリー代数のペアと、その相互関係を規定する2つの写像と合計4つの構成素 (A, L, s, \delta) からなります。ここで、A可換代数Lリー代数です。s, \delta は次のような線形写像です。

  • s : \underline{A}\otimes \underline{L} \to \underline{L} \In {\bf Vect}_K
  • \delta : \underline{L} \to Der(A/K) \In {\bf Vect}_K

(a, X) \mapsto s(a\otimes X) は、\underline{L} に左A-加群の構造を与えるスカラー写像です。 s(a\otimes X) =: a X と併置で表すと次の等式が成り立ちます。以下、記号の乱用で、代数とその台ベクトル空間/台集合を同じ記号で表します。

  1. \forall a\in A, X\in L.\: (a\cdot b)X = a(b X)
  2. \forall X\in L.\: 1X = X

A は可換なので、右からのスカラー倍も許します。

\delta(X)(a) =: X[a] と書くことにすると次が成立します。

  • \forall a\in A, X\in L.\: X[a\cdot b] = (X[a]) b + a (X[b])

さらに次の等式を要求します。

  1. \forall a\in A, X, Y\in L.\:  [X, a Y] = (X[a]) Y + a [X, Y] ライプニッツ法則)
  2. \forall a, b\in A, X\in L.\:  (aX)[b] = a(X[b]) A-線形性)

以上がリー/ラインハート代数の定義です。

僕が最初に目にしたヒュープシュマン2013年論文では、Lリー代数であることは仮定しておらず、反対称双線形な括弧積だけを要求しています。リー代数の公理であるヤコビ恒等式は、リー/ラインハート代数の公理から外されています。確かに、ヤコビ恒等式は別に考えたほうが良さそうですが、今回はヤコビ恒等式も仮定します(そのほうが話が簡単)。

リー/ラインハート代数の典型的例は次のものです。

  1. M を(なめらかな)多様体とする。
  2. 可換代数 A を、(なめらかな)関数の環 C^\infty(M) とする。
  3. リー代数 L を、ベクトル場のリー代数 \mathscr{X}(M) とする。
  4. 通常の加群構造と、ベクトル場による関数の微分を考える。

この例を参照すると、リー/ラインハート代数のあいだの射は、次のようなものだと想像できるでしょう。

最後の「整合する」が曖昧ですが、ここでは詳細を割愛します。結果としては、リー/ラインハート代数とリー/ラインハート代数射からなる圏 {\bf LieRineAlg}_K が構成できます*4

リー亜代数とリー/ラインハート代数

前節の例は、多様体があればそこからリー/ラインハート代数が作れることを示しています。この構成法は関手 {\bf Man} \to {\bf LieRineAlg} となります。(なめらかな)多様体が持つ性質のうち、微分計算の代数的部分はリー/ラインハート代数によって取り出せます。

リー/ラインハート代数の素材として、多様体より一般的なものを考えましょう。それはリー亜代数〈Lie algebroid〉です。リー亜代数については次の記事を参照してください。

多様体 M 上のリー亜代数を (M, E, [\hyp, \hyp], \rho) とします。\rho : E \to TM はアンカー写像です。アンカー写像から誘導されるセクション空間のあいだの写像 \Gamma(E) \to \Gamma(TM)\rho_\ast と略記します。この設定で、リー/ラインハート代数を次のように定義します。

  1. 可換代数 A を、(なめらかな)関数の環 C^\infty(M) とする。
  2. リー代数 L を、セクション空間のリー代数 (\Gamma(E), [\hyp,\hyp]) とする。
  3. セクション空間の加群構造は、通常の関数による掛け算とする。
  4. \delta: \Gamma(E) \to Der(C^\infty(M)/ {\bf R}) = \Gamma(TM) は、\delta(X) := \rho_\ast(X) として定義する。

リー亜代数として要求されるライプニッツ法則は、リー/ラインハート代数のライプニッツ法則と同じになるので、(C^\infty(M), \Gamma(E), s, \rho_\ast) はリー/ラインハート代数になります。この対応は、リー亜代数射からリー/ラインハート代数射への対応に拡張できるので、関手 {\bf LieAlgoid} \to {\bf LieRineAlg} となります。この関手を StdLRA (標準リー/ラインハート代数)と名付けましょう。

シュバレー/アイレンベルク関手の話 // リー亜代数」に書いたように、多様体の圏とリー代数の圏はリー亜代数の圏に埋め込みます。このことを考慮すると次の図式が得られます。

\xymatrix @C+1.5pc{
   {\bf Man} \ar@{^{(}->}[dr]
   & {} 
   & {}
\\
   {}
   &{\bf LieAlgoid} \ar[r]^{StdLRA}
   &{\bf LieRineAlg}
\\
   {\bf LieAlg}  \ar@{^{(}->}[ur]
   & {} 
   & {}
}

つまり、リー代数の議論も多様体に関する代数的議論も、リー/ラインハート代数の圏のなかで出来ることになります。リー代数多様体に限らず、リー亜代数として表現される構造(の代数的部分)は、リー/ラインハート代数として扱えます。

