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イデアルと論理 (5):イデアル登場(ほんとだよ)

イデアルの定義をもったいぶって出さずにこれだけ引っ張ったから(いや、どさくさ紛れに出してるか)、形式的な定義を出しても拒否反応は少ないと期待してます(かえって、イマサラモウ、としらけちゃってるかもしれないが)。で、ようやっと正式にイデアル登場だあ。

内容

  1. 記号/用語の約束
  2. どうでもいい逸話
  3. 整数のイデアル
  4. もう少し一般的なイデアルの例
  5. イデアルに対するもうひとつの見方
  6. まとめと予定

●記号/用語の約束

もう既に使っちゃっている記法だけど、太字のZは整数の全体(integral numbers)を意味します。その他に、Q有理数全体(rational numbers)、Rが実数全体(real numbers)、C複素数全体(complex numbers)です。Qは商を意味するquotientから、Zはドイツ語のZahlen(数)に由来するってのは、お約束の蘊蓄<うんちく>ですな。

Zは加減乗ができて、余り付きなら割り算(除算)もできます。Q, R, C加減乗除が自由にできますね。加減乗までできる演算システム(代数系)を一般に(ワじゃなくてカン)、還元乗除ができれば(カラダじゃなくてタイ)と呼びます。よって、整数環とか実数体とかの言葉もよく使われます。

これから先、掛け算の可換性、つまり、a×b = b×a は常に仮定します。また、1×a = a となる“イチ”の存在も仮定します。(このシリーズ内では、環=イチ付き可換環ってこと。)

●どうでもいい逸話

僕の友人が『体と環』という本を読んでいたら、父親から「なんだ、フォークダンスの本か、そりゃ」と言われたそうです。 -- って、これ作り話。ですが、これはほんとの話からインスパイアされたものです。

で、実話のほう。かつて、僕の友人が『位相』という本を読んでいたら、父親から「なんで占いの本なんか読んでんだ?」と聞かれたそうです。これはホントよ。

●整数のイデアル

整数Zの部分集合Iが次を満たすとき、イデアルと呼びます。

  1. x∈I, y∈I ならば x + y ∈I 。
  2. 0∈I 。
  3. x∈I ならば -x ∈I 。
  4. x∈I, n∈Z(nは任意の整数)ならば n・x ∈I 。

実は、4番目の性質から2番目と3番目は出ます(やってみてください)から、通常は足し算で閉じていること(1番目)と、任意の整数による掛け算でも閉じていること(4番目)だけをイデアルの定義に要求します。しかし一方、(1), (2), (3)から(4)を出すこともできます(やってみてください)。これは整数に特有な事情で、掛け算n・x が x + x + ... + x(n回)と足し算で書けてしまうからです(nが負なら足し算と符号反転を併用)。一般的な用語法でいえば、加法群(アーベル群)は自然にZ加群になるってこと、それとイデアルは特別な加群であるってことですが、まー、別に一般論は必要ありません。

整数のイデアルの例としては倍数集合があります。たとえば、3の倍数の全体{..., -6, -3, 0, 3, 6, ...}はイデアルです。実は、整数のイデアルは倍数集合に限ります(次回示す予定)。これも整数に特有な事情です。

●もう少し一般的なイデアルの例

整数では、特殊特有な事情があるので、もう少し一般性がある例をださないと、イデアル概念が理解しにくいでしょう。整数環に次いでなじみがある演算システムは、多項式環ですね -- というわけで、多項式環イデアルも紹介します。

係数が有理数の“文字x”の多項式の全体はQ[x]と書きます。例えば、(3/2)x^2 - x + (7/15) とかがQ[x]のメンバーです。同様に、Q[x, y]は、“文字x”と“文字y”を含むような多項式の全体です。例えば、x^2・y - (1/2)x^2 - 2x + (11/5)y - 3 はQ[x, y]のメンバーです。

いま“文字”といったモノは、変数と呼ぶときもあります。が、注意すべきは、多項式それ自体は関数ではないことです。記号的な表現に過ぎません。加減乗の計算も機械的アルゴリズムで与えられるものです(コンピュータでも記号計算はできる)。以下で「変数」という言葉も使いますが、“変数の走る領域”があるわけではなく、単に文字(あるいは不定元)の別称に過ぎません。

Q[x, y]のイデアルIの定義は、整数のイデアルと同じです。(2番目、3番目の条件は冗長、なくてもよい。)

  1. f∈I, g∈I ならば f + g ∈I 。
  2. 0∈I 。
  3. f∈I ならば -f ∈I 。
  4. f∈I, k∈Q[x, y] ならば k・f ∈I 。

