プロ関手の説明として、「関手 : プロ関手 = 関数 : 関係」という“比例式”がしばしば引き合いに出されます。一方で、「圏 : 関手 = 順序集合 : 単調関数」という“比例式”もあります。これらの比例式達を合わせると:
圏 : 関手 : プロ関手 = 順序集合 : 単調関数 : ??
上記の「??」の部分には何が入るのでしょう? ここでは、「??」に入る構造を順序ブリッジと呼んで、例え話を使って直感的な説明をしてみます。$`\newcommand{\In}{\text{ in }}
\newcommand{\u}[1]{\underline{#1}}
\newcommand{\cat}[1]{\mathcal{#1}}
\newcommand{\hyp}{\text{-} }
\newcommand{\Imp}{\Rightarrow }
\newcommand{\proar}{\dashrightarrow }
\newcommand{\mrm}[1]{ \mathrm{#1} }
%\newcommand{\NFProd}[3]{ \mathop{_{#1} \!\underset{#2}{\times}\,\!_{#3} } }
`$
内容:
順序集合と順序ブリッジ
$`(A, \le), (X, \le)`$ を2つの(一致してもかまわない)順序集合とします。台集合と順序構造を分離して、より正確に書けば:
$`\quad A = (\u{A}, \le_A)\\
\quad X = (\u{X}, \le_X)
`$
ここでの順序集合は、全順序集合〈totally ordered set〉とは限らない、半順序集合〈partially ordered set〉のことだとします。したがって、順序関係 $`\le`$ で比較できない要素ペアもありえます。
順序集合 $`A, B`$ の台集合の直積 $`\u{A}\times \u{X}`$ 上で定義された関係 $`R`$ を考えます。
$`\quad R\subseteq \u{A}\times \u{X}`$
関係 $`R`$ が次を満たすとします。
$`\text{For }a', a\in \u{A}\\
\text{For }x, x'\in \u{X}\\
\quad a' \le a,\, (a, x)\in R,\, x\le x' \Imp (a', x')\in R
`$
$`(a, x)\in R`$ を、中置関係記号を使って $`a \sqsubseteq x`$ と書くと見やすくなります。上記の条件は次のように書けます。
$`\quad a'\le a,\, a \sqsubseteq x ,\, x\le x' \Imp a' \sqsubseteq x'`$
この条件を満たすような関係 $`R = (\sqsubseteq)`$ はモジュラー関係〈modular relation〉と呼ばれたりします。が、「モジュラー」と言われてもピンときません。それに、「モジュラー」は多義語なので、特定の意味の「モジュラー」を連想されるといらぬ誤解のもとになります。ここでは、順序ブリッジ関係〈order bridging relation〉、あるいは単に順序ブリッジ〈order bridge〉と呼ぶことにします。
順序ブリッジ $`R`$ は、順序集合 $`A`$ と $`X`$ があってはじめて意味を持ちます。ブリッジの両端が順序集合なわけです。そこで、順序ブリッジ $`R`$ を、順序集合 $`A`$ から $`X`$ への順序ブリッジといい、次のように書きます。
$`\quad R : A \proar X`$
破線矢印を使ったのは、順序ブリッジを関数と区別するためです。
腕時計とお守り袋
順序ブリッジの“感じ”をつかむために、例え話をしましょう。
集合 $`\u{A}`$ は、ボクの大事なモノ達の集合とします。ここでカタカナ書きの「ボク」は、このブログを書いている檜山のことではなくて、架空の誰かの一人称です。
集合 $`\u{A}`$ には、次のような要素が含まれます。
- 亡くなった父親の形見の腕時計。大学進学のお祝いに譲り受けて愛用している。
- 母親が渡してくれた手製のお守り袋。
これらのモノの価値・大事さは、単なる物として金銭的に計れるものではありません。しかし、「より大事である」とか「どっちとも言えない(比較できない)」とかの基準で、部分順序集合にはなっているとします。つまり、$`\u{A} = \{腕時計, お守り袋, \cdots\}`$ には順序構造が入ります。
さて、こんな大事な品ですが、事情があってお金に換えたいとします。昔だったら質屋とか骨董品店、今ならフリマアプリで売るとかでしょうか。あるいは知り合い・友人に買ってもらうとか。ボクにとってお金では計れない大事な品でも、買う側は単なる物としてしか評価してくれないでしょう。知り合い・友人なら事情を察して上乗せしてくれるかもしれませんが。
例えば、買う側が「この腕時計は、一万円以下の価値だな」と言ったとしましょう。このことを次のように書きます。
$`\quad 腕時計 \sqsubseteq 10000`$
$`腕時計`$ は $`\u{A}`$ の要素ですが、左辺の $`10000`$ は円単位の金額、これは自然数の集合 $`\u{\bf N}`$ の要素とみなします。下線〈アンダーライン〉を引いているのは、演算や順序を忘れた単なる集合とみなすことを明示するためです。
「一万円以下の価値だな」という日本語を、「一万円は出す気がある」ではなくて、「一万円を超えて出すことはない」と捉えます。「一万円を超えて出すことはない」なら当然に「ニ万円を超えて出すことはない」ので、次の命題も成立します。
$`\quad 腕時計 \sqsubseteq 20000`$
一般に次が成立します。
$`\text{For }a\in \u{A}\\
\text{For }n, n'\in \u{\bf N}\\
\quad a \sqsubseteq n,\, n\le n' \Imp a \sqsubseteq n'
`$