階付き可換代数、階付きリー代数としてのリー/ラインハート代数

ゲルステンハーバー代数への準備として、リー/ラインハート代数を階付き可換代数、または階付きリー代数とみなす方法を説明します。

(A, L, s, \rho) をリー/ラインハート代数として、V^0 := \underline{A}, V^1 := \underline{L} とします。V^\bullet は、\{0, 1\} に集中した階付きベクトル空間とします。0次、1次部分以外はすべてゼロ・ベクトル空間です。階付きベクトル空間 V^\bullet 上に、階付き可換積 m^{i,j}:V^i \otimes V^j \to V^{i+j} を定義しましょう。

  1. m^{0,0}(a\otimes b) := a\cdot b \;\in V^0 = \underline{A}
  2. m^{0,1}(a\otimes X) := a X \;\in V^1 = \underline{L}
  3. m^{1,0}(X\otimes a) := X a \;\in V^1 = \underline{L}
  4. その他の m^{i,j} = 0

これは、A可換代数〈環〉構造と (A, L) の両側加群構造をそのまま使っています。新しい構造は何も現れていません。

次に、階付きリー代数を考えるのですが、階付けを左シフトしてから階付きリー代数構造を入れます。左シフトしないと、L が持っていたリー代数構造が死んでしまいます。階付きベクトル空間  V[1]^\bullet 上に、階付きリー括弧積 b^{i,j}:V[1]^i \otimes V[1]^j \to V[1]^{i+j} を定義します。

  1. b^{0,0}(X\otimes Y) := [X, Y] \;\in V[1]^0 = V^1 = \underline{L}
  2. その他の b^{i,j} = 0

これも、もともとあった L のリー括弧積がそのままです。

あまり面白いものではありませんが、V^\bullet 上の階付き可換代数構造と V[1]^\bullet 上の階付きリー代数構造が作れました。ゲルステンハーバー代数は、より一般的な「階付き可換代数構造+階付きリー代数」の構造になります(次節)。

ゲルステンハーバー代数

ゲルステンハーバー代数〈Gerstenhaber algebra〉は、階付きベクトル空間の台〈underlying object〉の上に階付き可換代数と階付きリー代数の構造が載ったものです。階付き可換積(ドット、また併置で略記)と階付きリー括弧積(ブラケットで略記)はライプニッツ法則で統制されています。

ゲルステンハーバー代数を A^\bullet = (\underline{A}^\bullet, m^\bullet, b^\bullet) の形で書きます。\underline{A}^\bullet は台階付きベクトル空間〈underlying graded vector space〉です。m^\bullet, b^\bullet はそれぞれ階付き可換積と階付きリー括弧積です。リー括弧積は、階付けを左シフトして考えます。

  •  m^\bullet : (\underline{A}\otimes \underline{A})^\bullet \to \underline{A}^\bullet \In {\bf GrVect}^0
  •  b^\bullet : (\underline{A}[1]\otimes \underline{A}[1])^\bullet \to \underline{A}[1]^\bullet \In {\bf GrVect}^0

ゲルステンハーバー代数の公理は次の3つです。

  1. (\underline{A}^\bullet, m^\bullet) は結合的単位的階付き可換代数である。
  2. (\underline{A}[1]^\bullet, b^\bullet) は階付きリー代数である。
  3. r次の要素 a\in \underline{A}^r に対して定義される  [a, \hyp]: \underline{A}^\bullet \to \underline{A}[r]^\bullet \In {\bf GrVect}^0 はr次の階付き導分になる(ライプニッツ法則を満たす)。

一番目の公理から、0次部分 A^0可換代数〈環〉となり、1次以上の部分はA^0-両側加群になります。今まで、環の掛け算をドット、加群スカラー倍を併置で表しましたが、この区別はなくなりすべて階付き可換積の一部です。1次以上の階付き可換積は文字通りの可換ではなくて符号が変化するかも知れないので注意してください。微分形式の外積代数を思い出すといいでしょう。

二番目の公理では左シフトがあるので、次数がややこしくなります。例えば、階付き反対称性は次の形です。

  • [b, a] = -(-1)^{(|a|- 1)(|b| - 1)}[a, b]

ものと次数から1引くことで左シフト後の次数にしています。\langle a\rangle := |a|- 1 のように定義して、ずらした次数  \langle a\rangle で書くとスッキリします。

ライプニッツ法則でも、次数はずらした次数となります。

  • [a, b\cdot c] = [a, b]\cdot c + (-1)^{\langle a\rangle \langle b\rangle} b\cdot [a, c]

しかし、階付き可換積の階付き可換性はもとの次数を使うので混乱しがちです。階付き可換積と階付きリー括弧積では「次数がずれる」ということが、ゲルステンハーバー代数の最大の注意点かも知れません。