Q[x, y]のなかで、定数項が0である1次式の全体をLとしましょう。「定数項が0である1次式」はax + byの形で、a, bを有理数で具体化したものです。(1/2)x + (-3)y, 0x + (5/3)y, 0x + 0xなどが例です。Lに関して次がいえます。

  1. f, g∈L ならば f + g ∈L。
  2. 0(0x + 0yのこと)∈L。
  3. f∈L ならば -f ∈L。

つまり、Lのなかで加減を自由に行えますが、y×((1/2)x + (-3)y) = (1/2)xy + (-3)y^2 のように、多項式を掛けると1次式ではなくなることがあるので、LはQ[x, y]のイデアルにはなってません

今度は、Q[x, y]のなかで、変数yをまったく含まない多項式の全体をRとします。Rは事実上Q[x](1変数多項式環)と同じです。Rに関して次がいえます。

  1. f, g∈R ならば f + g ∈R。
  2. 0∈R。
  3. f∈R ならば -f ∈R。
  4. f, g∈R ならば fg ∈R。
  5. 1 ∈R 。

Rのなかで加減乗を自由に行えます。これは、Rだけでも環になっていることです。しかし、x∈Rでも、y×x = xy はもはやRに含まれないので、Rもイデアルの条件(最後の条件)を満たせません

これで、「加減が自由にできること」や「加減乗が自由にできること」から「イデアルであること」が導かれないことがわかったでしょう。では、Q[x, y]のイデアルの例を出します。Q[x, y]のなかで、定数項が0である多項式の全体をSとします。定数項が0である2つの多項式を足しても定数項は0のままなので、足し算は自由にできます。定数項が0である多項式に何を掛けても定数項は0のままなので、「f∈R、k∈Q[x, y] ならば k・f∈R」もいえます。つまり、Rはイデアルです。

いま定義したQ[x, y] のイデアルRは倍数集合になってないことも示せます(いずれ示す予定)。つまり、「倍数集合でないイデアルもある」ってことね。もちろん、Q[x, y]内の倍数集合はイデアルになっています。例えば、x + yの倍数(f(x, y)(x + y)の形の多項式)の全体はイデアルになります(確かめてください)。

イデアルに対するもうひとつの見方

f∈Q[x, y]とします。つまり、fは2変数多項式です。fの定数項をC(f)と書きましょう(Cはconstantから)。例えば、C(2x^2 + 3y + (1/2)) = 1/2、C(x^2 + y^2) = 0 です。C(f)∈Qとみなせますから、CはQ[x, y]からQへの写像です。多項式の足し算と掛け算で定数項がどう計算されるかを思い出せば、次は明らかでしょう。

  1. C(f + g) = C(f) + C(g)
  2. C(f・g) = C(f)・C(g)

Cは、足し算を足し算に写し、掛け算を掛け算に写します。この性質を持つ写像環射と呼びましょう(「環の準同型」という用語が普通だが、準同型より射と呼んだほうが、圏論との整合性があるので)。

先に出したイデアルの例R={定数項が0である2変数多項式}は、R={C(f) = 0であるfの全体}と定義できます。もっと一般に、AとBが環で、F:A→Bが環射のとき、K = {a∈A | F(a) = 0}はAのイデアルになります。これは非常に簡単にわかります。a, b∈K、x∈Aだとして:

  1. F(a + b) = F(a) + F(b) = 0 + 0 = 0 だから、a + b ∈K
  2. F(x・a) = F(x)・F(a) = F(x)・0 = 0 だから、x・a ∈K

これで、K⊆Aが、Aのイデアルであることが確認できました。実は、Aのすべてのイデアルがこの方法で得られます。別な言い方をすると、どんなイデアルIでも、適当な環Xと適当な環射H:A→Xを選んで、I={a∈A | H(a) = 0}と表現できます。与えられたIから、XとHを構成する方法(アルゴリズム)も存在します。「イデアルと環射が対応する」という事実はとても重要だし、イデアルの存在理由にもなっています。

●まとめと予定

とりあえず、イデアルの定義はできました。あー、よかったよかった(苦笑)。

今回導入したZ, Q, R, C, Q[x, y]、それらから容易に類推できるであろうR[x, y]、C[x]などを事例として、環とイデアルの性質をもう少し調べましょう(次回以降)。当面の目標は、“『ダイハード』のクイズ”に対して、具体的な解き方と一般的構造解明の両面からケリを付けることです。その後、得られた結果(イデアルの性質)を順序構造に適用して、論理(logic)方面に進む予定です。