次に、売る側であるボクの気持ちを考えましょう。腕時計が一万円以下なことに、心情的には納得できないかも知れませんが、その感情は置いといて、「このお守り袋は、一万円以下の価値だな」と言われて納得するでしょうか? ボクのなかで(お金ではない)価値評価が $`お守り袋 \le 腕時計`$ なら承服するでしょう。「このお守り袋は、千円以下の価値だな」と言われてもボクは「しょうがない」と思うかもしれません。
ボクの価値評価 $`お守り袋 \le 腕時計`$ と $`腕時計 \sqsubseteq 10000`$ との対比によって、$`お守り袋 \sqsubseteq 10000`$ は受け入れるということです。このことを一般的な法則として書けば:
$`\text{For }a', a\in \u{A}\\
\text{For } n\in \u{\bf N}\\
\quad a' \le a,\, a \sqsubseteq n \Imp a' \sqsubseteq n
`$
まとめると、$`a \sqsubseteq n`$ の意味が「この $`a \in \u{A}`$ は、 $`n \in \u{\bf N}`$ 円以下の価値だな」だとすると、次が成立します。
$`\text{For }a', a\in \u{A}\\
\text{For }n, n'\in \u{\bf N}\\
\quad a' \le a,\, a \sqsubseteq n,\, n\le n' \Imp a' \sqsubseteq x'
`$
つまり、大事なモノをお金で計ってしまう関係 $`(\sqsubseteq)`$ は $`(\u{A}, \le)`$ から $`(\u{\bf N}, \le)`$ への順序ブリッジです。
順序ブリッジと二重圏、そしてプロ関手
順序集合 $`A`$ から $`X`$ への順序ブリッジ $`R`$ を次のように書くことにします。
$`\quad R = (\u{A}\times \u{X}, \sqsubseteq_R)\; : A \proar X`$
もうひとつの順序ブリッジ $`S`$ があって、2つの順序ブリッジ $`R, S`$ のあいだに“順序ブリッジのあいだの射” $`\varphi`$ があるとき、次のように書きます。
$`\quad \xymatrix{
A \ar@{}[dr]|{\varphi} \ar@{-->}[r]^{R} \ar[d]_{f}
& X \ar[d]^{g}
\\
B \ar@{-->}[r]_{S}
& Y
}`$
ここで、$`f, g`$ は順序集合のあいだの単調関数です。例えば、$`f:\u{A} \to \u{B}`$ は台集合のあいだの関数ですが、順序を保存します(それが単調性)。
$`\varphi`$ の実体は、部分集合のあいだの包含関係です、説明しましょう; 2つの関数 $`f, g`$ を組み合わせて、次の関数を構成できます。
$`\quad f \times g : \u{A}\times \u{X} \to \u{B} \times \u{Y} \In {\bf Set}`$
関数 $`f \times g`$ が誘導する逆像関数は次のようになります。
$`\quad (f \times g)^* : \mrm{Pow}(\u{B} \times \u{Y}) \to \mrm{Pow}(\u{A}\times \u{X}) \In {\bf Set}`$
ここで、$`\mrm{Pow}(\hyp)`$ はベキ集合です。
関係 $`(\sqsubset_S)`$ は $`\mrm{Pow}(\u{B} \times \u{Y})`$ の要素だったので、$`(f \times g)^*`$ によって、$`\u{A}\times \u{X}`$ 上の関係に引き戻せます。
$`\quad (f \times g)^*( (\sqsubset_S)) \subseteq \u{A}\times \u{X}`$
$`(\sqsubset_R)`$ と $`(f \times g)^*( (\sqsubset_S))`$ は、同じ親を持つ部分集合どうしなので、包含関係があるかどうかで比較できます。上記の $`\varphi`$ は、そのような包含関係に付けられた名前です。
ところで、最近、二重圏の記事を書きました。
上に描いた四角形の図は、実は二重圏の二重射の図なのです。「二重圏、縦横をもう一度」で導入した言葉を使えば、順序集合が二重圏の対象、単調関数が二重圏のタイト射、順序ブリッジが二重圏のプロ射、そして今説明した包含関係が二重圏の二重射となります。
この記事冒頭で、
圏 : 関手 : プロ関手 = 順序集合 : 単調関数 : 順序ブリッジ
という“比例式”(類似性)があると示唆しましたが、圏、関手、プロ関手も二重圏を形成します。その二重射を図示してみると:
$`\quad \xymatrix{
\cat{C} \ar@{}[dr]|{\alpha} \ar@{-->}[r]^{P} \ar[d]_{F}
& \cat{X} \ar[d]^{G}
\\
\cat{D} \ar@{-->}[r]_{Q}
& \cat{Y}
}`$
この図では:
- $`\cat{C}, \cat{D}, \cat{X}, \cat{Y}`$ は圏
- $`F, G`$ は関手
- $`P, Q`$ はプロ関手($`P: \cat{C}^\mrm{op}\times\cat{X} \to {\bf Set},\; Q: \cat{D}^\mrm{op}\times\cat{Y} \to {\bf Set}`$
- $`\alpha`$ は、$`P`$ から $`Q(F^\mrm{op}(\hyp), G(\hyp))`$ への自然変換*1
プロ関手をプロ射とする二重圏は二重圏の典型的例ですが、それの順序集合バージョンが順序ブリッジをプロ射とする二重圏です。
*1:$`F^\mrm{op}`$ については、「状態遷移系としての前層・余前層・プロ関手 // 捻じれ対のテキスト表示と図示」の節の最後のほうを見てください。