前節の例はゲルステンハーバー代数の例になります。が、リー/ラインハート代数から作られるゲルステンハーバー代数としては自然なものとは言えません。リー/ラインハート代数が与えられると、それからゲルステンハーバー代数を自由生成できます。自由生成の意味は、適当な忘却関手が存在して、自由・忘却随伴系が形成されることです(次の図)。

\xymatrix@C+1.5pc{
  {\bf LieRineAlg} \ar@{}[r]|{\top} \ar@/^1pc/[r]^{F}
  &{\bf GerstAlg} \ar@/^1pc/[l]^{U}
}

{\bf GerstAlg} はゲルステンハーバー代数の圏です。ゲルステンハーバー代数からの自由生成は、A-加群とみなした L から作った外積代数 \bigwedge_A^\bullet (L) に、頑張ってリー括弧積を載せます。このリー括弧積は微分幾何ではスカウテン括弧〈Schouten bracket〉またはスカウテン/ナイエンハウス括弧〈Schouten–Nijenhuis bracket〉と呼ぶようです。忘却関手 U は、ゲルステンハーバー代数の0次部分と1次部分だけ取り出してリー/ラインハート代数を構成します。

この随伴系〈adjunction〉は「面白いなー」と思ったのですが、詳しく調べてないので詳細はまたいずれ。

生成子付きゲルステンハーバー代数

A^\bullet がゲルステンハーバー代数で、作用素(階付き自己K-線形写像\Delta:\underline{A}^\bullet \to \underline{A}[1]^\bullet \In {\bf GrVect}_K^0 があって、次の等式が成り立つとき、作用素 \Delta をゲルステンハーバー括弧積(ゲルステンハーバー代数のリー括弧積)の生成子〈generator〉といいます。

  • [a, b] = (-1)^{|a|} \bigl(\Delta(ab) - \Delta(a)b  - (-1)^{|a|} a \Delta(b) \bigr)

階付き可換積は単に併置で表しています。この等式の意味は、ゲルステンハーバー括弧積が「作用素 \Delta の、ライプニッツ法則からの食い違い部分」になっていることです。ゲルステンハーバー括弧がゼロになるなら、作用素 \Deltaライプニッツ法則を満たす(導分になる)ことになります。

ゲルステンハーバー括弧の生成子が指定されたゲルステンハーバー代数 (A^\bullet, \Delta)生成子付きゲルステンハーバー代数〈Gerstenhaber algebra with generator | generative Gerstenhaber algebra〉と呼ぶことにします。

生成子付きゲルステンハーバー代数では、ゲルステンハーバー括弧は作用素 \Delta から再現できるので、階付き可換代数に、生成子の条件を満たす作用素を付けた形で定義することもできます。このときの作用素は、階付き導分とは限りませんが、ライプニッツ法則を満たさない度合いはリー括弧で統御されています。

生成子付きゲルステンハーバー代数で、作用素 \Delta が平方ゼロ(\Delta\circ \Delta = 0)となるものをバタリン/ヴィルコヴィスキー代数〈Batalin-Vilkovisky algebra〉、またはBV代数〈BV algebra〉と呼びます。BV代数は、ゲルステンハーバー代数に言及せずに、独立にスクラッチから定義することもできます。

生成子付きゲルステンハーバー代数の演算子〈生成子〉は、ライプニッツ法則を満たさないにしろ、ほぼ微分演算子と思えます。微分計算の代数的側面の定式化になっていると言えるでしょう。

そしてそれから

リー/ラインハート代数、ゲルステンハーバー代数の話は幾つかの方向に一般化できると思われます。

  1. ホモトピー化: 出現する代数系を、up-to-homotopyな代数系に置き換えます。冒頭に参照したヒュープシュマンの2013年論文はそういう方向性です。
  2. 層論化: 出現する代数系を、層上の代数系に置き換えます。例えば、リー/ラインハート代数をリー/ラインハート代数層に拡張します。
  3. 双対化: 出現する代数の双対をとります。余代数〈coalgebra〉や余導分〈coderivatio〉が出てきます。
  4. 非可換化: 結合的積は可換または階付き可換を仮定しましたが、この仮定を外します。単に外しただけでは難し過ぎるので、なんらかの制限は必要でしょう。
  5. 非平坦化: リー代数からヤコビ恒等式を外したり、作用素が平方ゼロである仮定を外します。何かしら“曲率”に相当する概念が出てくるでしょう。

現状、あまりよく分かってません。なんかもっとハッキリしたら、続きを書くかも知れません。

*1:この階付けは記事内で使ってはいません。

*2:積を持つが何の法則も仮定しないなら、階付きマグマ〈graded magma〉と呼ぶのがいいと思いますが、使われていないようです。

*3:V^0 = V^1 = X のようなときは、V^0, V^1 の共通部分がないように細工する必要があります。直和の構成と同じように細工すればいいでしょう。

*4:基礎体(または基礎環)ごとにリー/ラインハート代数の圏ができますが、この記事では基礎体にいちいち言及していません。この記事の基礎体の扱いはちょっと曖昧です。